新生活準備 1
あれからも職業体験はしばらく続いた。
近くの村の大農園が一定期間人手不足に陥り、水魔法と風魔法をストックして手伝いに行きそれを発動させて広範囲に一気に水を撒いたり、街にある施設の改修現場に水魔法と光魔法をストックして手伝いに行き作業員さん達の休憩時に水を配ったり陽が落ちたら光魔法で照らしたりと、私のスキルは使い方さえ考えれば受けられる依頼の幅は広い事がわかった。
この職業体験は本当にやって良かったと思う。
これからの生活に大いに役立てられる体験だった。
……ただ、依頼に行く度にくじを引いて決める付き添い兼護衛の冒険者さん達の人選は、もう少しどうにかならなかったのかなと思う。
いや、皆実力は申し分ない人達ばかりだった。
うん、それは認める。
けれど……性格というか、何と言うか……ねぇ。
もう少しまともな……いや、単に私のくじ運が悪いだけだったのかも、しれないけどね……。
「皆さん、お久し振りです。職業体験はいかがでしたか? 皆さんのこれからの生活に活かせる体験となったなら良いのですが。……さて、次はいよいよ、新生活に向けた準備をして戴きます。ここでこうして皆さんと顔を合わせるのも、もう数える程の回数となる事でしょう。今日はまた、個別に面談をします。この先の生活で何か不安な事やこの世界についての疑問点などがもしまだあるなら、どんなに小さな事でもいいですから、遠慮なく聞いて下さいね。では、端の方から隣の部屋へ来て下さい」
いつもの会議室のいつもの席で、職業体験の日々を振り返りながら文官さんを待っていると、やがて現れた文官さんはこれまたいつものように穏やかに挨拶をすると、少し寂しそうにそう告げた。
そして一番端の席にいる女性を連れ、隣の部屋へと移動して行った。
……いよいよ、新生活に向けた準備を、する……。
ここでこうして過ごすのも、あと数える程……。
突然告げられたその言葉に、しばし呆然とする。
いつかはここを出る事になるとわかっていたけれど、それはもっと、ずっと先の事だと思ってた。
まさかこんなに早かったなんて。
落ち着かない気持ちのまま、軽く視線をさまよわせてみれば、周りの女性達も不安げな表情をしていた。
★ ☆ ★ ☆ ★
「お待たせ致しました、シズル・ホウジョウさん。では早速……と、言いたいところですが。……やはり貴女も他の方々と同じ顔をなさっていますね。不安ですか?」
「……はい……。……だって、まだこの世界に来て、半年も経っていませんし……」
「……そうですね。私達としましても、まだここから送り出すには不安のある女性が幾人かおります。そういった女性達にはこの街の物件を紹介して、何かあればフォローする体制を取る事になっております。……けれど、貴女は違います。冒険者ギルドの方々からも、貴女ならば問題なく依頼をこなし収入を得ていけるだろうとの報告が届いていますし、一般生活においても、貴女なら普通に生活していけると、私は思っています」
「……文官さん……」
「何より、貴女は1人ではありません。初日に貴女が選んだ護衛の双子の少年は、この数ヶ月で見違えるように成長したと騎士団から報告がきています。……シズル・ホウジョウさん。彼らと共に、どうか自信を持って新生活へと1歩を踏み出してみて下さい。貴女ならば、大丈夫です」
「……。……わ、わかり……ました。……やって、みます」
「はい。頑張って下さい。シズル・ホウジョウさん」
「……はい」
……正直に言えば、不安な事には変わりはない。
けど、文官さんの言う通り、ここを出ても私は1人にはならないし、収入を得る方法は、既に見つけてある。
それに、文官さんを始め、今まで私に付き添い見守ってくれてた人達が"問題ない"と言ってくれるなら……勇気を出して、踏み出さなきゃ、だよね。
「では、本題に戻りますが。シズル・ホウジョウさん、貴女が望む生活をする為に、必要なものは何だと思いますか? 何でも、幾つでも結構です。思いつくものを上げてみて下さい」
「え……そうですね、えっと……まずは、ギルドでの正式な登録でしょうか。依頼で魔物と戦闘になった時の為に武器等の装備も必要ですし、あとは……あっ、住む家、ですかね?」
「はい、そうですね。では、シズル・ホウジョウさん、その住む家ですが、場所はこの街になさいますか? ならば幾つか物件をご紹介できますよ。冒険者ギルドへは、定住を決めた場所にあるギルドで"拠点"の登録ができます。これをすると貴女の能力に適した依頼が来た場合、優先的に回して貰えるなどの利点がありますから、是非活用して下さいね」
「えっ、そうなんですか。わかりました、ありがとうございます。……えっと、でも定住地は……。双子さん達の意見も聞いてから考えたいので、今は何とも言えません」
「ああ、なるほど。では、とりあえずこの世界の地図をお渡ししておきましょう。……けれど、そうですね。貴女ご自身は、どういった場所に住みたいとお考えですか?」
「え、私ですか? ……う~ん……そうですね、できれば、緑豊かな場所がいいでしょうか。あっ、水の流れる水路のある街とかも素敵だなぁ」
魔物がいる剣と魔法のファンタジー世界なら、森の村とか、水の都とか、そういうの、ないかなぁ?
あったら素敵なんだけどな。
「なるほど。ではお勧めはここと、ここと、ここですね。それぞれ貴女のご希望に沿う場所となっています。双子の少年の意見もありましょうが、候補に入れてみてはいかがでしょう」
私の希望を聞いた文官さんは、地図に印をつけてそう言った。
わ、私の希望に沿う場所……!
住まないとしても、一度でいいから行ってみたい!
双子さん達、つき合ってくれないかな。
駄目もとで話してみようかなぁ?
「けれどシズル・ホウジョウさん。定住地を決めるまで旅をなさるなら、万全の準備をなさって下さい。武器等の装備は勿論、動きやすく丈夫な服や防寒具、旅の間の食料なども必要ですよ。安全の為、野宿等もできるだけ避けて下さい」
「あっ、は、はいっ」
「……それと、最後に。いずれ結婚して子を成して欲しいというこちらの願いを、どうかお忘れなきよう。可能な限り複数の男性と結婚し、できるだけ多くの子を、産んで下さいませ。もし、これまでの生活で関わった男性の中で気になる方がいらしたなら、今後も交流を持つことをお考え戴けますようお願い申し上げます」
「えっ、い、いえ、そういう意味で気になる人はいませんでした……」
「おや……そうですか。では、今後に期待ですね。……シズル・ホウジョウさん。旅立ちの準備期間は半月です。半月後には、ここを出て戴く事になります。護衛の少年達はギリギリまで今の生活を送りますが、ご希望なら会って話をするくらいの時間なら取れますので、私に言って下さればお連れ致します」
「あ、ありがとうございます、それ助かります! 双子さん達の必要な物も聞いて揃えておかないとですから。早速明日とか、可能ですか?」
「明日ですか。わかりました。では明日の朝、隣の、いつもの会議室で待ち合わせましょう」
「はい、よろしくお願いします! じゃあ、また明日!」
そう締めくくると、私は席を立ち、その部屋を後にした。
……それにしても……複数の男性と結婚かぁ。
故意に忘れてた問題を、突きつけられちゃったなぁ。
子供を多く産むだけならできなくもないと思うんだけど……はぁ。
今まで召喚された女性達同様、いつかは私も受け入れられる日がくるのかなぁ……?