夜と目薬ティッシュのなみだ
ある日ある夜ある兵士が自身の仕える貴族の家に幼子を連れてきた。
その兵士が貴族に仕えて数十年、一度としてなかった出来事に貴族は「その子はどうしたのだ」と不思議そうに尋ねた。すると兵士は困り顔で「これは私の息子です」と幼子の頭に手を置き答える。
なんでも兵士の話によると兵士の妻は妹の出産に立ち会う為に家を空け、幼子を一人家に残すわけにもいかず仕方がなく連れてきたという。
その話を聞いた貴族は「それならば私の娘と遊んで欲しい、きっと喜ぶだろう」と兵士の息子を預かり、そのまま兵士と共に国の会議へと向かった。
部屋に残ったのは兵士の息子と貴族の娘、ちょうど同い年くらいだった。
何をしたらいいのか戸惑った貴族の娘は、とりあえず互いに自己紹介。その後また沈黙が訪れたが、貴族の娘が絵本を取り出し一緒に読もうと誘いでる。兵士の息子は誘われるがままに隣へ行き、貴族の娘が読む絵本を黙って聞き続けた。
絵本が四冊目になった頃、貴族の娘がある事に気が付き兵士の息子に「面白くなかったのかな」と尋ねた。兵士の息子は「面白いよ」と子首をかしげながら答えると、貴族の娘は一度絵本を置き「でも全然楽しそうな顔をしてないわ」と少し頬を膨らませた。
そう、兵士の息子は最初からずっと無表情で読まれて行く絵本を聞いていたのだ。
「ああその事か」と兵士の息子は「そういう病気なんだって」と、悲しむ様な表情も悔やむ様な表情もなく、無表情のまま淡々と貴族の娘に返した。
貴族の娘は「辛くは、寂しくはないの」と心配そうにするが、兵士の息子は「別に困っていない」と答える。
その様子が心配からなんとかしなくてはと変わり、貴族の娘が「それなら私にまかせてよ」と胸を叩く。兵士の息子は当然訳も分からない、分からないけれどとりあえず「わかった」とだけ答えて貴族の娘の行動をおとなしく待った。
最初に出てきたのはビックリ箱。貴族の娘が以前貰って盛大に驚いた玩具だ。箱の蓋を開けようとすると、ばね仕掛けのピエロが箱から飛び出し、開けようとした人物を驚かせるシンプルな玩具。しかし兵士の息子は箱からピエロが飛び出しても、飛び出したピエロが勢い余って顔に当たっても眉ひとつ動かす事はなかった。
今度はつい最近凄く泣いた絵本を読み聞かせてみるも涙一つ流す事はなかった。逆に貴族の娘が読んでいる最中に涙が止まらず、途中から兵士の息子が読んであげる事になっていた。
貴族の娘は悔しくなったのか、今度は兵士の息子の脇や横腹をくすぐり始める。だがこれも無反応、無表情。一生懸命やった所為か、貴族の娘は息も肩も上がって疲れ気味だ。
「もういいよ」と兵士の息子。「駄目だよ」と貴族の娘。「すこし待ってて」と貴族の娘が言うと、机の上から小さな袋を持ってくる。
袋の中には絆創膏に化膿どめ、綿棒にガーゼなどと色々入っていて、貴族の娘はその中にある目薬を兵士の息子に渡した。兵士の息子が表情はそのままに貴族の娘と目薬を交互に見て「これ、どうするの」と尋ねる。「それを普通に目にさして、そのあとにティッシュで目を軽く押さえる。ほら早く」と貴族の娘に急かされるがまま、兵士の息子は言われた通りに行動をする。「擦っちゃ駄目だよ」「これで何があるの」「いいから抑えたらティッシュをそのまま外して、くしゃくしゃにしちゃ駄目だからね」と無表情のまま貴族の娘の言う事に従った。「ほら見なさいよ」と貴族の娘は兵士の息子が使ったティッシュを指差し、「このティッシュ、あなたの目と目薬の後で泣いてるみたいでしょ!」と満面の笑みで告げてくる。「なんだそれ」と兵士が息子は貴族の娘に向って言うと、貴族の娘は声を上げて喜んだ。
兵士の息子のそのあきれ顔に。
残った輝く一筋の光を、思い出を胸にいつまでも。
どうも、目薬はハンカチよりもティッシュで拭う事が多い人、時雨煮です。拭うと言うより押し当てると言うか何というか。
寝る前の息抜きというか妄想のゲプォォォ第二弾。『夜』が続いてますが一応前の『夜が来ないくに』の続きというわけではありません。
このお話、目薬ティッシュは実際に僕がやって出来て「なんかこれ泣いてるみたいだ」と思ってから生まれました。綺麗に、上手に出来たのは最初の一回のみでしたが、いまも目薬をさす時は気にしながらやってます。もしかしたら無心でやるのが一番なのかも……。
皆さんもお暇な時に試してみてはどうでしょう? くだらないけれど上手にできたらちょっと嬉しい、そんな目薬ティッシュ。
最後になりましたがこのお話を読んでくださって誠にありがとうございました。
他のもちらほらと進んでおります。成るべく年内には次話を投げ込もうと思いますので、もしよろしければそちらもお付き合いしてくださるとうれしいです。
それでは風邪にお気をつけて……また次回お会いしm、出来る事を願っております。