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西に倣え

 二人が抱き合ったまま崩れ落ちた。その光景を静かに見下ろす湊は思わず声を洩らす。


「この二人は…人間……?」

「――いや、彼女たちも人形だよ」


 解かれた結界の外は元の無機質な地下室だった。周りの風景だけ変わって無残な現場はそのまま。一気に立ち込めた血の臭いに酔いそうだ。


 アスティンは泉の傍で何かを施した後に湊の傍へと歩み寄っていた。


「彼女たちが次のエリーシア様だったんだ」

「次の?」

「そう。…ごめんねこの話は後だ。今は泉さんが先だろう?…あのね、このままじゃ…泉さんは…」

「死ぬ」

「……やはりわかるんだね」


 湊は片手をきつく握り締めると、その手を額にあて祈る様な格好を取った。


「感じるんだ…ひしひしと…この感覚ほんと、好きじゃねぇ…。泉のさ、傷を治そうとしたんだ。でも俺の力をもってしても塞がらない。表面の傷を癒しても内部がぐしゃぐしゃなんだ…!」

鮮血フラン報復ベルジェの効果だよね」

「恐らくは。けど可笑しいだろ、本物の剣は実花がちゃんと所持してたんだ」

「泉さんを貫いたあの剣…あれは間違いなくスワードが作り出したものだ。…ごめんわたしね、ここ最近スワードが何かをしているのは知っていたのだけど詳しくは知り得なかったんだ。そんな奴の推測で申し訳ないのだけれど…」

「世界の知識と言われるあんたにでも知らねぇことがあんの?」

「勘弁してほしいよ…」


 話を続けようとした狭間、一人の影が二人の前へ立った。

 二人は同時に顔を向けた。そこにあったのは、悲痛な面持ちのフライアだった。


「私に提案があります」

「……なんだ?」

「湊様。――西の統轄領、トルーカへと赴き下さい」


 フライアは頭を下げた。


「お嬢様を助けるには、対の竜…アルピリ様のお力を頼るしか術は御座いません」

「アルピリ様か…成程彼の力であれば泉さんの傷を癒すことは可能…」

「は?何言ってんだ?無理だろ」


 湊はきょとん、としてフライアとアスティンを見た。


「アルピリはまだ寝てる。起こすのはまず不可能だろ」

「ああ…ええと…ね。湊くん、アルピリ様はいま…目覚めていらっしゃるよ」

「…は?」

「あの日を境に、世の理はずれてしまった。…竜が双方目覚めていることが一番の証明だろうね」

「それではよろしいですね。…繋ぎの庵へとご案内致します」


 フライアは視線だけをもう動かない二人へ動かすと、僅かな間だけ目を固く閉じた。次に開いた時、すぐに踵を返し階段へと続く扉を開け放った。そして上へと至る階段に足を掛けると僅かな憂鬱に顔をしかめた。


**


 諸侯に連なる者の中で上位に座するものだけが使える通路がある。西に一つ、南に一つ、東に一つ、北に一つ。それぞれがそれぞれへと至る道。たがいの術を組み合わせて作り上げた。

 そこは、闇が殆ど埋め尽くした中を金の淡い光が道を作っていた。その中を無言で進んでいく彼ら。泉を抱く湊の服は黒ずみ始めている。湊は繰り返し繰り返し祈っていた。繋がりが途絶えぬ様に、泉が消えぬように……腕に抱き半ば強制的に眠らされている彼女を悲痛な面持ちで見つめ続けた。


「湊くん……?」


 実花はふと湊の横顔を見て声を出してしまった。湊の瞳だけが実花へと移る。


「駄目だよ…竜が泣いちゃ、縁起悪いよ…っ」


 実花は腕で両目を抑えると唇をかみしめて俯いた。その言葉に湊はやっと己が泣いていたのだと気づく。前方を歩いていた二人は振り返らなかった。


「さあ、つきました。陣の中へ…すぐにお送りします」


 湊と実花とアスティンが陣の中へ入る。


「アスティンも来んのか?」

「勿論。…今回の事について先程話しそびれたこともあるし、わたしは一応泉さんの護衛役…なんだよね」

「頼りねぇ護衛役だなぁ」

「はは、…全くだよ」


 フライアが何かを唱えだすと、徐々に陣が金の光を帯びて輝きだした。ゆらりゆらりと凪ぐ光が暗闇の壁を撫でで行く。


「トルーカへお着きになりましたら」

「いい。道はわかる」

「…はい。お嬢様を、どうぞよろしくお願い致します」


 フライアは深く頭を下げた。湊は頷くとそれを合図としたように光がいっそう強くなった。眩しさに目を閉じたのが実花と湊。アスティンだけは完全に自身が消えるまでフライアを見続けていた。






 竜が治める西の都、それがトルーカである。一対の竜が済む城は高く聳え立つ崖際に建てられている。領主の二名の名は、リアラ=サルース及びアルピリ=サルース。グリームニルは魔術を主とするようにサルースは風を支配下に置いていた。風が及ぼす物全て、サルースの配下。それは魔術においても同じ。


 故にトルーカは、風の都と称される。


「さあ…ついたよ。湊くん」

「ああ。泉、もう少しの辛抱だからな」


 薄緑の陣を出るとふわりと風がそれぞれの髪を撫でた。湊はその風にある人物を想起すると歩みを始めた。奥から響いてくる忙しない足音達に予想を立てながら。



春眠暁を覚えず、ですなあ…。

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