職業体験 2
「それじゃ、早速依頼こなしに行こっか! まずはその辺の魔術師に頼んで治癒魔法をストックさせて貰わなきゃね! シズル・ホウジョウちゃん、お手をどうぞ?」
「えっ? ……ええと、治癒魔法をストックって、治癒魔法が必要なんですか? どんな依頼なんです……?」
にこにこ笑って手を差し出したチャラ男冒険者さんのそれをさりげなく避けながら、私は依頼内容について説明を求めた。
「ん? 魔動宮に、人命救助に行くんだよ? 新人に毛が生えたくらいの冒険者がね、調子に乗って予定してた階より深く潜ったらしくてね。で、予想外の魔物に襲われて命からがら逃げ出したのはいいけど、怪我した上に気力も失せてもう動けない助けてくれ~って通信を出す、お決まりのコースなんだって。笑っちゃうよね」
「こら、口が悪いぞ」
「え~、そう? でもその通りでしょ、マスター?」
「う……む、まあ……そうだが」
私の質問にどこか皮肉げに答えるチャラ男冒険者さんを、ギルドマスターさんがたしなめる。
けれど全く気にした様子もなく更に軽口をたたくチャラ男冒険者さんに、ギルドマスターさんは言いにくそうにしつつも肯定の返答を返した。
「でしょ? 全く、手間かけさせるよね。帰ってきたらうんとお説教よろしくね、マスター」
「ああ、わかっている。その点は任せろ。だからお前は、魔動宮の魔物からしっかりこのお嬢さんとあいつらを守って、無事に帰還しろよ」
「もっちろん! シズル・ホウジョウちゃんは俺がしっかり守るよ!」
「……あいつらもだ、あいつらも!」
「あ、あはは……」
二人のやりとりに、私は乾いた笑い声を上げた。
……けど、そっかぁ、魔動宮に行くのかぁ。
魔動宮とは、世界各地に点在するダンジョンの事だ。
規模は各魔動宮ごとに違いがあって、小魔動宮、中魔動宮、大魔動宮と分けられていると文官さんの説明にあった。
小魔動宮は30階まで、中魔動宮は60階まで、大魔動宮はそれ以上の階層があるらしい。
そしてこの魔動宮は、一定期間ごとに各階層の造りが全て変わるのだそうだ。
だからマッピングをしてもあまり意味はないし、階層攻略という達成感も得られないけれど、"変わる"という事で冒険者の探求心を飽きさせず、その足を繰り返し魔動宮へと向かわせる、らしい。
この魔動宮は元々は魔宮と名付けられていたそうなのだが、造りが変わる事が判明した後、魔動宮と改名されたそうだ。
魔変宮じゃなく魔動宮なのは、単に言葉の響きの問題らしかった。
「さてシズル・ホウジョウちゃん、マスターとの雑談はこのくらいにして、行くとしよっか! ささ、お手をどうぞ!」
「あ……えっと、なら私、魔術師さんに治癒魔法ストックさせて貰って来ますね。2階の食堂にいますかね?」
「ああ、ならば私が仲介しましょう」
「あ、ありがとうございます」
ギルドマスターさんとのお話を切り上げたチャラ男冒険者さんが再び伸ばしてきた手をまたさりげなく避けながら、私が2階を仰ぎ見ると、ギルドマスターさんから有り難い申し出があった。
お礼を言って、共に2階へ向かう。
「……ちぇ、また上手く逃げられちゃった。残念」
チャラ男冒険者さんはそうポツリと呟いて、私達の後をついてきた。
★ ☆ ★ ☆ ★
「ねぇねぇシズル・ホウジョウちゃん。君の好みの男性ってどんな人?」
「えっ……えぇと……さあ……?」
「あれ、もしかして考えた事ないの? じゃあさ、年上と年下なら、どっちがいい?」
「え……さ、さあ……どっちでしょう……?」
治癒魔法をストックさせて貰い、ギルドを出発した私達は、小魔動宮行きの馬車に乗った。
この近辺には小魔動宮と大魔動宮があるらしいけれど、今回行くのは小魔動宮らしい。
まあ、依頼の内容が新人に毛が生えたくらいの冒険者さんの救助だから、場所が小魔動宮なのは当然と言える。
そんな人が向かったのがもし大魔動宮だったら、助けを求める依頼を出す前に命はなくなっているだろう。
小魔動宮と大魔動宮では、魔物の強さも差があるのだろうから。
小魔動宮までの移動時間は、約1時間。
その間は、馬車にある小さな窓から景色を見ていようと考えた私だったけれど、チャラ男冒険者さんはそれを許さなかった。
馬車が動き出した途端、質問責めを開始したのである。
「う~ん、これも答えられないかぁ……。……あっ、じゃあさ、この世界へ来てから今まで関わった男性の中では、誰が一番好感持てた? これなら、答えられるでしょ?」
「え」
……この世界へ来てから、関わった男性……?
私の脳裏に、数人の男性の顔が浮かぶ。
「そう……ですね。それなら、答えられます」
「うんうん。で? 誰? もしかして、俺?」
「いえ。文官さんです」
「あれ、残念。……でも、"文官さん"って?」
「ずっと私達にこの世界の事を教えてくれている人です」
「ああ、うん、それはわかるよ。でもそうじゃなくて、名前は? まさか文官さんってのが本名じゃないでしょ?」
「えっ……な、名前……?」
……あれ?
そういえば、あの文官さんの名前、知らない……。
う、嘘、ずっと文官さんって呼び名があったから、気づかなかった……!
「……え、もしかして、知らないの? 今までずっと関わり持ってたのに?」
「うっ……!」
私の様子から、文官さんの名前を知らない事を悟ったらしいチャラ男冒険者さんが、軽く目を見開いて驚いたように言葉を投げかけてくる。
私は何も言えず、俯いた。
「……うわぁ。長い時間一緒に過ごしてるのに1度も名乗らないとか……ねぇシズル・ホウジョウちゃん。そんな男やめない? 俺のほうがきっとずっといいよ? あ、俺ね、本名ラシャ・チャボックっていうの! ラシャって呼んで。あ、何なら、"あなた"とか"旦那様"でもいいよ?」
「えっ? い、いや、ちょっと待って下さい? や、やめないとか、そんな……私は別に、そういう意味での好感を文官さんに抱いてるわけじゃなくてですねっ……!」
「え、そうなの? ……一番好感を持ってる相手でもそこまでじゃないって事は……。……ふぅん、そっか。シズル・ホウジョウちゃんは、まだ全然誰にも心動かされてないって事なんだね! じゃあさ、やっぱり俺にしよ? この世界は一妻多夫制で、俺と結婚したとしてもまだ他のやつとも結婚できるんだからさ、ちょっと軽い気持ちで、俺と結婚してみない?」
「え、ええ!?」
か、軽い気持ちでって……そんな事できるわけありません!
なんて事を言うんだろう、この人は……!
さ、さすがチャラ男、恐るべし……!!




