異 湊
幼い頃から、俺の意識には一つ確立されたものがあった。流石に生まれたての頃は解らなかっただろうが、両親がよく微笑ましく俺に言うのだ。そう、両親が錯覚するほどの強い意識があった。
"湊は本当にずっと泉ちゃんにひっついてるわねえ”
"男の子だからね、本能かな?"
”うふふ、まだこんなに小さいのに?おかしいわね”
"きっと俺に似たんだな…"
首を傾げながら受け流すその言葉の雨を無視しつつも頷いた。その俺の行為を裏付ける想いを決めつけたがる両親の言葉に納得せずに半ばヤケになりつつ頷き続けた。
――それは恋情だったのか?
うん。(違う)
――それは愛情だったのか?
うん。(違う)
両親の喜びの手を振り払うたび、歳を重ねる度に確立された物に肉がついていった。夢の中で遊んでいた竜のぬいぐるみが、何かを悟った時それは女になって永遠に涙を流し続けていた。血濡れた服は、血濡れた両手は次第に俺に移り、俺に僅かな狂気を与えて行った。
その狂気は現実での苛立ちへ変わる。
中学生の頃が一番酷かった。些細な事で腹が立った。何かをしなければ、泉を誰かより遠ざけなければ。でも、誰かって誰だ?何かって何だ?…次第に泉や実花と共に居ることも苦痛となった。
ある日、家庭科の調理実習で…泉が包丁で手をぐっさり切ったことがあった。騒ぎ立てた女子を収める泉の声に何かを覚えて、俺は人を掻き分けて…焦りながら泉の元へ向かった。
見下ろした光景に足が竦んだ。床に落ちた血の付いた包丁が、泉の手から滴り降りてエプロンを染めた血が、何よりも患部を抑えながら笑うその表情が――チカチカと視界を遮った。
半ば無意識に泉の手を取ると俺は何も言わずに保健室へと向かった。黙々と歩く俺に、ねえちょっと!と声をあげる泉。俺はこの道程で…ある光景を思い出していた。
「…痛くねぇか…」
「切った時は痛くなかったんだけど…あはは、今は痛いですね、…はい」
何故か処置に慣れている俺は保健室の先生が居ないことを理由に泉へ処置を施した。
「そうか。いてえよな…痛かったよな……」
「まあ…でもこういうのって誰でも経験するし……ん!?みな、湊!?ど、どうしたの…」
ああ、そうだ。みっともなく俺は泣いてしまったんだ。夢の中の女が繰り返し訴えていた全てを受け取って、俺はその女と意志を共にする。
恋と言うにはあまりにも濃く、愛というにはあまりにも――。嗚呼、あまりにも感動的じゃない。
女が腕に抱く血濡れたもう一人の女の重みを受け取った。己の使命と、己の存在意義と――。
「湊くん」
そう言って微笑む何も知らない少女の背後で何時も彼が笑んでいる。
「泉…大丈夫?」
あの時咄嗟に泉の前へ立ち塞がったのは、
「大丈夫だ」
あの女の息苦しい憎しみと、
「湊くん…?」
「……―――――」
耳を塞ぎたくなるほどの、実花への、
「……大丈夫だって…言ってんだろ?心配性だなあ、実花は」
弁解を求める声が俺を突き動かしただけ。
『シリウスがエリーシア様を殺めるはずがない。嗚呼、あれは何かの間違いで…あれは、あれは何かの間違い…シリウス……何か、何か言って……っ』
なあ、リアラ。本当はもう…わかってんだろ。
アヴェンジャーも出ないしオルタニキも出ないからもう世界とか救わなくてもいいよね




