誰の手を取る
「前方にリアラを確認」
「抜けられる?」
「真に安易…」
本当だ、いる。
皆が避けた通り道、そこに現れる人影。何もない所にその人は突然姿を見せた。
「エリーシア様!急にどうされたのですか…っ!?」
速度を緩めずに私の足は少し重力を下に落とした。そしてそこに速度を溜め、一気に加速する。先程までの姿勢より低く、速く!横目で互いを見た。そのすれ違いに。
「エリーッ……エリーシア様!」
「えうっ!?」
在り得ないところから腕を掴まれ引きずり込まれた。緑眼がエリーシアを映している。アンスは壁伝いに私の身体を捻らせ、リアラさんは痛みに手を離してしまった。飛び退いた互いの間に、息遣いだけが木霊していた。
「アンス……エリーシア様をどうしようというの…」
アンスは私に応える暇を与えなかった。入れ替わってしまった立ち位置にリアラが気づく頃には私はもう駆け出していた。ちらりと後ろを見れば既にリアラさんの姿はない。
「リアラは時空を操る。エリーシアが身を守る為に」
「へえ……」
「故に、あの者に道など……不要」
「…?なんで立ち止まるの?」
アンスは急に動きを止めた。私の意志でも動かせない。
「スワードだ。厄介な」
苦虫をすり潰した様な声と述べられた名前に心がざわついた。
「感心できないぞアンス。作り手としてこれ以上の侮辱はない」
こつ、こつ…背後からその声は聞こえた。「う、わ」ぐるりと振り向かされた身体の所為で私はもう何メートルしかないスワードとの距離を測らざるを得なくなる。
「さあ、行けよ。彼女を連れて行きたいんだろ?はは、ならこの階段を下ってエントランスを抜ければいい」
スワードはにこやかに笑んだ。少し首を傾げてみせて。…しかし、アンスは動かない。
次に、スワードは笑みを消した。
「お前を作り出したのは俺。お前に意志を与えたのも俺……忘れるな」
ぞくり、とした。ああ、やっぱり違う。こんなのスワードじゃない!
「アンス、行こう」
「しかし、」
「――行け!」
う、わっ!
身体をスワードの方へ向けたまま、ぐんっと背後に引っ張られた…ように感じたが、どうやら私が背後に飛んだらしい。そのまま、次は下に引っ張られる。
「きゃああああああっ!」
一瞬にしてスワードの顔が見えなくなった。下を見ると床が、ゆかかかかが迫っててて――!!
あれ、普通に着地し、たのも束の間。ついた踵から次々に魔法陣が展開されていた。遅れて伸びてくる弦のような光にアンスは捕まる前に私の身体を飛ばして手口へ向かっていた。
はずなのに。
急にアンスの導きを失った。アンスに渡していた主導権が私に戻ったことを知らせる合図は急に私が転倒したことだった。
「あっ…」
ぐぎり、と右足を捻って地面に打ち付けられる。頬が擦れたみたいだ、熱い…。
「アンス!?」
呼びかけに声がない…嗚呼それよりも!早くここを離れなければ!
私は右足に痛みを感じながらも、身体を起こそうと手を地面に当てた――その時。
手が、離れない……っ!
全身が縫われた、そう床に縫われたのだ。在り得ない位の吸着!?は、離れない……!
「ひ――」
視界に揺れる、巨大な照明。別の名を、シャンデリア……。ぐらりぐらりと大きく鳩時計の丸い重りの様に揺れている。そして、その真下に居るのが私。真上に揺れるシャンデリア、そして視界をずらせば…此方を見下ろすスワード。
スワードは私を確認すると、何かをシャンデリアに投げたように見えた。そして一瞬動きを止めたシャンデリアは……。
落ちて来た。
悲鳴を上げる暇さえなかった。迫りくるシャンデリアがより大きく見える。大きく、大きく、…その真下に――。
「質が悪い!」
蒼天の――髪。
薙ぎ払った一閃で、シャンデリアを消した。陽炎の様に揺らいで消えたシャンデリアを余所に、シリウスは此方に振り返り私を覗き込む。切らした息、汗の滴る頬。
「シリウス……」
「エリーシア様……!よかった…!」
シリウスが私に触れると、意図も簡単に床から離された。そしてそのまま、彼の腕の中へ。そして私は…安心したのか、それとも――……。
意識は闇へ落ちた。
はぁ…春です…春ですよ!!!!!!!!!!!!イエア!!!!!!!!!!