月夜の影
「さて……これからどうしようかな…」
長い廊下を歩きながら、そして鍵束を揺らしながら私は考えていた。もう日は落ちた。今日することと言えば、ご飯を食べてお風呂に入って……普通だな。元々あまり騒いでもいなかったから、スワードが居ないというだけで急激に屋敷が寂しくなったということはない。ただ、明日からあの部屋に行っても挨拶を掛けてくれる張本人がいないだけだ。渡された鍵束に過去を見て小さく溜息を吐いた。
外に面した廊下は夜風が気持ちいい。下を見下ろすと綺麗な造形の中庭が見える。白亜の城に囲まれた小さな庭は、噴水が置かれている。それもまた大層なご趣味で素晴らしいと感嘆の一言に尽きた。
そこで私は、ふと足を止めた。下から何かを素振る音と、息が漏れる音がする。規則正しいその両者の音に私は引き寄せられ、手すりに手を置いて下を覗き見た。
「……アレウスさん」
彼は、私のほんの小さな囁きに反応した。ぴたりと動きを止め、顔を一度動かすだけで私を特定した。その正確さと不気味さに、私は息を呑む。確実に、アレウスさんが纏う雰囲気が…私を認識した瞬間に冷めたのだ。
やはり何処かでアレウスさんは、…あの男に私を突き出したいんだろう。あの時、あからさまな嘘で躱されたのだから。
「……泉さまですね」
いつもより音量の大きい声は、思いのほか屋敷に響く。私は若干緊張しながら大きく頷いた。
「調度良い、少し御話したいことがあってね。今から少々時間を頂いても構いませんか」
――……いやだ、無理。
そんな事言えるはずもなく、私は大人しく頷いた。そして促される儘、私は下へ降りる階段へ走った。
中庭に出ると、アレウスさんは月を見上げていた。私も遅れて見上げてみる。
そこには確かに、あの世界で見ていた月と何ら変わりのない光があった。
「態々申し訳ない、寝る所でしたかね」
「いいえ……別に大丈夫です」
自然と視線が左へ下がる。目を合わせる事が出来なかった。
「…もう少し近づいて下さっても構いませんが?」
「あっ、はい…そうですよね」
人と話すには、それはあまりにも不自然だった。いや、わざとこの距離を取ったわけではなく向かう途中に月を見上げてしまったからこの距離になったわけで…!
と内面言い訳を並べながら私は小走りで近寄ろうとした――が、私の足を数歩進んだだけで止まった。
「えっ」
がくん、と動きがストップする。普通ならそのまま力任せに前のめりに転ぶのに、それさえ止められた。アレウスさんは私の胸元を見据えると、ふ、と笑った。
「……そこにいるのか、アンス」
アンスからの応答はない。唯、石は月光を反射して煌めいている。
そうか…アンスが止めたのか……。私は何とか動こうと力一杯足を動かそうとしていた。
「答えもしない…か。まあ、いいだろう今は剣に用があるわけではないのでね。…俺から近づかせてもらおう」
「――断る。それ以上近づくものならば我は汝を敵と見なし――……」
「……見なし?」
「……排除するまで」
「アンス!」
アレウスさんは静かに笑い声を上げた。額に手を置きながら肩を震わせている。
「何を言ってるの!急にそんな物騒な事言わないでよ!」
「……泉…」
「それに早く身体を自由にして!」
「……出来ぬ。我は我が役目を果たすまで」
「アンス!?」
困った、何なんだこれは。私は戸惑いの目をアレウスさんに投げた。しかし彼を見たとたん、私の心の奥がぞっと冷え切った。……笑っているのに、笑っていない。…怖い…!
「まあ、別にこのままでも話は出来るがね。……良いだろう」
アレウスさんはそう言うと、私に目線を合わせて来た。がっちりと合ったので、ここで逸らすのが憚られる。でも、逸らしたい……!
「泉さま、貴女は実花様が貴女にとってどのような存在か、ご存知かな?」
「はい……?」
「では、スワード殿が貴女をこうまでして守る意味とは、何か?」
「そんなの…知る訳ない……」
「…湊殿は、何故泉さまをあれ程気に掛けるのでしょうかね?」
「そ、それは……私が頼りないから……」
な、何?何が聞きたいの?
私はアレウスさんの質問の意図が取れず、だんだんと混乱してきた。
「……何故今更、この世界に居るのですか?愚者と為ってまで」
「……質問の意味がわかりません」
「では、俺に実花様を下さい」
「――は!?何ですか急に!」
「別の者に守られているのならば、君に守護者はこれ以上要らない」
「だから意味がわかりません!」
「俺も、実花様が必要なんでね」
「だから意味が――」
ずるりと何かがアレウスさんの背後から顔を出した。目に見えないけど、確かに感じる。
「アレウス!忠告はした!泉を傷つけることは許さぬ!」
「…もう一つ、問いましょうかね、泉さま」
私は動けない身体にしがみ付いて、この地に辛うじて立っていた。異常に感じ得る感覚が、恐ろしい。それは……何処かで感じた恐怖に似ていた。どこ、だった……?
「……――――貴女は、誰ですか?」
「わ、私は――……」
へえ……この花がお好きなのですか?
ええ、僕も好きですよ……といいますか、陛下がお好きなものならば…何でも……。
はっ!?別に泣いてません、もう子供ではないのですから!
――…この身は、あなたを守る為に、この腕はあなたを害するものを消すために、この心は……。
ずっと、あなたのものです――……。
エリーシア、様。
「――…………」
「本当に、君という存在はあの方の害でしかない!」
アレウスは、目の前で惚けている彼女が忌々しくて仕方がなかった。実花に禁忌に近い方法で過去を引きずりだしたにも関わらず、目の前のこの女は自分だけ安全な温室でぬくぬくと守られていることに腹が立っていた。
実花に行われたあの行為は、一歩間違えれば魂を狂わすのに十分な代物だった。欠片と言えど、その欠片がないと魂の欠けは永遠に修復しない。
しかし、その行為に同意したのもまたアレウス自身。実花に本来の姿を見せるのは、彼女を目覚めさせる唯一の手段だった。アレウスは、彼女に拒絶されるのが何よりも恐ろしいことだったのだから。
アレウスは、過去のシリウスを求めている。王位に狂ったシリウスに過去の面影が見られない。だからアレウスは実花に惹かれてしまう。過去に己が憧れた鱗片が、彼女の中に垣間見える。
姿形は変わっても、彼は此処に居る――。
アレウスは月光を受け、静かに歩みを進めた。彼を取り戻せる――…そう、確信して。
精神攻撃は戦いの基本です。精神攻撃で苦しむ女の子男の子大好きです。
勿論、肉体のぶつかり合いも大好きです。筋肉ゥ!
次回、泉がプロテインの力を借りて世界征服します。嘘です。




