幼馴染
朝、目覚ましは鳴らない。
当然だよね、私が昨日止めたきりだもん。
沈黙する時計に目をやると、針は午前11時を表していた。
……春休みを謳歌してる私、万歳。
ああ、そうだね自己紹介が遅れました皆様方。私の名前は、上山泉。 泉でございます。齢は今年で18。新高校三年生でございます。得意科目は数学。でも……文系の数学でございます。苦手科目は英語。私は純日本人でございます。彼氏は居ます。
「ぐえっ」
ごめんなさい嘘を付きましたごめんなさい。
心の中で自己紹介をしている間、私は洗面所に行き歯を磨いていた。そしてこの通り、歯磨き粉が喉に詰まったというわけだ。
ウグイス嬢の様にさらっと説明したけど、これでわかってくれる?何をわかれっていうんだ!っ声が天から聞こえてくるよ……。
がらがらがらぺっ。
「いぃー」
恥もせずに歯を出し白さを確認。美しい。
ひとしきり鏡の前で笑顔を作った後、私は自室への階段を登りながら今後の予定を考えた。
宿題でもしようかなー……。お昼ご飯も食べなきゃいけないし。
私の高校は一応進学校。だから、春休みといえど課題はある。春休み!?って言いたくなる程ある。
でも、課題の量に私個人の偏差値は比例しないわけで。中の上を彷徨う私に、受験生になるから気合いれるぞー!なんて気は更々おきない。
自室に入れば、私のスマートフォンが流行りの曲を奏でながらブーブーと唸っていた。電話だ。
……実花?こんなのどかな昼下がりにどうしたの言うんだろうか。
「はい」
「泉?あたしあたしっ」
「そうか、あたしあたし。生憎ながら私の知り合いにあたしあたしは居ません。さよーならー」
あぁーっ、ちょっと待ってよーぉ!
と呑気な声を発しやがるのは我が親友の安藤実花。少し猫っ毛な所が可愛いの。目はくりくり二重で、声のトーンはいつも温かみを含んでいる。其れでいて、この子は結構鋭い。
空気というものが読めるのだろう。特に私に関してはよく気にかけてくれる。幼い頃から一緒だから、多分読みやすいんだよ。
多分、私と実花は相思相愛だ。
「で、私に何して欲しいの?実花」
……いや、語弊があり過ぎた。ごめんなさい。以心伝心だ。そう、これこれ。
「えっ、そんなーあたしが何時も泉をこき使う為に掛けてる風に言わないでよー!」
「事実でしょ」
「ちがぁう!!」
「じじぃつ!」
「ちがぁぉう!!馬鹿!!馬鹿馬鹿!!うましか!!このトレビ○の泉!」
また懐かしいものを。
いつも実花がこんなふうにアホさ全開で絡んでくるわけではない。そう、これこそが私が先ほど申し上げた事柄なのだ。
実花は鋭い。
私の些細な声のトーンで、心境を見抜くくらいには。
友人の細やかな気遣いに(心の中で)涙を流しつつ、「じゃあ、二時に私の家ね」と言って、電話を切った。
あ、本当の用件を聞くの忘れてた。
ぴん、ぽーん。
控えめなインターフォンの音。それを合図に、ソファで寝そべってた私はのそのそと立ち上がり迎え出た。
「いらっしゃい。お菓子はチョコのトリュフでよかったよね……あ"、」
「俺も来ちゃった」
てへぺろ。
と語尾に付きそうな位、ふざけた表情を作る男が実花の後ろに立っていた。
「……あんたって、実花のストーカーさんか何かでしたっけ?」
「滅相もない」
「じゃあ、私のストーカーさんですか?」
「それは実花さんですね」
「成る程」
「えっ!成る程じゃないよー!」
驚きの表情をつくりながら抗議の態度を表す実花。うるさい、と言わんばかりに前後から伸びた手が実花の頭を押さえつけた。
「いだぃい…!!」
「いいですか?」
「はい」
「私は、」
「はい」
「あなたを、」
「へい」
「……」
「……」
其処は相槌打たないんだ!へー!
「話を最後まで聞いてから返事してよ!」
「読めた会話を最後まで聞くほどこっちは出来た人間じゃねーんだよ!」
「じゃあ帰れ」
バタン。実花を強引に引き入れ、扉を閉じた。ぎゃうんっ、と呻いた実花はお尻をさすっている。
「またそれかよ!」
「うち、セールスはお断りしてるんです!」
「うちもです!」
「奇遇ですね!」
「そうですね!!あの!一つ宜しいでしょうか!」
「宜しい」
「おい。……一緒に課題させて下さいお願いします!!」
男は勢い良く体を反る。私はそれを覗き穴で確認すると、相手が頭をふるタイミングに合わせて扉を開け放った。…ちなみに私の家は、内側に開けるタイプ。
したがって……ふふ。
「うわあぁぁあああなにこれすごいいいい」
ローリング。というわけだ。
「別にストーキングしてた訳じゃないんだけどさ、偶然そこの交差点で実花と会ったわけよ」
自室に出した小さな机を中央に、西向きに座る男。彼の名前は佐倉 湊。人前では常に笑顔を崩さず、それでいて人の話はきちんと聞いてるため信頼も厚い。彼を慕う人間が多いせいか、クラスでは彼のいう事を聞かない奴は居ない。実質、クラスの女王様の様なものだ。そんな彼にここまで横暴に出来るのは幼馴染の特権なんだ。
「ねえ、実花?俺たち、偶然に会っただけだよね?」
こてん、と目を真ん丸にしながら首を傾げる。北向きに座る実花は、笑顔で両手をを合わせながらこくんこくんっと頷いた。
「そうだよ!湊くんが、お空を見ながら歩いてて、あたしは急いでたから走ってたの。そしたらね、ごちんって!凄いんだよ、漫画見たい!でねでね、そしたら……」
「そしたら、実花が蠢きながら先を急ごうとするもんだからよ、`何をそんなに急いでいるの?'って聞いたわけ」
「うんっ、`泉と一緒に課題するの'って答えました!」
きゃはは、うふふ。そんな風に花を咲かせながら会話を二人のワールドで誰かに向かって話し続ける彼らを見てると此方は白目を剥いて寝そうになる。大体話は読めたから、私は手を叩いて二人のワールドに割り込んだ。
「わかった、わかりましたよ。じゃ、本来の目的通り課題終わらせよう会を始めましょう!」
「は-い!」「へーい」
声を合わせながら実花は泉を盗み見た。
今朝電話した時、何とも言えぬくらい雰囲気を感じたんだけど……もう大丈夫なのかな?もう一度聞いて、思い出させちゃったら悪いよね……。
そう考えたあたしは、ガラケーを閉じる様にぱたんと、この思考を終わらせた。