グリームニルの悲願※挿絵追加!
7/22 挿絵追加しております!
「どうして……どうしてこんなことに……っ!」
よろめいた私を支えたのは――鏡子ちゃんではなかった。突然の他者の登場に鏡子ちゃんは護符を構える。
「嫉妬……?鏡子ちゃん、この人は私の味方だから警戒しないで」
「味方?……こんなものが?」
こんなもの。
鏡子ちゃんの口から出た言葉の意味を理解できない私ではない。
鏡子ちゃんは警戒を緩めない。――仕方のないことだ。嫉妬は、穢れで出来ているのだから。
そして、そんな彼女を選び生かしたのは……私。私のこの手は確かに、あの時誰とも知れない彼を殺した血で染まった。
「……わかりました。鏡子が口を挟む事ではありませんね」
一つの溜息、されど鋭い眼は迷いなく嫉妬を射抜く。しかしレヴィはけろりと振り返り、笑みを浮かべお辞儀をした。
「――うふ、陰と陽を混ぜ合わせた娘、お初かしら?」
「陰に浸る貴様に貸す耳などありませんわ!消えなさい!」
「あらあら酷い言われ様――――」
レヴィは困った様に口をすぼめると、宙にふわりと浮き姿を消した。鏡子ちゃんは息を大げさに吐くと、髪を耳に掛け私をシリウス――いや、実花の近くまで引っ張った。
対峙したくない、と足が重くなる。現実を見ろ、と鏡子ちゃんが手を引く。
「安藤実花は……今、必死に目覚めようとしています」
鏡子ちゃんが瞳を実花に落とす。私も、一度生唾を呑み込んで見下ろした。
何処をどう見ても、実花の姿はシリウスだった――。
「ですが、目覚めることが出来ないのです。詳しい原因は鏡子には教えられていませんが、彼女は覚醒を拒む激しい苦痛に打ち勝とうと必死に戦っている……そうなのです」
「本当に……これは、実花なの?」
「上山さん――。目覚めれば、明らかになりますね」
そうだね、と言おうとして息を吸った奥で、扉が乱暴に開かれた音がした。数人の慌ただしい足音がこの繋がっている部屋へと向かっている。「リアラ!」「走るな!傷が――」といった声と共に、この部屋の扉は乱暴に開かれた。
私は立ちあがった。鏡子ちゃんは静かに立ち上がった。
「――――エリーシア様……いいえ、貴女が、泉……」
そこには、血濡れた緑色の侍女服を身に纏う女性……リアラさんが立っていた。頬にも、髪にも、手にも……あらゆる場所が傷ついていながら、その緑眼は私を見るとまるで水面の様に光に反射した。
喉が渇いた気がする。私の肩を、鏡子ちゃんの手がそっと触れた。
リアラさんの後ろにはエリスが居た。アスティンさんが居た。アルピリさんが居た。
湊は……いなかった。
胸を閉める哀惜の念。一歩足を引けば、鏡子ちゃんにぶつかる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
リアラさんが、腕を伸ばしながら私へ駆けてくる。私は、捕まりたくなかった。その手に捕まれば、私と湊は――……。
だけど、退路は無かった。
リアラさんの腕に包まれて、リアラさんは膝を崩して、ただ私を抱きしめて泣いた。
ぼろぼろの身体で、暖かい身体で、湊と同じ目をした彼女は大粒の涙を私に注ぐ。
ごめんなさい、ごめんなさいと、謝りながら私の頬に雫を注ぐ。
さっきは、結界を無理やり破ってごめんなさい――と反射で言おうとした私の喉は、空気はひゅうと通るだけ。喉に込み上げてしまった思いが、溢れそうになるのを唇を噛み締めて堪えた。
眉を顰めても、私に涙など無く。
顔をくしゃりと崩しても、涙など出なくて。
声をあげて――も、泣くなんて行為はもうできない。
けれど、頭上で絶え間なく流れてくる雫は、私の頬を伝って地面へ流れる。
皆、泣いていた。
空さえも泣いていた。
私の心はようやく、地に足を伸ばせた……――――が、安堵に浸っている暇は無い様だ。
「……!?何か変な感じがする!」
「同じく――――っ!?ま、窓の外を!窓の外に、いいえ、空の上に大きな……陣……!?」
リアラさんは私から離れると、シリウス……実花に飛びついた。アルピリさんも彼女に続く。
アスティンさんは焦りを隠さず窓際に駆け寄り、窓を開け放った。エリスも彼に続く。
「リアラ!行くぞ、本気だせ!」
「言われなくとも!」
部屋の中を薄緑の光が満たす。
「グリームニルの陣……な、何だいアレは!規模が、規模が王都とほぼ同じだ!」
「王都に一体何をしようというの……スワード……!?」
外からは白金の光が部屋の中を満たそうとしている。
外からの光があまりに眩すぎて、私は手で視界を覆ったが、その必要はないと遅れて気づいた。徐々に色が失われていく世界で、竜達は白の中に緑を巡らせている。
何をしているのだろうと思ったが、目の前で目を抑えて膝を付く鏡子ちゃんを放っておくわけにもいかず私はその場を動けずにいた。
「エリーシア様、ご無事ですか!?」
「わたしの事は気にしないで!それよりも……アスティン!スワードの魔術を止めなさい!王都が、民の、叫びが聞こえるの!」
「はい――っ」
苦し気なアスティンさんは、手探りでエリスを見つけ、支えながら思考を巡らしている様子が見える。エリスは耳を抑えて……同じように苦しそうだ。
「エリーシア」
――――清涼な、力強い声が確かに聞こえた。
エリスは何の反応も見せずに、先程と同じように苦しんでいる。
今の声は……?
「エリーシア」
……恐らく、ドアがあった所。もう白く霞んで、部屋の輪郭は溶けてしまった。
「誰?……私を、呼んでるの?」
元々聞こえていた声が小さくなっていくにつれて、"エリーシア"と呼ぶ声が大きくなっていく。
「……山さん、……さん!……‼」
「……何?鏡子ちゃん、何……?」
腕を引っ張る鏡子ちゃんが、口をパクパクと広げるけれど肝心の声は聞こえ辛い。私にしがみつくように、訴えるように彼女は口を開くけれど、
「ごめん……聞こえない……」
「エリーシア」
あっちの方が気になる。
私は声の方を凝視した。"エリーシア"と呼んでいるのに、エリスは答えないから。私は仕方なく声のする方を見るしかなくて目を凝らす。
「――――エリーシア」
――――この声は、彼は私を呼んでいる。
行かなきゃ、そう思う。行って、此処に居るよって伝えなきゃ、と気持ちを急かす。
でも、でも……行けない。行っちゃ駄目だ、行っちゃ駄目だ……。
霞んだ白の向こうで、花の香りがした。私は気づいて顔をあげると暖かな色が向う側に見えた。
それと同時に、低くてだけど悲しい叫び声が耳の奥で木霊したんだけど……私は立ちあがる。
ふらりふらりと手招く方へ行ってしまう。
駄目なんだけど、行っちゃ駄目ってわかるんだけど……手招く影が、私は、恋しかった。
白の中に反する黒猫が、白から逸脱しようとする私に向かって一度にゃあ、と鳴いた。
私の足は止まった。猫を見る。
猫はもう一度にゃあ、と鳴いた。
し、ろから、出ようとしているんだ け ど
あたまのなか、が、しろ に な って
わか ん な ――――。
手を掴まれた感触――その刹那、取り戻した視界。
空は夜に溶けた朝焼け空、青と赤を混ぜた色。
立つ大地には色とりどりの花が咲乱れている――丘。
何――と浮かんだ言葉。誰かに捕まれた――――私の白い、腕。それは陶器では無く人肌だった。
そして、掴む大きな掌を辿ると、
「――――おかえり、エリーシア」
わたしを見て微笑む金色の瞳があった。
物語は動き出す~♪
まだ動いてなかったんかい。――まあもう後半戦……かも!




