宮殿、その中で ※挿絵追加
挿絵を追加しております。
「はぁー……、きもちよかっ!?!?」
誰が予想しただろうか、いやしてない。
高校生の大半は、反語を習うとそれを使いたくなると私は思う。動転した頭でも其れを為し得たのだから古文の力は偉大だ。
服を脱ぎ捨て、部屋についていたお風呂で私はバスタイムを満喫した。本当気持ちよかった……じゃなくて、問題はその後。風呂場から出る直前に「そういえば替えの洋服とかあるのかな」「さあ?」といった会話をしたのだ。そして出た――その直後。私の部屋であの青年が私の脱ぎ散らかした洋服を畳んで居た。傍に新しい洋服を置いて。
そして私は、タオル一枚。
「あ、……あー……すみません」
言葉が出ない私に、青年は困ったなと言って頭を掻いた。
「いや、ほんとすみません。俺よくデリカシー無いって言われんですよ」
何ででしょうかね。
ってそれは思いっきり今の状況が物語ってると思います‼
何て頭の中で渦巻いても、硬直した身体が舌が動かない。頬は温度を上げるばかりで――。
「其処の」
「……?俺ですか?」
「下がれ」
「えっと……」
「下がれ」
有無を言わせない声色でアンスが言いつける。青年は不可思議な色を出しながらも大人しく下がった。出て行く間際、「着替えは此れでお願いします」とだけ言い残して。
ずるずると身体を床に付けると、私は漸く息を吐いた。有難う、アンス…。そう礼を零せばアンスは仄かに笑ったような気がした。取り敢えず、今は落ち着こう。嗚呼……恥ずかしい!
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そして次の日。眠りから目覚めないアスティンさんを王都へ運ぶ日だ。昼頃になると漸く私も面談を許されたのでアスティンさんの容体を見に部屋に入った。
思わしくなかった、とても辛そうな表情だった。何時も微笑みを浮かべていたあの余裕のある表情は一変し、額には玉の様な汗、偶に漏らす苦痛の声。赤い包帯が巻かれた左腕には毒が回っているらしい。
「……アスティンさん」
小さく声を掛ける。反応はなかった、それほど苦しんでいるから。
私はアンスを握り締めてそしてその後アスティンさんの右手を握った。
頑張って下さい、アスティンさん。王都につけばお医者さんが治してくれます。それまでの辛抱ですよ。
言えない、次は私が守りますなんて。言えない、強くなりますなんて。でも、――でも。もしも、この間の様な間違ったら殺されるような場面に遭遇したのなら。その時は
「アンス……。よろしくね、私ちゃんとする」
「承知」
私、ちゃんとこの剣を使いこなすよ。
「失礼します。準備が整いました、これより王都へ移動します」
「はい」
数人が部屋に入りアスティンさんを運んでいく。私は最後尾に付いて部屋を出た。
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王都への移動は一瞬だった。急を要することだったし、何せアスティンさんだったので眷属を集め巨大な魔法陣を展開させたらしい。大魔法――即ち瞬間移動だ。そんな冗談、と目を丸くした私だったが実際に行われた瞬間移動にあてられ吐き気を催しているのが現在。王都についたがいいが、もれなく私も病人面になっていた。お付きの女の人は私を見て怪訝な表情を浮かべつつも一応心配してくれた。うえ、吐きそう。
アスティンさんは大きなお城……多分これが、この赤い城が王様がいる城なんだと思う。それに運ばれた。大勢の人を侍らせて。連絡が言っていたのだろう、移動した先に大勢の人が控えていた。頭を下げ、私達を出迎えた。赤い城に、青、白、緑を基調とした服装の使用人達。此処に、この王都の何処かに実花がいる――。
「うえええっ」
吐きそうまじ吐きそうほんと吐きそうまじ勘弁してお母さん助けて。
吐き気を我慢して我慢して貴賓室に通された私は、人が出て行った瞬間にトイレに駆け込んだ。メイドさんが数人残るとか言い出したらどうしようと思ったが、誰も残らなかった。よかった本当によかっ――。
「うえええええっ……」
瞬間移動何てもう一生しない。そう誓った。便器を恨めしく叩いて、涎を拭う。トイレの水を流すと洗面台の水で口を濯ぎ部屋の一角に戻った。椅子にどかりと座って溜息を吐く。外しておいたアンスを首にかけると、少しだけ落ち着いた。
「泉よ、提案があるのだが」
「……何?」
「落ち着いてきたのなら外に行くのはどうか。懐かしの城、きっと泉にも良い」
「……そうだね、アスティンさんの居場所もわかんないしこの城でかいし……情報も集めなきゃ…」
水を一杯飲み、立ち上がった。くらりと眩暈がしたけれど気にしないことにする。
この城――正確には宮殿だよね。王様の家なんだし。宮殿の内装はやはり赤を基調とした厳かなもので、それに交じり合うようにあの三色が配色されていた。しかし、所々に掛けてある旗の色は鮮やかな青色。青に金の刺繍。世界史で見たような気がする、こういうの。何だったかなあ……モンゴル辺りだったかなあ…。
きょろきょろと辺りを忙しなく見て回った。正直に楽しかった。お城なんて普通来ないし、っていうか無いし。あるとしても日本の城だからこういう内装ではないし。昔から、お姫様と言えばドレスを着た方を思い浮かべていた私にとって中世ヨーロッパ風の調度品や建築模様はそれだけで心躍らせるものであった。
「うっわ……この花瓶高そうヤバそう一体何円なんだろ…」
そろ……そろ……と触れようとした時に、誰かの咳の音が聞こえた。それに身体を揺らして反応した私はつい花瓶を押してしまい、それが派手に傾いた。口が開いていくのと手を伸ばすのが同時だった。恐らく阿呆な顔をしている。でも花瓶は落としてない!
バクバクと脈打つ心臓の鼓動を感じ、息を吐いた。……そ、それにしても吃驚した。いや、触ろうとした私が悪いんだけど――。間隔おきに聞こえる苦しそうな声。声からして男の人だが、咳の仕方が何だか少し可笑しくて……一寸心配だからその声のする方向へ向かうことにした。
少し早歩きで角を右に回ると、男の人が壁に手を付き、空いている手で口押さえ、咳き込んでいた。こほ、こほ、ではなく濁音が付くその咳を繰り返すその男の人の様子を見るに「あー、大丈夫そう」とか思えるはずもなく。私は男の人に躊躇なく駆け寄り、おずおずと顔を覗き込んだ。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「――――?あ、んた、は――――ッごほっ、ごほッ」
「え、ちょ、大丈夫です!?」
苦しそうに身体を曲げた男の人を気づかり背中を撫ででやろうと触れた瞬間――手を弾かれ凄い形相で睨まれた。深い黒のような青のような髪に紅い瞳も相まって恐ろしさが増す。男の人は忌々しげに咳を吐くと口元を拭い私を射抜いた。
「スワードの者か」
「あ、……は、はい」
返事はなかった。代わりに返ってきたのは肌を刺すような空気の張り詰めた様子。何秒か、何十秒か、それとも何分か――永遠とも思えるような時間私は視線に縫い付けられていた。そう、ばたばたと走りくる人たちの音が響くまでは。
「陛下――陛下!こちらにいらっしゃったのですね!」
ここのメイドさんだ。三人のメイドさんが血相を変えて走ってきた。私は邪魔に成らないよう端に下がった。その時、カタンと背後に突起を感じ振り向く。捉えたのは額縁。自然に視線を上に動かすと其処には――微笑んだ女性の肖像画が飾られていた。
「え、陛下?」
肖像画を確認した後に脳内に入ってきた言葉に首を傾げ男の人を見やる。青ざめた顔で頭を押さえている男の人は先程からメイドさん達に「何故起きていらっしゃるのですか!」「まだ優れませんのに!」「安静にしている様、申し上げられたばかりですのに!」と小言を貰っていた。それに黙って怒られている人が陛下……陛下……つまり王様……王様……!?
え、えー!?どうしよう気軽に触っちゃった!しかも手を振り払われた!これあれだ!無礼者打ち首だ!え、えー!?どどどどどうしよう土下座した方がいいのかな素直にごめんなさいした方がいいのかなどうすればいいのよアンス!
「黙れ。お前たちは何時から俺に意見できる立場にッごほっ」
「陛下!」
「……泉よ」
「あ、アンス……。どうしよう、私――」
「何のために此処に来た?」
「……うん」
一気に汗が噴き出すような感覚に襲われた。唾を飲み込んで、深呼吸をして――頭に敬語を並べて、何度か復唱して……。相手が病人っぽいけど知らない、この際知らない。だって一国の主とのチャンスを、この時を逃せばきっと――もう会えないから。
「へ、陛下!」
私は声を張り上げた。上擦ってないかな……あ、大丈夫っぽい。メイドさんを含めた四人が私を見た。やばい、震える、大丈夫。
「お、お…恐れ多くも申し上げます!あ、その前に先程の御無礼を……ええとすみません!その……み、実花を――此処に連れてこられたという愚者を知りませんか!?」
春休みに別れを告げる
ばいばい、また会おう その時までこの思いは虚無の彼方へゴーアウェイ




