束の間の
わたしたちが平等に持つあの子へ辿りつくための資格。
黒を変え、四肢を変え、名前を変えてここに居る。
暗く冷たい部屋からあなたが連れ出してくれたから、わたしたちはあなたの望みを叶えたい。
誰よりも、愛しいあなた。
……金の髪に、紅の瞳――……ほらやっぱり、わたしの方があの子に相応しい。
あんな子よりも。
***
「お初にお目に掛ります、お嬢様のご友人方」
久しぶりに見ても何ら変わりのなかったフライアさんは、私達を出迎える時にきょとん、と目を丸くした。そして、湊と実花を見て少し眉を顰めるとアレウスさんを見た瞬間に敵意が完全に剥き出しになった。追うことの出来ない動作で空中に舞い上がり、どうやらアレウスさんの喉元を何かで狙ったらしい。私が捉えた瞬間には二人は掴みあい身動きを互いに封じ合っていた。
スワードはそれを軽く溜息を吐きながら傍観した後、呆れながら手を叩いた。二人を一言二言で諌め――……現在に至る。
「……はじめ……」
「初めまして~俺、佐倉湊って言いますメイドさんですよね天然っすよねえ!俺メイドさん好きなんです!」
「……初めまして安藤実花です……」
「承知致しました、湊様実花様」
初対面なはずなのに、二人に笑顔を振りまくフライアさんを見て私の目がかっ開かれたのはここだけの秘密にしといてね!
「皆さん、今日…と限らずここ数日はお疲れ様でした。既に部屋を用意させて居ますので暫くは我が邸宅でお休みください。泉は元の部屋に戻る様に。フライア」
「畏まりました。お嬢様、お食事を取られたらすぐにお休みください」
「あの……ご飯は皆と食べてもいい……?」
「……勿論です。言葉が足りませんでしたか、すみません」
「スワードは?」
「僕は別にいりませんから。少し仕事を片付けてきます」
では、失礼しますと言ってスワードは部屋を出て行った。残されたのは私と実花と湊、そしてアレウスさんとフライアさん。アスティンさんはスワードと共に出て行った。
その後は実花と湊と一緒に食事を取った。フライアさんとアスティンさんもスワードと同じく要らないと言った。実花と湊は別段気にしてないみたいだったけど、何も食べてない人二人の前で先に食事を取るのは何だか申し訳ない。ちらりとフライアさんに視線を向けると微笑を返された。ぱっと視線を戻してもそもそ食べていると、此方を見つめる目に気付く。其方へ目を向けると湊が「気にすんな」と囁いた。私はそれにこくりと頷いて、美味しいご飯をお腹に沢山掻き込んで……。
「…ねえ、泉」
「んごっ……え、何?」
「何でお嬢様って呼ばれてるの?」
「それはー……――私の気品故かな?」
「ゴフッ」
「おいこら湊‼」
そしてその後、寝た。次の日の昼まで寝たらしい、私と湊は。それほど疲れていたんだ、と言い訳を此処でしておこうと思う。
***
「随分と眠っていましたね。疲れは取れましたか?」
「いやあ……もうすっきり」
スワードの部屋で、私は冷や汗を掻いていた。スワードは執務室に置いてあるような綺麗な机を私と隔てて座って居る。……優雅に紅茶を飲みながら、私を横目で見て。
私をつま先から頭までもう一度見て、小さく溜息を吐いたようだ。…本日これで三回目。仕方ない、私の今の格好は昨日と同じ…加えて寝癖が付いている。
スワードは前々から、礼儀作法や日頃のこういった習慣に煩い。始めのうちは、出来て当然の様に見なされていたから大変だった。……貴族って、やっぱり面倒くさいのかなあ……。
「それはよかった、泉の疲れた顔は見ていたくはありませんから…ねぇ?」
「…お、お風呂入るから…もう行っていいですか……」
「入浴ですか?まだ日が昇っているのに?」
「……昨日はフライアさんがすぐに寝ろって言ったんじゃん…」
「――何ですか」
私が恨めしそうにスワードを睨みつけると、スワードと目線が絡み合った。無言の攻防戦を続ける。――絶対負けない!と意志が燃えて私がずっと逸らさないでいると、不意にスワードから目線を外した。そして軽く吹き出してくすくすと笑いだした。
すみません、と言うけれど何が可笑しいのか完全に笑っている。私がぽかーんと口を半開きにしていると、「阿呆面」とまた笑われた。……阿呆面!?ぐっ、と口を閉じてそんな顔を見せてしまった自分を責めた。――私の馬鹿!
「すみま、せんすみません……つい懐かしかったもので」
「は、はあ……」
「呼び出したのは、本当は別に理由があははは」
「……はは」
笑いを含めず吹き出してるよこの人……。そして私は、スワードが落ち着くまで軽い羞恥に耐えているのだった。
「はあ……困りますね、久しぶりにあんなに笑いました」
「私も困ったけどね」
「そうですか、まあお互いさまですね。よし」
「何がよしなんだ」
スワードは席を立つと、私を横に設けられている談話室へと案内した。素直に従って対話型の椅子に座る。ふかふかだ。
正面に座ったスワードが、筒状に丸められた紙を取り出した。何処から出たんだろう、それ。
「実に困ったことに成りました。僕は、出来ればこの事態を避けたかったんですけど……ね」
「……?」
「これは、王都にいる者からの連絡です。どうやら陛下が何やら動き出している様子……はあ」
「どういう……」
「恐らく、水鏡に取り込んだはずの力が無いので怒っているんでしょう。陛下は愚図ですから、些細なカラクリにも気づけなかった」
「水鏡……って、あれだよね……」
「……そうですね。……で、僕で陛下の思惑を探ってきます、ついでに此方に火の粉が降りかからない様に対策も練ってきます」
「え、此処じゃ駄目なの?」
「すみません」
私が首を傾げると、スワードは淡く微笑んで席を立った。窓から差し込む逆光が、スワードの顔を見えなくさせる。
「取り敢えず、僕はまず城へ行かなければ。……その間、どうか泉たちは身を休めていて下さい。来るべき時に備えて……ね」
「わかった…けど大丈夫?」
「勿論。僕が陛下に負ける道理等皆無ですから。……嗚呼、これどうぞ」
渡されたのは鍵束。何重もの鍵が、じゃらじゃらと一つの円に引っ掛けられている。
「何……?」
「暇でしょうから、是非探検でもされては?」
「た、探検?」
「屋敷は広いですから、きっと楽しいと思いますよ。でも、一つお願いがあります」
「それは?」
「この……金の鍵の部屋には、決して入らぬように。…散らかってますので」
「金の鍵だね、わかった」
「お願いします」
「……片づけてあげよっか?」
「まさか、あれ以上散らかされては堪りませんね」
「ちぇっ」
スワードはわざとらしく頬を膨らました私の元へ静かに近寄ると、そのまま頭を撫でて来た。突然の事に固まってしまうと、その手は離れていく。
な、何なんだ……と私が目線だけをスワードにやると、その瞳に陰りを見た。
寂しさを、滲ませた影。
何故、そんな目をしたのか。私にはわからない……おそらく気のせいだったに違いない。
私はそう決め込んで、スワードを送り出した。
銀の髪に反射した茜色が……目に、痛い。
あるある探検隊っ!




