咎故に、何を信じる ※挿絵を追加しました!
挿絵を追加しております!
見えていた。過去の己が最愛の人を殺め続けていく光景。
目の前で行われる一方的殺害行為。
見知らぬ光景は、流れる退屈な映画のワンシーンには成り得なかった。
否定して、否定して否定して否定した。あたしが知らない過去は存在しないも同じ。
それよりも――それよりも。早く、早く早く早く泉を助けなくちゃ。あんなに血で塗れて、目が閉じる、前に……!
「退け、退いてよぉおおっ!!いず、みっいずみぃ!!」
見えない壁を打ち破れない。背後であたしを止める腕を振り払い続ける。
あたしは、この光景を否定する。
泉を傷つけるなんて許さない。たとえそれが……
過去だったとしても。
***
「やめろ実花っ…!これはいくら殴っても壊れねぇぞ!」
「じゃあどうすればいいの!?このままじゃ、このままじゃ泉が」
「アスティン!!」
「えっ、あっ、何!?」
「スワードはもう捨てろ!あんたの力で俺達をこの空間へ送ってくれ!」
「そういうことなら湊くんの方が出来るんじゃないかな!?第一、わたしが割り込むとバレンが――」
「無理、なんだよ……。悔しいが今の俺の力じゃこの壁を破れない」
「…わかったよ。やってみよう」
アスティンは己を落ち着かせるように一息吐くと、片手を二人へと向けた。
「座って」
その一言に、実花は泉を見つめながらしゃがみ込む。
ごめん…ごめんねバレン……。無理やり、入らせてもらうよ…!
バレンの魔力は力の属性はエリーシアのそれと限りなく近いものである。もう存在しない原石で作り上げた像を今ある別の石で形だけそっくりに作り上げたような。それは形だけを見に来た者にとって本物であるが、知識を持つ者にとっては偽物でしかありえない。
…そう、偽物でしかありえない。
だが…、その少女に無理を強いて彼女と扱ってきたのは…わたし達――。本物が採掘されれば、もう偽物はいらないのか…?
「アスティン…!」
「湊くん…」
エリーシア様、貴女ならどうする…!?
アスティンが湊達をこの空間へ送るには、まずバレンの魔力を支配下に置かなければならない。先に張られた結界内において、他の結界が交わるのは限りなく高度な技である。割り込む際に、結界ごと破壊できたらどれほど楽か――しかし、それは出来ない。拒否反応が合わさって泉共々殺してしまう可能性があった。バレンが抵抗する一瞬の隙に彼らを割り込ませる。するり、と。…それがとてつもなく難しい。
しかしながら、アスティンはグリームニルの一の門下。地位にして第二位。だからこそ彼には成し得た。想像できるバレンの苦痛を想い、泉の苦痛を想い、彼は任務を遂行した後地面に両膝を付いた。
「でき、た……。バレン……かなり…エリーシア様に近づいている……」
滴る汗が涙の様に頬を伝う。
そしてその光景を陰から見つめる女が一人。
「ここか……立て実花!謁見の間だ、いくぞ!」
「う、うんっ……!」
二人は立ち上がり、謁見の間へと至る扉めがけて駆け出した。二人には案内などいらなかった。そう、この光景は――この心を焦がす脅迫に似た感情は……湊にとっては二回目なのだ。実花にとっても馴染みある場所である。
実花は浮かべた表情と、湊が浮かべた表情はとても似ていて、とても異質なもの同士であった。
「あなた達は!?」
二人は謁見の間へと至る扉の目の前で違う二人組と遭遇した。リアラとスワードであった。リアラと湊は直ぐにお互いを理解した。そして、同じく歯を噛み締める。実花を見たスワードは軽く首を傾げると、そのまま扉に手を開けた。
「話は後にしろ。あけるぞ!」
「…お願いします」
湊が答えると、スワードは手を離して扉を蹴り開けた。そして目の前に広がった絵図を見て――。
エリーシア様、と叫んだのはリアラ。
シリウス目掛けて飛び込んだのはスワードと実花。
そして…二人がシリウスをなぎ倒した後、素早く泉を抱きかかえて距離を取ったのは湊だった。
「テメェかああああああああ!!」
スワードの怒りに任せ放出された魔力が爆風を誘い込んだ。一気に割れたガラスがキラキラと煌めいてこの風景を反射する。
吹き飛ばされたシリウスは、血混じりの唾を吐き捨てると口元を拭った。血濡れた手で拭われた口元は血の跡を引いている。上半身を起こし、片膝に腕を置いて二人を見上げたその金の瞳は明らかにいつもと彼ではない。…微かに、紅が混じっていた。
それを確認した実花は咄嗟に泉の方を見た。リアラと湊に囲まれ淡い緑色の光に包まれているのに――癒しの術なのに――シリウスの瞳が段々と紅に染まっていく。
「あ、ああ…ああ…いずみっ……」
紅の瞳は、王のみが用いることの出来る特別な色。つまり、紅は王の証。
王の身体は、四柱の中で最も強く、長く生きられる。だから王は不死身と言われる。
そして、王を殺めることは出来ない――三柱を除いては。
三柱を除いては。
「渡すかァッ!!その色は!!エリーシアの!!!色!!」
「っ……、」
スワードの隙の無い魔術の弾幕にシリウスは若干血で滑りながらも躱していく。でも、その…シリウスの瞳が…時折泉を見ているとわかった時……実花の張り詰めた糸がプツリと、切れた。
実花は目を伏せた。そして思い浮かべる。自分の、剣を。遥か昔賜った、祝いの剣を。闇の中で手を伸ばす…掴めば、ああ……在る。
実花は剣を構えた。相手の首元へ剣先を据えて…そしてそのまま右上へ構えを変えていく。右肩を後ろへ引き、左肩は右へ引っ張られて顔の右上に剣がある。そして静かに瞳を晒した。
踊る様に盤上を回る対象へ軸を定める。静かに…確実に…一思いに――距離を詰めろ!
黄金の魔力の軌道は誰の目にも追えなかった。スワードは突然に消えたシリウスが己の背後を取ったと思い振り向いても、そこに誰もいないことに狼狽えたが――新しい血の臭いに視線が動く。
そこには、シリウスと同じ剣を持った女が、シリウスの心臓を捉えて引き抜いた光景があった。剣に付いた血を振り払い実花はシリウスを見下ろす。
胸元からおびただしい血を流しながらシリウスは実花を見て笑みを浮かべた。その崩れゆく最中に。
実花は剣を持ち直すと飛び乗るようにシリウスの腹に馬乗りになり、喉元に剣を突き付けた。その動きに隙は無い。
「変わらない…いくら君が……足掻いた所で…過去は変わらない、よ?」
「何だって言うの……よくも、よくも泉を!!」
シリウスは存外落ち着いていた。
「ちゃんと見て…これが、これこそがしんじ――」
シリウスが言い切る前に実花は喉元へ剣を落とした。一柱と言えど、首を落とされれば死ぬ。そしてシリウスが事切れた瞬間、この部屋中に少女の叫び声が響いた。
実花ちゃんがもし制服を着てシリウス(仮)を倒していたら、そのシーンはまるで血+ですなあ……えっ知らない!?このアニメを知らないですとお!?!?