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How to 護符 !

「これを……上山さんには今日のこの時間で習得して頂きますわ」


 差し出された真白の札。受け取って裏返しても白いコピー用紙よりもつるりとした感触の紙には何も書かれていなかった。


「高そうな紙だね」


「公には生産されておりません。それは勿論、値段どうのこうのではありませんので。……これは呪符、と呼ばれる主に陰陽道で用いられる呪文を描いた札です。まあ、これにはまだ何も施していませんが」


「へー……」


 興味深そうに紙を触り続ける私。鏡子ちゃんは続ける。


「上山さん。鏡子は上山さんの身体能力については全く把握しておりませんわ。ですから肉弾戦を行えとは申しません。斯く言う鏡子もあまり体術は得意ではないですので……上山さんには護符の生成を覚えて頂きたいのですわ」


「ごふ?」


「はい。護りの札です。ちょっと貸して下さいませ」


 はい、と鏡子ちゃんに差し出した札を受け取った彼女は人差し指の中指を上手く使い慣れた動作でその札を挟んで私に向けた。


「通常、呪文を施すのはこの相手に向ける表面です。……ですが、上山さんには特別に裏面にも呪文を刻んで頂きます。なぜなら!今から教えます護符は、二つの護りの要素があるからですわ」

「一つは体外から発生した攻撃に、攻撃を当てて身を護るもの。まあ、バリアといえばわかります?で、もう一つが上山さんの体内に作用します」


「私の……中に?」


「そんな顔を為さらなくてもどうにもなりません!上山さんを護る札ですのに上山さんを傷つける訳がありませんわ!このあんぽんたん!」


「だって怖いだもんしょうがないじゃん!」


「はあ。……体内に作用するものは、上山さんの身から溢れる瘴気を押さえるものです。前回の時、上山さんの瘴気が男の瘴気と全く同じものでした。ですから玄武が圧されていった……敵に力を与えるなんてばかばかしい、ですから押さえつけます」


「アンスが上手く動けばそんな胡散臭いもの要らないのになあ……」


 引き上げたアンスから、声は相変わらず聞こえない。そもそも、あの時聞こえたような気がした声もやはり気がしただけの可能性もあるのだ。……あやふやなアンスに頼るのは、危険。


「押さえつける――上山さん。押さえつけます。だから、上山さんはきっと苦しいと思いますわ」


「苦しい?」


「はい。身から放出されるはずの瘴気の関門を閉じますから、身に瘴気がぐずる訳です。……大なり小なり苦痛を伴いますが、その時はきちんと鏡子が対処しますので安心してください。自分を見失わないこと、これが大切です」


「泉さん。必ずしも負素を生むわけじゃないからそんなに怖がらないで。……うん、怖いだろうけどわたしも解明を急ぐから。早くあの世界に戻れるようにするから……一緒に頑張っていこう」


「――では教えますわね」


 鏡子ちゃんが立ち上がる。だから教えられる立場である私も立ち上がった。二人で向かい合ったソファを移動して、障害物の無い所に向き合って立つ。


「上山さん。……普通、ただの人間は陰陽道を知っても行う事は出来ません。身に宿る力がないからですわ。けれど上山さんの……神気を使えば恐らくは成し得ます。突発的に現れる力ではありません。家柄が古く、且、鏡子の様に関係しているなら――在り得ますが……。もし関係がないのなら、上山さん……この機会に真剣に考えてみるのもいいかもしれませんわね」


「……うん」


「では、参ります」


「はい。お願いします」


 少し驚いたような顔をして、笑顔になった鏡子ちゃんは札を二つの指で挟み直すと、息を深く吐いた。


「慣れるまでは焦って呪術を発動させないようご注意下さい。術は、呪いですわ。奇跡ではないのです。人を呪わば穴二つ――、それを避ける為に鏡子達は霊力を捧げているのですから」


「もし、失敗したら……?」


「――本来の手順を踏まないのですから危険はつきものですわ。らいふ いず さばいばる。――まず表面!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……と、縦横、と空いた手で九字を切ります。で、あっなんか行ける、って思いましたらこう唱えてください。……いいですか?いきますよ?『帰命する、災いを退け給え――急急如律令』簡略版ですがこれで十分です。何しろこれで得られるのは天后の加護ですもの」


「天后!?あの、天后!?い、いいの……!?鏡子ちゃんの式神だよね……」


「はい。構いません。元々天后が望んだのですわ。……さ、やってみてください」


「は、はい……」


 ぐぬぬ。


 渡された真っ白な札を見て、眉を寄せた。おう、鏡子ちゃんの視線が痛い。やるだけ……やるか……。


「……臨」


「あ。それはいいです。九字は、やばい!殺される!と思った時に切ってくださいませ。次」


「ええ……。き、帰命する、災いを――」


「大きな声で!勢いよく!さんっはい!」



「――帰命するっ!災いを退け給えーっ、急急如律令!!」


「……ぐっじょぶ、ですわ」


 札を持つ手が震える。降ろさいで!という声に従って、私は左手で右手を支えた。


「鏡子ちゃ、ん!札からなんか、垂れてくるんだけど!?」


「それでいいですわ。天后は違う所では水の神的な位置ですので」


「水……っ!?」


 確かに、肘まで垂れて来たのは水だった。嗚呼、ようやく震えが収まった。ほ、と息を吐いて力を抜こうと目を開けた時――、「うわああああああ」鏡子ちゃんが椅子を持って私に襲い掛かってきた。ただ叫んで固まるだけしか出来なかったのに、鏡子ちゃんは「あいたっ」と言ってお尻をついて倒れた。ごんっ、という固い音を響かせて。


「大成功ですわ。痛い……水の癖に痛いですわね相変わらず!この!この!」


「凄い鋼の様な音がするね……式神すごいね……」


 つい引いた笑みを浮かべてしまう私は、少し疲れてしまった腕を降ろした。札を裏返してみると、ものすごい達筆の赤い墨で描いた文字が浮かんでいる。これが真言、というやつなのだろうか?


「じゃあ……二つ目、行きますわよ。あー……痛い……」


 もういいや、放っとこう。

 私は再び札を差し出そうとしたが、もういいと言われたので手の中に戻した。再びお互いに向かい合う。


「次が大本命ですわね。お待ちかねの、上山さん自身に作用するモノです。これは特殊な呪術ですので公に定められた真言がありませんの。まあ、元々真言は誰かによって造られたものですし、一定のルールさえ守れば作ってよい――言葉と同じですから。鏡子のお手製呪術をお教えしますわ。矛盾ある説明しましたけれど、まあ、良し!」


「アスティン先生ぃ……この二つ目が一番怖いんですけど」


「大丈夫だよ。安倍さんは血統書付きの陰陽師なんだから!……多分ね」


「ふふん!」


 怖すぎる――!しかも犬――!


「裏面に唱える呪術は至って簡単。『お願い!鏡子ちゃん!』……ですっ」


「は」


 二人の声が重なった。一人に向けて鏡子ちゃんは照れたように頭を掻く。もう一人である私には――何のアクションもないのだが。


 ないんだけど!アクション!


「いやいやいやいやいやおい!おい!なんかさ、何か違うよね!?えっ、え!?――え!?」


「さー、元気よくいってみましょーう!さーんーはーい!」


「おおお願いっ!鏡子ちゃん――んぐっ!?」


 裏面に浮かび上がった真言が浮き出て勢いよく私の首や、胸や、お腹に張り付いて――消えた。


「な、なんだこれ……なんだこれ!?」


「これで終わりですわ。その札の効力が無くなるか、もしくは物理的な圧力を受けて札が消し炭になるまで効力は持ちます。……ま、今日一日くらいそのままでもいいのでは?ねっ」


「何が、ねっ、だ!なんか気持ち悪い!うう、色んな経験してきたけどまさか仲間からこんな……」


「仲間。ふふふふ」


「仲間――だよね?」


「ええ、勿論ですわ。アスティン様」


 鏡子ちゃんは私を見ずに先生を見て笑う。これは……これは――なあ……。


「……で、さっきから外をガン見しているアスティン先生。気になる女子生徒のパンツでも見えてるんですか?」


「ちょ――わっ、わたしはそんな俗っぽいことしませんっ!」


 勢いよく此方を振り返って――先程までの一線引いた様子はどこへやら――必死に首を振っていた。取れるぞ。


「あはは。じゃあ、どうしたんですか?」


「……先程までの泉さんとは随分変わったね……」


「鏡子ちゃんへと浮かぶ感情を冷静に処理してたらこうなりました」


「は、はは……――いや、ね。さっきから、声……が聞こえるんだ……けど……」


「声、ですか?鏡子には何も……ねえ?」


「えっ、うん。別に何も聞こえないね」


「そうかい?わたしには……結構……。耳を澄ましてみて。始めは小さかったんだ、けれど段々大きく……あっ、ほら」


 三人揃えて口を閉ざした。確かに――……きこえ……た?駄目だ、私には聞こえない。

 溜息を吐いて、先生を見上げる。噛み合うその瞬間に私は言った。


「ええ?何も聞こえな」


「――トラツグミ、ですわ」



何だこのふざけたタイトルは。

あ、土曜日にも更新できると思いますです!

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