絆す心
私がベッドルームの外に出ると、フライアさんと彼が此方を向いた。私は少し照れくさくて、頭に手をやり僅かに笑ってみせた。フライアさんは、よくお似合いですと褒めてくれた。彼も、やっぱりよくお似合いになりますと言ってくれた。やっぱり照れくさくて、……照れくさくて。私は小さく、お礼を言うしかなかった。
応接間へ移った後、どうやら食事を取るようだった。この時に自覚したが、私のお腹は空腹だったらしい。夢でもお腹が空いた自分に少し恥じ入る。
「……美味しそう」
凄く、いい匂いが漂う。こじんまりとした長方形型の机を二側面から挟むように置かれた長いソファに、私と彼は対峙する形で座っていた。彼は相変わらず紅茶しか飲まず、料理は私のみに運ばれてくる。彼は紅茶を飲みながら本を読んでいた。 カチャカチャという食器音と、頁をめくる乾燥音のみが静かに反響していた。
異常に静かな空間は、やめてよ!
私はさっきからそればっかりを心の中で叫んでいた。皆忘れてはないだろうか?私は女子高校生である、騒ぐのが大好きな(多分)女子高校生である。教室が煩い!と怒鳴り静かになってしまったら最後、先生の怒りが静まるまでの静寂をそわそわとしながら待つしか出来ない本当に駄目な女子高校生なんです!
……よし、会話がないなら生み出せばいいじゃない。泉トワネット。
私は彼を見据えて、言葉を放った!
「――す…スワード……様は、食べないんですか!?」
何でそうなんだよ。……いいよもう、殺して……。私は泣いた。しかも許可なく名前で呼んじゃったよ……様つけたけどさぁ…。
「いえ、僕は必要ありませんので」
「そ、そうですか……」
私は曖昧に笑い、料理に手を付けようと思った。食べて忘れてしまえ。頂きます。
「それと、僕の事はスワード、とお呼びください」
「あっ、はい。スワード様」
ごくりと飲み下し、上記を口にした。それに彼はにこやかに笑ったので、私も笑い返し再び食事を開始する。すると彼は、いいえ、そうではなく…と言うので目線だけ上に動かし彼を見た。
「スワード、です」
「え?…はい、スワード様?」
「…復唱してください」
「……はい」
「スワード」
「スワード」
「呼んで」
「スワード様」
「ぶふうっ」
「……フライア」
もしかして。……呼び捨てにしろってこと?いやいやいやいや、ただでさえ年上で高貴っぽい人なのにそれはない!……ん?
「――お父さん?」
ポーン、と鹿威しを打った様にその場が静まり返った。フライアさんは肩を跳ね上がらせ、彼は目を閉じ深刻そうに眉間を抑えていた。
パパと呼ばなかったことだけ、褒めて欲しいんだけどな。
私の頬は紅潮してただろう。
「ごちそうさまでした。これはフライアさんが作ったんですか?とっても美味しかったです!」
片付けの為に近寄ってきたフライアさんに尋ねると彼女はいいえ、と首を小さく振った。
「此処の料理長で御座います」
「りょ、料理長……」
「はい。先程の言葉、その者に伝えておきます。きっと喜びますでしょう」
「だと良いんですけど……あっ、手伝います」
「いえ、どうぞ御寛ぎ下さいませお嬢様。食後の御飲物をお持ちしましょう。……嗚呼、何かご希望はございますか?」
「ええと……冷たい、お茶が欲しいです」
「畏まりました」
その場を退いたフライアさんを見届けてから、私はスワードを見た。相変わらず彼は、紅茶を手元に本に没頭している。
「……す、スワード…」
「…はい、泉」
スワードは本を閉じ、私の言葉を待つ。
先程のアレから、スワードは私に何度も呼び捨てをしろと提案してきた。でも、私には其れをすることが出来なかった。だから何度も、さん付けとか、君付け、とか終いには殿まで言ってやった。
――――結果的に、折れたのは私なんだけど。
「此処の料理長は、日本人の好みをすっごく解ってるんですね。驚きました、その…とっても美味しかったから」
「光栄です」
「日本料理の勉強でもしてたんでしょうか」
「さあ……其れは僕の知るところではありませんが彼なら何でも作れると思います」
「え」
「でなければ、料理何て奇妙な事しないでしょうし」
私は首を傾げた。スワードも同じように首を傾げる。「す、スワード!」と注意すれば、スワードはくすくすと笑った。
こんこんこんこん、と四回ノックが鳴った。長、と思ったが直ぐにフライアさんが来たのだとわかった。私は佇まいを正すと、フライアさんがお茶を出すのを静かに待った。スワードは本を読んでいない。
「其れを飲んだら、もうお休みください」
「わかりました」
「部屋の準備は」
「既に」
出来るだけ早めにお茶を飲み干して、私は立ち上がった。其れに先行する形でフライアさんに誘導される。部屋を出る直前、私はスワードを振り返った。
「おやすみなさい……スワード」
「はい、良い夢を。泉」
「スワード様とこんなに早く打ち解けられて安心致しました」
私の部屋に戻る途中、フライアさんはそう零した。
「あれは打ち解けたっていうか……。でも私的には、フライアさんの方が打ち解け率は上です!」
「まあ、それは嬉しいことですね」
「スワードったら、私がやっと名前で呼んだら私の事も名前で呼んだんですよ」
「あら」
「スワードは私をはじめから呼び捨てで呼んでいいし、敬語だって使わなくていいのに。…そうは思いませんか?」
「お嬢様はそう思われるのですね」
「勿論です」
「何故?」
「何故って……。スワードは私の命の恩人だし、私に良い待遇を与えてくれました。命を助けた情けで此処に置いてくれるなら下女でもよかったんですよ!それに、スワードって結構いい地位の人ですよね?そんな人がこんなどこの馬の骨とも知らない女に礼儀正しくて、親切で優しくて――私をよーく知ってる奴でさえ、あんな風に私を扱わないのに」
フライアさんは頷きながら聞いてくれる。
「だから、対等に扱う必要はなんかないんです、スワードには」
「スワード様は元々ああいうお方なのですよ」
フライアさんを横目で見た。
「女中の私でさえあのように御話なさいます。…それに、スワード様はお嬢様の様な人を決して下女になんてしたことは御座いません」
私の部屋のドアが開かれる。
「お嬢様の御父上は素晴らしいお方で御座います。さあ、お休みなさいませ。明日は明日でお嬢様には知っていただくことがまるで山の様」
「……なんですかそれは」
「明日のお楽しみ、です」
「わーい、楽しみー」
「ふふ。――それでは、良い夢を」
「はい、おやすみなさい」
ドアは閉じられた。
私は其のまま寝室へと向かい、一つ伸びをしてベッドに横なった。
「――だそうです、スワード様」
"…元気そうで、安心しましたよ"
「スワード様と、料理長の合わせ技ですからね」
"有難う御座います。それにしても…嬉しかったな"
「名前で呼ばれた事がでしょうか?……珍しいことで御座いますね、スワード様が名前で呼ぶことをお許しに成るなんて」
"僕だって、偶には女性に呼び捨てされたいんですよ"
「リアラ様に頼めば宜しいのに」
"無理です。彼女は仕事一筋ですから"
「だから、お嬢様だけは…とあんなに熱心になさっていたのですね」
"はい。それと、彼女は僕の娘なんですから……お父さん、…は嫌だったのでせめて名前で、と"
「そういうことにしておきます」
"フライア…"
「お話は変わりますが、用意は出来ております」
"あ、すみません伝えるのを忘れていました。もう、儀式の用意は必要ありません"
「何故でしょうか?」
"そんなことをするよりも、大切なことがありますからね"
「成程、……それでは、スワード様もお休みなさいませ」
"フライアもね、早くお眠りなさい"
二人の笑い声は、何処にも響く事は無かった。
「全てに裏切られた君は誰かの替えの9人目~」って歌詞がテスト中もエンドレスリピートです。
助けてください




