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それは誘いか

「…らしいよ?」


 実花は言葉なく僅かに目を伏せると、大きく息を吸って吐いた。


「ごめ、ごめんね……。何でもないの」

「何でもない訳ないじゃん…どうしたのそんなに震えて」


 そっと肩に手を置くと、実花は私に縋る様に身を寄せて来た。脇腹に腕を回され胸元に顔を埋められると、私はもう頭を撫ででやるしかない。…これが、この方法が、昔からの実花を慰める唯一の方法だった。私はいつもこの行為をしていると、実花は恋人に求める心の慰めを私で代用している気がすると思うのだ。私に遠慮して、本当にして欲しい人の代わりに私に縋っている。そんな気が。


「…泉、お願い、このまま続きをお話して?」

「このまま?しょーがないなあ…そんなに面白い話でもないんだけどね?」


 誰かに見られると恥ずかしいな。

 そう思って、私はじりじりと実花と共に書斎に入りなおした。



「…離れないの?」

「やだ……」


 愚問だったみたい。

 取り敢えず椅子に座ろうと、私はぐるりと一面を見渡した。……よし、いい感じに長椅子発見。またも、じりじり歩きを開始する。偶に私が実花の足に躓いてバランスを崩しても、がっちりと固定された腕に体制を戻されるからファインプレーと拍手を送りたくなる。


手だけ繋いだ状態で、私達は半ば向き合うような形で隣に座り合った。実花は不満らしく、じっとりと此方を見てくる。


「…ごめんって」


 何時の日からか、私は実花の過剰なスキンシップが苦手になっていた。思春期だからだろうか。


「…続き、話すよ」

「うん」


 少し重くなった雰囲気を吹き飛ばしたくて、私は明るい口調で切り出した。


「ええと、お城に行ってから私ね王様に会ったの。ほら、愚者(ナール)は王都へ送られるって言ったじゃん?だから、王様なら実花達の居場所を知ってるだろうって…突撃しちゃった」

「…突撃?」

「そう。…不躾ながら、その場で聞きました」

「あたし達が居ないか…って?」

「いえす」


 嗚呼、その時のことを思い出すだけで頭痛い。馬鹿泉。だからお前はトレビアなんだ。


「平民…いや諸侯…いや姿を変えてたとはいえ愚者(ナール)如きが王様に直接話しかけるとかまじ打ち首もんだよね……。御用御用牛裂きも辞さない…」


 ちらりと実花を見ると、眉間に深い皺が寄っていた。うわ、久しぶりに見るその顔……と私は内心冷や汗を掻いていた。


「――そして、そうこの私は王様にキレらた挙句、首を……」

「……首を?」

「…絞首刑に成るいっぽてま、…え…」


 ぎり、と強い力で手が握られた。それと同時に実花の目が一気に鋭さを増した――見ている側が呼吸を忘れるほどに。痛い、と声さえあげる事が出来ずに唯実花の変容に戸惑いの色を出す。


「…有り得ない」


 呟いたのは実花だった。前髪で目元を隠して小さく唸った。


「有り得ない」


 はっきりと実花が呟いた――まさにその時。私達の耳に、存在しないはずの少女の声が届いた。微かな戦慄、風に乗る調べ。その声の方向に私達は反応した。


「……誰?」


 私はその問いに答えることが出来なかった。否定しているのだ、頭の中でさっきからずっと私は一つの答案を否定していた!

 実花が立ち上がって声の方向へ歩き出した。するりと話された手に不安を覚えて、私が再びその手を掴み取った。驚いた実花が振り返る。そして私が掴んだ手を見ると、此方へ踵を返して座る私の前にしゃがみ込んだ。「大丈夫だよ」と微笑んで、ゆっくりと私の手を解いていく。「此処にも他に人が居るみたいだね。…話してくれたらよかったのになあ」と誰にでもなく言いながら実花は書斎の奥へ行った。

 

「み、実花ぁ……?」


 奥に消えてしまった実花に声を投げた。するりと抜けた言葉に私は眉を顰めて立ち上がる。


「泉!何か変なカーテンがあるよー!」



 駆けて顔を出した実花に私は頷くと共に駆け出した。


「…カーテン…だよね?」

「そうなんだけど……。おかしいの、これ」


 実花は何の躊躇も無くカーテンを開けた…が、其処にあるのは隠し扉でも隠し通路でもない。ただの壁。書斎を見渡せば見える壁の一部。しかし可笑しい。歌声は確かにこの奥から聞こえる。


「部屋が…この壁の向こうに部屋があるとか?」

「えー…?でも壁だよう、これ」


 コンコン、と実花が壁を突くと硬質な音が返ってきた。私はそれに目を瞑り考えの海にダイブしようとした時、実花があっと声をあげた。


「どうしたの」

「……これ、壁じゃないよ」


 ん?と首を傾げる私に、実花は振り返った。何といえばいいのか、というような間の後実花は微妙な笑みを浮かべながら必死に言うべき言葉を組み立てているようだ。


「あのね、えっと……。たぶん、なんだけどね。これ、……あ!扉!そう、鍵のかかった扉!」

「……はあ?」

「確信しました!理由は上手く言えないけど、鍵穴を探そう!ね!」

「はあ……?」


 上手いく言ってよ…と心で思いながら私はしぶしぶ頷いた。壁際に寄ると、目当てのモノが無いか張り付いて調べてみる。……無いよ、どこをどう見てもつるつる壁じゃん!実花は何を根拠に鍵穴と言っているんだろうか……?


「……これ……」


 後ろで実花の呟きが聞こえた。流れ動作で振り返ると、窓際に置かれた読書スペースの机の一角に鍵穴(それ)はあった。


「…なにこれ…」


 小、大、小、の三つの光る円が等間隔で連なって現代日本の人口ピラミッドみたいなツボを浮かび上がらせている。明らかにそれは魔法だった。電気なんて通って無いこの家で、発光するものはみな魔法だと決めつけていた。


 実花がおもむろに輪の中心へ手を突っ込んだ。「おまっ」と反射的に手を差し出した私を見て実花は「これだよぉーはぁーよかったあ」と屈託な笑顔を浮かべ、私はコケた。


 実花曰く、対応する鍵をこの中に入れたら壁は消えるらしい。ハイテクだね、と口を零すと実花は困った様な笑顔をまた浮かべていた。最近多いその笑顔。


 果たして何の鍵だろう?

 じゃらりと揺れた鍵束を掲げて私は首を傾げた。


「あからさまな仕掛けがある以上、金鍵(これ)じゃないと思うんだよね…」

「適当に何か入れてみよう?」

「そうだね。ではー……うわあっ!」


 鈍色の鍵を放り込んだ瞬間、鍵がこちら側へ弾け飛んできた。右目にぶち当たるかと思ったけど、実花の驚異的な反射神経に助けられて私の右目は無事だった。反動で飛び込んだ実花の身体から離れて、私は大きく息を吸った。


「なななななにあれええ……」


 ばくばくと脈打つ心臓を抑えながら、私は実花の後ろに隠れた。実花はうーんと首を捻ると私に鍵束を貸してと言った。大人しく渡すと、実花はスタスタと鍵穴に近づいていき……。


「み、実花!?」


 全てを鍵を――鍵束を鍵穴へ入れた。


「――は!?」


 がふっ。

 容量オーバーだったのか、鍵穴がびっくりしたのか。飛び出す間があって、そこに目を付けた実花が私の胸元を腕一本で引き寄せて、机の下に飛び込み押し倒した。

 何事!?とびっくりして、理解しようとしたのも束の間…一気に銃声音の様な、映画とかゲームでしか聞かない鈍くて低い音が隣で弾けた。覆いかぶさってる実花は私を見下ろすと、ごめんねと目尻を下げた。こいつ……!


「よかった、壁が消えてるよ」

「いたた…え…?わ、ほんとだ」


 中を覗き込むと、奥へ続く廊下があった。途中から切れているので、下に階段があるのだろう。


「…本当に行くの?泉」

「え、う、うん……。此処までしたんだし、行こう」

「うん……泉がそういうなら……」


 私はカーテンの奥へと入った。遅れて入ってきた実花が私の腕を取って横に並ぶ。

 奥へ進むごとに、なぜか緊張感が増して行った。そうだ、そうか。


 歌声が、消えているんだ。

 


最近クロエのレクイエムを見ているのですが、やはり西洋音楽は心にズゴンって来るものが多いですね…。

近い未来絶対ヨーロッパ行って生でオーケストラみてやるんだ……!

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