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闇夜の密約

咎故に、何を信じるにてイラストを追加しております!!!!

 実花は小さな声をあげて息を吸った。口に当てた手が悪戯にも食器に当たり、ナイフが音を立てて落ちる。

 くるくると回転しながら滑るナイフは、湊の足に当たるとその動きを止めた。湊はそれを見下ろすと、自ら手を伸ばしナイフを拾い上げた。

 そのナイフを軽く宙にあげ、持ち手の部分が落下してくるその刹那に掴み取った。


「…もう大分馴染んだ。この力、余すことなく発揮できると思う。……だから、実花…」

「それなら、あたしも誰かを」

「いらねえ。俺一人で十分だろ。……わかったな?」

「…わかった――泉を、泉の世界へ帰そう」


 二人は固く頷いた。その光景を覗き込んでいるのは、上弦の月のみ。


**


「…駄目じゃアないか、エリーシア。あんな風に脅しては」

「……うるさいわね、嘘つき」

「心外だなア」


 アルピリは赤い夕陽を背後に昇らせて肩を竦めた。


「……それに、さっきの言葉も心外だなア」

「シリウスの竜って言った事かしら」

「そうさなー」


 エリーシアはきつくアルピリを睨みつけた。


「……違うの?」

「……違う……と言いたいねエ」


 二人の間に風が吹く。長い黄金を巻き込んで、短い赤が揺れる。アルピリは両手をポケットに突っ込むと、エリーシアの隣に腰を降ろした。それをエリーシアは拒みはしなかった。


「なあ、そんなに張り詰めなさんな。疲れちゃうぞ」


 エリーシアは答えなかった。代わりの間をおいて、口を開く。


「ねえ、アルピリ」

「ん?」

「…私ね、気が変わったの」

「……ほう」


 漆黒の瞳が細められた。エリーシアが笑ったのだ。


「シリウスを殺すわ」


 今度は、アルピリが答えなかった。


「初めはね、泉を人間界に戻すためだけに動こうと思ってたの。本当よ、本当……――でも、あそこまで熱烈な歓迎を受けたのだもの。二度も殺されたんだもの、ああ、ああ…本当に――腹立たしい」


 アルピリは黙って聞いている。


「泉のこのペンダント…スワードは私が泉と入れ替わるのを今か今かと待ち望んでるみたいじゃない。目的は違えど、アレウスだって私を引きずり出した。きっと、いいえ…絶対に背後にはシリウスが絡んでいるはずだわ!彼奴が、彼奴がまた私を殺そうと企んでいるのよ…!だから、それに乗ってやる。順調に行ってるように見せて――同じことを、してあげるの」


 エリーシアは笑った。


「私を裏切ってまで欲した王位を奪ってやったら、シリウスはどんな顔をするかしら?中々死ねない苦痛の中で、なにを思うかしら?そして、取り戻した私の力でシリウスを堕としてあげたら…堕ち行く最中に何を思うかしら?……嗚呼、考えただけでぞくぞくするわね」


 アルピリが伸ばした手をエリーシアは掴み取り、笑んだ顔で囁いた。


「だから、私に(くだ)ってくれるわね?」

「……どうやって?」


 エリーシアは手をアルピリの心臓がある位置へ這わせた。


「…生きたまま心臓を抉り出せば、お前を喰ったことも同然に――」


 アルピリは心臓へ置かれた手首を掴むと、そのままエリーシアを胸元に引き込んだ。泉の頭を膝に乗せていたエリーシアは、上半身だけ引きずられる形になる。しかし、エリーシアはただ驚いていた。


「…さあ、もうおやすみ。夜泣きはほどほどにしてくれよ、俺っちだって寝たいんだ」


 ぽん、ぽん…とまるで赤子をあやす様にアルピリはエリーシアの頭を撫でた。エリーシアは顔をアルピリの胸元へ隠すと、それ以来何も言葉を発さなかった。


「…ね…むれ…ね…むれ…」


 アルピリだけが子守唄を紡いでいた。赤い夕陽を目に映しながら。


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