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術式人形のワルツ

「わた、しは……」


 アレウスは、泉を見据えた。しかし、泉はアレウスを見ない。揺れる瞳は、今何を見ているんだろうか。

 もしや、とは思っていた。いつも通り愚者の対処をして、終わると思っていた物が終わらなかったのだから。スワード殿奇行と初めは思いはしたが、実花が現れて全て理解した。


 時が来たのだと。

 世界を、元に戻すための。

 強いては、狂った諸侯を正すための。


 アレウスは右手上に黄金の槍を出現させた。その名も深紅(ルーン)の渇望と言う。戦いに特化した彼に相応しく、その槍は血を啜るごとに威力を増す。

 かつてなら、彼女の血を啜るなど考えられなかっただろう。主の主、守られるべき存在を――……。


「…スワード殿の意図は知らないが、そろそろ泉さまも思い出したらどうです」

「アレウス!」

「流石に、命の危機が訪れるならば思い出さざるを得なくなるだろう。……なあ、アンス?」


 アレウスは槍を掴み、身を低く構えた。己の周りに風を感じる。ふわり、ふわりと風がアレウスを包み始める。


 そして――アレウスは風だけを残した。



**



 今、誰と話してたんだっけ。

 目の前が、何でか灰色で……あれ?


「私、わた、しは……―――きゃあっ!」


 ぐんっ、と身体が引かれた。まるでとても力の強い大人に両手を取られたみたいだ。腕に信じられないくらいの重圧が掛かる。私は、弾かれた様に目を開いた。


「……汝が魂の在処を再び」


 競り合う剣の刃が歪な音を立てる。私は、剣として具現したアンスを使ってアレウスさんの槍を受けていた。……自分では考えられないような腕の強さ。アンスが私を守っている……?


「なにっ……やめ、やめて……!」


 アレウスさんは、口元を歪めた。その瞬間だった。

 アレウスさんの槍から伝わった色が、剣を伝い私の手に這いあがってくる。


「なにこれ、なにこれ!?」


 ひやりとした温度が伝わる。指先から手の甲へ、腕へ、首筋へ……。「いやあああああああああああッ!!」吐きそうなほどの嫌悪感が喉から漏れ出した。目の奥がチカチカ瞬いている。

 きっと、身体が自由だったなら私はみっともなく蹲っていただろう。


「…さあ、どうぞお出で下さい……エリーシア様」


 がくがく、とのうが、……。



`これしかない。世界を保つには'


`苦しい…苦しい……でも……'


`何故……何故……'


----目の前に浮かび上がるのは、あの日の鮮血。踊り踊らされた、赤い舞踏会。目の前で零れる……、赤い……雫が憎い。


 嗚呼……何故…何故…。


「ころしてくれないの……?シリウ……」


 泉の瞳が見開かれた瞬間、守りの石は痛いほどの輝きを放った。あまりの輝き故に、アレウスは目を覆い乍後方へ飛ぶ。泉は、緩やかに地面に膝を付き座り込んだ。

 石は泉の胸のあたりまで浮上すると小さな円を展開した。それは泉の頭上を遥か上に昇り、姿を消した――……が、それも束の間巨大な陣が天上に展開した。


 それは、対人術式であった。


 スワードが石に盛り込んだ泉の記憶を守る為の予備策。彼もまた、泉を傷つける者に容赦はしない。


 陣から、どろりと煌めく水が落ちていく。それは次第に絹の様に滑らかに溜まりを作った。徐々に隆起していき……人を象っていく。顔も無い形だけの人間が、足を動かしアレウスへと近づいて行った。


「流石宮廷魔導士……。しかし、これが守りの術?」


 アレウスは小ばかにしたように鼻で笑い飛ばす。目の前のガラクタは――いや人形か。実に意味もない、人形遊びが好きな彼らしいとアレウスは思った。

 しかし、それだけで終わるはずがない。人を象った物の頭部が露わになっていく。……それは、鮮やかな、失われたはずの――蒼。


 アレウスは呼吸を失った。会うたびに失った、縋るたびに消えていくあの人が……目の前に現れていく。その人の閉じた眼の色は……何色だろうか……?


 次にアレウスは槍を落とした。完全に誰 (・)かになった術式人形が閉じた目を緩やかに開いたからだ。美しい、金の瞳に金を映して。

 まだ少し幼い顔立ちが、アレウスを確認して微笑んだ。


「シリウス様っ……!」


 伸ばした手の先で、術式人形はアレウスの背に魔法陣を展開させた。



 頭ではわかっているのだ。…わかってる、でも目の前にいるのは……。

 そんな淡い喜びが、忍び込む。踊る軌道も、そっくりだ。




*


 ゆっくりと、目の前の景色が浮かび上がってきた。

 蒸気で曇ったグラスのような眼前が、前方で踊る二つの影を捉えた。


「――――何!?」


 私は何時の間に座り込んでいたのか、急いでその場に立ち上がる。目の端にキラキラと煌めくアンスを捉えて、そちらに少しばかり気を捉えてしまった。


「アンス……」

「何用だ」

「……何かいつもより煌めてるね……イメチェン?」


 やばい返事がないぞ。

 私は軽く笑って、前方の光景に苦笑した。……何だ此れは、一体何が起こっている?アレウスさんが、青色の好青年と壮絶な殺し合いをしている。ぶつかり合う金属音と、漂う血の臭いがやけにリアルだ。


「それよりも…泉、何処から覚えている?」

「は?何処からって何?」

「……如何なる術を以て、泉はあの階上から此方へ来たか…簡潔に述べてみよ」

「はあ……?それは……アレウスさんに呼ばれて、……?」

「――承知、且、確認した」

「あれ…私寝ぼけてた……?」

「――――泉どうしたっ!?」

「うわ湊何処から!?」


 振り返った私の背後に、息を切らした湊が立っていた。……しかし其処は壁しかない。私と壁の間で腿に手を置いて呼吸を整える湊に、私は……やばい頭痛い。


「泉が、呼んだから……っ駆け付けたけど……!ここ、来れなくて……アレウスの馬鹿が!」

「うん、うん意味わかんないけど落ち着いて……」

「一体何が……っ!」


 勢いよく私の肩を掴んだ湊の言葉と瞳の動きが止まった。湊の汗が、私の頬を伝う。


「…何を、思い出した……?」


 あまりにも固まった瞳に、怖気付いた私は固い笑顔で首を振るしかなかった。


「……何も……?」

「……。……おいアンス、あれどうやったら解除出来る?」

「スワードの術式人形か。…普通であれば、対象が還れば消滅するであろう」

「んなことわかってる。…でもあれは実花(あいつ)のだろ。それはできない」

「――打ち消せ。汝が持つ竜の力、我も久方ぶりに見まみえたい」

「つっても欠片なんだがなぁ……わかったよ。やってみる」


 湊は私の手を取ると廊下まで私を引っ張った。そして私に決して此処から動かぬよう言うと、踊る彼らの方へ近づいていく。

 竜の力……。ゲームでもあるまいし、湊は何をしようと言うの……?



風邪を引きました。アレルギー性鼻炎かと思ってたら風邪でした、無念!

咳がかなりきついので次の咳込む描写は上手く描けるかもしれませんぞ!

皆さまも風邪にはどうかお気を付けください!!ゴフォッ

……あ、深紅の渇望は、ルーンの渇望ではなく、ルーン(深紅の渇望)です。上手い具合にルビ振れませんでした……何か説明するの恥ずかしいな厨二だわ

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