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求める、思い知る

 獣道を駆け上がっていくと、まだらに桜色が目に入る様になった。それは上がるたびに増して行き、ついには辺りは桜の森へと姿を変えた。もはや獣道は桜で覆われたカーペットの様だ。規則的な息遣いが木霊していく世界、それは私の呼気だった。


「……如何した」


 急に足を止めた私を不審に思ったのだろう。玄武が振り返りそう述べる。私は……、私は何か後ろ髪を引かれるような気がして桜道を振り返った。


 誰か、居るような気がして。


 ――いいや、誰かいる。


 ただ立ち竦む誰か。私を呆然と見ている誰か。わからない、わからないけど誰か私に語り掛けている。其れは、言葉ではなく。其れは、音にさえ成っていないのに。


 行かないで。


 そう言って、何かが泣いている。


「――行こう。汝は、己を探すのだろう」


「……うん」


 ごめんね、そっちには行けないの。


 心の中で呟いて、背を向けた。木が背後から吹き込む風でざわめている。一歩前へ足を進めるたびに、一歩ずつ森があけていくたびに。


 意識が冴えわたっていく。


 心の波が落ち着いていく。――言い換えれば、何もかもの慌ただしい感情を隅へ追いやっていく、様な。


「十二神将が一人、玄武のお節介はここまでだろう」


 金色の光が差し込む影に、玄武は立ち止まった。そのまま道を開けて奥を指さす。


「さあ、行くが良い……娘よ。そこに答はある」


「街を元に戻す方法、見つけるから」


「ああ」


 お互いに頷いて私は玄武の前を通る。何だろう、この気持ち。私が、私だけの様な久しぶりの支配感。脳の全てが――私の思考だけで廻らされる。


「……我が古の主、エリーシアよ。疾く御心の闇が晴れる事を――お祈り申し上げる」


 玄武さんが行く私の背に呟いた言葉は風に消えた。私はただ、前を見て昇り続けた。そこに、何があるのか。そこに、――誰が居るのか。


 何だっていい。誰だっていい。どんな希望が迎えようが、どんな絶望が笑っていようがそこに居るが良い。私はありのままを受け入れるだけだ。私はその中から最善を探す。


 そして、すぐ助けに行くから。――実花、待ってて。湊も。


 



**








 そもそも、月と云うものは夜に金色に光るものだ。眠りにつく人を、街を、太陽を見守る為に夜空のど真ん中に我が物顔で居座る。

 司るは夜。夜においては全てが月の支配下。誰も月の監視からは逃れられはしないのだ。



「……赤いわね、月……」


 目の前に立つ少女。黒い髪を金に染めて、違う服装を見に纏い、全く同じ顔で赤い月を見上げる女。

 薄紫の花が咲き乱れる丘で、私と、わたしは対峙した。


 その丘は、街の景色を拒んでいた。浮かべる空に遊ばす色は日暮れの金色。黄昏た、傾いた陽――の代わりに赤い月を浮かべている。


「エリス……」


 エリス、と名を告げた光景が鮮明に思い出せた。そのままなぞる様に名を呟くと、エリスは振り返り微笑んだ。私の顔で、私の身体で、わたしは笑う。髪をこの黄昏に染めて、真っ黒な瞳で微笑んだ。


「私、エリスもどっかに行っちゃったって思ってた。けど、違うね。エリス……ずっと、私の中に居たんだ」


「そうよ」


 エリスは頷くと、自分の手を胸元に持っていき顔を上げた。


「あの時、湊から強引に引き剥されるかと思ったわ。――何のこと言ってるか、わかる?」


「わかるよ」


 この世界に戻される前の……ほんの直前の出来事だ。苦しい水中で、湊に抱きしめられた時の。


「駄目なのよ。わたし達、離れてはいけないの……。少なくともわたしはそう思ってる。お前の為にも、わたしの為にもわたし達は離れてはいけないのに、あの子はそれを良しとしなかったようね。――竜だもの、仕方ない……」


「竜は優しい。そして、愚か」


「……ええ、そうよ――」


 エリスは目を細めると、想いを馳せる様に目を閉じた。


「――離れてはいけなかったから、離せないから湊は強引に意固地になって離そうとした。けど出来なかった。引き離そうとした分力は大きいわ、戻る力もね。そしてわたしとお前はぶつかった」


 けれど、とエリスは続ける。


「今は、湊のその選択を受け入れましょう。喜びましょう。――わたし達、お陰でもはや一つ。この街の負素も安易に取り込めるわ」


 エリスは手の広げた。まるで、この景色を自慢する様に頬を上げて。


「この丘は、約束の丘。わたしに贈られた、一つの聖域。ここでなら、かつての疑似的な力を取り戻せるわ。ねえ、泉。お前はどうしてここに来たの?」


「街を、元に戻す為に」


「――妹を、犠牲にして?」


 答えられずに口を閉じた。痛む胸が、苦しい。


「それと……」


「ん?」


「――エリス。私は、あなたを知って、私を知ります」


 きょとん、と目を丸めながらエリスは手を降ろした。


「知って、何がしたいの?目的は?その動機に至る理由は?お前は、わたしを知ることで何を手に入れるつもりなの?」


「自分自身を、知りたいの……!」


「ああ……。自己証明、ってこと」


 風が二人の髪を鏡写しの様に靡かせる。


「けれど、それ、無理よ」


「……え?」


 ドクン、と鼓動が脈打つ。


「それは、無理。本当に無理なの。最初の一歩から無理。お前は、自分を知るために最初にする事、初めの一手を奪われているもの」


 心臓の音が、頭に響き出した。


「……複雑なまじないだわ。本当に……。ある疑問は疑問に成らず、ある嫌悪は嫌悪に成らず、ある恐怖はその姿を変えてしまう。……お前に害はないわ、害というよりもむしろ……」


「――それじゃ駄目。それじゃ、駄目……!」


 私が膝を付いたことで、足元の花を潰してしまう。それを見てもそのことに頭が回らない私の視界に、足が映った。


「あの日、全てを教えてあげるとわたしはお前に言ったわね」


「……うん」


「聞きたい?そうすれば、初めの一歩を阻む障害を壊せるわ」


 頬に手を宛がわれて、深い、黒を覗いた。


 覗いた先に映っていたものを見て私が最初に思ったのは、嗚呼私ってば随分疲れた顔をしているな、というものだった。そういえば、疲れたな、と次に思った。何で疲れてるんだっけ、と思考を回しても上手く回らない。ぽろ、ぽろろろろと錆びれた歯車が回りながら朽ちていくように脱線していく。


 ああ、駄目だ。考えないと。



 ゆらりと頭を支えて、私は小さく首を振った。

 感嘆に似た吐息が落ちる。それでも尚、強く首を振った。


「いいえ、いいえ――いいえ!私は……私はもう、それをするのは嫌……!」


 頬にある手を掴む。強く。


「きっと聞いてしまえば私、それのせいにする。全てをそのせいにする。――全部!全部!私は……」


「泉」


 エリスが私の言葉に割って入った。


「わたしね、×××××っていうの」


「え――?」


「×××××」


 ノイズが走る。頭にもやがかかる。そして、ぐにゃりと曲がる視界。視界が戻った時、エリスは私を憐れむ様に笑っていた。


「あげるわ。……後はお前が見つけなさい」


 私は、何かを貰ったらしい。このノイズか?これが、ヒント……?


「エリス」


「――さあ!久しぶりに仕事でもしましょうか!」


 呼びかけた声は上から塗りつぶされた。離れているエリスの背後を追う様に私も丘の先へ立つ。見下ろしても雲海が下を覆うばかりだった。


 霞のかかった真下に、一体何があるというのか知る由もない。不安気にエリスを見る私に、エリスは先程とは打って変わった表情で――誇らしげに――笑うのだ。


「不安にならなくてもよろしい。安心して、此処でならお前も理解わかるわ。たとえ性格や人格が変わっても、魂の本質は変えられない。素晴らしいでしょう、そして何て残酷なのかしら!」


 エリスは大きく息を吸った。それに習って私も大きく息を吸ってみる。そしたらあら不思議、まるでエリスと感情がリンクしたみたいに私にも昂揚感が生まれた。

 大好きなスポーツを、みんなでプレイできるような。テスト期間空けにみんなで遊びに行くような。そんな――昂揚感であり、万能感。


 大気に身を任せて、目を閉じた。



ひかりの雨を降らせて、街に降りた負素を全て平らげるわ!一気にこなす、彼奴の思い通りには絶対にならないことを示してやりましょう――いくわよ、泉」


「――うん!」


 お互いに片手を握り合う。強く握れば握るほど、離れていた部分が重なり合う。


 感覚を一つに、感情を一つに、思考を一つに、視界を一つに――心を一つに。









「さあ、還って……おいで」



 



 視界が一気に黒に染まった。目を開ける。


 景色が一変していた。


 黄昏は追いやられ、赤い月が丘に昇る。闇夜のその中に堂々と君臨する。丘に吹いていたそよ風はその影をすっかり潜めていた。


 エリスは月を見上げて、目を閉じていた。一瞬泣いている様な錯覚に襲われたがよく見るとただ目を閉じているだけだった。

 なのに、どうして私はこんなにも泣きたいのだろう。


 記憶の無い後悔の念が私を苛む。どっしりとした重圧に塗れた闇は、今にも私達を喰らいたくてしょうがないようだ。


「きつい……」


 言葉に出しても、楽に成らない。胸が痛くて、頭が痛くて、身体が怠くて、私は花畑に膝を付いた。ついた先から枯れていく花達。私の汗を受け止めた花も抵抗することなく朽ちていく。


 ついに私は、崩れ落ちた。広がった枯花の海に身を沈める。何かが、私の中から私を浸食していっている。身体を動かす事さえ出来ない。許されたのは、生理反応だけだった。涙が零れていく。苦しみの涙か、それとも――誰かの、それ、か。


 息さえ儘ならなくなってきた。肺さえも侵されて、丘を看取る私の視界は同じ黒に移り変わっていく。


「エリ、ス……」


 辛うじて留めた視界で彼女を呼んだ。聞こえるはずもない――そう思っていたのに。塞がる前に彼女は振り返った。


 相変わらずの黒い瞳で。



 失せた視界に声が一つ木霊した。


「本当に……お前は、わたしのことが嫌いなのね――」


 それは、間違いなく私の声だった。



一週間ぶりだ……(絶望)

中々中々中々に~~~~、展開が下書き通りに進まない……。

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