紅の守護石
「エリーシア様!」
凛と響いた青年の声に、少女は大きな紅い瞳を青年に向けいじけた様子だった。幼さを残す顔立ちなのに、何処か洗練されている動作。金色の髪は絹糸の様にひらひらを舞う。青年は少女を抱き上げると、自らの腕に座らせるような形で抱きなおす。
「お前にこうやって抱いて貰わなきゃろくに移動できない何て、民が見たら笑いものにされるわ」
「そんなことはありませんよ」
「そうですよ、きっと今のエリーシア様何て、エリーシア様と認識してさえもらえません」
「リアラ!お前ね…ってわたしもそう思うから反論できないじゃないの!」
「まあ、俺のエリーシア様にそんな不躾な事言う奴は即刻下逝きですよ、即刻」
「そうですね」
「まあ!いつの時代も女王付男二人は怖い怖い……」
四角く囲われた庭で、四人は穏やかに微笑み合う。一方の男に抱えられた少女は,頬を紅潮させながらも他の三人と対等に渡り合おうと必死だった。しかし、他の三人の口調からは少女が頂にいる者だということは想像に難くなかった。
唯、……唯。中心にいる少女は、本当に幸せそうに笑った。
私はゆっくりと目を開いた。朝日がカーテンの隙間から顔を覗き、私にほんのりと暖を与える。起き上がった背に何時もの感触がないので、髪を撫でると自分の髪の長さを思い出した。ベッドから出て、冷たい身体を摩る。暗い室内に明かりを入れようと私はカーテンに手を伸ばし、開けた。開かれたカーテンから,朝の光と窓の景色と――――
「あ゛、や、やあ泉さん。おはよう」
深い緑の髪色をした、一人の男が……窓から身を乗り出していた。
「――――……?…………‼ぎゃああああああああああああああ‼」
「ひええええええええええええええええええええ」
叫び声をあげた私はカーテンを男に投げつけ後方に飛び移った。ごろりと身体が転がりベッドに頭を打つ。「う"っ」と声を上げても身体を休ませておく道理はない。「ちょ、泉さん待って!」視界の端に男が見えた。既に部屋に侵入されており、私の脳内は警告のアラームを発している。喘ぐように手を伸ばしてベッドに乗ると、あまりのふかふかに足を縺れさせ崩れ込む。「違うんだよ泉さん!お願いわたしの話をって危ない!」同じようにベッドに乗ってきた男から逃れようと私はベッドを出ようとした。が、焦って端を捉えてなかった私はそのまま床に落下しそうになる――
"――――泉ッ!"
右手を取られ男と共にベッドの中央に雪崩込んだ。
私は目を見開き男を見つめることしかできない。男は私を組み敷く様に覆いかぶさっていた。
「……イア」
声が震える。男は私が実行しようとしたことに気付いたのか、遅れて手を上げた。
「フライアさぁぁああああああああんんっ‼」
力の限り叫ぶと私は目を閉じて顔を背けた。扉をあけ放つ轟音が響くと同時に身体に掛っていた重圧が消えた。消える間際、男の「ぶえぶっ」とでも言うような声が聞こえた気がした。
「お前の主人は誰でしょうか、――明かせ」
フライアさんの鋭い声が耳に届くと私は安堵の為に息が漏れた。恐る恐る身体をお越し、頭だけ見えるフライアさんに近寄ってみると――
「……相変わらず良い蹴りだね、フライア」
フライアさんが息を飲んで、男の髪を掴みその顔を上げた。そして男の顔を上から覗き込むと僅かに目を見開きさっきとは打って変わった手つきで男の顔を降ろした。男は笑っていた。何処かスワードに似ているな、と私は思った。
「申し訳御座いません、…アスティン様……」
呆れを含んだ適当な謝罪だった。胡坐掻いて床に座り頬を摩る男の正面に正座し、何やら手を発光させ男の顔をぺたぺた触っているフライアさんの表情は呆れそのものだった。
「うん、変な所から入ったわたしも悪かったし構わないよ。……あ、ちなみにわたしの主人はスワードだけど。質問の答えは此れで良いかな」
「……十分でございます」
「はあい」
私はベッドから降りてそろそろとフライアさんの背後に近寄り、ぺたりと座った。そして男を観察する。
「あはは、別に其処まで警戒しなくても……うん?確かに大の男に組み敷かれたら警戒するかな?――先程は如何も粗相を……」
「あ、いえ、滅相もない……」
二人同時に土下座をした。
「アスティン、泉は此方へ来たばかりなんですよ。……あまり驚かせないでやってください」
「うん、ごめんね。反省はしてるよ。きちんと」
パンを頬張り乍アスティンさんはそう応えた。ちなみに私もパンを頬張っている。
今は朝食タイムなのだ。
フライアさんは少し離れた場所に立ち、スワードは相変わらず紅茶しか飲まない。もう食べてしまっているのだろうか。
……それにしても、天然パーマかなあ、髪の毛。どうしたらそんなにゆるふわになるんだろうか。あ、目が合った。やばい、食べよう。
「わたしのことをそんなに見つめて、どうしたんだい?」
アスティンさんの口角がにたあと上がる。
「もしかしてわたしの事を好きに」
「髪の毛!」
「髪の毛」
「は、はい!綺麗な髪の毛だなあって思って!天然パーマですか!?」
「そうだよ」
「へ、へー…」
あはは、おほほ。……食べよう。
会話は終わりだ、と言わんばかりに箸を手に持った私を見ているはずなのにアスティンさんは口を開いた。
「泉さんはどうしてわたしの髪が気になるの?」
「えっ。だって、私そんなにキューティクルありありの髪質のままでそんな綺麗な天然パーマ、あんまり見た事ないんですもん」
まさかそこを突かれるとは思わなかった! とりあえず無難な解答を装って、私はぎこちなく笑う。
「そうなの?……じゃあ、さっき聞いたのはただ単にわたしの髪質が泉さんの中では珍しかっただけ?」
「それもありますけど……」
「ふうん……」
ふうん、と言って、それからアスティンさんは声を紡がなかった。な、なんなんだ。訳が分からない。髪の話題はもしかしてこの人にとってのNGワードだったりしたんだろうか……。
怪訝な顔をしていたのか、スワードが横から声を挟んだ。
「アスティン、こういう場合質問だけして終わってしまうと相手に良い印象を与えませんよ」
「えっ、あ、ああ…ごめんね。少し考え事をしてしまって」
とアスティンさんは苦笑を浮かべた。私はお行儀が悪いだろうけどお茶をずずっと啜り相手を一瞥した。
朝食を終えその場が片づけられると先日の応接間へ移動した。私は昨日の終わり際、フライアさんに言われた事が脳裏の片隅に思い出されて少し気分が重くなる。覚えることが山の様……、学生には禁句だ。
「泉」
私はスワードを振り返る。窓際に立つスワードの髪の毛が光を反射して綺麗だった。
「改めて……ふふ、此方の世界へようこそ。僕たちは貴女を歓迎します」
スワードの言葉を合図とした様に、その場に居合わせた人達全員が私に向けて膝を折り頭を下げた。その光景にぎょっとした私は言葉を失い唯立ちすくむことしか出来ない。
「この世界は、泉がいた世界と少しばかり異なっています。……一つは泉のその黒。黒髪、黒目。此れは非常にいけない」
顔を上げたスワードは上記を述べる。私は自分の髪を撫で、「どうして…」と呟いた。その呟きにスワードは頷き全員が立ち上がった。
「黒は、咎人が罪の意識によって己を染め上げる色だからです」
「罪の意識?」
「はい。……簡単に言うと、罪人の象徴ということですね。そしてあと一つ。それは、愚者の色でもあります」
「なーる……。愚者」
「はい。本来、愚者は発見され次第王都にいらっしゃる陛下の元へ送られます。そこで陛下による直々の審判があるんです」
「だから、あの……シュバリエさんは」
「そう、あの騎士は泉にそれを実行しようとしました。……彼は陛下に忠実ですからね」
スワードは微笑んだ。
「あの時はあんな嘘で誤魔化せはしましたけど――流石に次は誤魔化せません。ですから……」
フライアさんが小箱をスワードに渡した。小さくて可愛らしい……それに高そうな小箱。そしてそれを……私に渡した。
「えっ」
「さあ、どうぞ開けてみて下さい」
箱を開けると其処には赤石のブレスレットが鎮座していた。光に反射して煌めく石には何かの花の模様が彫ってある。箱から取り出しチェーンの部分を以て掲げ見るとそれはとても美しいものだった。
「ロードナイトに立浪草なんて……またマイナーで粋なことをするねぇ」
いつの間にか横に立っていたアスティンさんは小さく笑いながらそう言うと私に付けるよう促した。
「わたしが見たところによると、それは泉さんを守る石で間違いないようだよ?……うん、よく似合ってる。これはずっと付けていた方がいいと思うな。色んな意味で泉さんを守ってくれるからね。それと、後で鏡を見てごらんよ」
鳩尾当たりにくる石を握ると温かい気持ちになれた。有難う、大事にします、そう言って私はスワードに笑い掛けた。スワードは無言で頷くと笑みを返してくれた。
「では、お嬢様」
ぽん、と両肩に手を置かれる――ように見せかけて、捕えれた様に思う。私は固まった笑顔のまま、辛うじて顔だけ振り返りフライアさんを見た。無表情で見下ろしていたフライアさんがにこりと笑う。嗚呼……。
「お勉強の時間です」
はい、存じております。




