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騎士ヨハネ ※挿絵追加しました!

 数多ある争いの一つだったのだろう。蒼天を(かしらに据えた騎士部隊は各々規則的に散らばっていく。空にはためく旗は支配者の色。その色を塗り替えるものを赦しはしない。

 剣は遠方で危険を殺し、盾は近方で悪意を遮っていた。


 遠方に広がる蒼天の騎士団。騎士団長シリウスに従う円卓の騎士達。一人をアレウス、槍の名手である。そしてまた一人――その名は、ヨハネ。

 漆黒の六尺棒を片手にくるりくるりと戦場を駆け巡った過去。


 人は彼を使徒と呼んだ。主は彼を騎士と呼んだ。


 騎士ヨハネ。その微笑みを絶やすことなく葬り続ける舞踏者。


「――徹底的に殺します。まあ、いいですよね?」


挿絵(By みてみん)


 目前に見下ろすは――西の都、トルーカ。


**


「ねえ泉!どう?これ、可愛い?」

「可愛いけどさー…私的に実花はこっちなんだよなー」

「わあ、かわいい!」

「でしょ?やはり私の目に狂いは――」


 …?何だろ、今何か……鳴った様な…?


「ん?泉どうし」

「え、何?」


 実花が私と同じ方を見上げた瞬間、実花は固まった。その一点をひたすらに凝視していた。それにつられるように湊、アスティンさんも其方を見上げた。


「……!これは!いけない、泉さ―――」

「――――――――ぐっ」


 声が潰される程の爆風。何かに吹き飛ばされる何て初めて経験した。轟音が響いて、でも人の声は聞こえなくて。鈍い音が聞こえて……。ずるり、と、気が。







「……―――み、みか……?」


 徐々に回復した視力は本物なんだろうか?それさえわからぬほどに薄く煙った空気が肺に流れて来た。勢いよく咳込もうと体をのけ反らせたら送られてきたのは全身の痛みだった。痛い、頭が、腕が、胸が、身体が、足が――全部痛い。頬を涙が伝っているのかもわからない。咳をするのが苦しい。


「嗚呼、困りました。こんなつもりじゃなかったんですが、徹底的に殺すと言うのはぼくの決め台詞のようなもので。まあ、死んだら還りますし、いいですよね?」


 だ、れ…。


見えない風景の影が微かに動いて、私に誰かの存在を示した。辛うじて動く上半身を動かすと、ずるりと右手が滑った――。

嗚呼、これは、誰の血?


「……さあ、何処にいますか?愚者(いずみ)という少女――」


息を呑んだ。声の主は私を狙っているのか。また、私……。

頭痛がした。可能なら気を再び失いたかった。誰に傷付けられる痛みが、誰かを傷つけてしまう因果が首を絞める。


「――随分と、派手なことをしてくれたじゃねぇか……ヨハネ」

「不毛な問いです、竜の民よ。貴方達が狂おしい程に求める赤、…感謝してくださいよ?」


声を潜めていた衝動が激しく私の内側を叩いた。飛び出しかねない激情は、猛烈な痛みが遮ってしまう。僅かに上げた私の呻き声は誰にも届かずに灰に紛れた。足が動かない、頭上に覆いかぶさっている瓦礫が僅かな視野しか与えない。


「それにしても…素晴らしいなあ!ぼくのあの一撃の中で未だ立っていられるとは――嗚呼、でも関係ありませんよね?ぼくは徹底的に何でもそつなくこなしますから…」


視界の左端に捉えた髪色に目を凝らしてみた。嗚呼、髪に隠れて顔が見えないけれど…あれ、あれは……。み、「か……!」


「結果的に全員殺せば、それは一撃で仕留めたことに相違ありませんよね?」

「……そうだな」

「ですよねぇ。じゃあ、すぐに逝きましょうか。それではまた数年後お会いしましょう――嗚呼、覚えてられていたらですけどね?」


左手を伸ばして、実花に触れようとした。煤けて焼かれた喉がひどく傷んだ…その時――不意に差し込んだ日差しがありありと私に正解を示した。

返事をしない実花の頭を彩る赤は、流れ出でて私の手を汚して、私の胸元を汚して――。ただ音もなく叫び開いた目から零れたモノは、赤を薄めるには到底足りない。


「……。俺は、正義(ユースティ)女神(ティア)の名を継し者、今ここに――裁きの権限を以て」

「……ユースティティア、だと…!?」

「騎士ヨハネ――てめえは煉獄(タルタロス)行きだ――精々、石でも転がしておくんだな」


鞘を掠める剣の音。互いが抜刀した合図?

どちらを、どちらを優先したらいい!?湊か、実花か。今の私にはどちらもが彼岸に足を踏み入れようとしているかの様。でも、動けない身体でどちらを優先することが出来るの?もしかして私はどちらも……。


見捨てるのではないか?


「……!ぁ、……っ」


アンスさえ呼べない。続ける音が持たない。乾いた咳は血をにじませていた。

悔しかった。守られて、それが当然のように導かれて。あの時も私はきっと助けられると思った、アンスが助けてくれると思った、だから大胆な行動に出られた。嗚呼、アスティンさんは何処だろうか。守ると言った、あの言葉を聞いた彼もきっとこの瓦礫の下だろう。


このままこの下にいたら、スワードが助けに……。


ああ、だめ!だめ!屋敷から逃げるように出てきて、約束を破って金の鍵を使った私をスワードはもう呆れていることだろうに!無条件に与えられる優しさは、この気持ちは……。


( ――助けてあげましょうか? )

……え?


( 私が全員助けてあげましょう )

どう…やって。


( 泉の身体、それだけでいいわ )

まって、あなたは?


( 私は…エリー……エリスよ )


 目の前が真っ白に光って、ぐいっと何かに剥がされた気がした。その感覚は何処かアンスに身を委ねる感覚に似ていて、でもアンスよりもリアルで――。


 右手で刻んだ文字が周りの瓦礫を吹き飛ばし、その粉塵の中私は立ちあがった。煙渦巻く風の中実花を抱き起すと、私は風を切り進み――風を風で吹き飛ばした。開けた視界、二人の男が同時に視線を寄越す。


 肩を揺らす湊の瞳が鮮やかな紫で、それに対峙する男の瞳が金で――。その色が私の中の何かに黒い感情をぐにゃりと唸らせていた。苦しい、この感情は、何だ。


「黒の髪に、黒の瞳……君は愚者ナールで間違いないですよね?」


 私は答えなかった。いや、試しに口を開いたがあまりの喉の痛さに開いた口を閉じたのだ。その代わりに小さく頭を下に落とした。


「やれやれ…困りました――そこの人間も愚者ナールじゃないですか……これじゃあどちらが泉かわからない…試しに聞いてみます。君が泉ですか?」


 なぜ、頷かない?私が今頷けば少なくとも此処に居る三人は救えるのでは!?


 私は頑なに頷かなかった。ただ、逸らすこともせずに目の前の男を見つめていた。それを男は否と受け取ったのか、視線を私から実花へ移した。そして私へ再び視線を移すと、にこりと笑った。


「わかりました。ありがとう、と言った方が良いですか?ま、愚者(きみ)は殺しますが」

「断る。泉は渡さねぇし実花は殺させねえ」


 男は黙って笑っていた。


「大体予想はつくぞ騎士ヨハネ。円卓の騎士は全騎士団長――シリウスの配下だからな、シリウスの命令しか聞かねえ騎士共が……大方今のシリウスが下す命令なんぞ予想できるんだよ」

「それはそれは賢いです...ねえ?」

「だから再びてめえに言ってやるよ!泉を渡すつもりはない、勿論――実花もな!」


 湊は私の前方に立つと長い刀身をもつ十字の剣を構えた。それに応じた様に騎士ヨハネは白銀の剣を構え直す。間は一瞬、両者は一呼吸の後に――ぶつかった。


 鳴る金属音、渦巻く旋風、それに踵を返して進む私。


 口元が歪むのが不思議だった。


 実花を風を遮る遮蔽物の内側へ横たえた。口元に耳を近づけると微かに呼吸音がする。私は足元の生地を破くとそれを包帯に見立て実花の頭へ巻き付けていく。赤色にじわりじわりと染め上げていく速度の速さに私は焦りを覚えた。しかしその焦りが身体へ伝わることは無い。


冷静にかつ端的に応急処置を済ますと…待って。今、それ巻くの何回目?軽く五回くらいやり直してない?まさか、あなたって処置が下手なんじゃ


( 自分でやったことなんてないのよ…! )


 次は焦りがどうやら体に伝わった。私は咄嗟に周りを見渡した。見えるのは戦いの場面と、煙漂う瓦礫の街。何を見ているんだろうか――。突然目の前が真っ暗になり、そこに一筋の光が見えた。開けた視界と、闇の中の光を合致させ私はそこへ一目散に走っていく。瓦礫を持ち上げて、違う所へ落としていく。響く金属音と時折吹く強風、ただよう血の香り。煌めく魔術の軌跡が合わさって今どうなっているのかもはや理解不能。手の皮が切り裂かれて、爪が欠けて行く。その最中に、深緑の髪が見えた。


 あ、アスティンさん!!


「ァ、……っ!」


 私は容赦なく右手を振り上げた。違う音のせいで耳には入らないが私はアスティンさんの頬を張り続けている。咄嗟に腕を止めようとしても振り上げ振り下ろす動作は止まらない…強く成り続けている。


 やめ、て!酷い怪我をしているのに!何をしてるの!!


「―――……い、た、いんだけ、ど…」


 やんわりと振り上げていた手が掴まれた。徐々に開かれていく橙の瞳に案外焦った顔の私が映った。アスティンさんは片手で残りの瓦礫を砕き起き上がる――私の手を握ったままで。起き上がる最中に確認していたのだろう。私の手を引くと騎士ヨハネの視界から隠れる場所まで私を誘った。


「これはかなりやられたな……泉さん、怪我は…してるね」


 私はジェスチャーで何かを伝えようとしていた。しかし、それにアスティンさんは首を傾げている。


「泉さん、急に何かな…わからないよ。…もしかして、声が……?ちょっと何かしゃべ――」

「―――――っぐっ!」


 実花と私を隔てる様に砂嵐が一直線に飛んできた。咄嗟に私を身の内に隠したアスティンさんは「湊くん!」と声をあげたので、飛んできた物が湊であると予想を立てた。再び巻き起こる粉塵に喉が刺激されて、私は込みあがった咳に襲われた。口を覆った掌を見ると血が滲んでいて――それにエリスが酷く動揺したのがわかった。


「いずみさ」

「動かないで下さいねえ――グリームニル卿、?」


 アスティンさんの頭上に開かれた魔法陣。そこから覗く鎌を持った醜い化け物。


「ラスンド……」


 と呟いたアスティンさんの頬を汗が伝った。


 騎士ヨハネは湊を見下ろすとその微笑んだ顔のまま実花の方を向いた。そのまま実花へと歩み始めた騎士ヨハネの服を湊は掴み、自らの身体を起こして――剣を下から上へ滑らせた。その軌道を目の端でとらえた騎士ヨハネは白銀の剣で受け止め軌道をずらすと足で湊の身体を地面に埋めようとしたが湊はそれを躱し声を上げた。


「天地創造の理!我が裁きは主の名を以て覆る事は無し!」


 騎士ヨハネの足元を中心にして大きな十字架の光が描かれる。その描きに顔を歪ませた騎士ヨハネはアスティンの頭上に控えていた化け物の名を呼んだ。湊が化け物の突進から逃れる為に転げ空いた軌道上を見て、私の身体は動いた。


 アスティンさんの腕から抜け出し、胸元のアンスを握る。剣へと姿を変えたアンスの柄を両手で握った。湊と交差して私は騎士ヨハネへと飛び込んだ。


 交わる視線、細められた金色の目。

 騎士ヨハネは一歩遅れた。だから、私は勝利を確信した――しかし、叶わなかった。

 彼の腹を一文字に裂いただけで、結果…騎士ヨハネは実花へと距離を詰めてしまったのだから。


「――君が泉の騎士というならば、君は悔いる必要がありますね」


 騎士ヨハネは私と湊を見下して、嘲笑った。


「それでは、僕はこれで失礼致します。さようなら――良き生を。捨てられた哀れな子等よ」

「――――――っ!!」

( 実花――っ! )


 騎士ヨハネは陽に向けて飛び上った。腕に実花を抱き、私達を見下ろして。


( …ありがとう )


 私はかくん、と膝を付く。戻った命令信号が私の身体を震えさせた。


 実花が連れて行かれてしまう――私のでせいで。


 その事実が嫌に胸に刺さる。


舞台 ハイキューのライビュを見てきました

語彙力を失いました。

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