愚者の監獄
一人のメイドさんに腕を取られその場に立たされる。私が膝に感じる痛みに声を詰まらすもお構いなしといった風だった。
少女はあはは、と笑いながら通り過ぎて行く。先程殺されたはずなのに、メイドさん達は何も言わない、誰も気に留めない様子だった。何故?
「さあ、行きましょう」
動かされる視界を細めて、私は溜息を吐いた。何処に連れて行かれるんだろう。
頬を伝った汗が床に落ちた。
地下。……地下?
連れて行かれた先は、暗く大きい通路。その先を不思議な光を頼りに進んでいった。広いはずなのに、すぐに進んでしまう。扉は遠くに見えていたのに、気がづけば私達は扉の前にいるのだ。
メイドさんの一人が扉を開く。後ろから進む様に促された。何が待っているというのだろう……冷や汗に身を震わせ、私は扉の中に入った。
中に居たのは、二人。肘を付き豪勢な椅子に座るあの男と、その男の一歩後ろに立っている暗い赤毛に緑色の瞳の女性。一見すると女性が纏う服はメイド服に見えるけれど、それは確かに唯の使用人服じゃない。帳を落とした様な漆黒を纏う昏い瞳で、私を見据えていた。一体この人は……?
「泉さん!」
「リアラ様、グリームニル殿をお連れいたしました」
私を呼ぶ声と、背後のメイドさんの声は同時だった。
「アスティンさん……っ!」
声に反応して顔を向ければ其処には心の底から安堵をもたらす顔があった。アスティンさんが駆け寄ってくる。それに私も反応してしまって、駆けてしまう。回された腕にしがみついて、私は恐怖からの逃亡を試みた。それを察したのか、アスティンさんは私を彼らから隠すように位置を取る。
擦りむいた肘なんてどうでもよかった。
私は、彼らから――あの男の目から逃れたかった。
「……大変困ってしまうなあ……、シリウス陛下。主の姫をこんなに怯えさせて」
アスティンさんが小さく何かを呟いた。すると突然私の体温が僅かに上昇した気がした。暖かさが、心地よい。
「傷が……」
「ごめんね、わたしが伏せってたばかりに」
ううん、と返そうと私が口を開いたと同時。その声に喉が詰まった。
「――姫?」
嘲るような紡ぎ方。乾いた短い笑い声の後、その男は息を吸った。
「成程、そいつが次の人形か」
「人形……?」
聞き返した私を一瞥し、その男はアスティンさんを見やった。アスティンさんは、厳しい表情をして一喝した。
「違う」
「……どうだか。まあいい、愚者が気になるのだろう?グリームニルの特権だ、確認するがいい」
男は立ち上がり、私とアスティンさんにこちらへ来るよう促す。私達はお互いを見つめ頷いた後、誘いに乗った。
男は部屋の奥へと消えていく。その先を追うと淡い青に包まれた暗い部屋に出た。時折聞こえる男の咳の声と、女性の気遣いの声。
「今のところ……愚者は合わせて二人」
部屋の奥には薄い水を張った環状の囲いがあった。一層強い――と言っても淡い光なんだけど――光を放つその輪を男は見下ろしている。
男が此方を仰ぎ見た。……来いっていう合図なんだろう、……行くしか、ない。
私は無意識にアスティンさんの服の袖を掴んでいたようで、アスティンさんから「大丈夫だよ」と声を掛けられた。それでも、手を離すことはしなかった。
覗き込んだ其れは水鏡の向こう。揺れる水面の所為でよく見えないが、人影が見えた。よく見ようと私は僅かながら身を乗り出す。
「酷い……」
アスティンさんがそう呟いた。そして――。
「……そして、ここに、もう一人」
伸びてきた手が私の触れる前に私の身体はアスティンさんによって引き寄せられその場から離された。抱かれた肩に入る力が思いのほか強く、私はアスティンさんを見上げる。
その双眸は、鋭く細められていた。
「重ね重ね申し訳ありませんが――何のつもりですか?」
男からの返事はない。唯、じとりと此方を見据えてくるその目に胸が苦しくなってしまう。
「リアラ」
その呼びかけと同時にリアラと呼ばれた女性が軽い会釈と共に私達の間に割って入ってきた。にこりともしないその顔と目つきに緊張が走る。
「お初にお目に掛ります、グリームニル。私はリアラ=サルース。陛下付きの侍女で御座います」
やっぱり、にこりともしない。ここが地元のファミレスなら即刻クビだ。
「申し上げます。今一時、グリームニルに与えていた愚者に対する特権を廃す」
私を抱く力が強められた。
「――よって、愚者に与えられた施しを解除」
ふわりと風が凪ぐと同時に私は悲鳴を上げた。
握っていたペンダントに電気の様な痛みが走ったから。そしてその反動で私は数歩後ろへ下がってしまう――背後に水鏡を置いて。
僅かに後ろを一瞥し、私は息を数秒止めた。なぜなら私の髪は……瞳は…元の黒に戻っていて。
「あんたは他の愚者よりも、俺の役に立つ」
「やめろシリウス――!!」
男に手を伸ばしたアスティンさんを女性が事もなげに床に叩き伏せた。その光景を横目で見ていた男が私へと視線を戻し、私の顎を無遠慮に鷲掴みにした。
「う"っ……!?」
「嗚呼……良い力だ、これで俺はまだ生きていられる」
精々苦しめ――囁かれた言葉と共に私は肩を押された。ぐらりと傾いて何度目かの落下を経験する。本当、何度目だろう。
目を閉じかけた瞬間に「泉ッ‼」と私の名を叫ぶ声と、轟音が響いた。驚いて目を開くと其処にはスワードが居た。嬉しい、来てくれたんだ。
しかし、伸ばされた手は私には届かない。伸ばした手も届かない。
そして私は、背後からどぷりと飲み込まれた。
更新お待たせしました!考査も終わったのでいつも通りのペースに…っと思ったらもう期末が手を振っています。
オウマイガッ




