苦痛に歪む声 Ⅱ
サブタイトル間違っていたので修正しました…
「…紅影殿に於いて、巫女に手を上げる等どういう了見かっ!!」
辿りついた部屋は荒れ果てて。吠える巫女さんを庇う様に抱きしめる巫くんが居て。湊は、暗い目をして私を見た。心臓を、掴まれた気がした。
「……来たか」
「湊……」
「巫っ!!!」
風、か?迫りくる風を巫くんが何かを振って弾いた。弾いてばらけた風圧が、強い!
「…湊。お前も、私の障壁となるの…?」
巫女さんが、いつもと違う口調で湊へ語り掛ける。私達の護りとなるように。けれど、その声色と目つきの鋭さが私の記憶の中の彼女と合わない。どちらかと言うと…この喋り方は……。
「…泉を返してくれ」
「…質問を変えるわ。何故、巫女と巫を――……巫を座敷牢へと幽閉し、巫女の手足を縛り、巫への囮とした?」
「ふ……流石は神がかりの巫女。手足を縛られたのはあんたなのに、あんたがその質問するとかなんか笑えるよな」
「…巫女は私の器だもの」
「そうだな」
湊は視線を逸らした。私は巫くんへ小声で語り掛けた。
「ねえ…」
視線だけを寄越した巫くんに、私は続ける。
「もしかして巫女さんは…私と同じなの?」
「…はい?」
「えっ、と。自分以外の誰かが…自分の身体を動かす…みたいな…」
「嗚呼……。そうです、巫女様は…神降ろしが…出来るので…」
神降ろし。……字の通り推測するなら、神を身に降ろす……成程、だから巫女、か。だとしたら、エリスは神様…ってこと…?よく考えろ、って言ってたのは…私も巫女さんと同じ……? やばい、わからん。
「巫!泉を湊に渡すなッ!!」
急に飛んできた声に、話し込んでいた私達は身を固まらせてしまった。蛇に睨まれた蛙――なのは、私だけのようで。即座に反応した巫くんは私を救い上げ、壁を蹴り上げて大きく飛翔すると床に着地するとすぐに私を床に転がす様に着地させた。佇んだ湊の纏う空気が重い。
「…忘れてたぜ。嗚呼、これは俺のミスだな…紅影殿にあんたが居ることを全くすっかり忘れていた」
「…へえ」
「あの時。穢れが実花に近づいたあの時、あんたはこうやって巫女の身体を借りていた。その時に見逃すべきではなかった、安心を最優先にするべきではなかった。…とんだ誤算だ、俺はまた過去の過ちに足を掬われる」
「そんなことは無い、私の竜。お前は、過去に過ちなんて犯していない。今も、お前は竜としての役目を果たしている。……加護欲でしょう、この結果は。泉を帰す、その目的だけが大きくなりすぎているの。なぜ、主の意志を無視するの……?」
湊は巫女の言葉にうんざりした様に目を細めると、そのまま視線を私へ向けた。巫くんが警戒する。
「竜?あんたの、俺?いいや、いいや違うね。俺はただの、高校生のただの佐倉湊だ」
湊が手を差し伸べた。
「――泉。なあ、もう帰ろうぜ?」
「……っ、ごめん、私は…実花を残して帰れない…」
「だーかーら、大丈夫だって言ってんだろーが。この俺を舐めてくれるなよ、誰だと思ってんだよ」
湊が、優しく笑う。
「さあ、帰ろう」
ごめん。ごめんなさい湊。私、帰るなら三人一緒に帰りたいの。
でも、それを伝えたいのに心が燻って、声が出ない……。
「―――どいつもこいつもふざけやがって」
声を上げたのは巫くん。湊への距離を詰めたのも、彼。
「折角帰ってきた…ぼくらの歓びを、また奪うのか…!?姉さんとぼくが、渇望した魂が…屈辱的な奉仕を耐え抜いたぼくらの希望が…一縷の望みを…何故、柱が奪おうとする……!?エリーシア様のご帰還を、……っ許せない……っ」
「……巫、駄目よ。泉を…」
「エリーシア様!シリウスは貴女を殺めた!そして竜であるこいつも!貴女の帰還を無かったことにしようとする!リアラ=サルースは、無言でシリウスに仕えている……それが証だ!お前ら二柱は共謀して、エリーシア様を再び殺す気なんだ!!」
それは、叫びか咆哮か、慟哭か。どれにでも似て、どれにでも違う。怒り、悲しみ、複雑に孕み合う声。
「…説明したはずだろ。そして、お前らも泉を帰すことに承諾したくせに何を今さら」
「――姉さんは承諾しただろうがぼくはしていない!!姉さんのやさしさに付け込んだ、狡猾な竜め!」
溢れ出す魔力とは異なった清らかなる力。けれど憎しみが、肌を伝う。嗚呼、いけない、その感情に支配されてはいけない。この空間は、私が愛したこの空間は、どちらかに偏ることのない……。
駆け出した巫くんを止めようと、私は手を伸ばした。
駆け出した巫くんを止めようと、巫女は前へ立ちはだかった。
そして、湊は―――私の手を、掴んだ。
何処から現れたどこから手を掴んだ、いつのまに目の前に…来たの?
そんな疑惑が伝わったのか、湊の瞳が、変わる。
「いやっ、いやあ!離して湊っ!」
湊は私を力の限り引き付けると、そのまま襟元へ手を掛けた。
「あはは!無駄だぞ!僕が、僕が道を繋がない限り地球へは帰れない!」
「みな、と……」
怖い、湊が、怖い。
身体が、震える。声が、震える。
手が動いた。私の手が、勝手に。でもそれを無理やり押さえつけた。エリスではなかった、私を護ろうとしたのは……アンスだった。でも私は湊を斬る勇気が無かった。
「それは、どうかね巫くんよお」
ぐい、と首元を引っ張られて、つま先で立たざるを得なくなる。そしてそのそのまま、両手が首に掛かった。
「……湊?」
引き攣る笑顔で話しかけたのに、湊は笑わなくて。手に力が加わった刹那―――脳が痺れるような感覚を味わった。痛みで叫び声を上げたいのに、絞められた喉から漏れる声は酸素に喘いでいるようで。口から零れる唾液さえも私の軌道を塞ぐ。
―――痛い、心臓が―――あ、あ、ああああああ!
剥がされる、何を……あ、あ、痛い、痛い、胸が、頭が。
不意に痛みから解放された。脳に酸素が行き渡って、肺にも――勝手に動く視界と、離れた思考回路の感覚に私はエリスに救われたのだと直感した。でも、考える暇も与えずに「来るでない巫!!」と声がした。私の視界は喘ぎながら湊を探す――のに居なくて。声がした方を向けば…細長い十字架の様な剣を巫女の喉元に宛がっている湊を捉えた。
「そういうことね……」
私の声で紡がれる言葉。巫くんが飛び出したいのに出来ぬ苛立ちで霊力の色が揺らめている。
「選べよ」
湊は口にする。
「選択肢はもう、与えてるんだぜ」
急に私に身体が戻った。しかし、前振りのない返却は私に十分な操作能力を与えず膝から崩れ落ちる。立ち上がろうとしたらまた身体がエリスへ渡った。「っつ!?」エリスもそれに対応できずにまた崩れ落ちて床に打ち付けてしまう。
「貴様ぁあああ―――――……!」
巫女が、諦めたように目を閉じた。細く白い首に徐々に食い込んでいく獲物は、紅の雫を走らせる。本気だと、湊は無言で語る。
巫くんが、私を見た。立てず壁にもたれかかる私に何かを求めた。エリスと私は思考回路を最大に回したけれど――……この状況に於いて、湊を上回る策に考えが及ばなかった。
だから、頷くしかなかった。だから、頷いた。巫くんは悔しそうに瞳を歪めながら何かを唱えだした。すると、湊は剣を巫女さんの首元に宛がいながらも、食い込ませることを止めた。そして、私の周りに薄紅円が走り出す。身体の所有権は行ったり来たり、けれど追うのはサークルを描く軌跡。
……悔しい。
流れ込んだ悲しみが、後悔となって、黒い感情を孕んで爆発した。諦めきれなかった、諦められなかった。豹変した湊の頬に一発喰らわせてやりたかった。だから、壁を押しのけて円が完成する前に其処を出ようとした―――――。
湊は私の目の前に姿を現すとそのまま私の肩を床に押し付けた。しかし、そこに既に床は床では無く、どぷりと床に飲み込まれた。飲み込まれゆく刹那、巫女さんに駆け寄る巫くんと、私に手を伸ばす巫女さんの叫び声が聞こえた。
目を開くと、深海の様な場所を漂っていて…湊が抱きしめているのがわかった。声を出そうにも、口から息が出来るばかり。それに気づいた湊は、私の顔を見て額を合わせた。
声がする。
―――泉、ごめん。俺さ、焦ったよ……泉が全部わかってたみたいでちょっと柄にもねぇことしてたかも。
エリスが抵抗している。けれど、身体が動かない。
―――実花のことな、…正直に打ち明ける。…実花には泉の身代わりになって貰う。
ごぷり。
―――でも、これは実花も望んだことなんだ!お願いだ、わかってくれ…!
嫌。
――――地球へ戻ったら…全部忘れて…元の生活に戻ろう、な。俺も実花も居るから安心していいぜ。…だから…これは、貰っていく。
嫌。否。
――――泉は、泉だけのものだから、な。
引き剥がされる、感覚、が―――口から息が漏れていく。過剰なほどに漏れていく。何とかして身体を動かして抵抗した。痛いの、苦しいの、身を裂かれる痛みにも似て、心臓を鷲掴みにされて、二つに裂かれてる。
身体から、真白い人型の光が剥されていく。それは激痛を伴って、それは本能的嫌悪感を伴って、必死に抵抗する。視界が揺れる、耳鳴りがする、死にも似たこの感覚に――。
紅の石が、反応した。
赤い光が猛烈に光り出して、穏やかな水中に濁流を起こす。渦は一方的凌辱にも似た二人の関係を巻き込んだ。湊は必死に私の身体を手繰り寄せたけれど、渦は身体を千切りそうな勢いで私達を離す。ズドン、と私に戻ってきた人型の衝撃で私は活力を失った。深い其処へ押し流されていく途中、目を閉じていく途中、濁流音の彼方で声がする。
湊の声が、する。
五章終了しました~!お疲れさまでした…。来週は番外編です、シリアス続きで作者のメンタルずたぼろです…砂糖を、砂糖をくれえええ……。
リゼロはいいぞ。




