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あなたは何を棄てるの

「あ"あ"あ"――――っ!!」


 脳に直接響くような、幻想の様な叫び声は僅かな時を得て発生源を得た。ピシリ、と壁に走り続けるヒビと少女の叫びが共鳴する。


「そこにいたのか……」


 湊は陽炎の様に姿を現した少女を見て……僅かに動きを止めた。目を見張るその容姿…金の髪に――紅の――瞳。

 まるで、幼い頃のエリーシアそのものじゃないか。


「いたいじゃない…ひどいじゃない…ひどい…ひどいわ…ひどいひどいひどい!!」


 まあるい目にきらきらとした涙をたっぷり溜めて、その少女――バレンは泣き叫んだ。


 実花もその少女を凝視していた。厭らしい、汚いものを見るそんな目で。何を思ったのかシリウスから剣を引き抜いて実花は立とうとした…が、ある無機質な固い音に視線を奪われた。


 先程までシリウスだった者の首がごろごろと回る。その首につく髪は長く…色は…金色。その目は…赤。西洋人形の様な無機質な赤。

 実花はドクドクと焦る心を制してシリウスを見た。そして剣を宙に放り投げてシリウスの胸ぐらから一気に服を裂いた。そこにあるのは、割れた陶器。触ると滑らかなつるつるとした陶器。服を汚した血はあるのに、肌には砕けた後以外何もついてはいなかった。肩口に見える球体は…これは…。


「人形…」


 湊は真横でガシャンと音を立てた物体に驚いて左を見た。そこに倒れていたのはリアラの服を着た金髪に赤目の少女…を模した球体人形。ゾクリ、と背筋をなぞった戦慄に反応した湊は咄嗟に泉を抱きかかえるとその場から僅かに後退した。


 まだバレンは泣き叫んでいる。


 湊は頬に冷や汗を垂らしながら反笑を浮かべるしかなかった。嗚呼、なんてことだ……。

 人 形 が 沢 山 死 ん で い る 。 


 実花は再び宙から剣を呼び出すと少女に向けて構えを取った。湊と泉と距離を一瞥して図ればまた直ぐにバレンへ斬りかかる。しかし、実花の攻撃で響いたのは陶器を壊す音だけ。壊れた人形達が次々にバレンの盾に成る。


「邪魔…じゃまああっ!!」

「あ"っ!い、いたいっ!!」


 バレンの周りで人形が叩き潰されれば叩き潰されるほど、バレンは鈍い悲鳴を上げ続けていた。それと同時についには空間にさえ(ひずみ)が生じた。


「これは――!!おい、おい実花!!!やめろ!!俺たちまで消されるッ!!!!」


 湊の叫びは実花には聞こえない。鬼人の様に、実花自体が一つの鋭い刃であるかの様にひたすらに切り伏せて行く。


 湊は腕に抱えた泉を見た。ぐったりとした身体から滴る赤い雫は生暖かく、じわりじわりと傷口は再び開いていく。湊は奥歯を噛み締めると眉間に皺を寄せながら目を閉じた。


 悪い、少しだけ……離れるな。


 泉を静かに床に置くと、血が溢れていく腹部に手を重ねた。泉の血で染まった片手を握り締めて湊は実花への真正面へと空間を裂いた。


「――実花!」


 突然目の前に出現した味方に実花は刃のきらめきを寸前の所で停止させた。…違う、実花を真に停止させたのは近くで臭う血の香り。よく知っている魔力の残り香。

 目だけで魔力を元の追うと目の前で立ち塞がる男の片手へとたどり着いた。


 血が……泉の…血……いず、泉!


「はあっ…はあ……あたし……っ…」


 肉体の疲労と、既に切れていた息を思い出す。この身体では本当の自分の動きについていけない。

 べったりと頬に纏わりつく誰かの粘液と汗を拭って実花は泉を探した。少し離れた所に寝かされている泉を発見すると、実花は息も絶え絶えに泉の元へと駆け寄っていった。既にこの少女への興味は失せていた。


「…おい、あんた」

「ひっく…妹達が……ひっく…」


 湊は振り返るとバレンを見下ろした。バレンは目元の涙を拭いながら湊を見上げた。


「そっくりだな…きみわりぃ」


 そう言うと、湊はくるりと身を翻して泉の元へ帰ろうとした…が。その言葉を真正面から受けたバレンは悲鳴のような声をあげた。


「あんまりじゃない!!!」

「あ?」


 身を僅かに震わせて、怒りに満ちた目をしてバレンは続ける。


「皆…皆…わたしをそんな目で見て…。わたしの…このすがたを…煙たがって!わたしは…望んでこのすがたになったわけじゃないのにっ!!」


 バレンは両手を自らの頬に添えるとはらはらと涙を流し続けた。


「お父様がもとめてくれたから…わたしを必要としてくれたから…これが今のわたしがすることだから…わたしは…お父様のために…」


 湊は目を細めて半身を傾けた状態で話を聞いていた。危機感があったのだ。


「……――だれがわるいの?」

「ねえ、」

「わたしがわるいの?」


 大きく見開かれた目で、バレンは湊を見つめた。


「ちがうわ。そう、ちがうわ。その子がくるまでは、お父様もフライアもわたしだけをエリーシアとしてたのに。その子も同じ愚者ナールなのに。なぜ、なぜなの?なぜその子だけまだ元の姿のままなの?フライアはどうしてこの準備をしてくれなかったの?わたし、一人でしたのよ。大変だった、大変だったの。ねえ、聞いてるんでしょ――フライア」


「でもこれですべて元通り。あとはその子に新しいからだを与えて、その子がエリーシアの力に耐えれるか測るだけ。あは、あはは。お父様は誉めてくれるかしら。また、愛してくれるかしら。きっとその子も壊れるわ、この子たちのように。だって…石無しにはくるってしまう、弱い子」


「あはははは。なーんだ、わたしばかみたい。何も心配いらなかった。うふふ、さあ、その子をわたしにちょうだ」

「もうやめましょう……お姉さま」


 気が付けばバレンの背後に血濡れてないメイド服を身に纏った――ミズナだった。


「役立たず…ひっこんでなさい」

「お姉さま。……お姉さま」

「引っ込んでろっていうのが聞こえなかったの!?」

「お姉さま―……」


 ミズナは、ボロボロになったバレンをそっと抱きしめた。バレンよりも一回り大きいその身体で。


「お姉さま。ミズナ達はようやく元に戻れるのです。…お姉さま、帰りましょうミズナ達のイギリスへ」

「…イギリス……?今更……今更帰れるっていうの……!?」

「はい!わかりますか?本当のエリーシア様が漸く御帰りになりました。もうお父様はミズナ達が居なくても大丈夫なのです」

「ちがう…わたしが、わたしがエリー」

「お姉さま…アンナお姉さま…」


 バレンは言葉を失った。その代わりにゆっくりと泉を振り返る。…疲れ切ったその瞳で。


「…わかってた。わかってたの……あの子が本物だってことくらい。私これでもかなりエリーシアに近かったのよ…」

「はい」

「でもね…認めたくなかったの。私はこの世界で生き残るために元の身体を棄てたのに。あの子は代わりに何を棄てたっていうの?悔しかった…何もせずにただ与えられて、お父様の愛も与えられて過ごすあの子が許せなかった…」


 再び涙を流し始めたその頬に、ミズナは静かに寄り添った。今までの日々を思い返しながら、守られてた日々を思い起こしながら。涙を流す姉は、確かに自分の姉なのだと思いに痛みを感じた。


「私は…お父様の本当の愛が欲しかった……」


 湊は二人の元へと歩み寄った。そしてその場でしゃがむと二人へ話しかける。


「元の世界へお還り下さい。引導は俺が渡します」

「リアラ様…」

「本当に?わたしはあの子を殺そうとしたのよ」

「あいつが――泉が来るまではあんたがエリーシアだった。そして俺はエリーシアの竜だ。敬意を払おう……それと、すまなかった」

「帰れるのなら…もう…何でもいいわ…疲れちゃった。ねえ、ミズナ。イギリスについたら起こして…」

「はい…お姉さま」


 湊はすらりと長い剣を取り出した。それを少女たちへと向ける。


「ユースティティアの名に於いて、貴方達を許し、主が愛の元天上へ……嗚呼いや、下界へお送り致します」

「何故リアラ様がユースティティア様の名を?」

「……色々あんだよ。聞かないでくれ」


 ミズナは湊の表情を見て、わかりましたと笑った。



 数々の思惑が蔓延る世において、正義わたしに目は必要ない。


 必要なのは、双方の声を聴く耳と結果を述べる口だけ。


 右手に剣を、左手に天秤を。


 恐れることは無い。主は罪人さえも愛しているのだから。



これにて、この章は終了となります。いやあ~長かった!バレンちゃんたちお疲れさまです!ちなみにミズナちゃんが一個体だけ別の姿なのはこのバレンちゃんが頑張ってエリーシアを演じたお陰です。お疲れさまでした!

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