欠片の竜
月光を浴びて踊り狂う二人は、危なくも魅惑的だった。…でも、その光景を見る私の少し後ろで傍観する私の心は何処か、冷たい。濡れた髪のまま、秋風が撫でるあの切なさ。……胸が、チクチクする。
「……よお、お楽しみ中?」
あ、……ええ…?
湊は、頭を掻き乍普通に話しかけていた。嗚呼わかった。この感覚はあれだ、ハラハラしてるんだ。
「無視ですかそうですか」
湊は随分と余裕な様だ。目の前では魔法陣からビームが出たり剣の軌道がたまに目の前をよぎっているのに、呑気に残念そうに涙をふくフリすらしている。
「仕方ない。邪魔するぜ」
湊はポケットに手を突っ込んだまま、睨み合う二人の狭間に立った。静止する戦い、アレウスさんが呼気を吐き出した。
「正しくその通りだ、失せろ」
「はあー、嫌だね。ちんたら不毛な戦いを続けんなよ、面倒くさいっての」
「シリウス様と…俺の邪魔をするなあ!!」
「まじかよ!?」
「湊!」
アレウスさんが湊に斬りかかった。私は思わず目を瞑る。…馬鹿!そんなことしてちゃだめ!見て、確認しないと……。
「……メディエイター…?何故君がそのような物を持っている?」
湊は、十字架の様な長剣で槍を受け流していた。
「半端物は、こうでもしなきゃ力を得られないんだよ」
「……ははっ、慈愛の竜が‼魂を喰らったか‼」
「うるせェな」
……湊のあんな顔、初めて見た。
慈愛の竜、そう称された瞬間の湊の顔はメンチを切った地元のヤンキーよりも恐ろしい。私は無意識の内に、息を止めていた。
「生憎俺には……、コレしか与えられなかった」
そう言った瞬間、湊が声を低く唸りだした。あまりにも異様な光景に、私の足が一歩前に出る。「湊…?」囁くように呼びかけてもこの距離じゃ聞こえるはずないのに、まるで湊から来るなとでも言われている様に足が自然に止まった。
「忠告だ、騎士……。今すぐ武器を捨て下がれ」
「嫌だと言ったら?」
「――あんた共々喰ってやるよ」
劈く咆哮が、鼓膜を揺らした。あまりの迫力に私は耳を抑え地面に伏せた。空気が震える。屋敷が軋む!
その中心には湊が居る。大きく口を開いて、何かに狂う様に叫び続けている。
そこにあるのは、怒り――?
「泉さん!」
「あす、ティンさん……?」
彼もまた、息を切らせていた。
「吃驚したよ、急に結界が揺れるものだから何かあったのかと思って……。本当に何かあってるね」
「どうしよう…湊が……」
「嗚呼……」
アスティンさんは周りを見渡すと、何か納得した様に頷いて私を起こした。
「あれは……竜だ」
「竜?」
「そう…、王を、いや彼は泉さんを―――」
「泉ぃ!」
「実花!」
実花は相当ショックだったのか。目を見開いたまま立っていた。でも少しして頭を振ると、こちらへ駆けてくる。
「何があったの!?」
「ああああぁぁぁああああああああああああああああああッ!‼!」
「湊くん……」
「実花!湊が、あの術式人形…?を止めようとして…何か…!」
「行ってはいけないよ実花さん!」
「あの……姿は……」
アスティンさんが実花を引き留めると同時に、湊が飛び出した。青色の青年へ猛る獣の様に。しかし青年は、事もなげに衝撃を受け流す。竜の力の余韻は、荒々しく大地を、壁を抉る強さだと言うのに。細い長剣に不似合いな力だと言うのに。青年はそれに、笑顔を零す。
「…………?」
音の所為で、此方に青年の声は聞こえない。しかし、青年の様子から察するにどうやら湊に何かを尋ねたらしい。その問いは――湊をより興奮させた。
爆風が、此方へ飛ぶ。それから私を守る様に二人が視界を遮る。
「駄目だよ……湊くんにアレは倒せないよ……」
「何で……?」
「だって、湊くんは泉の盾でも無いし剣でもない!湊くんの役目は、そうじゃないんだもん!」
「ちょっとまって、話がわからないんだけど…」
「そうだね、完全な竜だったらまだ工夫次第でどうとでも出来ただろうね…でも、竜は竜でも、彼はその欠片……」
「……ねえ、何の話をしてるの……お願い、私を置いていかないで……」
「泉…。大丈夫だよ、何も怖いものなんて無いから…」
「……嗚呼、やはり駄目な様だね。このままでは…湊くん殺されてしまうよ」
こ、ころ……!?
「やっぱり……強-な、シリウス……」
「戻ってきて‼湊っ!」
「俺……さ、あんたにさ……怒りしか持てねぇんだよ……」
「お願い……湊!!」
「あんたの事、本当に、信じてたんだぜ――」
湊が、糸を着られたマリオネットの様に崩れ落ちた。ぐしゃりと。「湊くんっ!」「アレウス!湊くんを連れて此方へ!この後はわたしが――」「素晴らしい!流石俺のシリウス様!」「アレウス!」
「……」
頬を涙が伝った。
湊くんふるぼっこでございます