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身代わり

「え、エリーシア様を造る…!?」

「そうだ。無いのなら造ってしまえ――わたし達が思いつくのはそれ、だろう?」

「…人間界も元々はエリーシアの発言がきっかけで創生されたものだしな……無い話ではないけどさ…。成程なあ…。あいつが言っていた"わたしだけがエリーシアだったのに"だっけか?あれに合点が行く。実は俺さ、あんとき焦ってて適当に流したんだよな…申し訳ないことをした」

「仕方ないよ、あの時はそれが最善だったんだから」

「待って!スワードは偽物なんか作って何をするつもりだったの!?」


 実花のその言葉に、アスティンは笑みを消して言った。


「…わからない」


 苦虫を噛み潰したように。


「ただ人形遊びがしたかっただけか?自分が作った城の中で、あの日々を再現させる?」

「それだけはどうしても否定したい。皆、そう言うけれど……わたしはスワードには別の目的があると信じていたい」

「まっ、自分の主人がそんなヤツに落ちた何ておもいたくねーしな」

「落ちるには…十分だったんだけどね…」

「あ、あたし、泉の様子、見てくる…っ」


 実花は突然立ち上がり、その事を言うと返答を待たずして部屋を駆けて出て行った。二人は目だけで追うと、すぐに元に戻す。

 湊は一つ、息を吐いた。アスティンが口を開く。


「…泉さんがね、こちら側へ来る数時間前…。スワードが下界へ降りたんだよ」


 湊が眉間に皺を刻んだと同時に無意識に歯を食いしばる。


「……――知ってる。…知ってる」


**


 微かに記憶に残る城の構造。王を護る竜が眠りにつくのは奥の…奥の洞窟。

 あたしは、逃げたくて…そこに至る道を駆けた。


 ひたすらに、まるで耳を塞ぐように。

 エリーシア様の死因に触れそうになる度に、心が痛いの。


「お客人――何用ですか?」


 窟へ至る最後の門。そこに立つ二人の兵士。

 あたしは切れ切れの息で言葉を紡いでいく。


「とお……して……くださ……」

「なりません。アルピリ様は只今仮眠をお取りになられております」

「お……おねがい…します!」

「お通し出来ません」


 その言葉が引き金になって――気づいたらあたしは門の内側にいた。

 ふらり、ふらりと初めは歩いて。風がそよいで、あたしを誘う。こっちへおいで、と優しく頬を撫でられてあたしは再び走り出していた。


 窟の最奥に設けられた寝室……と呼ぶには大きすぎる。嗚呼、そこには――身を丸めた緑眼の竜が横たわっていた。


「竜……」

「待ってなかったのかい、お嬢ちゃん。…ン、門前の兵士達は…嗚ア、」


 片目を開いた竜があたしに問いかけた。あたしは肩を上下させながら頷くと、竜は笑った。


 泉は竜の手を枕にして赤子のように眠っていた。赤みのさした頬や呼吸音が安眠を知らせてくれた。


「泉は……」

「嬢ちゃんはもう大丈夫、なアに、この俺っちに解けない呪はないってことよ」

「ほんとう……?よかった、よかったあ……!」


 がくり、と膝から崩れ落ちてしまった。安心した途端これか。


「ねえ…泉は今、どこにいるの?」

「ん…、気になるのかい」

「…会いたい…」

「……かわんねェな……」


 アルピリは小さく首を動かした。這うようにあたしが寄ると、泉への道を開けてくれた。泉の頬に触れると自然に涙が零れた。暖かい――。


「目を閉じてごらんよ、逢わせてあげよう」

「うん……」


 そして、あたしは目を閉じた。


 嗚呼、赤い光が目を閉じていても見える。変わった匂い、撫ぜる風。

 目を開けるとそこは――黄昏た、丘。


「……誰も入れないでって言った筈なのに」


 横たわっている泉の頭を膝に乗せ、髪を梳いていた金髪の女性…エリーシア様が目を開けてこちらを見た。


「エリーシア様……あたし……」

「やはり…湊は未だ私の竜だけど、アルピリはお前の竜…そういうことなのね…」

「あ、あの」


 嫌な予感がして、あたしは目を下に伏せるしかなかった。その動作を見たのか、エリーシア様の微かな笑い声が漏れた。


「…何をしにきたの?今は気分が良いから、聞いてあげましょう」

「……逃げて……きたの」

「何から?」


 あなたの、死から。


「お前が逃げる理由とあれば、一つしかなかったわね。都合よく忘れてるみたいだもの」


 どくん、と心が跳ねた。


「ねえ、私の事、好き?」

「え」

「好き?」


 エリーシア様は、にこりと微笑んだ。あの頃と変わらない笑顔、脳裏に刻まれた過去(あたし)が安堵する。


「勿論……」

「――嘘つき」

「……え?」


 エリーシア様は、にこりと笑んだままだった。き、聞き間違い……?手が震えだす。


「教えてあげているだけよ。今はわからなくていいの。だって忘れているんでしょう?無理もないわ、忘れているっていうのは知らないことだから。泉がその証拠でしょう?この子は、何もかも忘れているの。……ええ、それは私の所為よ。死者が生者に関与しているから、しょうがないの」

「あたしは……何も、忘れて何か」

「だから、嘘は駄目よ?」

「え、りーしあ…様」

「お前はもう答えを見ているのに。まだ知らないふりをするなんて……」


「何て狡猾で」

「そこまでだ」




「――――は」


 一瞬にして現実に引き起こされた。飛び上る様に目覚めるとそこはもう竜の窟ではなかった。

 あたしの為に用意された客室のベッドの上。


 ゆらりと身を起こすと、あたしは髪をかき乱すように頭に手を置いた。


"何て狡猾で――"


 確かに、あの目に宿っていた感情は……。


 憎悪、?


「実花?」

「……湊くん」

「飯ー…来たんだけど、食う?」

「うん……」


 よかった、いつも通り笑える。






 共通した部屋に置かれた料理を口に運ぶのは二人だけだった。テレビもない、鳥も鳴かない、ただ彼らが糧を得ていく音だけが響き渡る。けして広い部屋ではないのに、二人には広すぎた。


「…泉、もう大丈夫だってアルピリが言ってたよ」


 その言葉に湊は顔をあげると、僅かに頬を綻ばせた。その表情の変化に実花も笑うとその場は僅かに暖かみを増した。


「なあ…実花」

「うん?」

「泉が…元気に成ったらさ。帰ろうぜ」

「……どうやって?」


 実花の問い掛けに湊は苦笑をした。瞳を伏せながら、料理を手遊びつつ紡ぐ言葉を考えている。


「今、はっきりとは言えねえ…悪い。でも、これ以上泉をこの世界に留まらせているのは危険だ…そう思わねぇか?」

「…スワードが何を考えているかわからないし、王都は泉を保護してくれないもんね。第一、泉が自分をわかっていない……ねえ、どうして泉に真実を教えてあげないの?人間であることが一番泉を危険な状態にしてるんだよ。多少、わかれば泉だってこの世界に」

「実花!」


 鋭い声が飛んだ。


「駄目だ。泉にこの世界での泉の過去をわからせるな――エリーシアは自分だと気づかせるな!」

「どうして……?その考えが泉を一番危険にさらしてるって今言ったよねあたし!?」

「泉は泉だ。泉は人間だ、王でも、下界の奴らに讃えられる全能の神でもない!第一、泉が今迄危険に晒されたのはあの時そばを離れた俺に全責任がある!エリーシアだと自覚するしないはどうでもいいんだよ!!」

「なら下界へ下るまでの道中に…必ずスワードからの邪魔が入るよ!?それを、不完全なあたし達だけで何とかしろって言うの!?どうやって!」


 湊は言い返せなかった。二人は見つめ合ったまま少し間を置いた。


「……俺は今、竜の半端な力と同時に…もう一つ…力を得た」


 実花の目が徐々に開かれていった。実花は湊の口元を驚愕の面持ちで見つめるよりほかに手は無かった。


「確かに…元のままじゃ泉を無事に下界へ落とすことはできない…そうあの時思った。だから、他の…完全な他の力がいると…思った…」


 湊は無意識に掌を握り締めていた。


「湊くん…まさか…」

「……。四勢力のどれにも属さず、かつ…他者を下界送りできる奴の――力が、いると思った。手段を選んで等いられないだろ、だから俺は……ユースティを……」


 湊は悲痛な面持ちを隠すように片手で目を覆った。


「ユースティティアそのものを、喰った」


 ユースティティア。司るは正義。

 下界に於いては裁判を取りなす女神。


 右手に剣を、左手には天秤を。


 彼女は既に、永遠を失った。

 半端な竜が、求めたばかりに。


ユースティティアは知ってる人が多い神様ではないでしょうか?アメリカなどでは裁判所に銅像があると思います。気になった方はこの名前で検索したら一発で出てきますよ~!他の神様はちょっと名前をもじってるので出ないかも;;

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