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職業体験 3

私の恋愛観について、ありとあらゆる質問をしつつ、その合間合間に「俺と結婚しよ?」と迫ってくるチャラ男冒険者さんこと、ラシャさんをなんとか交わし続けていると、やがて馬車は小魔動宮に辿り着いた。

小魔動宮はこじんまりとした石造りの建物で、蔦のような紋様が描かれた門が、挑戦者を待ち構えるかのように佇んでいた。


「ついたね~。ここが小魔動宮だよ! 初めて魔動宮に入るシズル・ホウジョウちゃんは俺が必ず守るから、何も心配せずについてきてね! 俺が頼りになるってとこ、しっかり見せてあげる!」

「は、はあ……」


緊張に少しだけ身を強ばらせて門から先を見ていると、横からラシャさんが声をかけてきた。

その声色は、やっぱり軽い。

一瞬、この人と2人だけで魔動宮に入って本当に大丈夫なんだろうかという考えが頭を過ったけれど、冒険者ギルドが護衛として選んだ人だし、こう見えてもAランクらしいのできっと大丈夫だと、自分に言い聞かせた。


「……さて。お調子者からの通信によると、20階の結界区域にいるらしいから、まずはそこまで飛ぼっか。じゃ、行くよ」

「……えっ? は、はい」


ラシャさんは門へ向かって1歩踏み出し、そう言うと、纏う雰囲気をそれまでとはがらりと一変させた。

さっきまでのように、私に『お手をどうぞ』と言う事もなく、そのまま小魔動宮の中へと進んで行く。

軽い様子がなりを潜めたその後ろ姿を凝視しつつ、私もそれに続いた。

小魔動宮の中に入るとすぐ、6畳程の広さの部屋があり、正面奥には先へと伸びる通路が見えた。

外観はこじんまりとした建物だったのに、反して中は天井も高く、かなり広いと思われる。

魔動宮というのは、やはり不思議な場所だ。

部屋の中を見渡すと、中央の床に魔法陣のようなものが白い線で描かれていた。


「あの魔法陣に乗ると、攻略した事のある階層を自由に移動できるんだよ。造りが変わってもそれは有効なんだ。レベル上げをしたい時とかに便利な機能だよね。また1から弱い敵を倒して進んでも、大した経験値は得られないからね」

「へぇ……。……あっ、じゃあ、あの魔法陣に乗って20階まで行くんですね? ……あれ、けど、私も行けるんですか? 初めて来たのに……」

「大丈夫、同時に乗れば一緒に行けるよ。さあ、行こう」

「あ、はい。……って、わわっ!?」


私が返事を返すと同時にラシャさんは私の手を掴んで引っ張り、魔法陣へと足を踏み出した。

引っ張られたことでたたらを踏んだ私の足も、同時に魔法陣の上に乗る。

途端、魔法陣から眩いほどの白い光が発せられ、私は目を開けていられず、きつく閉じた。


★  ☆  ★  ☆  ★


「ラ、ラシャさん! 助けにきて下さったんですね! ありがとうございます!」

「天の助け! これで帰れる~~!!」

「"帰れる~~!!"じゃないよ、お前ら。無茶してこんな手間かけさせて。帰ったらマスターのお説教だからね」

「えっ! マ、マスターの!?」

「うわぁ、マジっすか……!」


20階の結界区域は、魔法陣の部屋のすぐ隣だった。

この結界区域は5階ごとにあって、結界のおかげで魔物は入って来られない為、休憩や就寝の際に使われるらしい。

そこにいた2人の冒険者さんは、私達を目にした途端、喜びの声を上げた。

……な、なんだか、思っていたより、元気そう?

魔物から命からがら逃げて、怪我もしてるなんて話だったから、相当酷い状態なんだと思ってたのに……あ、でも、無事なのはいいことなんだから、喜んであげなきゃだよね、うん。


「で? 怪我したって、どことどこ? あの子に伝えて、治癒魔法かけて貰って。終わったら、少しこっちにつき合って貰うよ。それくらいいいよね?」

「え? ……って! お、女の子!!」

「嘘、本物!? ね、君、恋人何人いる!? 結婚は!?」

「え、えっ!?」


ラシャさんが視線で私を示すと、冒険者さん達はつられるように私を見た。

そして目を見開くと、怒涛の勢いで私に近づいてくる。

そのあまりの勢いに、私はにわかに後退する。

次の瞬間、私の目の前を何かが横切り、ガン、と壁にあたる音がした。


「はい、そこまで。……この子はね、今俺が口説いてるの。横から口を出そうっていうなら、このまま置いて帰られる事になると覚悟するんだね?」


次いで、ラシャさんのそんな言葉が聞こえてきた。

見れば私の目の前にあるのはラシャさんの剣で、冒険者さん達と私を隔てる境界線の役割を果たしていた。


「えっ……ラシャさんが今狙ってる子なんですか?」

「あれ……この前の子と違いますよね? あの子、駄目だったんですか?」

「う、うるさい、余計な事言うな! 本当に置いてくよ?」

「あっ! いや、すみません! えっと、治癒魔法、お願いします! 俺、足をやられちゃって」

「俺は肩を。よろしくお願いします」

「あ、はい……。足と、肩ですね。……治癒・小、発動」

「何だよ、軽傷じゃん。それで救助求めるとか……本当情けないな」


冒険者さん達が怪我の場所を見せながら自己申告し、私はそれを受けてストックしていた治癒魔法を発動させる。

後ろから覗き込むようにそれを見ていたラシャさんは呆れたように溜め息を吐いた。


★  ☆  ★  ☆  ★


「さて、シズル・ホウジョウちゃん。せっかくだから、魔法陣で10階まで戻って、そこからは歩いて出口に向かおうよ。初めての魔動宮なんだし、君のレベル上げも兼ねて魔物との戦闘とか体験しとこうよ。こいつらもつき合わせるから君に危険は及ばないしさ、ね?」


というラシャさんの提案に、私が『是非お願いします』と返事を返して、私達は10階に移動し、そこからは徒歩で出口へ向かった。

火炎・小のストックがひとつあるものの、それはストックの期限を知る為にも使うわけにはいかず、他に戦う術のない私は、ラシャさん達が戦っている後ろでただ見ているだけしかできなかった。

でも、時折。


「よ~しお前ら、そいつ抑えてろ! はい、シズル・ホウジョウちゃん。とどめ、刺していいよ!」


と言ってラシャさんが私に自分の剣を渡し、冒険者さん達が魔物を抑え込んだ上でとどめの一撃を与える役目を任せてくれた。

魔物とはいえ、その行為にちょっと良心は痛むけれど、これからの事を思えば、慣れたほうがいい、いや、慣れなければいけない事だ。

躊躇なんて、していられない。

だから私は頷いて剣を受け取り、魔物へとそれを突き立てる。

そして心の中だけで『ごめんね』と呟いて、光の粒となって消える魔物を見送った。

とどめをさすとちょっとだけ多く、けれど見ているだけでも入るらしい経験値のおかげで、魔動宮を出た頃には、私のレベルは3に上がった。


★  ☆  ★  ☆  ★


ギルドに帰ると、冒険者さん達はギルドマスターさんに連行されて行った。

お説教は気の毒だけど、これに懲りて、無茶はやめてくれたらと思う。


「はいっ、シズル・ホウジョウちゃん、君の分の報酬」

「あ、ありがとうございます」


依頼達成の報告を済ませると、ラシャさんはにっこり笑って小さな布袋を手渡してきた。

受け取ると、チャリ、と硬貨が擦れる音がした。


「ふふ。あとね、これとは別にシズル・ホウジョウちゃんにはもうひとつ特別報酬があるよ」

「え? 特別報酬、ですか?」

「うん! なんと、俺の永久独占権! ね、受け取って? で、俺と結婚しよ?」

「えっ…………。…………ええと、お、お世話になりました、ラシャさん。どうか、お元気でっ」


笑みを深めながら両手を広げたラシャさんから心持ち距離を取り、私はそう言って勢いよく頭を下げた。


「あれ……受け取って、くれないの? シズル・ホウジョウちゃん? 永久独占権って言ったの、嘘じゃないよ? 受け取ってくれたらよそ見なんてしないし、めちゃくちゃ大事にするよ?」

「え……あの、えっと…………」

「……。……ちぇ。駄目みたいだね、残念。でもさ、シズル・ホウジョウちゃん。もし気が変わったら、いつでも知らせてよ。俺の永久独占権、シズル・ホウジョウちゃんの為に残しておくからさ。ね?」

「え……?」


尚も食い下がったラシャさんに困って視線を泳がせると、ラシャさんは眉を下げ、本当に残念そうに告げた。

その様子に、私は目を瞬いた。

……もしかして……もしかしてだけど、まさかラシャさん、本気で言ってる……?

え、何で……だって、今日初めて、会ったんだよ?

そんな相手に何で、本気で求婚できるの?

ああ、でもでも、もし冗談じゃないなら、ちゃんと答えなきゃ失礼だ……!

けど……どうしよう、なんて言ったらいい?


「あの、お話、終わりましたか? ラシャさん、貴方にお任せしたい依頼があるんですが、引き受けて戴けますか?」

「え、何言ってんの? 俺、今依頼から帰ってきたばっかりなんだけど」


私が混乱していると、ギルドの職員さんらしき人がラシャさんに声をかけた。

告げられた内容に、ラシャさんは不機嫌そうな声を出す。


「承知しています。ですが、ギルドマスターの指示ですので。内容は隣街までの護衛で、依頼主はこちらの方です」


職員さんはそう言うと1歩横にずれ、背後の人物を振り返った。

そこにはピンクブロンドの髪の、可憐な女性が立っている。


「え、この人の護衛? やるやる! 初めまして可愛いお嬢さん、俺はラシャ・チャボック、Aランクの冒険者だよ! ね、良かったら俺と結婚しない?」

「……えっ……?」

「受けて戴けるのですね。ではこちらで手続きをお願いします」

「了解! あっ、じゃあねシズル・ホウジョウちゃん! またね~~!」


女性を見た途端キラキラと目を輝かせたラシャさんが発した言葉に固まった私を他所に、ラシャさんは手を振りながら女性を連れ、職員さんと共に去って行った。

私はそれを呆然と見送る。

……えっと……誰が、何を、残しておくって……?

もうっ、もしかしたら本気なのかもなんて思って真面目に答えようとした私が馬鹿だったよ!

もうチャラ男なんて信用しないっ!!

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