異 ※挿絵追加しました!
新章 視点がしばらく変わります。
常夜の世界……。この空間はそう形容するに相応しいとあたしは思ったの。明るくはないけれど、闇と言うほどではなかったから。
長く霞んだ道を、祈りを捧げる格好で進んでいくあたし。目の前を黙々と進んでいく騎士格好の彼――アレウスさんは一言も言葉を発しなかった。
……あたしが与えられた部屋で塞ぎこんで疲れ果てた頃、何時ものようにあたしの部屋に尋ねて小話をしていた彼が突然切り出した。「巫女の御殿に参りませんか」と。
「巫女の……御殿?」
「嗚呼。巫女にご助力願おうと思いましてね」
アレウスさんはそう言って立ち上がると、部屋のカーテンを開けた。眩しさにあたしが目を細めていると、部屋の扉が開き軽食が運ばれてくる。しかしあたしは其れに気を取られず真っ直ぐにアレウスさんに尋ねた。
「巫女?…こんなヨーロッパみたいな所に……巫女がいるの?」
「ヨーロッパ」
彼は可笑しそうにくすくすと笑みを零した。「そうだな、いや、嗚呼、そうだな」と繰り返しひとしきり笑う。あたしは目元を擦り、視線を落とそうとした。
「いますよ、実花様のご想像どおりのお方がね。嗚呼……、巫女という単語だけで中身まで想像しない方がいい、きっと外れる」
「……なんで行くの。そこに行って何になるの……もういいよ…もういい……」
あたしは詰まる胸に耐え切れず膝に顔を落とした。枯れない涙は何時でも溢れてくる。あたしは小さく、帰りたい、と呟いた。すると、
「――知りたくはないのですか」
近くで聞こえた。そろりと顔を上げると、ベッドに腰を掛けあたしを覗き込む顔があった。目が合うと、彼の瞳が少しだけ和らぐ。あたしは、その目が嫌いだ。
「なにを」
「あなたが何者かで、何故此処に呼ばれたのかを。……実花様、貴女は思い出すべきだ――いいや、思い出さなくてはならない。ご自分の使命を、貴女の意義を」
「……わけわかんないよ……やめて…」
「いいや、止めない。俺はね、こういう可能性も貴女に示そうと思います――」
――あの巫女なら、貴女の愛しい人を知っているかもしれませんね……?
なんて言葉に縋って来てみたけれど、正直あたしは不安でいっぱいいっぱいだった。
僅かな、そして不確かな希望とも言えないモノに縋りついていたい。また泉に会えると信じていたい。
信じなきゃ、いけない――。
「ここです」
不意に声を掛けられ、あたしは立ち止まり顔を上げた。
日本か、それとも中国かはわからないけど、取り敢えず大きなお屋敷の門が目の前にあった。僅かに開かれている門をアレウスさんが押せば難なく開いてしまった。
そしてその奥に、一人の和装した少年が立っていた。
「お待ちしておりました実花殿」
「え……」
少し吊り上がった目があたしを捉える。けれど直ぐにその目は左に逸れた。
「――だが、お前は御呼びでない今すぐ帰れアレウス!」
「おや、相変わらず生意気だな」
「貴様っ……!」
頬を紅潮させ怒るその子を見下ろしながら笑うアレウスさん。あたしは何もできずその場に佇む。
少年が何かを言いたげにおもむろに口を開いた。けれど、その声は声に打ち消されてしまった。
「止めよ、巫」
その声に、男の子は息を呑んでしまった。困り果てた様に眉を下げると「申し訳ありません、ねえさっ」あ、叩かれた。
「愚弟が粗相をしたようでの、申し訳ない」
つん、と澄ました美人が其処に立っていた。巫女装束の女性。歳は……あたしより二つ三つ上かな?
長い髪は、本当に床についちゃうんじゃないかって位長い艶やかな黒髪を纏わせたその女性は妖艶に微笑んだ。
「理由は解っておる、急くでないよ。汝らが此方へ足を向けた時より、来ることはわかっていた。否――……嗚呼、立ち話も疲れるであろう。参られよ」
巫、と女性が声を掛けると隅で膝を抱えていた少年が返事をして駆け寄ってきた。
「僕の手を離さずについてきて下さい。決して離してはいけません……貴様は此処にいろアレウス!」
「何故?」
「何故!?此方はエリーシア様の神殿だぞ!貴様の様な裏切り者が――」
「巫」
「……ついて来い!一人で!」
全く困った奴だ、とアレウスさんは肩を竦めた。
巫女装束萌え。