異 満ち時
「――――っ!エリーシアっ!……あ?」
ぱちり。
あたしが目を瞬かせるのと同じように、巫が至近距離で目を瞬かせた。みるみる巫の大きな目が細められて、あたしに「……エリーシア様が、何だって?」と聞き返す。不自然な首の角度で。
そう、不自然な首の角度。
「えっと……ね、今、ね……エリーシアって人が目の前に……。あれ、れ?えへ、巫、首痛くない?」
巫は、にこりと笑うと言った。
「痛いです、実花殿」
「そうだよねぇー……ひっ!」
「ちょ、っえ――」
あたしは如何やら巫の胸ぐらを掴んで此方に引き寄せていたようだったみたい。焦りすぎてつい突き飛ばしてしまった。
尻餅を盛大についた音の後、二種類の笑い声がした。
騒がしい三人を他所に、巫女が音も無くあたしの傍らへ歩み寄っていた。巫女は膝を付くとあたしの顔を覗き込む。陶器の様な肌は艶やかで……。
「……主に、お会いになられたのだな」
「……、……はい」
「そうか……」
巫女は柔らかく頬を引き上げると、僅かに目を伏せた。しかしそれはほんの数秒で、鋭い眼光を取り戻すと巫女は口を開いた。
「実花殿は彼方で、何をご覧になった?」
あたしは、つい口ごもってしまった。彼らが求めている解答はわかっていたから。
あたしは数秒の戸惑いの後、……小さく口を開いた。
「あの……、あたし、の……前世?を知りました」
左様か、と巫女は短く答えた。でもその眼差しはその先を要求するものだった。
エリーシアは何処に居た?何をしていた?我らに何か言伝は?
そんな無言の問いが投げかけられる。
「実花様!」
あたしを呼ぶ声に顔を上げると、アレウスさんが駆け寄ってきた。その瞳に、爛々とした何かを匿って。
「私が何者か、お分かりになられますか……!」
「あ、う、……はい。わかります……」
「嗚呼、ええ……十分だ……」
恍惚としたその瞳に、あたしは唾を呑んだ。そして巫女の方を再び見ると、あたしは答えた。
「エリーシアはあたしに言いました。……泉を、守る様にと」
その一言で十分だったんだと思う。巫女は深く頷くと、「主の御心のままに」と目を伏せた。……アレウスさんが僅かに目を細めたのを、あたしは見逃したしまったけど。
「あの、けどあたし……わかったのはわかりました。けど……」
巫女が訝しげに眉を細める。その行為に息が詰まって、あたしは胸を押さえてしまう。
促される先、あたしは躊躇う。
「実はあた」
――目の前を走る亀裂。巫女の呻き声。巫の悲鳴。
「ねえさんッ!!」
「何だよ今のは!!」
湊くんが立ち上がり部屋の扉を開け放った。しかし、部屋の外に異常はない。
「…違う……破られたのは……ここでは……」
「ねえさん……!もしかして、エリーシア様の……」
あたしが湊くんを仰ぐと同時に、湊くんは駆けだした。あたしも後を追う様に立ち上がり駆け出す。しかし、急に立ち上がる身体は心に付いていけない。前のめりになるあたしを掴み上げたアレウスさんの手を借りながら、湊くんの後を追った。
「――スワード……」
息を切らせながら追いついた先には、スワード、と呟く湊くんの背中が見える。
御殿を抜けた森へ続く道。彼女を祭る聖堂の入り口に、銀の髪が見えた。
――あたしはその色に、激しい衝動を思い出した。
嫉妬?劣情?怒気?
けれど、そんな感情は彼女の姿に忘れ去られた。
「泉!泉!僕だ、スワードだ!」
「あ、あ、ああああっ!熱い、熱い熱い熱いッ!‼!」
スワードは何かを抱え込む様にして此方に背中を向けている。はみ出しているのは誰か女性の足。そして右手に女性の頭。
暴れる女性を抑え込み、何やら術を掛けているの?
――――泉に、何をした?
あたしは、無意識に何かを叫んで――――。
ハウスダストにはお気をつけて!




