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異 佐倉湊 ※挿絵

新天地、にて?に挿絵を追加しております!其方も併せて御覧下さい!

「アルピリ、……協力してくれて助かった。――ありがとう。後、ごめん」


「陛下は守れた。……まァ、エリーシアが暴走するのは目に見えてたしなァ……」


「俺も自分を忘れちまった!本当に、ごめん!」


 シリウスの身体と、実花の身体が横たわる部屋の片隅で湊は頭を下げた。僅かに開けた窓から、アルピリが吸う煙草の香りを逃がす代わりに雨の匂いが入ってくる。


「頭ァあげろ。情状酌量の余地しかねェだろ、俺達にはサ」


 アルピリは湊の曇った顔を晴らす様に笑い、頭を軽く掴んで揺さぶった。両手で対抗する湊は、微かに目尻を下げながらもう一度謝罪した。


「――実花の意識は、今はシリウスの身体にあるのか?」


 アルピリは頷き――つつも、正直わからんと首を振る。


「そのはずなんだがなァ……目を開けねェ」


 湊とアルピリは実花の……今やシリウスの肉体に精神を宿していると推測される実花を覗き込んだ。「実花にくせぇ臭いが移るだろ」「身体はシリウス陛下だから問題ねェだろう」と小突きあう。


「シリウス……随分衰弱してるな。こんな状態で、何で起きてるんだよ」


「陛下は、即位されてから一度も眠ってねェからな」


「――は!?エリーシアが崩御してから何百年経ったと思ってんだ!?正気か、シリウス……」


「エリーシアを弑逆するくらいだ。正気の沙汰じゃねェな」


 湊は生唾を呑む。


「この状態であの戦闘力かよ……破壊神シヴァの名は伊達じゃねぇなぁ」


 おちゃらけた様に笑い、大きく溜息を吐いて、実花の魂が横たわる傍に腰を降ろした。肉体はシリウスのモノであるが、その中身は実花だ。……触ろうとした手を一度止め、微妙な面持ちで触れた。


「迎えに来たぜ。遅くなって……ごめんなぁ……」


 ドアを誰かがノックする。壁から離れたアルピリを確認して、湊は小声で実花に告げた。


「俺が――……実花。泉を頼んだぞ」


「やあ、久しぶりだね湊くん」


 来客はアスティンだった。片手をあげ、まずは湊に声をかけた。その次に、消耗し疲れ果て、通常の眠りに落ちている現王に片膝を付き、頭を垂れた。


「無礼をお許しください……シリウス陛下」


「さぁ、書庫を開いてくれアスティン。過去に実例の無いことが目の前に横たわってるけどよ、起こり得た以上、その対抗策は既にアスティンの知識下に降りたはずだぜ」


 アスティンは立ち上がり、渋々頷いた。


「器の交換……つまりは魂の交換でしょう。うん、それは……そうなんだけど。君達に言われる前にわたし自身知識を開いた。きちんと発見したよ。この技術を誰が考案し、誰が作り上げ、誰が実現させたのかも……ね。そこで一つ、湊くんの発言に訂正を加えてもいいかな?」


 湊は純粋に首を傾げ、尋ねた。


「何だ?」


「"過去に実例の無いこと"――では無かったよ」


「マジか!?」


 アルピリと湊は一言一句違えることなく同じ言葉を同じタイミング同じ勢いで発した。お互い顔を見合わせた後、同じように詰め寄る。


「記憶にねェぞ!」


「うん。わたしの記憶にもないんだ……だけどね、わたしの書庫(きろくには現にあったんだよ」


「アルピリの記憶にないって事は、(リアラ)が活動していた時の事と仮定して……かつ、アスティンが眠っている時のこと……?いや、でもそれは有り得ねぇわ。俺はそりゃ、転生こそしたが記憶は何一つ欠けてねぇ。何食べたか――とかは覚えてないけどさ、そんな一世一代のニュース忘れるわけないし……」


「何て記録されてたんだ?アスティンよ」


 アルピリの言葉に頷いたアスティンは、神妙な面持ちで告げた。


「――考案者は、スワード……そして基礎となる部分を作り上げ、初めの……プロトタイプの製造と、稼働を実現させたのは……の神殺しの魔女、リベカ・レンプだ」


「大魔女か!だが……わかんねェな。あの魔女は……何の為に?そもそもスワードの動機も計り知れねェ」


「…………引っかかる」


 湊は眉間を抑えながら呻くように呟いた。


 何だ?何か、引っかかる。記憶の片隅で、脳の片隅で何かの断片が掛かり、揺れている。手が届きそうで、届かない。もどかしい、けれど俺は此れを……知っている――?


「このことについて今考察するのは良そう。実花さんを目覚めさせるすべは既に心得ているからね。早く実花さんを起こして、色々解決して、泉さんと合流して――」


「……おう。そうするつもりだ」


 湊は立ち上がり、アルピリの肩を押した。アルピリは軽く息を吐くと、アスティンへ目をやる。


「で、どうすんだィ?このお嬢ちゃんを起こすってのは」


「物は簡単なんだ。元々実花さんが目覚めないのは、実花さん自身の問題と……シリウス陛下の御体の所為、かな。……恐らく、既に実花さん自身の問題は片付いている――と思うから、わたし達で御身の問題をある程度のレベルまでもっていこうと思う」


「曖昧だぞ、アスティン。――つまるところ、何をどうするって?」


「ああ、うん、ごめんね。ええと、竜の癒しの術で――この御体にかかっている呪いを、解いてもらいたいんだけど……」


「――それは、」


 竜である二人は顔をしかめさせ、言葉を詰まらせた。

 "呪い"それは"痛み"それは"負"。王が背負う、王が王であるが故の責務。


「無理だ」


 アルピリは湊の発言を追い越し、はっきりと言い放った。アスティンは頬を掻きながら、苦笑する。


「王が溜めた負を、地に流す――逆流させろってこったろ?無理だ。それをやるには俺が二人要る」


「なる……ほど」


 ――どくん、と心臓が鳴った。

 湊は人知れず、瞳に影を落とす。


「そも、負を逆流させるのはあまりにも世界に悪影響すぎンだろうが。他に方法はねェのか?王権で身体に留めているとはいえ、その呪いは世界の均衡を崩す一手になる」


「しかし……ね。実花さんの覚醒を妨げているのが、陛下の御体なんだ。恐らく、実花さんは痛みと悪夢によって目覚められない。陛下だって、何故起きて動けているのか不思議なくらいだったろう?」


 今さら手は……やっぱり震えるか。だけどよ、全て覚悟の上だった。

 そうだ。シリウスを捕えることが出来た以上――、俺の役目は此処で終わる。

 全ては泉を元の世界へ戻すため。エリーシアであった彼女を、此処から引きずり出すのだから命くらい差し出してもいいのだ。……いや、寧ろ欠片の命じゃ足りないか?


「大丈夫だ、アスティン」


「――へ?」


 アルピリは腕を組んだ。湊は――、笑った。


「俺にいい考えがある。ちょっとリアラを連れてくるから、待っててくれ!」


 あ、ちょっと!というアスティンの静止を止めず湊は走り出した。アスティンは焦りつつアルピリを見上げる。アルピリは頭を掻いて、近くに椅子に腰掛けた。


「あー!忘れてた!実花が起きたらさ、――あー……やっぱいい。んじゃ、行ってきます」


 耳を澄ませてリアラの在処を探る。……見つけた。


 湊が最後の言伝として伝えたかったこと。それは、

 "実花が最後まで泉を支えろ。これまでも、これからも――"

 なんて言葉やっぱ俺には似合わねぇー!湊は緩む頬を殴りながら駆ける。朽ち果てた城を。

 



**


「……ついにこの時が来ましたか」


「散々頭の中夢の中で呪いを吐いてくれてありがとーな。お陰でストレスマッハだったぜ、いやー俺めっちゃがんばった」


 雨音が響く離れの廊下。片づけたけれども、僅かに滲んだ血の床。

 リアラと湊は密談をするように隅で向かい合い、一人は深く息をついて、一人はけらけらと笑う。鏡写しの様な自分と向き合う二人。欠片の竜と、欠けた竜――お互いは同質の存在。姿形も違う、性別も違う、生まれた場所も違う、けれど守るべき主は――……一緒ではない、と湊は言い切るだろう。一緒だ、そのために私は自らを切り離した、とリアラは言うだろう。

 だが、全ては合意に至った。道中の言い争いなどただの飾り。二人は一人に、欠片は一つに。当たり前だろう、そう言い聞かせて。


「本当に、其れを私に手放して良いのですね」


 抑揚の無い声で、リアラは再度湊に尋ねた。その瞳は的確に湊の心を突いていた。……リアラにはわかっていたのだ。湊の本心など、探らなくても。


 でも、こればかりは覚悟がいるから。


「……構わないぜ。俺が、決めた事だ」


 湊は屈託のない笑顔で答えた。その表情にリアラは緑の瞳を細める。


「あの子には……会わなくても良いのですね?」


「――良いっつってんだろ!」


 やめろ、やめてくれ!これ以上、俺の心を、覚悟を揺すぶらないで……!


 ――心というものは、どれほど堅牢な壁を築こうと容易く瓦解する。

 湊の声も無い慟哭がお互いの中で共鳴しあった。もう決めたんだ、お願いだ、揺らがせないでくれ、揺すぶらないでくれ、俺を……迷わせないでくれ。


 その怒りにも似た嘆きをリアラは完全には理解できない。


 ただ、己の今までの心に従ってリアラは口を開き続け、問い続ける。


「彼女の傍を離れて、(あなた)は本当に良いのですね?」


「……」


「彼女には、なんと伝えるつもりなのですか」


 湊は目を伏せた。起き上がる感情を頭から押さえつけるように。


「……実花と、先に一緒に帰れ。俺は後から行くから……って、アルピリに伝えてもらう」


「――それで、彼女は素直に頷くのですか?」


 湊はその問いに答えられなかった。リアラは感情の無い瞳を同じように伏せて、静かに首を振った。


「エリーシア様は聡明なお方でした……。そして、感情的でもあらせられた。それは、(あなた)もよく覚えているはずですね。……彼女は如何ですか?きっと本質的には同じなはず。――軽率な契約を結んだものです」


 リアラは己が過去形を用いたことに少し驚いたが、動じず続けた。

 対して湊はその言葉に力強く拳を握った。そして歯を食いしばる。


 そんなの自分がよくわかっている!そんなの――そんなこと!


 赤い雫が床に落ちた。


「私は、エリーシア様が人間界に堕とされる時に咄嗟に自らの魂を投げ入れました。……そのため、竜として不完全に陥り一つの感情を失った。ですが、私はそれでよかったと後悔はしていないのです」


「……ああ」


「そうは言ってみたものの……少し驚いたことならあります」


 湊は顔をあげた。そうしてあげた先に、湊を真っ直ぐ見つめるリアラが微笑んでいた。


(あなた)は、随分私からずれていますね」


 湊は首を僅かに傾げた。目の前の女は笑う。


「貴方は、私ではないのですね」


 湊は静かに瞳を大きく開いた。そしてその中に微かな動揺を抱いて、自らの掌を握りなおす。

 強く目を瞑った。見えるのは、どうしても守りたかった笑顔。何があっても傷つけたくなかった存在。


「――当たり前だ!なんたって俺は、佐倉湊、だからな」


 その開かれた意志の強さに、リアラは小さく頷いた。その距離を縮める為に、足は一歩ずつ前に進み始める。


「なあ、リアラ」


「はい」


「……リベカが過去に何か実験をした記憶あるか?」


「……今は何とも言えません。ですがその事が重要なのはわかりました。しっかりと引継ぎましょう」


 見える自分のタイムリミットに湊は空を仰いだ――鈍色だがこの城の景色を最期に終わるのも悪くないだろう。


「なあ、リアラ」


「はい」


「俺の身体は、出来る限り泉や実花に見せないでくれねーか」


 リアラがきょとん、と目を丸めた。


「……嫌なんだよ。あいつらの悲しい顔、見るのさ」


「……はい」


 距離はもう、無い。リアラがその手を湊の心臓の位置にあてがい、魂を取り出すだけで終わる。その魂の中から投げ入れたものだけを回収すれば、残された湊の魂は不完全になり不安定なり、王の元へ還ることになる。もはや、湊という概念は無くなり新たな一つの人間かあるいは違う何かとして創造されるであろう。


 佐倉湊は永遠の死を受け入れる。

 佐倉湊は永遠の生を拒む――リアラから生まれた分身としての自分を否定したのだ。


 だからこそ、泉を取り戻したい。エリーシアの生まれ変わりである泉では無く、リアラの分身である自分ではなく。

 佐倉湊である己が、上山泉である彼女を取り戻したかった。


 欲を言うのなら、自分の手で……。


「取り戻したかった――」


 リアラが湊の胸に手を当て、その目を閉じた時、城の一部が視界を揺らす程の爆音を出しながら崩壊した。そっさに二人は窓際により、何事かと崩れかかる場所を注視する。


「リアラ様――!リアラ様‼」


 息を切らせた兵が傷を庇いながら二人の元へ駆け寄った。



「陛下が、シリウス陛下が御目覚めになりました!アスティン様とアルピリ様が抑えていたのですが、既に振り切られて……!ど、どうすれば、どうすれば!王に、ミストレスに、逆らってしまったッ!」


「リアラ!急げ!」


「そうですね……」


 再び凄まじい音が響く。城内を再び揺らした原因は図りし得ないが、その後その場は奇妙なくらい静まり返った。


「……一体何が……」


「―――――――――っ!」


 湊は駆け出した、衝動のままに何も言わず――何も言えず、ただ無心に駆け出した。目指すはあの場所、新たに崩れかかる城の一部へ。


 湊の中に宿る竜の片鱗。それが五月蠅いくらいに湊を騒ぎ立てる、掻きたてる!その所在を知らせた、その来訪を知らせた、はっきりと場所が特定できるほどの強さで。


 アルピリが王にシリウスを戴いたのならば、リアラが王に抱いているのは――、


「泉……来たのか……っ!」


 泉以外に、いるわけがない。

 だって俺は、泉の竜であるためにあの時切り離された。

 独りで荒野になんて放り出させるわけにはいかなかった。この手を離れて生きていくなんて泉が出来るわけないと思った。……だってりゅうと泉は、世界の始まりから共に居たんだぜ?


 だから、泉。泉が笑うまでは、泉が、一人で大丈夫だと俺に言うまでは――泉が、


「泉ぃぃぃぃぃいいいいいい!」


 俺を必要としなくなるまで、守っていこうと心に決めていた。


 ――――空間を裂いて、抱き留めた。違和感と共に抱き上げた。吹き晒す暴風の中、暴れる髪の合間をくぐりそのかたちを垣間見た湊は、緑に染まり切った瞳を大きく揺らした。腕の中に居た幼子は、少女は、突然の事態に驚いた様に振り返るとふと、本人も気づいていないだろう声で呟いた。


「湊……私がわかるの……!?」


 その次に、瞳と瞳が合う。彼の目の異常さに、同じく異常な瞳が揺らいだ。


 声はもう、面影すらなく。身体はもう、全く違う人物で。顔はもう、嫌な程その存在の同一さを体現化していた。

 泉という個の人間を完全に否定した事象が物質となって、腕の中に居た。


「わからねぇわけ……ねぇだろうが!」


 湊はそう叫ぶと力の限り踵を踏みつけた。そして一気にその場を離れる。追撃する様に迫り来る敵の魔術の弾丸は確実に腕の中の少女を狙っている。


 しかし、突如弾幕の雨は止んだ。あまりにも突然の幕引きだった。それ故に湊は警戒を解かない。胸で息を整えようと、激しく肩を揺らした。


 雨雲に差し込んだ黄昏が、崩れた壁から差し込む。場内に見えた敵兵と思われる赤と白の甲冑を纏った騎士達が空中にして、二人を見下ろしていた。


「――冒涜である」


「――アァ?」


「青を混ぜた金の髪。それに添える紅の瞳。――許し難き侮辱である。至高たる皇帝への、最悪の祈りである。故に我等騎士団は」


「そして、我等魔導士団は、」


「王と団長の命に従い、罪ある者を裁く者である」


「だが――あなたがたは幸いにも幸福である。この天上において、主の声の下御逝きになるのだから」


「湊……お願い、逃げて」


「は?」


「私は大丈夫だから」


 視線が合わない。

 視線を泉が合わせない。


 湊の目は真っ直ぐに少女を捉えているのに対して、少女の紅い水晶に湊は捉えられてはいなかった。

 泉が捉えていたのは、空の騎士達。……何を根拠にこの少女は大丈夫などと言うのだろうか?


 湊は純粋に理解ができなかった。


 考える時間さえも惜しいと思った湊は、今にも腕からすり抜けて離れていきそうな少女をしっかりと抱き止めた。

 その時に、漸く瞳と瞳が合わさる。それぞれが抱く感情の違いが、しっかりと表れてしまったけれども。


 後方にて、金属音が湊の耳に入った。剣を携えた音だ。槍を構えた音だ。そして、魔導士が術を組み上げる際に放つ粒子が視界を漂った。

 揺れる湊の世界には泉が映っていたけれど、違うものが映り始めていた。


 剣と称される騎士と、盾と称される魔導士の戦い方だ。あちら側に円卓の騎士はまさか――いないと思うけれど、それでも人間である二人を相手にするならばこの人数は多すぎるくらいなのに……不完全である俺が、泉を無傷で守り通せるのか……?


 心臓の音が、早くなる。


 湊もここまで来るのに無傷とはいかなかった。ユースティティアの力は所詮は他人の力。身に馴染んだと言っても、どうしたって彼女の様には使いこなせない。


 泉が離れようとした。

 すかさず腕を掴む手の力を強めた。

 泉は強さには気づかずに、行こうとして動けないことに焦り始めた。


 湊は鼓動の早さに反して、ゆっくりと空の騎士達を仰ぎ見た。


 湊の瞳に映る剣劇の動きはとてもゆっくりとしていた。その中で湊が早く動くことが出来たのならどんなに良かっただろうか。しかし、不完全なる竜にそのような権能は無い。


 だから、唯一完全である力――ユースティティア――を湊は起動した。


 瞳を緑から紫へ。振り返る最中に塗り替える。一呼吸も置かずに左手を鞘の如く形取るとその中から十字架ともとれる剣を引き抜き、空を薙ぎ払った。

 裂いた空間から、まるで花が咲く様に暴風の花が咲く。

 抜刀を妨げられた騎士たちは瞬時に風を受け流す姿勢を取り、抜刀に成功した騎士たちは同じように迫り来る暴風を相殺しようと空を裂いた。


「泉!!そこの扉から外へ出ろ!」


「湊!!」


「頼むから!!――言うとおりにしてくれ……」


 紫の瞳が相手を映しながら歪む。泉は何かを言おうと口を開いたが、首を数回振り頷いた。しかし湊にはその様子が見えていない。だから泉は駆け出して、


「わかったよ!!わかったから!!」


 と叫んだ。


 数名の騎士が特攻してくる。湊はそれをくるりくるりと踊る様に翻し、避け、追撃していく。また数名の騎士が矛先を泉へと据えた。――人でありながら人でないモノを飼う彼にとって、それを追うことは容易かった。


「湊!!駄目、開かない!」


「蹴り飛ばせ!」


「やってるんだけど力が足りない!っていうか――あれ、あの人!あの人が……恐らく塞いでる!」


 見えない声が耳元で囁く。――あの魔導士が塞いでいるんだ、と。

 泉は奥の騎士を指差した。その先に一人の――魔導師を見つけた。湊が見つけたその刹那、覗いた口元がゆっくりと弧を描く。


 湊は奥歯を強く噛み締め、すぐに魔導士の下へ向かおうとした。けれども周りを蚊の様に飛び回る騎士を制しなければ泉が――しかし、彼奴を殺さなければ泉はこの部屋から出られない。


 この葛藤を泉は察していた。開かない扉とわかればすぐに手を離し、湊の視界内に居るようにしていた。手元にアンスはないが――<嫉妬(レヴィ)>がいる。そして床には剣が散らばっている。欠けた物が多いけれど……あった。あれは使えそうだ。だけど――泉は少し迷い、首を振った。

 剣の心得は、失った。

 だが、ただ突っ立っているだけではあの時の繰り返し。鏡子を盾にこのような密室を駆け回ったあの日の繰り返しだ。あの日は幸運にも打破出来たけれど――二度あるとは思えない。ここで二人とも死ねば、実花を連れ戻せない。なんとしてでもこの状況を切り抜けなければ……!


 ――――その時、泉の頭にある考えが浮かんだ。其れは、言葉から結びつけられたものだ。囁きがもたらしたものだ。そして潜在意識が結びついたものだ。


"エリーシアと宣言なされば、きっと、きっと、この場は静まりますよぉ"


 突き動かされ、言葉は意志を持って生れ出た。


「――――聞け!!」


 無我夢中だ――吼えろ!


「我が声を聞け!我が姿を括目せよ!そして自らの罪を悔いるがいい!我が名は――エリーシア!この地において、全世界において、侵されることのない絶対的な支配者である!」


 壁に掛けられた青色の旗と、床に散らばる赤い旗。

 そのどれもが見覚えのある。


 ――止まった!そう、全てが‼


 息をわずかに吸って、吐いてを数回繰り返し呼吸を整える。次に言う言葉なんて先に浮かぶわけがない。私は、私の中のエリーシアに語らせるんだ。

 知らないよ、わからないよ!エリーシア何て解らないよ!でも私が器なら。貴女(エリーシア)を利用する権利があるはずだ。


 この場全てを掌握するために!


「見なさい!我が紅の瞳が見えないとは言わせない!聞きなさい!我が名が聞こえないとは言わせない!――騎士よ、お前達は今誰に剣を向けているのだ!」


 湊が素早く動いた。静止した盤面で、湊だけがそのルールに縛られずに四方向に動く権利を得た。真っ直ぐに、例に漏れず泉に縛られた魔導士が湊の接近に気付いた頃には、


「なん……だと……!?」


 その首を掻き切られ、床に赤い絵の具を広げる。

 その様を見届けた湊は顔を持ち上げ――嘲笑った。


愚者(ナール)風情がぁぁあぁあああああああああ!」


 突き刺した銀色の煌きに、至高の赤を流していく。

 赤は、騎士が魔導士が民が、胸の内に宿す炎。

 赤は全ての生あるものが唯一持つことを許された彼女と同一のもの。

 その色がその色であることに誇りを持つことを忘れてはいないだろうか?


 ――竜が持つ赤も、また然り。


 ただ銀色の刃の煌きに美しく滴って、陶器の肌に滑り落ちた。

 無数の剣山に抱かれた心臓は、愛した赤を零していく。身の内に守り続け、生かし続け、育み続けた赤を流していく。

 まるでそれは、目の前に立つ愛しい少女(おんな)に、相応しい色を返す様に。


 竜は、堪えた右手で小さな手を握り、ドアノブに添えた。震える、だが、回す。

 少女(いずみ)は、首を振った。

 竜は、愛を失いながら少女(おんな)の背後の扉を開けた。

 少女が手を伸ばすその手に、血がべっとりと付いてしまった。しかし、震える片手は再び掴んでしまう。


挿絵(By みてみん)


 欠けた竜が、欠片の竜の所在に気付けたのもその時。だが――


「生きろ……泉」


 湊は、自らの手で泉を空間から押し出した。閉じていく扉に泉が手を伸ばしても倒れいく身体は距離を開く。泉の絶叫は、それぞれの竜の胸を強く揺さぶった。

 湊は、背後に近寄る敵を片目に、その振り返りざまに、据えた。


「俺の名前をよぉぉおく覚えておきやがれッ!俺は、佐倉、湊、だァアッ!」


 彼女の絶叫に応えるかのように、竜は空気を切り裂くほどの振動で吠えた。





 泉。今だけは、どうか泣いてくれるな。

 もう俺は、泉の泣き声が聞こえても手を差し伸べてやれない。……迎えにも、いけない。


 泉。今だけは、どうか絶望してくれるな。

 死がとれほど近くに寄り添おうとも、どうかその足を止めないでくれ。




 繰り返し悪夢として蘇る、あの決定的な日。それがいつしか、エリーシアではなく泉として再生され始めた。同じように、王の喪失を叫ぶ竜の声は……俺の声で――――。

 全ての篝火を倒しつくし、赤い夢を焦がした。



 泉。これで、これでよかったんだよ。

 ――――俺は、満足……してんだ。


「リアラァァアァアアアアアアア――――――!早くしろぉぉぉおお――――っ!」


 身体には無数の穴が空き、止めどなく赤い血を流す男。しかし、男は倒れない。愚者であるくせに、ただの人間であるくせに。いくら正義を振りかざそうとも、その力はあの女には及ばないくせに。彼らの欺瞞にも取れる戸惑いが、騎士には歪な恐怖として少しずつ心に溶けていく。


 殺さなくては。

 ――己が殺される前に。


 排除しなくては。

 ――あの方のお怒りが、こちらに向く前に。


 一人一人と落とされる中で、やっと騎士達は一人の男を囲み串刺しにした。「がッ」意図せぬ音が男から漏れる。――これで死ね!早く死ね!死ね、死んでしまえ!もう終わりにしよう、終わらせてくれ!……いくつかの騎士が更に深く刺した。嗚呼、そのことに集中していたから――意識をそのことに奪われていたから……。


 彼らは全て、地に堕ちるのだ。


 事切れる男を見て微かな勝利に浸る騎士達に近づく一人の女の影。


 男が段々と死んでいくなら、女は段々と生き返っていく。


 一つを二つに分けたのだから、逆はもうわかるだろう。


 一つ、真実に、地を揺らす咆哮が起きた。

 女から男へ渡ったものが、男から女へと返される。そこに付け加えられた、個人の感情も共に。


 騎士達が各々に見上げた災害そのものの存在に、一人に騎士が呟いた。


「……竜」


 完全なる竜の降臨に、誰が正気を見出せよう?

 それが例え、円卓の騎士であろうとも、感情に囚われた竜を抑え込むことは出来ない。何故ならば彼らは、竜の逆鱗に触れたのだから。



 





 泣くな、泣くな泉。

 泣いてる顔は、もう見たくないんだ。泣いている声も、聞きたくはない。

 笑ってくれ。最後なんだから、最期――……。


 実花……泉……俺は、これで、



 良いんだよ。



第7章、終了しました。一先ず一区切りです。最初からここまで読んで下さった方……お疲れさまです、大変ありがとうございます。折り返し地点に着きましたが、物語はまだ続きます。この先も御付き合いくださいませ。

もし偶然このページだけ御覧になられたら……うーん……気にせず興味を引かれましたら初めからどうぞ!なにせ数年前なので文が拙いですが……えへ!

さあ、竜は完全になりましたね。

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