紺碧の髪
場が、静まり返った。
私の発言は、慌ただしくしていたメイドさん達を静かにさせるものにしては十分すぎるものだったらしい。私はやっちまったという焦燥感が湧き上がり一歩後ろに下がろうとして、出来なかった。
「きっ…貴様!口を慎めッ‼陛下の御前である‼」
「ひっ……」
劈く怒声と怒気を孕んだメイドさん達に気圧され私は背後の壁に縋りついた。
「そう、です!幾らスワード様の配下であろうとも許されぬ事がありますわ!!」
「陛下、この者を下がらせますのでどうぞお心穏やかに……」
「嗚呼、そうか」
息を呑む音が聞こえた。
「先日から、体調が悪いのも、俺に流れ込む負素が濃いのも……嗚呼、全てあんた達がッ……!」
伸ばされた手が私の首を捉え僅かに上に引き上げた。病人とは思えぬほどの力に驚くも私は咄嗟の事が理解できず唯拘束を解こうと手を掴む。
「スワードは、そんなに俺を殺したいかッ!!」
私は狂気じみた男から助けてもらいたくてメイドさん達に手を伸ばした。しかし、メイドさん達は皆俯き私を見ようとしない。
何で、助けてくれないの?
力が強められ私は喘いでしまう。見てはいけない、と思いつつも私は男の紅目を覗き込んでしまった――。
ちかり、と目の奥が瞬いた。
「―――………よ、……此れより………へ」
徐々に鮮明に浮かび上がる風景。講堂の様な大きく広い豪奢な部屋に押し詰められた人達。奥には階段があって、其処を上っていくと女の人が座って居た。顔は見えない。
歓声があがった。女の人が立ち上がり下に降りていく。そして、長剣の刀を取ると場は惚けた様に徐々に静かになって行った。
「……、汝は創世より存在せし三柱が一人。世の理に従い、その魂その身体全てを持って私に捧げると誓うか?」
声も鮮明に聞こえた。しかし女の人の顔だけが見えない。勿論垂れている男の人の顔など見えない。唯、女の人の髪は金で、男の人のは青色だった。
「誓います」
その言葉に女の人は頷き長剣で肩を数回叩いた。男の人は剣を受け取り女の人は何やら任命的な言葉を並べる。
「――そしてもう一つ、汝に祝福を」
女の人は男の人の持つ刀身に指を這わせた。
「汝はこれより我が力。剣となりて我を守護せし者。よって、汝が抱く剣に慈悲は要らず、汝が振う意志に迷いは要らず。我を害せし者全てを斬り伏せよ」
静かにゆっくりと刀身を撫でで行く。
「其の為に、我は汝に一つの祝福を与えよう。四元が一つを汝が剣に移す」
耳を塞ぎたくなるような歓声が突然沸いた。それと同時に剣が赤く光りだす。思わず目を細めた私の耳には歓声がうるさい程響いてるはずなのにしっかりと女の人の声が聞こえる。
「さあ、名を呼べ――祝福の剣と」
「ふら……ん、べるじぇ...?」
私がそう絞り出した時、窓ガラスが割れる音と、悲鳴と、地面に叩き飛ばされる感覚を感じた。二度目かな、痛い。舌に鉄の味を感じるけど、目を開けなきゃ。異常な空気を確認しなくちゃ。――そんな風に命令して周りを確認しても理解できるのは二つだけ。一つ、私とアスティンさんを傷つけた女の子が頭から血を被って倒れていること。二つ、男が剣を片手に女の子に近づいていること。
「えっ……おかしいわ、どうしてっ……っなんで何で!シリウスもその子を殺したいんじゃないの!何でわたしの邪魔をするの!」
女の子は広がっていく血溜まりの中で男をしっかりと見上げた。苦痛に歪んだ瞳は男のそれと同じ色。
しかし男は何も答えず、唯女の子を見下ろしていた。滴り落ちる刃の雫が、波紋を生んで広がりを助長する。
男は静かに振り上げた。
少女は零れんばかりに目を見開いて、
「やだ……やだよシリウッ……ス…」
事切れた。首に刺さる獲物を抜いた男は一つ呟いた。「忌々しい」と。
殺した。殺された。あの女の子が、死んだ。金の髪が赤く染まって、光を失った瞳が私を見つめている。
「……泉!」
アンスの声に突き動かされ、私は震える足を叱咤しながらその場を駆け出した。震える喉は、足は今にも崩れてしまいそう。
後ろから誰かが追いかけてきている。きっと、私もあの子のように、嗚呼きっと!
このままでは殺されてしまう!
やだシリウスこゎぃ…




