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異 紅影殿

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「少しばかり遠いからな、歩きながらでも此方について説明しよう」

「あっ、はい……」


 ずかずかと――偶にアレウスさんを睨みつけながら――先陣を切っていく巫を一瞥して、あたしは目を伏せた。だって、横を歩くアレウスさんが意地悪そうに笑うんだもん……。


 男子に手を引かれるなんて、何年ぶりなんだろう……?


「ここは紅影殿(こうえいでん)と呼ばれる門じゃ」

「門?」

「そう。この領域全てが門となっておる」


 池に掛けられた橋。果てが見えない空の闇。淡く照らす光。平安時代を連想させるような屋敷。

 それ全てが門って、どういうことなのかな。


「エリーシア、と聞いて何を思い浮かべようか」

「エリーシア……ですか?」


 エリーシア。

 うーん、知らないなあ……。過去の偉人かな?


 女性はあたしの表情を見てなのか、少し落胆した様に「そうか」と呟いた。


「陽を受けると小金に輝いた長い御髪(おぐし)。夜明けを映した紅の瞳――……かつてこの世に君臨していた、王の名」


 紅の瞳。あたしの世界では稀にしか居ないからその人は此方の世界の人間なんだ。それならあたしに聞かれてもわかんないよ。


「此処は、そんな彼女が目覚める場所の入り口。……その場所は今や墓所と変わり果てたが」


 何かを蔑むように笑う女性はあたしを見ていない。


「王と言うのは絶対的なもの。守るべきもの、失わざるべき存在。主の転生を守り、主の本懐を守る。……紅影殿に主が還るのではない、紅影殿の後ろに在る主の聖堂に還る赤子同前の主を我々が守るのじゃ」


女性の目つきは柔らかくその主をという女の人を慈しむ様に細められていた。……何でかな、あたしの胸が微かに……。


「されど……もうこの手に主を抱く事は叶わない事……」


 立ち止まり振り返る女性はあたしと一瞬を視線を合わせると直ぐに後ろの大きな部屋を仰ぎ見た。あたしもつられるように視線を動かす。豪勢な造りに圧倒され、あたしは声も出なかった。


「実花殿。此方に待ち人が一人」

「待ち人?まさか……!」

「いざ、入られよ」


 まさか、まさか……!

 胸を満たす不思議な感覚。手は自然に解かれ前へ促される。門を開けられる前にあたしは自分で門を開け中に転がる様に入った。

 外とは違い明るい室内。通る風があたしの髪を撫で、誰かの息の音が聞こえた。


「――いず、……み………」

「あ、あ――……うん、私は泉」


 如何逆立ちしても似つかぬ声色。

気持ち悪かったけど、今のあたしにとっては膝を崩れ落とす効果は抜群だった。


「遅くなってごめんな」

「遅いよぉ……っ」


 ふらふらと進めば湊くんの方からあたしの手を取ってくれる。霞む視界をこれ以上掠めさせないように空いてる手で何度も擦る。再会の涙は、泉の為と決めていたの。

 ふいに、握る手が強くなる。あたしが湊くんを見上げればその瞳は真剣さを帯びていたからあたしも真っ直ぐに見つめ返した。


「……泉にはもう会えたか?」

「……っ、ううんっ」


 無理だった。涙を抑えることなんて出来なかった。例え……例え、尋ねられた意図は別にあったとしてもその言葉が、その言葉があたしにとってはこれ以上ない喜びの言葉だったの。

 湊くんは、会えたかと言った!それは、泉が此処にいるということ。それは、あたしはまた泉に会える、泉と永遠に離れたわけじゃない――……。

 嗚呼、神様有難う御座います。こんなに嬉しいことってない。

 

「まだか。…俺の方が早かったかー、やっちまったな……泉に小突かれるっ!嫌だ!」


 早く泉を迎えに行かないと。


「大丈夫ですか?」

「アレウスさ"ん"っ…!泉が、泉が居るって」

「……よかったですね」

「おいアンタ」


 行き成り湊くんがあたしとアレウスさんを遮る様に入ってきた。その行為に目を丸めてしまう。


「何かな、少年」

「……、自己満の為に実花に近寄んじゃねェよ」

「はは、何かな?」


 にらみ合う様に静止する二人。あたしは唯戸惑って、二人を交互に見やることしか出来ない。

 その静寂を破ったのはあの女性だった。


「お二方、よろしいか?」

「何だ巫女。俺は今このいけ好かない野郎と乱闘をだな」

「湊殿、エリーシア様の御心が騒がれる様な事を為さいますと当然の報いを受けて頂くぞ」

「――だそうだが、少年?」

「アンタなあ……!」

「アレウス殿、貴殿も例外ではない」


 ほっと胸を撫で下ろすあたしと巫を他所に、二人はお互いに視線を逸らした。



やっと湊くんちゃんと出てこれました。

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