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交錯した思い


 ――血、だ。


 血の匂いが嗅覚を満たす。


 ――血、か。


 黒ずんだ大量の血が、床の色を変える。


 ――死体だ。


 至高の王の場を、幾重にも折り重なり穢した。


 ――死んだの、か?


 そうか……彼女は、やっと……死んだのか……。


「いらっしゃいませ、我が王よ」


 血の匂いが満たした絢爛豪華だったろう広間ホールには、一人の女が立っていた。明かりも無い、月明かりのみがその場を照らす。――だから、私が認識できる場所が少ない。


「……誰?」


 顔が見えない中、"王"と呼びかけられ、吐息が笑う。相手からは私が見えていて、敢えてその呼び方をしているのか、それとも誰かと勘違いしているのか。

 そんなことはどうでもよかった。ただ、唯この心を満たす感情は――警戒。


「僕は、ずっと貴女を待っていたの……」


 靴が水を踏む音がする。


「待っていたけれど、会いたくなかった。目覚めたくなかった。でも、エ××××」

「――泉が、目覚めてしまうのなら、あたしも起きなくちゃいけないの」


「……実、花……」


 月明かりに踏み込む影は顔を表した。

 愛しい幼馴染が、私を目を合わせても笑うことなくその背景を自分のモノにしていた。


「初めまして、泉」


「あんた、実花じゃ、ない……!」


 目が、悲しそうに下方へ行く。


実花それだよ。僕は紛れもなく実花だ。でも、泉との思い出はあまり与えられていないし僕は泉と一緒に天上へ渡っていない。……知ってほしいの、あたしのこと。あたし、泉を殺すから」


「は……?」


「あたしは――、システム。一つの、システム。泉を守る為に殺すシステム。泉がさっき僕を食べたから、こうやってある意味無害な状態でお話が出来るの。嬉しいな」


「……!怪異の正体!?……成程、実花の姿を騙って私を殺す心算なんだね」


「今は殺せない。けど、次は必ず殺します」


「妹を殺して、私を殺して、――その先があるようには思えない。お前がしていることは全くの無意味だ!」


 女は緩やかに首を振った。


「意味はある。意味なら、ある。教えましょう。明かしましょう。……僕は、泉を天上へ渡らせない。その前に殺す。何度でも殺す。何度でもこの街を穢して、貴女の在処を侵します」


「無意味だよ。何度でも私とエリスで浄化してやる!」


「――ええ、どうぞ。何度でもあたしを食べて、食べて、食べて、食べて死んでください。そっちの方が、僕は嬉しい。どうせ貴女はあたしが殺すんだ。それなら、一緒に果てませんか?」


 狂気に染まった目が、恍惚に微笑んだ。そして、すぐ後に――瞳に、涙を湛えた。


「――けれど、僕は……!ねえ、笑ってください。笑って、幸せだって笑っていて。何も知らなくていいの、何者にも関わらないでくれたらよかったのに!あたしは起きたくなかった……ずっと、ずっと、泉が幸せそうに笑う声に抱かれていたかった……!」


 水音が響いた。私は、足を固められたようにその場を動けなかった。


「僕のことなんて思い出さなくてもいい!僕以外を、好きに成っても構いません!誰とだって、結ばれてもいい……!だから、だから!お願い泉!もうこれ以上、関わらないで!あたしのことは見捨てて!湊くんも、あたしも、アスティンも――全部捨ててよ……!」


 血に濡れるのも構わずに、実花の姿を象った怪異が私へ膝を付いて抱き着いた。

 ――騙されるな、これが手だ。この怪異は恐らく、形というものを持っていない。あの日、恐怖で私を殺せなかった。だから次に取る手がこれなのだ。笑わせる。偽物の言葉なんてどうして私に響くことがあるのだろう。


「……全部捨てたら、あんたはこの怪異を止めるの?」


 涙に塗れた顔が私の方を向いた。その顔は、絶望に染まった色で笑う。


「――無理、です」


「……無理……」


「殺します。今回は、駄目だ。スワードが泉に触れているから。あたしが、起きてしまったから。今回は、殺します」


 いきなり膝の力が抜けて、私は血だまりに膝を付きそうになった。しかし、その先に転がっていた死体にバランスを取られて私は尻餅をつく。血が、私にも手を伸ばす――女が、頬に触れる。


「……ごめんね、泉。けど安心して。これが最善なの。貴女を守る、最善の策なんだ。信じて、信じて?安心して、大丈夫大丈夫――」


 女は、そう言って笑った。


「だから、今世は死のう?……来世は、泉が幸せになる事祈ってる。それじゃ……





 ――おやすみ」






























「―――――!上山さん!」


「……鏡子、ちゃん……」


「泉さん……!心配した……!」


 先生に抱き起されて、私は霞む視界を擦った。


「上山泉の意識を確認した!真理ちゃんに連絡を入れろ!」


「真理……?真理は、もう――」


「何寝ぼけてんだ!真理ちゃんが俺達に上山泉の所在を連絡してくれたんだ!まっったく!何無茶なことしてんだよ!」


「……真理は、生きてる……の……?」


「上山……真理さんが、協会に来たのです。それはもう、焦ってね。ですから鏡子達も急いで上山さんの下へ向かいましたが――……何馬鹿なこと、したのです」


 今気づいたけれど、私の右手はずっと鏡子ちゃんが握っていた。不思議と寒いと思わなかったのは、鏡子ちゃんから流れてくる気が暖かかったからだと思う。

 そして何より、真理の生存が嬉しかった。嬉しかった……はずなのに。


 どうしてだろう。涙は、出なかった。


「……?鏡子、ちゃん?」


 下を向いて黙る鏡子ちゃんの意図がわからなくて、つい先生を見上げる。私を支えている先生は厳しい顔を隠して、曖昧に笑った。


「普通なら死んでいますわ……こんなの、こんなの……!鏡子の浄化が、飲み込まれ続けているのですもの……!」


 私は首を傾げた。意味がわからないから、この話はもうよそう。ましてこの状態の鏡子ちゃんに問うても、望む解答は得られない。


「先生、さっき私……夢を見ました」


「上山さんっ!」


「安倍さん、少し落ち着いてそれを続けて、ね。――うん、夢か。どんな?」


 視界から友禅さんが携帯を握って消える。鏡子ちゃんは口を強く噤んで、私の手を強く握りしめた。そして私は――、夢の内容を話す。淡々と。


「血塗れたホールに、女の人が立ってました。血の匂いが凄くて……、女の人は血まみれで。そして私に気付くと、『いらっしゃいませ、我が王』って言ったんです。そして、女の人は怪奇の正体だと思います。そう言ってたから……、実花の姿で言ってました。自分はシステムだ、と」


「システム……」


「私を、殺すためのシステムだと」


「何ですって……!?」


 声を上げた鏡子ちゃんとは対照的に、絶句したのが先生だった。私は其れを観察していた。どんな反応をしてくれるんだろうか、と何処か遠くで。そして隙を突かれたかのような動揺の色に少し好気の色を私は浮かべてしまった。


 その安堵が、引き金となったのか。突発的な頭痛が襲い、私は遅れた声を引いて頭を押さえた。


「浄化が……鏡子の浄化が……っ!」


 現実に引き戻された先生が私へ声を掛けようとした時、突如この空間の誰もが感じた――歪みを。


「上山さん、自分をしっかり持ちなさい。自分を忘れてはいけません、いいですか。今は耐えるのです!」


「だいじょ、うぶ……!」


「――何だよ、あれ……」


 途方に暮れた声がした。私は何とか目を開いて、声の主――友禅さんへ目を向けた。森の隙間から覗き込む呆けた顔。その手が落とした――携帯。


「……どうしたんですか」


 よくない知らせを告げられる。


「……わけ、わかんねえ」


 あの女が、笑う。全て平らげて、青く戻った空を再び染めていく――。


「あれって、高校……だよな」


 友禅さんが指を差した先。その先を見る為に立ち上がる。ふらつく足元を支えられながら、見た先に……。


「――怪奇ィ……‼」


 暗幕に覆われた学校があった。一度目の襲来以降、更に綿密な結界を張ったと言った鏡子ちゃんをまるで赤子の手をひねるかのように馬鹿にした様な事態。屈辱なのだろう。声を歪めた鏡子ちゃんは、その目を鋭くした。


「システム……の、作動だねあれは。つい先ほどまで夢で会話していたんだよね?……全く、手が早いな」


「…そう、ですね。でも、起こったものは仕方がない。――行こう」


「いいえ。ここは鏡子が参ります。上山さんは妹さんと一緒に協会へ避難を」


 鏡子ちゃんと目が合う。


「あれは私を狙ってるんだから、私が行かないと」


「――いいえ。鏡子だけで十分です」


「……その根拠は!」


「根拠?根拠ですか?ふふ、馬鹿ですわね!――本当に!鏡子を誰と心得ますか、未熟者!鏡子は安倍晴明の生まれ変わりとも呼ばれる存在。……これ以上、馬鹿にされるのは癪に障るというもの。これ以上!街を蹂躙されるのは何物にも変え難い怒りというもの!」


「……た、しかに鏡子ちゃんは凄いよ。強いよ。でも、あれは――あれは、妖なんかじゃない!」


「おほほ――何も知らない小娘が何を言っているのでしょうか。無知はお黙り為さい。鏡子……上山さんに言いましたよね?『自分を知れ』と。……どうなんですか?少しは、上山さんがただの人間じゃないことが、わかりましたか?」


 覗き込まれた目に、言葉が詰まる。止めないと、いけないのに。


「たとえ知っていたとしても――こればかりは鏡子の役目。この土地は、我々安倍家の守護下なのです。……上山さん、たとえ上山さんが人で非ざる者であろうとも……この土地は、上山さんを知っている。土地は母です、母は子を守りたがるもの。だから、鏡子もここは大人しく陰陽師顔をするとします」


「……ま、待って!待ってよ鏡子ちゃん!違うんだって、これは、そういうものじゃない!祓えばいいとか、鎮めればいいとか、そんな生温いものじゃないんだって!一歩間違えば、死――」


「泉さん、ストップ。駄目だよそんなことを言っては。安倍さんだって……いつも、命がけなんだ」


 はっとした。見上げた鏡子ちゃんの顔に、私は目を伏せざるをえなかった。


「安倍さん。君は本当に良い守護者だ。わたしも、君のそういう所好きだよ」


「ま、まあ――」


「――けれどね、わたしも泉さんと同様に今の作戦には反対だよ」


 鏡子ちゃんが固まる。


「……少なくとも、君一人なのは反対だ。行くなら私が同行しよう。けれど、その前に――」


「っと悪ぃ。話に入るぞ。……下に、上山泉。あんたの妹を乗せた車が待ってるんだけど……よ。――どうすんの?」


 遠慮がちの声に、皆誰も声を発せなかった。私と鏡子ちゃんはずっと睨み合ってるような、逸らし合っているようなそんな距離だった。


「――よし、一度協会へ戻ろう!」


「先生!」

「アスティン様!」


「――よし、もどろーう!!」


「お姉ちゃん!」


 雑ついた場を一瞬にして取り去った一声。失ったと思った声は思いのほか胸に響いた。


「真理……」


心が弾かれた。


私が捉えた顔は、確かに真理だった!鏡子ちゃんと先生の下を離れて私は自分を転がす様に真理の下へ飛び込んだ。崩れた身体を支えようと真理が手を伸ばす。嬉しくて――私は真理の手を取った。


「真理!よかった……よかった……――!」


「え?何?ちょ、え?まままま待って何何気持ち悪いんですけど!」


 触れる。在る。ここに、居る。

 死んでなんかない、真理は生きている!


 胸を満たす歓び。震える頬、溢れたのは――想い、だけ。


 抱きしめた腕の向こうで、私はやはり戸惑っていた。


 なぜならば――涙が、出なかったから。


**




「--練り直しをしよう。泉さんが出るか否かは最後に決める。わかったね?」


協会の応接間に集まった私たちは各々に机を取り囲んだ。誰がどう見ても体調を犯された私だけが椅子へと座らされていた。


「私が、行きます....」


「最後に、決める」


強い一言だった。強い瞳だった。私にはおし黙ることしか出来なかった。


自由に動かせない身体。

上手く回らない頭。

――これが、エリスの言っていた浄化……。



「正直に言って、時間が無い……のは皆わかっているね?その上で、簡潔にわたしが知り得る限りの……怪奇のデータを提示しよう」


「何かわかったのか!?」


「――うん。泉さんが言っていたシステム。泉さんを殺すため……今回の異変が起こっているのは間違いない。それは何故か?を説明する暇も気もないことをはじめに留意してもらいたい。……ごめんね」


「何だよそれ。そこがわかんねぇと相手の意図がわかんねぇだろ……」


「すまないが、相手の意図を理解する必要はないんだ。――素早く叩く、それで終わりだからね」


 更なる追撃を鏡子ちゃんの足踏みが阻止する。


「実花ちゃんの姿を取っているシステムの正体は――シリウス、と呼ばれる神だ」


「――シリウス!」

「――シリウスぅ!?」


 立ち上がる。そして、先生に詰め寄った。


「シリウス……シリウス、シリウス!また、そいつ!またそいつが私を殺そうとする!実花を、私から実花を奪っておいて!」


「落ち着いて、泉さん……!身体に障るから……っ」


「実花の形を取って、今度は私を辱めるつもりか……!許さない――」


 ふらりと流れた身体を、先生の手が強く引く。


「……座ろう。――で、神と形容して驚いた人もいるね。間違っていない、君たちにとって今から対面する怪異は神で間違いはない」


「……神、ですか。それでは鏡子達は、荒魂となった神を鎮める……そういう認識で間違いはありませんか?」


 鎮める?違う、消すのよ。


「鎮めて奉れば大人しく成る様な神様じゃないんだよね、あれ。神……といっても、神の残留思念のようなものだ。残り続ける限り目的を遂行しようとするだろう。――根本を断つ、それしか手はない」


「ま、待て待て待て!な、何で騎士団長が荒魂的なのになってんだ!何で人間一人狙ってんだ!可笑しいだろ!あの騎士団長様は陛下を守ることしか頭にねーだろ!?」


 私の口角が、静かに上がった。


「うっるさいですね佐倉湊もどき!理由は話す暇がないと今言われたばかりでしょう!この無能!」


「ちが――違うんだって!相手がシリウス様だと、問題なんだよ!」


「は、はあ……?一体何がどういう風に問題なのです――」


「――理由を話す気は無い、と言っただろう」


 一つトーンが下がった、起伏の無い声が響き渡る。水を打った様に静まり返った場に、誰かの喉の音が聞こえてもおかしくはなかった。私は静かに目を伏せた。


「……!申し訳ございません、アスティン様……!」

「すみま、せん……でした」


「――先生。だから、私が行きます。私一人で心配なら、途中まで付いてきてもいいから。でもこれだけはお願い。怪奇を浄化する役目は、私にして欲しいんです」


 先生の目が私を映した――言葉なく。


「平気……なのかい」


「――はい」


「泉さん。君の言う浄化……どういうものか、わかってるのかい」


「――はい。平気です。アンスが傍に居ないけど……戦える。先生、覚えていますか?あの日、先生と私が出会ってからちょっとしか経ってなくて、実花と会いたいが為に屋敷を抜け出したあの日――。アスティンさん、あなたに誓った事があるんです」


 私は今度こそ立ち上がった。


 協会に戻ると言った目に浮かんだ悲壮の色が、私に教えていたこと。其れは、手は一つしかないこと。其れは会議なんて開いても私を止められないこと。其れは――、私を守れないこと?


「守ります。……鏡子ちゃんがね、私を守るって言ってくれた時嬉しかった。誰かに守られるってとても嬉しいことなんだね。――だから、私、皆を守ります。街を守ります。アスティンさん、あなたを――守ります」


 何か言いたげに口を開いた鏡子ちゃんは、手を握り締めて口を閉じた。それでいい、それでよかった。

 アスティンさんは、顔を伏せていた。


 彼の手を取った。彼の目を――見た。


「……上山泉を、信じてください。私は――アスティンさんを信じてる、よ?」


「――ああ、勿論。勿論、わたしだって君を信じてるよ……」


 閉じた目と、握り返された手の強さ。


「ごめん……本当にごめん……。わたしは、出来る限り君を危険に晒したくないんだ」


「アスティンさん……!」


「言っただろう!泉さんを連れて行くかどうかは最後に決めるって。――わかってほしい……!」


 肩を鏡子ちゃんに押しこまれる。再び椅子に座らされた私の横に陣取った鏡子ちゃんが私の頭を数回叩いた。


「怪奇は今や君たちの学校に結界を張っている。あの結界は一つの『世界』なんだ。この世界には存在していないんだよ。部分的に似たような世界を作り上げて、オリジナルの横に限りなく近い場所に置いているんだ。平行世界と言った方がわかりやすいかな?かなり近接しているんだけど」


「あー、さっきのと全く一緒だな。上山泉を探しに入ったあの切れ目の先……一気に閑散としたもんな、この街が」


 僅かに機嫌を損ねた声で同意が流れる。


「怪奇が――あのシステムが作る異界の特徴として切れ目があるのはわかってるね。普通の人間だとそれに気づかずに避けて行くんだけど、たまに落ちる子がいるから……焦ってるんだけどね。一般生徒が迷い込んだら最後だ。システムは、殺すことに躊躇は無い。今回は切れ目を探して入ったけれどその必要はないだろう。わたしたちは招かれる側だ。そこで、何だけどわたし達はこの中に一人、浄化する者を立てる。その一人を守りながらわたしたちはシステムの本体へと向かうわけだ」


「鏡子か……上山さん?」


「その気になればわたしか他者修正機関の職員でも可能だよ。……途中で、人間を見つけた場合に他者修正機関の諸君らに救出を頼みたいんだけど……」


「嗚呼構わないぜ。死なれた方が困るっつー話しだしなぁ」


「よろしく頼むね。それから――ああ、そうだ。システムの外見について情報を提示しよう。泉さんが言うには、それは実花ちゃんの姿をしているらしいんだ。安藤実花――わかるよね?」


 頷いた友禅さんは、ちらりとスーツの人を見た。スーツの人は隠された目元で頷く。


「姿を取っている以上動くよ。恐らくは、標的を誘い込む為に――いや、誘い込まれた標的を捕える為に……かな。動くなら、姿があるならそれは此方にだって同じことだ。殺られる前に、殺る」


「――当たり前だな。それが、俺達のルールだ」


 じ、と見つめる鏡子ちゃんの前で二人は強く頷いた。


「そこで、浄化チームと索敵チームに分かれたい。浄化チームは敵から遠く離れた所で索敵チームが敵を見つけるまで待機してもらう。だから、二チームそれぞれに、擬態に特化した者と特定に特化した者が欲しいんだ。頼めるかな」


「あたりめーだ」


「……感謝しよう、ありがとう。浄化チームは5名程、索敵チームは4名を……3つに更に分けようか。どれくらいで組み分けられる?」


「んー……20~30分、欲しい」


「長い」


「むっ……15分!」


「――良し。それじゃあ……」


「――アスティン様」


 鏡子ちゃんが一声上げて、前へ歩み出た。とっさのことで、私は指先を揺らすだけの反応で終えてしまう。


「浄化の役目をこの鏡子にお任せください」


 鏡子ちゃんは恭しく頭を下げた。そして上げる瞳の凛々しさに私は息を呑んだ。アスティンさんは、ゆっくりと瞬きをしていた。


「古より受け継がれた陰陽道は、代を重ねるごとに極みへと近づいているのです。ですから、ご心配をおかけすることは無いでしょう、ええ、断言しますわ。それに――、もし上山さんを浄化の役目に立てても作戦は失敗に終わるでしょう。なぜならば」


「……私が、負を溜めこんでいるから?」


 私は立ちあがった。ここで、ずっと黙っているわけにはいかないのだ。

 今だ、私が本当に立ち上がる時は。もう座らない。蚊帳の外へは行かない。


「確かに……泉さんの身体にある負は今回の怪異が発する其れと全く同じものだね。いくら職員の擬態が上手くても、あのシステムなら一瞬でわかるだろうね」


「はいその通りです。それだけではありません……恐らく、上山さんの身体は外の瘴気に耐えられない。内側から侵されていて、外側の瘴気を吸収してしまうのならば――今度こそ死ぬかもしれません」


「死なないよ……死なない。わたしは、そんな簡単には死なない」


「いいえ死にますわ。上山さんが引き金となって、皆死ぬのです」


 見据えられた目に、打ち付けられたよう。


「上山さんの纏う瘴気は一種のマーキング。鏡子はあまり知らなので言いたくはないのですが……生半可な馴らしでは、あの怪異に通用はしません。むしろ、逆に気づかれ上山さんを捕られ、鏡子達は全滅する――確実に」


 私は自分の腕を引き寄せた。身を這いずる負素の痛みは、消えると言うより慣れるに等しい。

 私は手の平を見つめた。一瞬だけ、すごく穢れた様に見えた気がして咄嗟に目を閉じた。


「それでも……それでも鏡子ちゃんには無理だよ。あの瘴気は……負素は私にしか浄化出来ない」


「……自分が何者かわからない愚か者が言うようなセリフとは思えませんわ……!無謀と勇敢を履き違えるのは止めなさいな!」


「――わかるの!ここが、そうだって……わかる……!それに、アスティンさん。あなただって、わかってるはずだ……」


 辿る様に噛み合う視線の先で、私達の思いは交差しているのだろう。


「無謀ですわ!上山さんのその何の根拠もない直感の様な愚案で、街をも滅ぼしかねないのに!」


「アスティンさん!これが作戦の最後なんだよね!なら、さあ、決めて!街が助かる最善の選択を、アスティンさんならもうわかってるんでしょ!」


 助けたい。

 助けたい。

 行かせて。

 行かせたくない。


 ――わかるよ、アスティンさんの気持ちくらい。目を見てればわかるよ。


「……安倍さん」


「――はい!」


 僅かな沈黙を破る声に心躍らせた声が被さる。しかし……、


「君に、浄化は……出来ないだろう。命が、惜しいだろうから」


「其れは、鏡子が浄化を行う場合、命を落とす必要がある、ということですか?」


 橙の目はその意見に頷いた。


「そうだよ」


「しかし、それは上山さんも同じです。上山さんの身体にこれ以上瘴気なんて入れたら本当に……本当に、逝ってしまう」


 アスティンさんは鏡子ちゃんの肩を抱いて――、


「ありがとう。優しい子。君は本当に、良い守護者になれるね……」


 頭を撫でた。

 離されたその後、鏡子ちゃんは少し驚いた顔を沈ませて私を見た。私は笑って、大丈夫と唇を動かす。


 鏡子ちゃんの前から私の前へと躊躇する様に動かされる足。男の人だから一つ一つの歩幅が大きい。だから、本人が思うより早く私へとたどり着いた。見下げる視線、その視線の中に感じる暖かさ。


「私が行きます」


「……ごめんね」


「アスティンさんは、こういうの向いてないんだから当たり前ですよ」


 顔を上げて笑った。するとくるりと身体を回されどんどん扉へ追いやられる。抵抗と驚きの声を空しく、開けられた扉から部屋の外へ出されてしまった。


「彼女の回路を僅かに濁して欲しい。――痛み止めと同じ、少し楽になろうね」


 指示を受けたスーツの人達に連れられて行く。声を出しても、アスティンさんはちょっと笑ってすぐに扉を閉めてしまった。今は離れてあげよう。意見が重なる。


 そうか、アスティンさんは私の守護者だから――、一番辛いんだ。








 錠剤を渡され、断られた後に頭に手を当てられた。軽い意識の沈みを我慢して、促されるまま立った。視界を確認して、手を握り締めた。


「……大丈夫です。ありがとう」


 これが回路を濁した結果らしい。一時的な麻酔効果。脳を騙して、正常を視せている。システムを瓦解させるまで持てばいい。あのの姿を取っている怪奇を、どうしても私の手で葬りたい。


 他の人に持っていかれるなんて、嫌。


 アンスを首から外して、一人胸に抱いた。自分の体温で暖かくなっていく石に、小さく語り掛ける。


「アンス。……一緒に、戦おう。どうか、私の勇気の証明に……」


 声はしない。でも私は語り掛ける。私の剣。私の護り石。

 お前だけは最後までわたしの味方で在り続ける、そう信じているから。


「行きましょう。怪奇が蔓延るのを、最後にするために」


「――承知しました。上山様こちらへ、皆用意は既に終えております」


 協会を出て、再びアスティンさんの前に立つ。大きい背が光を隠し、私に影を落とした。私は静かに頷いた。アスティンさんは遅れて、頷いた。


「連絡は怠らないで欲しい。随時連絡を入れて、危険があれば知らせる事。――いいね?それじゃ……始めよう」


「……まじ?」


 アスティンさんの言葉が終わる前に鏡子ちゃんに腕を掴まれた。え、と思い腕を見るとアスティンさんの言葉が終わると同時に視界がシャットダウンする。これは、こ、この感覚は――!


「無理無理鏡子ちゃん私徒歩で移動したいな!!」


「――馬鹿ですか!?」


 普通の人間では無く、超越した人型の集まりだった……忘れてた……徒歩で、移動する必要なんかないのだ。彼らには……彼らには……!


 折角体調を戻したのに、私は酔いに似た瞬間的な移動への拒否反応に到着早々苦しめられました。

メーデーメーデー……、次回は学校へと突入します。

怒涛の展開です、お見逃しなくッ!(仮)

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