剣の在処 ※挿絵あり
四章の異にて挿絵を追加しております…そそそしてなーんと!!この章では挿絵があります!!絵師に拍手!!!ほら画面の前で!!!
僅かに鳥の声が聞こえる。頬と、掌……まばらに暖かな温度を感じる。きっとカーテンの隙間から朝の木漏れ日が差しているんだろう。
そんな穏やかな日が、目を開ければ私に微笑む。
私は静かに目を開けた。
「……―――ん?」
目の前に浮かび上がる紅の天井。それは布が四方向に緩く伸ばされ、高さを誤魔化している。
い、一度目を瞑ろう。考え直そう。よ、よし……。
「ああ……」
変わらなーい。
目を覆いながら再びベッドに身をより深く沈めた。いつもより重い頭のせいで、些か気分が悪いのです。
すると、控えめなノックが鳴る。
「エリーシア様、シリウスです」
…シリウス?――シリウス!?
私は勢いよく飛び上ると近くにあったまくら代わりのふわふわクッションを身に抱えた。どくどくと血行が早くなるのを身を以て感じることが出来る。
「…エリーシア様?」
きい、と扉が小さく開いた。そこからそろりと顔を覗かせた青年は……まさに私が知っているシリウスだった。少し若い、また若いバージョン。
シリウスは私の顔を見ると、ほっと息を吐いて入室してきた。後ろに…リアラさんと何人かの侍女を連れて。
「お加減は如何ですか?」
ベッドの間際に膝を付き、私を見上げる形で弱弱しく微笑んだその人に私は警戒心を露わにする。…本物?
ちらりとリアラさんを見ると、何やら侍女に命令していた。
「シリウス…?本物、ですか」
「――は?」
ぱちくり、金色の目がまんまるとしていた。
「エリーシア様、今日は顔色がよろしいご様子。湯浴みの準備が整いましたので、どうぞこちらへ…シリウス」
とんとん、とリアラさんがシリウスの肩を叩く。軽く頭を下げたシリウスは私に手を差し出してきた。お手を、そう言われてないのに身体が自然に反応する。そうであるかのように、そうしていたように。私は無抵抗にシリウスと手を重ねると、そのままベッドを降りた。
戦慄が消えて、緊張が解けて再び靄がかかりだす頭。ぼーなのかぽーなのか…些細な違いはもうどうでもよかった。引かれる手に引かれて、また違う手に引かれて。気づけばそこは、湯船。
「…お風呂……」
「湯加減は如何です?ちょうどいいですか」
「うん……」
「それはよかった」
髪をリアラさんが丁寧に濯ぐ。くったりとした身体はどうにも動かせなかった。少しでも湯船から出せば寒さが身を襲う。その時、温かい手が額に添えられた。
「…少し熱がありますね。上がりましたらすぐに薬師を呼びましょう、楽に成ったら久しぶりに外に行きましょうか」
「……スワードは?」
「勿論、呼びます」
そっかぁ……。
そう返事をして、私は大きな浴場を後にした。きっとここは、エリーシアだけの浴場なのだろう。
**
「エリーシア様、今日は顔色がいいですね」
「スワード!」
良薬は口に苦し――その言葉通りに頭から靄が消えた私はスワードの声に振り向いた。以前出会った時よりも今に近づいたスワードは私の頭を数回軽く叩くと小さく笑ってみせた。その笑い方が、私の良く知るスワードの様で……少し安心した。
「エリーシア様そろそろ着替えましょう。……何がいいです?」
「あっ、えっと…そっちに行く…ね」
敬語は駄目、敬語は駄目。
私はベッドから腰を上げ隣の部屋に入った。こじんまりとした衣裳部屋。入った瞬間に軽く目を奪われ、私は感嘆の息を吐く。…そういえば、前見た肖像画の彼女も綺麗なドレスを着ていた。
「軽い服装が最適でしょう。これとか…」
「そうだ…ね………」
ちらりと横目に入った姿見に、私は驚愕した。
さっきまでは、――シリウスと呼ばれていたときまでは。私は、私だったのに。
髪が、目が、輪郭が、顔つきが――身長が。全てが違う……!
私は驚きの余り鏡に詰め寄った。鏡越しに自分の身体に触れて、自分の目がみるみる開かれていったのを見ていた。
「誰これ!?」
鏡に指を突き付けて、後ろに居る人に向かって振り返る。
「……エリーシア様……ですけど……」
リアラさんは、反笑いで答えてくれた。「いやそうじゃなくって」「はい?」お互いに飲み込めず押し問答をする。「まってまって冷静になってねえ!」無意識に胸元を探っていた私は、周囲を見渡した。
「…あれ、アンスは?」
「呼べばいつでも出てきますよ。……エリーシア様、記憶力は唯一の自慢ではなかったのですか」
「え!?呼べば出てくるんですか!?」
「…ええ……」
まさか、アンスは人間だった…!?
あり得なくはない、そうこの世界なら在り得なくはないのだ。ごくり、と生唾を飲み込む。よ、呼べば……出てくる……。本当に出てくるよね?まさか剣の被り物をして出てくるとかそういうのじゃないよね?
ちらりとリアラさんを見れば、静かに部屋を出て行った。
――チャンス。
私は息を吸うと、呟いた。
「…アンスー…」
…変化は、ない。出てこないじゃん!誰にそう突っ込めばいいのだろうか。ま、まさかもっと大きな声で?そんな恥ずかしいよ!何て叩ける男もいない。物は試し、百聞は一見に如かず……!
「――アンスッ!!!」
叫んだ、もう知らねえどうにでもなれ!と叫んだ。――ままよ!ええいままよ!
そういう甲斐もあってか、目の前が突如眩く光り出した。目を薄く閉じなければならない程の眩さ、そしてそこに確信する――懐かしい気配。
嬉しくて、嬉しくてうれしくて愛しくて。その剣が与えてくれる安らぎが――欲しくて。私は光を抱きしめて重量を愛した。
「アンス……?」
「……このような」
「あんすううううううううううっ!」
話の流れをぶっちぎって私は涙声でアンスを抱きしめた。刀身が剥き出しだけれど、アンスは私を傷つけないことをわかっていた。
「エリーシア様!?」
「何故いきなりアンスを――」
「このような呼び出しを受けるのは久し方ぶり。さあ、泉よ――望みを、掛けよ」
開かれたドアに立つのは三人。三者三様の面持ちを浮かべて、私を見ている。
嗚呼、何故だろう。アンスを握ると不思議に自信にあふれる。ここに居ると、生きていると――あの人に守られていると確かに感じる。
「アンスは、アンスは私が誰かわかってるくれるんだね」
「ふ、我は我故に」
「アンス……エリーシア様…一体如何なされたんですか……?」
シリウスが、ゆっくりと歩み寄ってきた。両手を開いて、私の顔色を伺いながらゆっくりと。
「…私は、エリーシアじゃありません」
ぴたり。歩みが止まる。
「なので、私は元いた場所へ帰ります。……本物のスワードがきっと心配してるから」
「本物…?」
アンスを静かに持ち直す。手が離れないように、離さないように。
「エリーシア様、さっきから何を言っている?本物の俺?俺は此処にいる」
「だから私はエリーシアではありません。何かこう…小さい女の子の仕業なんです!」
「いいえ、私が貴女を間違うはずがありません。エリーシア様はエリーシア様です」
「だから、――姿が変えられて今一時的にこれなんです!わたし、本当は――」
愚者なんです。
…言って、いいのだろうか。
それぞれの目の色に浮かぶのは……何故か悲しい、そんな感情?
「本当は……」
「リアラ、今日はもう止めた方が良い。予想以上に進行がはやいな巫女に連絡も取ろう」
「そうですね――」
「エリーシア様」
大きな声が、この空間を支配下においた。金の瞳を真っ直ぐに私に向けてエリーシア、と呼びかける。歩みを再び始めたシリウスに警戒して、私は後ろへ下がった。それにも関わらずシリウスは私を衣装棚へと追い詰めると、アンスを構えられるくらいの距離を残して……片膝をついて私を見上げる形を取った。
「僕が……恐ろしいですか?」
頬が引き攣った。シリウスが浮かべた笑顔がに、頬を思いっきり叩かれたような衝撃を受けたのだ。
わたしのその表情を肯定と捉えたのか、シリウスは目を伏せて僅かにうつむいた。
「僕を、信じてください」
「...え?」
見上げた瞳が真っ直ぐに私を捉える。いつの日か、恐ろしい紅い瞳を歪ませて私の首を掴み上げた眼差しを同じくした、その目で。
真横に在る巨大な鏡に映る光景が、目の前の光景とは俄には信じ難かった。
「…ごめんなさい。私、帰ります」
私が手を取ることを確信でもしていたのか、ゆっくりとシリウスの目が見開かれた。その目があの日と同じように憎しみに変わることを危惧してしまった本能に、ぶるりと身が揺れる。金が紅に変わる。その時私は――今度こそ、殺されるんじゃないか?
「アンスっ!任せた、駆け抜けて!」
「御意に」
自分の意志が身体の支配権を手放したことを感じる。一瞬のふわりと身体が浮く疑似的な感覚を過ぎて、目の前の障害物を身を翻しながら駆け抜けた。
「何処へ?」
「ええと……」
「エリーシア様!いけませんっ、そのような御身体で無理をされては!」
「シリウス!スワード!早くエリーシア様を捕まえてっ!」
「エリーシア!」
「まずは城を出て……城を出る!」
「承知」
部屋から転がり出て長い廊下を駆けて行く。通り過ぎる侍女や騎士たちの驚きの表情など、見るにも値しない!
泉かわいい。




