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他者修正機関

「――――……ひ、み、こ……」


 目の前にあるクリーム色の天井。ごろん、と寝返りを打って枕に頭を沈めた。


「卑弥呼……」


 卑弥呼。小学生の頃、中学生の頃に習った古き邪馬台国の女王。その女王を私は抱いていた。手に滑る血も、その温度も、掛けた言葉も、掛けられた言葉も全てが――、


「思い出せる……」


 ……あ、あれ?私、昨日どうやって家に帰って来たんだっけ……。覚えてないなあ、疲れてたのかなあ……。


 突然爆音で流れた目覚ましに飛び起きて、私は時計を見た。いつも通りの起床時間、嗚呼今日も学校だ。再びベッドに倒れそうになった身体を起こして、私はベッドを出た。


「いった!」


 びり、と電流が走った足元。何……とベッドに腰かけパジャマを捲れば、足首には赤く、くっきりとした跡が出来ていた。それは縄の様な太い紐で強く巻かれたように喰いこんでいた後を残している。


 嗚呼……嗚呼、そうだ。


 流れ込んでくる情報に目を瞑る。ぐらりと傾いた頭が、眠気に襲われる感覚を味わって私は一人、笑った。


 目を閉じれば眠れる程、私は案外平気らしい。



**



「……泉」


 早朝の学校。私は朝ごはんのパンを口にくわえるや否や早々に家を飛び出した。春の朝は空気が美味しい、冷たく澄んだ空気が穢れていく様は見るに堪えない。


 意識が高い学生を除いて登校していない教室に座り、夢の回想を試みていた私に声を掛ける影があった。目を開けてちらりと上を見れば、そこにあるのは実花の姿。


「…おはよう。早いね」


「どうして先に行ってたの?」


 おはようも返さないの?


 実花の問いに無意識に溜息が落ちた。


「先に行ってちゃ悪いの?」


「え、だ、だって……ね、ねえ!あたし、泉に何かしたの……!?だから泉、そんなにあたしに怒ってるの……?昨日、昨日だって――」


 音を立てて立ち上がった私に、実花は押し黙った。周りの生徒も普段ではありえない光景に目を瞬かせている。――このままでは彼らの勉強の邪魔だ。出て行こう。それだけの冷たい感情で彼女を突き放せるまでには成長しきれていない心に私は罪悪感に似た苦味を覚えた。


「明日から別々に行こう。私の事なんて気にしないで良いよ。っていうか――元々実花ってば、湊と二人きりで行きたかったんでしょう?」


 胸が苦しい。


「泉!」


 教室の扉を閉めた。追うことの出来ないように、去り際に実花を睨んで。あ、ああ……言ってしまった。実花に当てた醜い嫉妬を、実花ではないからと行った低俗な理由で、実花には知られないからといった自己欺瞞で、ずっと言いたかった台詞を吐いてしまった。


 ――最低だ。


 でも、ああ、でも――どこか、気持ちいい。













「泉さん。今日は随分早いね……昨日……からの体調はどんな感じかな?」


「んー……。変わったところは何も。それより私昨日どうやって家に帰りましたか?」


「わたしが送った」


「それって大丈夫でした?」


「ちょっとね。ちょいちょいっと……記憶を、ね」


「悪いなぁー」


 アスティン先生の研究室。そこのソファにどかっと座って、私は差し出されたコーヒーを飲む。まだ朝のHRには十分すぎる時間があった。教室に戻るわけにもいかない……。先生ならば私を拒むことはしないだろう。――彼女を拒んだ私が安心するのは、まあ、そういうことだ。人を拒むということは、拒まれる可能性に怯えるからで。


「――で、一体なにが」


「先生。ここの湊と実花って――誰なんですか」


 遮った質問。コーヒーに視界を覆い尽くした私からは見えない先生の表情だが、きっと呆れているんだろうなと推測。


「やっとその質問か」


 意外な言葉に顔を上げると、先生もコーヒーを口に含んでいた。デスクに腰を掛けて裾をまくった先生は、もうすっかり日本に溶け込んでいる。


「ま、あちらの世界の湊くんと実花さん、こちらの世界の――姿形がまったく違う彼ら。……勿論泉さんには見えているよね、本物と違う彼らの姿が。性格は似せてあるだろうけど」


「性格は嫌になるほど似ていますね。今朝も喧嘩しちゃった」


「あらあら。……うーん、彼らはねえ……わたし達が下界に充てたアリア・レパラジオネ……他者修正機関の職員だ」


「レパ……他者修正機関……ですか?」


「うん。……ほら、愚者ナールは身体一つそのままあちらの世界に来るでしょう?だからまあ当然、こちらの世界では居なくなった人間というわけだ。急に居なくなるからねたちまち行方不明者捜索扱いだよ。そんな人間が全世界で多発する――……例えだけれど、恐ろしいよね」


「私は帰ってきていますけど、普通は……?」


「帰れない。ずっと前はこうじゃなかったんだけど……帰れない。ほら、行方不明者多発、そして行方不明となった彼らの安否はずっとわからない。そんな状況が全世界でぽつ、ぽつ、と起こる――……そうすれば人々はどうなるんだろうか。どうするんだろうか。どういう奇行に走るのだろうか――……」


 ごくりと唾を呑んだ私の後に、先生は続ける。


「だから、彼女はアリア・レパラジオネを組織し、送り込んだ。いくつかの役割を与えてね」


「役割?」


「うん。――成代わりだよ。他者に、成り代わるんだ」


「でもどうやって?姿形が違うのに他人に成り代わる何て……それに一体何の為に?」


「そうなんだよね、泉さんには元の姿で見えてしまうからきちんと説明しないとね。まだ時間はあるから、一つずつ答えていくね。まず一つ、目的。これは簡単だ、誰に成り代わるかを言えば居なくなった愚者ナールに。何のためか?さっき言った、世界的な混乱を避けるためだよ」


「うん……」


「そして二つ目、どうやって…なんだけど。まあ、彼らは人間じゃないから姿形を変えられるのは簡単なんだ。アリア・レパラジオネを組織した時、彼女は自らの力を一つ与えた。それがいま彼らがどうやって、姿形を変えるのか?の答えだ」


 そこで切られた言葉に促されて私は口を開いた。


「変身する能力……ってことですよね」


「うん、そうそう。正しくは他者――この他者は人間を差すんだけど――の目に映る姿を変える魔術だよ。更にこの力は限定されている。変えられる姿は愚者ナールを対象、っていう風にね。」


「私達人間じゃ解明できない行方不明事件で、世界が混乱するのを避ける為に愚者ナールとなって消えた人達の所に、アリア……なんとかの人を代役として立てる……であってますか?」


「お見事!」


「えへへ――ごほん。成程、だから今の愚者ナールとして消えた湊と実花はアリアなんとかの人……なんだ、そうなんですね。ああ、なんだ……悪い事しちゃったな……」


「ははは……彼らは居なくなった愚者として一定期間活動するからね、まさに本人に成り代わるんだ。だから恐らく、泉さんがたとえ冷たくあしらっても――本当の湊くんたちのように喰らいついてきたんじゃない?」


「来ました!そのお陰で理不尽な怒りさえも湧くほどに!……ん?一定期間?その期間が過ぎるとどうなるんですか?」


「それは勿論ずっと他人に成り代わるのは無理だから、愚者ナールが自然な形で消えるようにするんだよ。彼らも仕事でやっているのだからね」


「……えっと……?」


「何らかの見える形で対象が死ねば、この世で矛盾は生じないよね?」



**



 ――彼らも仕事なんだ。まさか対象が老死するまで演じ続けるなんて演者が不足するよ。そうなったら彼女が組織した意味がなくなってしまうね。ま、短くて一カ月……長くて半年くらいかな。


「今日からは数Ⅱの――――配った復習ノートを――――」


 堕ちてしまった愚者は、普通は戻れない。それは人間界において死んだも同じ。だから、誰もが納得する結末を示して、その人間の歴史に終止符を打つ。


 ――泉さんは間に合って良かったよ。……え?あはは、だって泉さんもあちらへ行ってたんだよ?勿論、あちらに行っていた間は職員が泉さんに成り代わって生活していたに決まっているじゃない。


 私も、もし戻ってくるのが遅れていたら……この世界では死者になっていたということ。それは、私が生きていることがイレギュラーになって――……。


 ん?待って。湊も実花も今はアリアなんとかの成り代わり。……普通戻らない愚者が戻っている、ということにも勿論気づいているだろう。……何のコンタクトも無いけれど、……私の態度が原因でコンタクトを取れなかった……とか?


 不意に机の上に紙屑が転がった。む、と眉を顰めて飛んできた方を向けば鏡子ちゃんと目が合う。そのまま視線を紙くずにずらされて、私は渋々紙くずを広げた。


" 昼食、屋上にて ――きょうこ "


 顔を僅かに上げて鏡子ちゃんを見た。小さく頷くと鏡子ちゃんはノートを取る作業を再開する。なので私もその作業を再開した。


 後方で、一連のやりとりを湊が見ていたことに気付かずに。


夏休みだから調子に乗ってこの日に更新しちゃおう!!!!!(自分の首を絞める)

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