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騎士宮

 自分の置かれた状況を把握する。それが今私がすべきことだ。


「……シリウス様?」

「―――え?あ、はい?」

「どちらに……行かれるのですか?」

「それは……」


 彼女の問い掛けに答えられず、私は足を止めた。曖昧に笑って、目を逸らす。ほんと、どこに行けばいいのか……。


「失礼でなければ……シリウス様の、お部屋に」

「えっと」

「そこならば――陛下にもお声は届きません。陛下に仰り難い事があるのなら、其処が一番いいでしょう。……さあ、参りましょうシリウス様」


 今度は彼女が私の腕をついと引っ張った。





 彼女が言ったシリウスの部屋は、思った以上に小奇麗だった。テラス側に置かれた椅子に寝間着が掛っている位で、別段散らかってもいない。

 部屋だけ見ると、あの男をどうも想像出来なかった。強いていうなら、想像出来るのは……。


「お可哀想に、シリウス様」

「え?」


 胸の前で祈る様に手を組み合わせた彼女が、面を伏せてそう言った。


「お還りが近いのでしょう。……だから、記憶に障害が生じているのです……シリウス様はお久しぶりですから不安におなりになったのでしょう……?」

「う、うん……」


 あ、あれ……話が急にわからなくなった。


「ご安心下さい。このミズナ、誠心誠意を以てシリウス様のお力に成りたい所存です!」

「ありがとう……?」

「はい!」


 眩しい笑顔だ、直射日光より眩しい。取り敢えず――彼女が変な方向に勘違いしているようで安心して……いいものかどうか。取り敢えず…頼れる仲間?が出来た事に一先ず安心だ。


 それから私達は部屋を出て、シリウスの仕事場――騎士団へ赴くことになった。ミズナと名乗った彼女の計らいだ。


「騎士団……騎士団かぁ……!」


 心なしか…いや、確実に私の胸は疼いていた。騎士団……騎士団!


「流石に団長様であらせられますから、これは大丈夫ですね」


 と仄かに笑った彼女の言葉に我に返った私の顔を見て「……まさか…」と零したミズナに「…あはは」と返すしかなかった。ミズナが声も無く嘆き叫ぶのを私は慌てて止めたのだった。


 嗚呼…憧れの騎士を目の前で拝める!生きててよかった!


**


 騎士団の敷地は城の左側に陣取ってある。一本の細い渡り廊下の先に、二人の衛兵が扉を護る様に立っていた。私達が近づくと、動かしかけた槍を垂直に持ち直して洗礼された動作で横を向く。二人同時に振り落した槍の先が音を立てた合図で――扉が開いた。ミズナに先導するよう促され、緊張しながら足を踏み出す。彼らを横切る間際に盗み見たその瞳は――金。そして、蒼色の軍旗。


 扉を潜って一番に目に入ったのは、眼下に広がる礼拝堂だった。息を呑むほどの壮麗さはきっと訪れた者の視線を奪うだろう。青く光を反射するガラスが、礼拝堂に最奥に半円アーチを描きながら何枚も設置され、その上空には四体の偶像が祭られていた。偶像の一人は剣を、一人は盾を、一人は最上で下界を見下ろし、一人は手に冠を掲げていた。

 その像の間近に膝を付き、騎士と思われる男性……いや女性もいる。彼らはそれらに祈りを捧げ、思う方に去っていく。そして、その中の数人が私の存在に気づきはにかみながら頭を下げて来た。何故か後ろめたさが勝った私は軽く頭を下げて下を覗き込むのを止めた。

 横で同じように覗き込んでいたミズナを見ると、私の視線に気づいてなのか口元に軽く笑みを浮かべて言った。


「あの…おかしいですよね。生きている人を、像にして祈るなんて」


 自分の言った意味が遅れてミズナに入ったのか、彼女は一瞬にして目を見開くと「あああのっ、いまのはその、忘れてっ」


「――あ、シリウス様。何か御用で――……?侍女何て侍らせて如何したんですか?まさか…うわ、シリウス様も意外に大胆なんですね」


 私とミズナは二人同時に振り返った。金の瞳の青年は、おどけた様に笑うと一礼して去っていく。私はというと言葉の意味が汲み取れず、首を傾げるだけだった。しかしミズナは、「ち、ちがいます!」と去っていく騎士の背中に叫び続けていた。


「しっ…失礼なお方!ミズナ如きが、シリウス様と…!?ほんとうに失礼なお方です!」

「まあまあ落ち着いて……」

「シリウス様も少しは何とか言ったらどうですか!」


 シリウスじゃないから何ともすんとも言えないんですが。

 人がちらちらと見ているのに気が付いてない彼女は、頬を紅潮させながら憤慨している。助けましょうか、と何故か気を遣う騎士たちに首を振り私は彼女を落ち着かせようと試みていた。


「――シリウス様!?何故此方に!?」


 またか。次は誰よ……。

 彼女に肩に手を置き、顔を上げた。


「お帰りになられるのでしたら是非俺にも声をおかけください!心配しました!」


 私の目に映ったその顔の主は――アレウス。また少し若い、と思った。なのになぜか私の顔が引き攣る。手が硬直して、瞳が動かせなくて、お、おそろし――。


「宮殿の侍女達が噂していましたよ、まったく…陛下の御前で妙な真似はお止め下さい。幾ら陛下が寛容と言えどあれもただの女で――」


 何でこんなに気持ちがざわつくの?

 ちらり、ちらりと知らない光景がチラつく。深紅の煌めきが…鮮やかな円を……。

 私は全身に冷気を感じて、胸元のアンスを弄った――なのに。石は……ただの石で。冷たくて、無機質で、そこにアンスがいない。その事実を悟ると――狂いそうな心地に陥った。


「やめて……」


 目の前の風景と、知らない風景が重なる。振り上げた深紅と、鮮やかな青が交差する。その間に、見知った髪色の……あれは……。


「大体何故君のような侍女が――」


 ――湊。


「もうやめて湊!!!!!」


 私は堪らず目の前の湊に手を伸ばした。傷付いていく身体が、叫びが私の身を千切るようで。そして私の手を掴んだのは――。


「……やはり何か可笑しい。…シリウス?湊とは一体だれ?」


 湊とは似ても似つかない緑瞳の――リアラと名乗ったその人だった。

 一瞬にして我に返った私は、何が何だかわからずに辺りを見渡した。其処は……ぞっとする風景。皆が動いていない。


「それに…何故貴女はこの空間で動けるのですか?ミズナ」


 ふと顔をミズナに向けると、ミズナは軽く顔を顰めながら固まっていた。でもその固まっていたというのは周りを違う。彼女は、確かに自らの意志で顔を緑瞳のその人に向けるのを拒否していた。


「し、シリウス様…?一体如何なされたのですか……」


 目だけをアレウスさんに向ける。混濁した記憶が、握られた手首の温かさに溶かされていくようで私は不思議と安心して何も発さなかった。

 リアラという人は、ミズナから私に視線を移すとその瞳を僅かに細めた。「おかしい…」そう再び呟くと、私はじっと見つめた。

 私はずっと見つめ合うことが出来ず、自ら視線を外した。


 はやく、離してくれないかな。


 なんて思いながら、離されたくないと思う私がわからない。周りの風景を盗み見て、恐ろしくなる。

 これも、魔法か。人が…DVDを一時停止したみたいに静止しているなんて普通在り得ない。嗚呼――私はやはり。


 別に世界に、来ているのか。


 今此処に、その思考を遮るモノはいない。


皆さまあけましておめでとうございます!センターも終わりましたね、いやあ……。

今日は40年ぶりの寒波らしく、模試が中止になってしまいました。なので!更新できる!ということ!

さむい!さむい!では皆さま次週(といったなあれは嘘だ)まで~しーゆー!

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