振り払われた腕 ※挿絵追加
挿絵を追加しております!
暑い、熱い――……あつい?
掴まれた腕が、肩が、触れられた頬が灼熱で炙られる。耳奥では、一人か十人か……いや百人か千人か。悲痛を、苦痛を不条理を怒りを呪い叫ぶ。
無数の形の無い手が私の身を千切り、私が無くなっていく。
嫌だと叫んでも、声を掻き消せない。
触らないでと藻掻いても、押さえつけられる。
首を絞めるのは――――……あの紅瞳。
…
毒素に侵された空間から泉を引きずりだし、闇雲に空間の壁を突き破った。半ばぶち当たるように降り立った地で、泉に傷が無いかを確認する。
……数秒と言えど、あのおぞましい空間に裸同然に落とされた彼女に、正常さが見えるはずがない。
「泉っ……!僕です、スワードだ!」
言葉を為してない拒絶の叫び。嗚呼、僕が別に何かに見えているんだね。
零れんばかりに眼を開いて拒絶を叫び、苦悶に身を捩る彼女を自身に捕える様に抱いた。逃げ出したいのか、……駄目だ、逃がさない。
僕は目を閉じ、彼女に少しずつ僕の魔力を流し込んでいく。微弱に、少しずつ……。
胸元から零れ落ちた、声もしない宝石。……やはり剣は、重要な時に彼女を守らない。まあ、そんなこと全て承知の上で泉に渡した。
「熱い、熱い熱い熱い―――!」
ぼろぼろと目元から雫が零れ、僕の手に伝う。それと同時に、背後から二人分の足音が響いてくる。一つは止まり、一つは近づいてくる。何だ、と僅かながら顔を其方へ向けると……金色の双眼と目が合った。
……へえ、成程成程。
その後ろには遅れて走ってくる少年。いけない、笑ってる場合じゃない。
僕は泉を更に強く抱きしめ、行為を続行した。
「――実花!おいっ、実花!」
後ろでは鈍い金属音。擦れ合う金属音の奏は、実に歪なんだ…いつの時も。
ただし今は、過去の思い出に思考を持っていかれている場合じゃない。さあ、紐解け。泉に纏わりつく根源を。
少しずつ、裂いていく。一本の紐から細い糸を取り出すように。呼吸を浅く、彼女の身から沁み出る魔力の波長と合わせていく。
魔力は色だ。濃い色は薄い色を殺してしまう。それじゃあ、いけない。
「……泉、大丈夫……大丈夫です。力を抜いて……怖がることは何もありませんよ……そう、いい子」
「あ、……はあっ………」
全ての糸に自身の糸を巻き付けたなら、それを素早く引き上げ毒の部分だけを切り取る。分断された回路は、徐々に戻りゆく過程で再びつながる。
「……すわー……ど……?」
涙を浮かべた虚ろな瞳が、歪んだ僕を映した。
僕は出来るだけにっこりと笑んで、返事を返す。その笑みに、彼女が安堵したことに仄かな疼きを覚えて。
――さて、続きだ。
彼女から僅かに切り離された毒素は、たまり場を求めて再び彼女の肌に手を伸ばす。
酷く、醜いものだ。辛うじて人に見えるだけで、それはもうヒトじゃない。……それなのに、ソレは未だ形に縋り付き声を真似る。
「どうするかな……」
この毒を浄化する術を、僕は持たない。第一、`王'以外にその権利を与えられていないのだから当然と言えば当然なのだが……。アスティンを身代わりに投げ込もうか?彼奴は役に立たないし。
きゅ、と握られた袖に目線が映る。泉を見て、その選択肢は捨てた。
「……王、か……」
僅かに耳元へ流れ込む風を受け、左手に小さな陣を展開させる。急き止められた衝撃が逃げ場を失い、その場で弾けた。受け止めた刃は、カタカタと音を立てて震える。少女の足元は流された力の威力で段差が起き、湯気の様に空間へ漂う。
黄金が、僕を映す。本能を宿しただけの行動は実に読みやすい。いくら軌道を変えようとも、見慣れた軌道に違いはない。
「泉を離して……」
「……王であればいいんだよなあ……」
「――――泉を、」
物は試し、善は急げ。
刃が炎を纏い、身が撓る。睨み合う視線が交わるその刹那に全てを組み立てる。僕には全てがわかる、貴様の単純で愚鈍な技など――僕が受け止められないわけがないだろ?
「返してっ‼‼」
――射止。
二人の間に開かれた陣。その中から、無数の鋭利な杭が顔を覗かせる。貴様がこれを避けきれるはずがない。シリウスなら兎も角、唯の欠片が……。
「闇を伴って死ね――エリーシアの仇が」
毒が、緩慢にも見えた俊敏な動きで獲物を見つける。魂の残り香が色濃く香る方へ、食らいつく。毒が先か僕の術が先か。
僅かな足首の移動で身体の軸をずらしても、それに合わせて陣を動かせばいい。っは、僕の勝ちだ――。
「死ぬのは貴殿の方では?」
耳鳴りにも似た、音。それは、何かが高速で空間を裂く音。目の前に、黄金が飛び込んできた。
――これは驚いた。まさかもう既に見つけているとは……随分鼻がいいっ!
泉を抱え込みながら地面を転がる。槍は首元の髪を数本掠め、樹木を豪快に凪ぎ倒しながら爆発を起こした。騎士は、肩で息をする女に歩み寄るとその肩をそっと抱き僕らを見下ろした。僕は奴らから興味を捨て、泉を見下ろす。
泉は、僕を揺れる瞳で見つめながら震えていた。僕が見つめ返すと、首元に抱き着いてくる。
「スワード……!さっ、さっきのって」
「大丈夫ですよ……さあ、屋敷へ帰りましょう」
「泉!」
泉の肩が揺れた。僕を越して、女を見る。
その目は僅かに細められ……次に、僕の肩に顔を埋めた。「誰、あれ」と震えた声を残して。
「泉……泉……!やっと会えた、やっと……!」
剣を引きずり歩く金属音。その音に、その剣の色に泉が酷く怯えた様子だった。背後に迫り止まる足音。僕は行動を起こさない。それを警戒したように犬が息をする。
唯一したことと言えば、より強く抱き着いてくる泉の頭を抱いて隠してやる、それだけ。
「おい、実花おまえ――」
その男の声に、泉が弾かれた様に顔を上げた。その先には、恍惚と取れる様に笑んだ金色の瞳の女。泉の動きが、ぴたりと静止した。
「泉……?どうしました……?」
「泉!無事でよかっ」
「……いや」
次の止まったのは女の方。女が緩やかに首を傾げた。「なあ、に?」と呟けば泉は再び僕の胸元に顔を押し付け叫んだ。
「助けてスワード‼‼!」
「泉、落ち着いてください。……泉、大丈夫僕が守りますから……」
「いず、み……あたしよ……泉……?」
「……、……いけない!シリウス様!」
そうだ、この瞬間だ。僕は震え叫ぶ泉を抱きしめながら笑みを堪えることができない。女と犬が気づかなかった小さな進行。毒は既に、貴様の後ろにいたんですよ――シリウス。
今回かなり長い……気がする!
まさかこれが普通の長さか!そうか!すまない!