新生活準備 2
翌日、私は文官さんに連れられ、騎士さん達が使う訓練場へとやってきた。
それは以前私がスキルの訓練に使っていたのとは別の場所で、こちらには、魔法の一種なのか、不思議な仕掛けがしてあった。
その場所に踏み入るまでは普通に石畳の道が伸びていたのに、1歩進んだ途端、私は朽ちた教会の前にいて、驚いて周囲を見渡せば、何人もの騎士さん達が、至る所で襲いかかる骸骨の群れと戦っていた。
「え、えっ、ええっ!? ぶっ、ぶぶぶ文官さん、何これ、何ここ!? どどどどっ、どうしたらっ!?」
その光景に私は思わず文官さんの肩を掴み、背中にぴったりとくっついた。
「ああ、落ち着いて下さいシズル・ホウジョウさん。大丈夫ですよ」
「えぇ!? だっ、大丈夫なわけ」
「失礼致します! 昨日通知致しました面会者を連れて参りました! 訓練の一時中断を求めます!」
「へっ!? く、訓練……!?」
「おっと、もうそんな時間でしたか。一時中断! 10分休憩!」
「えっ」
恐怖し、混乱する私を宥めると、尚も言い募る私の言葉を遮り、文官さんは凛とした声を張り上げた。
すると何処からかそれに答えるような声が響いてくる。
そして一瞬視界が歪むと、次の瞬間、朽ちた教会や骸骨の群れは跡形もなく消え、そこは正面に真っ白な石でできた長方形の台座があるだけの、だだっ広い場所へと変わった。
その台座の前には鍛え上げられた肉体を黒い鎧で覆った、燃えるような赤毛の男性が立っていた。
男性は私達を見ると、足早に近づいてくる。
「申し訳ない、訓練に夢中で指定の時刻となっていた事に気づきませんでした」
「はぇ……? ……く、訓、練……?」
「ん? ……おや……これは、どうやら、そちらのお嬢さんを怖がらせてしまったようですな。重ねて、申し訳ない」
文官さんにぴったりとくっついたままの私に、男性は本当に申し訳なさそうに眉を下げてそう言うと、深々と頭を下げた。
「えっ、あっ、い、いえ! ちょ、ちょっと、びっくりしただけですから! か、顔を上げて下さい! ……え、えっと、わ、私、双子さん達に、お会いしたいんですがっ?」
「ああ、はい、そうでしたな。少々お待ちを。……トゥーマック! トゥーマック兄弟! こちらに来なさい!」
突然丁寧に謝られ、私は慌てて男性の気を逸らすべく、本来の用件を口にした。
するとそれは成功し、男性は顔を上げると背後を振り返り、大きく声を張り上げた。
……トゥーマック、兄弟?
兄弟って事は、今の話の流れからいっても、双子さん達を指しているんだと思う。
つまり、トゥーマックっていうのがあの双子さん達の名前……名字、なのかな?
「「 お待たせ致しました! 」」
「お、来たか!」
ほんの少しの間思考に沈んだ私の耳に響く、2つの声と駆けてくる足音。
次いで聞こえた男性の声を聞き流しながら、足音のする方向へ視線を向ける。
視界に入ってきたのは、程よく筋肉がつき、以前よりも逞しくなった、双子さん達の姿だった。
「こちらのお嬢さんが、お前達と話をしたいそうだ。時間はあまりないが、ギリギリまで話すといい」
「え? ……あっ! こんにちは、お久しぶりです!」
「お久しぶりです。わざわざ、話をしに来てくれたんですか」
「あ、えっと、はい。お久しぶりです。でも、話っていうより、聞きたい事があって」
「聞きたい事? 僕達に?」
「何ですか?」
「……えぇと。でも、その前に。……私、シズル・ホウジョウっていいます。15歳です。よろしくお願いします」
「え? ……あっ!? そ、そういえば、お互い、自己紹介してませんでしたね。僕は、ユーイン・トゥーマック、14歳です。一応、兄です。よろしくお願いします!」
「……俺は、ルーイン・トゥーマック。双子だから、同じく14。一応、弟です。よろしく、お願いします」
14歳……ひとつ年下だったんだ。
お兄さんのユーイン・トゥーマック君に、弟さんのルーイン・トゥーマック君……か。
……ええと……名前はわかったけど、そっくり過ぎて、見分けがつかない……かも。
声もなんだか似てるし……さすが双子。
あ、でも今、ユーイン君は自分の事"僕"っ言ったし、ルーイン君は"俺"って言ってた。
良かった、その違いでどちらか判断できる!
……………………。
……うん……ここを出て一緒に生活するようになったら、もう少し別の事でも、どちらがどちらかわかるようになるといいな……。
頑張ろう……。
「……あの、シズル様? どうかしましたか? ……聞きたい事って、何ですか?」
「あ、ごめんなさい……って、えっ!? な、何で私に様なんて……!? 普通に呼んでいいよ!? 敬語も別にいらないし……!」
「えっ。……ほ、本当ですか?」
「うん、勿論! あ、私も、普通に話させて貰ってもいいかな?」
「は、はい……じゃなくて、うん! 普通でいいよ、シズルさん!」
「俺も。ありがとう、シズルさん」
「あ、うんっ、こちらこそ! あっ、それでね、聞きたい事なんだけど。ここを出て行く日が決まったから、これから今後の生活に必要な物を買いに行くの。2人の分も一緒に買おうと思うんだけど、必要な物って、何があるかな?」
「「 ……必要な物……? 」」
私が尋ねると、2人は黙り込んだ。
たぶん、何が必要か考えているんだろう。
答えが出るまで、大人しく待つ。
「……武器とか、かな。訓練で使ってるのは、騎士団からの借り物だから」
「……食料と、常備薬に、防寒具と、丈夫な服も、だな」
「あ、それじゃ、私のと同じだね。わかった、買っておくね。武器は、何がいいかな?」
「はい待った。お嬢さん、そういった物は直接持ってみて自分の手に馴染む物を買うのが一番だから、あとで訓練後にでも俺がそいつら街に連れてって買わせますよ。だからお嬢さんは食料と常備薬と、自分の装備その他だけ買うといいです」
「えっ……?」
双子達と話していると、ふいに、どこかで聞いた覚えのある声が割って入ってきた。
声のほうを振り向くと、そこには。
「えっ、ハ、ハロさん!?」
「はい、そうですよ。お久しぶりですお嬢さん。……お嬢さんの街での付き添いは俺が担当だから、また参上しましたよ。よろしく」
「え、そうなんですか? あっ、じゃ、じゃあ、よろしくお願いします!」
「はい、お願いされます」
再びのハロさん登場に驚きつつも挨拶をすると、ハロさんは薄く笑ってそう言った。
私はてっきり、このあとまたあの恐怖のくじを引いて付き添いを決めるんだと思ってたんだけど……今回ばかりは違ったんだ。
でも、ハロさんなら悪くはないから、助かったかな。
……まあ、決して良いとも言えないけれど。
「で、さっきの話だけど。自分達の装備は訓練後に俺と買いに行くで構わないね? ユー、ルー?」
「は、はい、勿論です!」
「ありがとうございます。是非お願いします」
「え」
ユ……ユー、に、ルー?
何その呼び方……2人も、なんか嬉しそうだし……ハロさんと2人って、親しいの?
知らない所で思いがけない関係が築かれていたみたい……。
思えば2人はずっと騎士団に交じって生活してたんだもんね、騎士であるハロさんと交遊関係築いてても不思議じゃないんだった。
そのうち、2人のここでの生活について、話を聞いてみようかなぁ。