桃色の瞳
「えっと……」
ぱくぱくと口を動かす私を怪訝に思ったらしい目の前のその人は眉を顰めると私を覗き見た。目の先に垂れた赤い髪が艶やかで、つい見惚れてしまう。私に見つめられて、怪訝とした顔が次第に嫌悪…といった感じを微塵も隠さない表情へ変わった。据わった目と尖らした唇。しかし、目の前に落とした影さえもその人に何処か可愛らしさを与えていた。
「……喧嘩ならいつでも買います」
「えっ!?いえ、あの違うんです!」
慌てて立ち上がると近かった額がバーニングタッチした。…正直に言おう、勢いよくぶつかった。「ぎぃあ」と潰れたカエルの声を上げたのが私で、数歩よろめいたのが――。
「ひいいっ!」
左横の壁が弾けた。少年漫画よろしくの凄まじい音を響かせて…穴が空いた。あ、足が震えて地面に座り込む私を仄かに光る緑瞳が見下ろす。穴をあけた凶器を軽く振って…右手を軽く振りながら、その人は額を抑えて一言呟いた。「痛い」と。
「ご、ごめん…なさい……は、はは…」
頬が痙攣する。指先が震える。私は今、全身全霊を以て絶体絶命を感じていた。そして…嗚呼、目の前の女の人のわざとらしいにこやかな微笑みに弾かれて――私は、「ごめんなさいぃぃぃぃいいいいいい!」一目散にその場を駆け出した。
緑瞳のその人は、駆け出して行った見知った人物を目で追いながら僅かに首を傾げていた。
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「はあっ…はあ…!やばい…やばいよこれ…しぬ……っ!」
喉が冷えて、息も上がって…私は片手を付いてぜえぜえと空気を吸っていた。脳裏にチラつくあの恐ろしさが――ああ怖い!!
「あのう……」
王様といいさっきの人と言い…いやでもさっきの女の人はそんな怖い怖いって感じゃなかったけどみんなメンチ切りすぎでしょ世紀末!?
「あ…あのう……シリウス様……」
「っああああ死ぬううううううううう!!!!」
「えっ、シリウス様!?お気を確かに!!」
あばばばばばば!?
私はいま物凄いスピードで揺れています。突然の出来事で脳みそが追い付きません。
とっとりあえずっだ、だれ!
「シリウス様!!!」
「まっ…まっ――待て!!」
がっしりと相手の肩を掴めば、ぴったりと揺れが収まった……が、どうやら私の脳に酔いが一気に回ってきたようだ。
「あの……えっ…うっ……どなたですか…」
「――――え……」
揺れる視界で、ここのメイド服に身を包んでいる彼女が大きく目を見開いた。口に込み上げる異物を押し流そうと胸を抑える私とは対照的に胸を抑えた彼女。彼女は少し困惑気味に目を逸らし、その後間があって何かをわかったように私を見た。少しの驚きを加えて。
「まさかシリウス様もうそこまで…!大変……早くエリーシア様にお知らせしないと!」
彼女は何かを早とちり、頭を下げて私の前を去ろうとした。
いけない――そう思って、私はすばやく彼女の腕を掴む。
「待って!それは駄目、今エリーシアの所に行かないで」
「シリウス様?……何故…あ、」
掴んだ腕に彼女の視界が移動する。じ、と見据えた彼女は次に私を見据えた。
「……場所を変えよう」
「…はい」
この子なら――上手く扱える?
私は胸元のアンスを密かに握り締めた。
どうも、今年最後の更新となります。短いですね…いやあ短い!ヒエエ
それでは皆様!よいお年を!