再会
「い"づみ"ぃっ」
「あー、久しぶりの泉超癒されるわー」
「あー……」
一人は鼻水を垂らし、一人は擦り寄ってくる。……猫、そうかこれは猫の感覚!……何て、冗談言ってる場合じゃない。誰かに助けて貰おう、そうしよう。
私は頑張って顔を動かして助けを求められる人を探した。第一にスワード。名前を呼ぼうと口を開いたけれど、それは躊躇われた。……とても難しい顔で、巫女を凝視していたから。
「泉さん」
名前を呼ばれ、そちらへ視界を移した。そこに居たのは、気まずそうに頬を掻く男性。……アスティンさんだ。
「あ……アスティンさん。無事だったんですね」
「お陰様で。……あはは、邪魔になると思って影で控えさせて貰ったんだ、……ごめんね」
「いいですよ、また怪我してもらっちゃ困るし」
「本当にごめんね……」
しゅん、と耳が垂れた様に眉を下げる様子がおかしくて私はつい笑ってしまう。しかしその微かな声は実花の声によって掻き消されているだろう。
「……立てるかい?」
「……無理ですね」
「泉は筋肉が無いからなあ」
「湊は黙って離れて!」
えー、いやだー…と頬にすり寄る湊のその頬を片手で押さえつけながら何度も声を上げた。何度目かの攻防戦の内、アスティンさんがくすくすと笑い始めた頃私達はとある息遣いで戦いを静止させた。すやすやと聞こえる心地の良さそうな息遣い。
それは、私の胸元で眠っている……実花。そうか、泣き疲れちゃったかー。と頭を掻ける自由な腕が無い。
「寝ちゃったな、実花。……今日は疲れただろうし、当然と言えば当然か」
「とりあえず剥がそう……」
「俺がやろう、愚者……いえ、スワード様のご息女」
「は...?」
すんなりと実花は引き剥がされ、あの……此方へ来た初めに出会った男の人に抱えられた。私は湊の腕に引っ張られ立たされる。私は半ば呆然として実花を抱き上げた男の人を見ていた。すると直ぐにアスティンさんが隣へ来て服の埃を払ってくれた。恥ずかしいので、其処までしなくていいと言ったけれど「わたしにはこの位しか出来ないみたいだから」と申し訳なさそうな真剣な眼差しで言われると何も言い返せなかった。
「実花を返してください」
私はアンスを握り締めながら言い放った。男の人は目を細めながら私を見下ろす。
「実花をどうするつもり」
「泉」
足を進めかけた私の腕を湊が取った。そして首に片腕を絡めれば朗らかに笑う。
「ちょ、何..」
「その兄ちゃんはなー、今までずっと実花を守ってくれてたんだぞー」
「え..?嘘でしょそんなはずない」
泉、とまるで諌めるような声色で湊は私を呼ぶ。私は苦虫をすり潰したような思いで、僅かに頷いた。
「ところで泉さん。……痛いところはない?」
「……うん、大丈夫。何だかさっきまですっごく苦しかったんですけど、今は不思議と何処も痛くないんです」
「……ごめんな」
「どうして湊が謝るの?」
「わたしからも。……ごめんね」
「……ええと……」
男二人が目の前にしゅんとする絵面が見るに堪えなくて、私はスワードの元へ逃げるように目を泳がせた。見つけたスワードは巫女服の女性と話し込んで居た。戸惑いの色。珍しいな、と思った。
「――ですから先程の力は」
「くどい。貴殿に申し上げる事は無い一つとしてない、それだけ申し上げる」
「……スワード?どうしたの?」
はっ、と二人が同時に私を見た。巫女服の女性は小さく頭を垂れると数歩後ろへ下がる。私もそれにつられるように一応お辞儀をしておいた。
スワードを私を見ると、罰の悪そうな顔をして顔を背けた。
どくん、と鼓動が身体を揺らした気がした。眩暈がしてしまって、かくんっ、と視界が揺れてしまう。
「あ……れ…?」
とっさにスワードが駆け付けてくれて、地面に倒れる寸前で止まる。ほっとした、さっき感じた不快感を拭い去るように私はスワードの身体に腕を伸ばした。
「……アンス……」
スワードの呟きに、私は急いで胸元のペンダントを眼前まで上げた。淡い光を放っていた紅は、既にその光はなく。握ると仄かに暖かかったのに、今は無機質な物の冷たさを感じさせている。
「アンス……?ちょっと、アンス……ねえ……!」
握り締めて声を掛けても、声が聞こえない。身体を襲う激しい孤独感、今まではそういった時アンスを抱きしめればいつも支えてくれた声も温もりも支えも……全てが私に答えない事実に私は虚空に落とされた気分になった。
` 愚者に与えれた施しを解除 '
これがおそらく、フラッシュバックというものだと思う。
私は、アンスが何故こんな物になったのか理解できた。そうだ、あの時。バチリと走った、電流で……。
「――リアラ、って人だ」
「はっ……?」
反応したのは湊だった。私は反応した声の方に顔を向けて、続きを言う。
「リアラって人がアンスを殺した!」
また、まただ。思考がぐるぐる回る。酔いそう、気持ち悪い!
頭を押さえて蹲った私の傍に、アスティンさんとスワードが寄り添ってくる。肩をそっと抱かれる感覚、それさえも振り解けない程に頭の中でぐるぐるぐる……。
「スワード……。あんた、無理やり泉をこの世界に適用させたのか」
「泉……アンスは死んでいませんよ、すぐに元通りにします」
「下界の身体が、どれだけ脆いか知っているくせに!」
「貴方こそ、泉をすぐに迎えに来なかった分際で何を言っているのか」
「……」
「僕が、泉を守ります。貴方は精々、彼女と同じようにすればいい」
私が握りしめていたアンスを、スワードが優しく取り上げた。抵抗する私を抑えるアスティンさんは「アンスは幸せものだなあ」と言っている。
スワードは両手に包んだ石に、息をそうっと吹きかけた。何かを呟いて、息をかける。それを行うごとに、徐々に石が輝きを戻していく。……それと同時に、不思議と私自身も落ち着いていった。
完全に石が輝きを戻し、私の手元に返ってきた頃。既に私は正気を取り戻していた。
歓喜のあまり、アンスを握りつぶして頬に寄せる。アンスの抗議の声が、森に木霊した。
日付間隔がぶっ飛んでましたごめんなさいぃぃ!!
夏休みって…恐ろしいね…!




