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はぁ?

「あら……泉、熱あるわね」


「んー……?」


「今日は学校休みなさい。授業もあんまり進まないでしょ?」


「んー……わかった……」


「じゃあお母さん仕事行くから。何かあったら連絡するのよ」


「うん……いってらっさい」


「はーい」


 熱?そんなもの本当にあるのだろうか?私からしてみれば、熱よりも体中の痛みが苦しい。鏡を見ても傷だらけなのがわかるのに、ママはそのことについては一切言及しない。


 まるで見えてないかのように。


 はあ、と息を吐いて私はベッドに座った。お尻を沈めて、僅かな物思いに耽る。そういえば――……夢の中のスワードの性格……あのシリウスとごっちゃになってるよなあ……。さすが夢、意味わかんない。やめてよね、シリウスとスワード何て全く違うのに。なーんで、混ざっちゃうんだろう。


 嫌だなあ……。


「んっ!?あっ、チャイムか。はいはーい!」


 突然一つ、チャイムが響いた。急いでインターホンを見ると、


「……どちら様ですか?」


「あら?安倍鏡子と申します」


 鏡子ちゃんが映っていた。制服で。訝し気にカメラを覗くので、私は急いで玄関を開けた。


「どうしたの鏡子ちゃん!」


「ふふっ、鏡子、付かず離れず見逃さずをモットーとしております。――カメラ、壊れていますよ?」


「いや、壊れてないんだけど……んまあ、いいや。どうぞ、あがって」


「はあい」


「……上山様の、ご自宅ですか?」


 下げかけた視界を上に持ち上げた。閉じられそうな扉を片手て大きくこじ開け、人の良さそうな笑みを浮かべるスーツ姿の女の人は背を向ける鏡子ちゃんを見下ろし、次に私を見てその笑みを深くする。


「上山様のご自宅ですか?」


「あっ、は、はい……。どちらさまでしょうか……」


「桜ノ下教会の者です」


「嗚呼……あそこの……」


「迷える子羊に、主の御導きがあらんことを。――連れて行け」


「やっぱり……鏡子の観察眼を舐め――ッ……!」


「鏡子ちゃっ」


 覆われた布に、臭う薬品は――……。


 くっ、そ……!


**


 ……――頭の奥で、メロディが聞こえてくる。くぐもった音。いつから聞こえていたんだろう……?ずっと?

 どこか聞いたことのある懐かしい音色。確か、この曲は、


「ノクターン……第一番」


 そうそう。そんな名前だった。


 気怠い。眠ってしまいたい。身体が動かない。何かに縛られてるの……。嗚呼、眠い。


 重いピアノの音がお腹に響く。薄ら目に、目を開くと目の前に居たのは、いや、見えた背は――……、


「湊……」


 を騙る、他者修正機関アリア・レパラジオネ


 身体を揺らしながら、腱を弾く。その指先が奏でる音色は、素人の私から聞いても上手い以上の言葉は見つからない。でもそれ以上に、はっきりとした違いを見せつけられて警戒心が僅かに胸に宿る。


 私の湊は、ピアノなんてもの弾けるわけない。


「思い出さないか?お前、この曲が好きだったよな。いつもいつも、弾いて弾いてとオレにせがむ。いやー……なつかしいねぇ……」


 怠すぎて、声が、出せない。高熱にうなされているかのような虚脱感がある。


 曲は止まらない。何とか見渡す限り私達以外に人が居ない教会にノクターンは響く。まだ高い陽の光を受けたステンドグラスが煌めいて、その色を床に落としていた。そして私は自分の見える半身を見て、縛られてなかったことを確認した。


「……アリア・レパラジオネ……知ってるか?」


 音が僅かに小さくなる。恐る恐る声を出すと、声が出た。眠りそうで眠れない気持ち悪さに抗いながら答える。


「……知ってる……」


「お前と他者修正機関アリア・レパラジオネはどんな関係がある?」


「え――……?」


 " 可哀想だけれど、この子も……あの子も……もう人間界へは帰せないわ……。創らないと……この穴を、一時的に埋める……仕組みを…… "


「あ"っ……やめ、て……!」


――思い出すな。

――思い出してください。


 大きな音が響いた。強張っていた体の力が抜ける。


「無理すんなや。時間はたっぷりあるからよ……」


 何かが、私の中で抵抗している。でも、何かがそれを押さえつけている。ただそれを受動的に感じているだけ。それしか出来ないのだ。


「簡単なことから思い出していくか」


 一度、高い音と低い音を組み合わせた一つの音が響いた。


「……ふっ、……愛の夢、第三番……」


 静かな音から立ち上がるメロディー。微睡んだまま、ずっと聞いていたいような感情を呼び起こす。


「……名前は?」


「……なまえ……?」


「そう。名前は?」


「…………かみやま」


「――違うだろう」


 指先が奏でる音と違った音を放つ喉。閉じられそうになった瞼が僅かに、開く。


"――……様”


「……上山、泉……!」


「……年齢は?」


「……17……」


「……。何処で、生まれた……?」


「……ここ」


「――何処で、生まれた。"上山泉”は此処で生まれたんだな、……だが……お前は……何処で、生まれて……上山泉になったんだ……?」


「……?」


「思い出せ。……音をよく聞いて、潜ろうとする意識を拒むんじゃねぇぞ」


 自分の魂だけ外に出て、自分を見下ろしているみたいだ。そして勢いよく……私の中に入る。深い、深い奥へ、幼い頃へ、赤子の頃へ――……その、ずっと前――。


"何故……何故……殺してくれないの――"


拒否、拒否拒否拒否拒否拒否拒、


「拒むな。もっと奥へ行け」


 否――……、しちゃ、だめ……なの……?


 赤い海を飲み干して、黄昏の丘へ還ろう。隣で微笑む彼は誰、跪くは誰、誰、誰誰……!


「まだだ……他者修正機関アリア・レパラジオネへ来た日を思い出せ。そこに、全てがある……」


 花が、咲いている。剣が、揺れる。嘆く、人が、私を、責める。責め立てる声に滲ませた、――否、裏に隠した私に救いを乞う悲痛さ。そうだ。彼らがここまで私に唾を立てるのは、座に座り、見下ろす以外なにもしなくなった王の無気力さにおそれを無意識下に抱いているから。


 違うの。浄化が、間に合わないのよ……。


"浄化を……陛下!陛下は王ではないのですか!”


 身が、朽ちる。血が、交じる。頭が、動かない。腕が、動かない。生まれて、死んで、生まれて、死ぬ。引き継ぐ記憶?巻き戻して、巻き戻して――……。


"どうだ?気に入って貰えただろうか……この丘は――エリーシア"


「……椿?……おい、椿、どうした、おい!」

「やっべえ……まさか、完全に上山泉と同調したってのかよ……!くそっ、くそったれ!椿!頑張れ!戻ってこい!お前は上山泉じゃない!……っ、こうなったら――!」


 笑う。隣に立つ、男が笑う。私に褒めて欲しいのだ。そう、顔に出ていた。普段はしかめっ面を貫き通す男が、まれに見せる伏せ目がちの笑顔。嗚呼、私、あなたの笑顔が本当に――好き、だな。


――違うでしょ。そうじゃないでしょ、違うでしょ!


「……違わない……ちが、わ……」


――ええ、気に入ったわ。何て綺麗な花園なのかしら!それに……赤い、けれど、青い空ね?


"ふふっ……そうだろうそうだろう!俺の稀代の傑作だからな!この空は、エリーシアとシリウス、ををををををおももももててててててててててててててててててててて"


「英雄ポロネーズ、菫のためだ……思い出せ!椿!」


 シリウス、シリウス、――シリウス!


 あいつが、その男が、実花を……実花を私から奪った!憎い、憎い、憎いッ!!


 青から赤へ移り変わる空の色。有声から無声へと変わる周りの音。私から、何へ、変わるのかしら?


「……私の、名前は……」


「椿……っ!」


「――上山泉よ」


「椿!いい加減にしろよ!戻れなくなるぞ!対象者に依存しすぎるな!!忘れるな、お前の元の姿を、忘れるな――ッ!!」


 響く、激しくて、悲しい、音色。


 戻る、激しくて、悲しい、悲鳴。


 還る、苦しくて、悲しい、過去へ。


 私は、上山、泉――……でないのなら?


 私は――。


 ぱち、ぱちぱちぱちぱちぱち……。


「……つば、き……?」


「……演奏、止めちゃうの?素晴らしい音だわ、私へと捧げる讃美歌は……まだ?」


「――誰だ、お前……」


「思い出せ、と言われたから思い出してみたけれど、やはり私は私。よね?私は、上山泉。ふふっふふふ!あなた、お前は、あなたは、誰?」


「……お前、椿じゃ……」


「ねえ、その、椿って――誰?」


「……掲げろ、その血に、刻まれし贖罪の証。身に現れし、我らが至高成る主――エリーシアへと、示せ。黙示の、しょう


 呆然としたように、一つの糸に縋る様に、僅かに紡がれた言葉を合図に、目の前の男の額が印を描いて光り始めた。その光は風を呼び、男の前髪を舞い上がらせる。そして、男は――……私を見て、その目を吊り上げた。


「――誰だテメェはァ!!!!」


 まるで、一つの腱を激しく叩いた音のように波紋する声。私は耳を塞ぎ忘れ、うるさいと云う様に顔を顰めて見せた。


「……上山泉ってさっきから言ってると思うのだけれど」


「違う。違げぇ違う!お前の今の状況は、書かれちゃいねぇ!」


「――はぁ?」


 立ち上がった私に驚いたのか、男はピアノに腰を当ててしまう。つい、指が腱を滑り弾いてしまったようだ。ボーン、と低い音が鳴る。


「……誰だ、と聞かれたから、私はだれだれです、と返してあげました。加えて、一つ……答えてあげる。私は椿とかいう人物では、ない」


 音が鳴るたびに耳の奥で誰かが私の名を呼ぶ。


 なんで、私をその名で呼ぶの?わからない、わからない、わからせてくれないのは何。


「お前は、私に、大事なことを、思い出させてくれたわ」


 うふふ、うふふふあははは……。

 身体から溢れてくる、快楽を求めよ。私の本質は、光ではない。

 今言っている言葉は頭に浮かんでいるものでは、ない。

 ならばどうして私は言葉を発しているのか?さあ、どうして、かしら。

 響く音色。響かない教会内。


「っ……これは、負素じゃねぇか……!?」


「……約束を破るのはいけないことよ、アリア・レパラジオネ」


 口元が歪むのが抑えられない。始めてアンスを握った時の感情が顔をもたげたような感じだ。

 私の戒を破ることは、許されない。


「一つ、アリア・レパラジオネは正体を他者に公言してはならない。一つ、アリア・レパラジオネはその命尽きるまで、従職しなければならない。一つ、アリア・レパラジオネの職員が一つでも戒を破る時……その魂……」


「お前……人間じゃねぇだろ……っ!」


地獄(ゲヘナへ堕ちる、覚悟は出来た?」


 手を振り上げた。明らかな警戒を前にして、愉快な心が跳ね上がる。懐かしい、とても楽しい、罪潰し。汚いものを綺麗にすることは私達の役目。そう、役目。役目……っ、


――私は何をしてる……!?


「猶予は過ぎた!愚かなる我らが眷属よ!正義(ユースティティアの名の元、異議を唱える間も無く、裁かれなさい!」


 振り上げた手を、握る手が無い。あれ?と首を傾げて私は天井を見上げた。否応なく目に入ってくる絵画に、目が回った。ふらりとふらついた足元に、頭を下げる。


「ユースティティアって……何だっけ……あれ、ゲヘナって何……?私、何言ってるの……怖い、やだ……知らない、私……」


 ふらつく足元を何とか動かして、前へ歩出た。ピアノの前に居た男が、一歩下がる。


「あなた、どうして――まだ人間界(ここにいるの?」


「……よくわかんねぇけど、俺の知る上山泉のデータにこんな記述はねぇ。よって、お前を別人と判断する。そして、その別人であるお前は元々この世界には居ない存在だ。……ああ、そうだぜ。アリア・レパラジオネの公約の一つ。矛盾を起こしてはならない。……吐くだけ吐いて消えろ!」


 男が椅子に座りなおす。それが合図かのように、私を取り囲む人間が姿を現した。その事実を認識した私が……笑みを作り出す。どうして、こんなに愉快になるの……?声を上げて……笑いたい……っ。


「自白を促す。俺にそいつを近づけさせるんじゃねぇぞ」


「――はい」


 身体が震えてるのに、心が愉快に震えだす。身が痺れる感覚を、歓喜に浸しているのかとさえ勘違いしそうなほど、私の中の矛盾が大きくなる。


「アンス。遊びましょう。……アンス?」


 お願い、応えないで!手が、勝手に首元へ伸びていく……!いや、やめ、って……!


「やめてっ……ひか、ないで……思い出したくないっ……!」


「記録する。戦慄に身を委ねてしまえ、楽になる――……仮面」


「っひう、う"っ……面白い!わた、私に、歯向かうのね……!」


 大きな濁流にこのまま身を任せてしまおうか……。踏みしめる足の力を解いて、


「…名前は?」


「……かみ、上山泉……」


「あくまでその名前を貫くのかよ。……ああ、無駄な抵抗はよしたほうがいーぜ。抗えば抗う程、口が滑る。くはは、……なーんで、人間界に来た?」


「何故?……それは、それは、それは……そ、れ、は……堕とされ、てっ……」


「はーん……こいつぁ興味深いね……。何で堕とされたんだ?」


"お命、頂戴申し上げる"


「あっ、やめっ……うら、ぎ、り……ッ……転生を、阻まれ、た、ゆ、ユースティ……!」


「ほいほい成程成程。転生する前に法廷で裁かれたんだな。有罪おめでとう、地獄(ゲヘナ行きじゃなくてよかったねー」


「お前ッ……!」


 身体が重くなっていく。演奏を止めさせないと、でも、前に進めば、こいつらが……!邪魔、だなあ……!


「苦しいだろ?まだまだ行くぞ。……堕とされた原因は何だ?法廷の時言われたはずだろ」


「――!あああああああっ!」


 その言葉、言っちゃ、だめよ。


 引き抜いた。そして思いっきり剣を振った。確かな殺意を乗せて。


「これ以上は……これ以上はやめって……お願いっ……!」


 私を取り囲む人たちにけがはない。瞬時に護りの術でも開いたのだろう。やはり、感情任せの剣技は弱いと……言われたとおり……。


 誰に?


「ほうら、口を割れ」


「……罪、……わた、私に罪……は、……っ!王権、行使……っ!」


「王権行使だと!?ふはははは!こいつぁ傑作だ!お前陛下に盾突いたのか!?無条件で堕とされるなんて、ついてねぇな!」


 殺して、はやくそいつを殺して。殺して不愉快だわ、煩い、何で?お前に何の権限があってこの私に口を割らせるの?

 不敬者。


「もういい。大体記録した。んじゃあ、フィナーレとするか……!」


 音が重くなる。激しい、次から次へと掘り起こされる!


 殺すしか……ない。


「殺してやる……」


"エリーシア様……?"


 すぐ隣で声が聞こえた。その声の音は、とても明るく、軽い音で。その声は――実花に、似ていて。

 視線を右にずらすと、靴が見えた。靴下に……両足に……制服に……――、


「実花……?」


 実花、と呼んでその人は嬉しそうに笑った。だから、私も笑った。嬉しかったから手を伸ばそうとしたら、離れられた。どうしたの?と首を傾げると、実花は口を開く。その眼差しに、いいようの無い悲しさを湛えて。


"……僕を残して、往くんですか……"


 その瞳に、溢れてくる涙。涙は瞳から零れて頬を何度も伝いだす。その景色にただただ胸が痛むばかりだった。


"エリーシア様、それは、この世界に居ない事と同じだ……!エリーシア様のいない世界で、生きるなんて僕は出来ません……そのくらいなら、僕も一緒に……"


「駄目よ、実花」


 一歩足を進めて、前に出る。花を踏んで、丘に雨粒の代わりに金色を降らそう。赤と青が溶け合って、お前の瞳と、私の髪色が同じ色の様に、空にその色を溶かしてあげましょう。お前が此処に来て、その悲しみを溶かせるように。私の欠落に、必要以上に嘆かないで。


「ずっと……傍に居るわ。世界を護る為に、私は自律を失うだけよ……ずっと、いるから。今度こそ永遠に……ね?だから、泣かないで。お願いよ、シリウス……」


 頬に添えた手で涙を拭う。涙を止めない目の前の愛しい思いを溢れさせる人物は、私の手を両手で包むと更に涙を溢れさせた。


"僕と共に……生きては、くれないのですね……"


 閉じた目からも溢れる涙は止まらなかった。私は苦笑すると、もう一つの手も頬に添えてあげて、額を合わせる。


「ああ……私のシリウス。ずっと、好きよ……ずっと、傍に居てくれてありがとう。愛してくれてありがとう。……後の事は任せたわよ、お前にしか頼めないの……ね?お願い……シリウス……」


 泣いて、赤くなった目を開いてシリウスは私を見つめる。泣くことさえ苦痛なほど弱った肉体に、シリウスの悲しみが伝わって心が痛い。私だってお前とは離れがたい。けれど私の優先事項にお前が先頭に立つことは許されない。


"……愛、か"


 メロディーが重く、丘に響いた。黄昏た丘に、黒が混じる。花が枯れていく。突然、突風が吹いて花を全て巻き上げて――、シリウスの両手が首に絡みついた。


 あ、あああ、ああああ……何故、何故なの……シリウス……。


 あ、あああ、ああああ……どうして、どうして……実花なの……?


 どうして実花が、私を殺そうとするの!


「実、花……っ!やめ、て…………っ!」


「シリウス……エリーシア……!?かなり不味くねこれ?しゃーなしか、おいお前等!泉をその過去から引き剥せ!演奏はもう止めてんのに過去見が止まらねぇんだよ畜生!こいつもしかして……」


 意識が遠のいていく。手首を引き剥そうとしても、剥せない。何て強い……!


「……近づけません。固有結界、でしょうか……?」


「教会内でも溢れてるもんなこの瘴気……。――安倍鏡子だ!叩き起こせ!」


 鏡子、……っ瘴気……?もしかして、実花がこうなっちゃってるのは私のせい……?なら、ならば……!紙、は……あった、こ、これ……!


「たす、けて……鏡子、ちゃ……ん!あ"あ”」


 急に口元を塞がれたような、酸欠の中で水中に沈められたような酷い苦痛が身を襲う。札が熱い、水中に頭を押さえつけられているような、苦しい、苦しい、熱い!


「あい、あい、さーっ!!!どけどけどけ――っ、専属陰陽師とお通りです――っ!!」


「うわなんだこいつぅぅうううっ!きょ、協会があああ!」


 酸素、酸素、酸素、実花……!


 ――ふと、視線を実花に合わせてみた。あの時もそうしたのを思い出して。……あの時?

 首にしがみ付いた手に、私の手を這わせる。ぴくりと反応する腕を、辿って、黄金の瞳へ……。


「――――裏切り者」


 零れろ、命ごと。

 僅かに緩んだ力の隙を見て、上体を起こす。バランスを崩した実花の顔を左手で押さえて、床に打ち付けた。形成は逆転した――息が、吸えない。右手に剣を呼び出せ、握れ。そのまま、首元に――。


 殺してやる。


"――泉……?"


「……!み、か……」


"……大丈夫、大丈夫だよ"


「邪気、ぶん、さ―――――んっ!!」


 嗚呼、息、すえ、る――……。

 身体を投げ出した。実花の腕が私の上体へ回る。……あれ、この人……おと、こ……?


 実花の身体が、風に誘われた花弁になって消えてしまった。支えるものを失った私は、そのまま枯花園に顔をつっぷし――、いたっ。

 ごつっ、ごっつ……って音がしたんだけど……。あれ、凄く痛いわ……。


床じゃん……。


「上山さん、上山さん、起きてください。ほらほら!早く起きて下さいませ!」


 耳を澄ましても、まだ音が鳴っている。何とか身体を起こして、床に座り込む。はあ、と息を吸うと気楽に吸えて一安心だ。


「……あー……記録終了。えー……破棄する。破棄、します。――エリーシア様!すみません御無礼を働きました地獄ゲヘナへは行きたくありませんお願いしますごめんなさい!!」


「……へ?」


 先程までピアノを弾いていた男が、凄い勢いで土下座した。言ってる意味はわからないけど、その口の滑り具合や、土下座の威勢の良さからつい笑みが零れてしまう。この人から敵意が消えた。それも一つの原因かもしれない。


「よくわからないけど、ちょっと、おいで」


 にこやかに手招きをしたおかげだろう。肩の力が抜けたように笑みを浮かべた相手が、私の傍へ来て膝を付いた。


「……湊、じゃないよね?」


「ああ!……んじゃねぇな、はい」


「名前は?」


友禅ゆうぜん


「そう。じゃあ……友禅さん」


「……はい」


「この――くそ野郎がぁあっ!!」


 その頬を思いっきりビンタしてやった――――――!!!


 ビンタしてやった―――!!うわーっ、すっごく気持ち――――――い!!


 友禅と名乗った男はそんなに強く叩いてもないのに勢いよく吹き飛んでいった。大げさな奴。こういう所が湊に似てるんだよなあ。


「え……!?え、へ……!?」


「……私、エリーシア様とかじゃないよ。成るつもりもないの、ごめんね。だから、さっきのはこれでチャラにしといてあげる。……ちょっとよく覚えてないんだけど、めっちゃ苦しかったんだからね!」

 

「いや、いやいやいやそれはありえねぇよ!お前、エリーシア様……待って、おかしい。そもそもその前提が正解ならエリーシア様が――陛下が此処にいることがおかしいじゃねぇか!えっ!?何で!?何で陛下此処にいるの!?そもそも、えっ!?姿違う!」


 オーバーなリアクションだなあ。友禅さんがわたわたしすぎて、逆に周りのスーツ軍団が冷静さを保っているようなんだ……けど。向けられる視線が、ちょっと……ね。


「だから、私は違うって」


「じゃあ……さっきの、何なんだよ」


「あー……あれは恐らく……。詳しい事話すから、さ……取り敢えず鏡子ちゃん?」


「……何ですか」


「……指鳴らすの、やめよう」


「――うふ」


タイトル回収、ちゃんとしてますよう!

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