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かんなぎ達の示す道

「――如何なされた!?……!?泉、さま!?」


「んー、困りましたぁ。あ、巫女よ、陛下が先程から苦しそうなのですが、何故に何故にこのような?わたくしから見たところによりますと、陛下の御身は苦痛から放たれた――人形ひとがたですのにぃ」


「巫よ!急ぎ香炉を持って参れ!穢れが――泉さまの中の穢れが、濃い!」


「ええそうでしょうとも。その証拠にわたくし達二人が目覚めているのですから」


「……やはり、そなた達であったか。感じていたぞ、主の聖堂の異変を……!――よりにもよって、何故なにゆえ、このような……そなた達が目覚めてしまうと、主の負担は図り知れぬ……‼人の身であるのだぞ、そなた達はそれさえ慮ることを捨てているのか!」


「なぁにを可笑しなことを言っているのですかぁああぁー?」


「その剣で貫くはそなた達自身であるぞッ!」


「……よく見てくださいな、陛下のこの、お姿を」


「――――姉さん持ってき……え、エリーシア様ッ!?!?そんな、身体が、え、でも聖堂にはまだお体が、ね、姉さんこれ、どういう」


「人形ですぅ」


「……え……」


「でーすーかーらーぁ、陛下の御身体は今や陶器――あらゆる苦痛から解放されたはずの人形なんですよぉーってわたくし初めから言ってますのですけれどねぇ……」


 ――くるし、い。痛い、息が、しづらい……。……逃げたい、逃がして、お願い、わたしを、逃がして!


「……巫、疾く襖を閉めよ。――泉さまをこちらへ」


 じわじわと迫りくる黒い恐怖は、その形を持って私の足元から喉元を狙っているように思えた。その恐怖は形をさまざまに変えて、私に訴えかけている。怖いのは私なのに。辛いのは私なのに。痛いのは私なのに。


「……そういうことか。巫、香を」


「はい、巫女様」


 身を捩り退けようとした。――こんな所で、押しつぶされるわけにはいかないの。こんな所で、止まるわけにはいかないの。

 けれど黒く重く確かに私に棲み付いたソレは、私の心をわしづかみにして恐怖を表に出そうとしていた。嫌だろう、怖いだろう、――わたしたちだって、ぼくたちだって、そうだったんだ!


「"太陽が地平線に堕ちしは、煉獄の夜明けとなりうるか。答えは否、二度繰り返しその答えは否。月が天に昇りし折、大神の怒りは禍事なりし悉くの四方を覆い尽くさんとす。今よりその黒に平安を成せ"」


 声は聞こえていた。けれど、目を開けているのか閉じているのかわからなくて。霞のかかった頭と視界が、私の四肢の力を奪い続けている。まるで、ここで終われと言うように。――嗚呼、私がここで終わりたいの?


「"其は消すに能わず。されども其が在るは禍なり。唯々鎮め給え、慣らし給え――――とかしこみかしこみ申す"」


 ――そんなわけあるか。私が、ここで終わりたいだと?私が、ここで、止まりたいだと?ふざけるな、誰を、何を、一体、何度、どれだけ、この道の後ろに置いてきたと思ってる?巻き込んだと思ってる?その全てから目を背けて、私はどうして助かることが出来るのだ。


「……臨、兵、闘、者、開……」


 そういう道は、既に諦めたというのに。


「陣、列、在、前……っ!――はっ、はあっ!」


「"重ねて"―――泉さま!泉さまっ!おわかりになられますか!泉さま!」


 みえ、みえ――見えた。私の視界いっぱいに広がる黒い髪の中に頬を赤くした女の人の顔が見えた。その顔はとても安心しきっていて、けれど何処か緊張しているそんな顔を私に向けていた。嗚呼、あぁ……巫女さんだ。ということは――。


「――――巫女さん!私、エリーシアに、此処に、此処に急げって!」


 勢いよく起き上がって私の手をとって、くるりと私は巫女さんの正面に座らされた。小さな身体はあらよあらよと操られていく。その横に立っていた――レヴィが、にこりと口角を上げた。


「あれ……巫……くんも、もう舞はいいの……?」


「舞……ですか?それよりもその姿はぁっ!」


 強烈な巫女さんの一撃が巫くんの頭に直撃し、彼は地面にめり込んだ。私はその様子にふと笑って詰まる息を吐き出そうと前かがみになる。そんな私の背を撫でた巫女さんに、私は手で制止を促した。


「大丈夫……なんです。私、生身の人間じゃないので……。それよりも、さっきエリーシアが巫女さんの身体を借りて私に此処に行けって言いましたよね!?」


 巫女さんと巫さんは目を合わせ、頷いた。座りなおした二人は一間を置いて口を開いた。


「泉様。僕たちは、ずっとここで……機会を伺っておりました。泉様を地球へと不本意ながらお送りした後、もう一度道を繋げる為に……ずっと……ここにおりました」


「……え?」


「我等は聖堂を守る門故に、許可なく紅影殿の領域から出ること叶いませぬ。泉様――、先刻門が開き道が繋がったのを確かに確認致しました。その折、泉様が此方へ渡られたのをはっきりと感じ得ました。そして、此方の地の上に立っているはずの泉様を確かに今、確認致しました」


 ……ずっと、此処に居た?

 私は無意識にレヴィへと目配せをした。気づいたレヴィは口角をあげることしかしない。


「私は――ずっと、王城にいました。エリスと――鏡子ちゃん達と別れた後、私は何でか魂だけになってたらしく……運よくリベカという愚者に助けられ――あっ、リベカはご存知ですよね!?」


 二人は力強く頷いた。ほっとした。それなら、やはり――。


「エリーシア様の崩御より城を離れられた魔女の名であらせられますね。今はもう、リベカ殿の姿を確認した者は一人としておりませぬ」


「そんなはず、ないです!だって私はリベカと、そう――そう!ユースティティア!三柱に並ぶくらい偉い人だと!ユースティティアさんは、」


「正義を司る女神――ユースティティア殿はエリーシア様の崩御の後、お隠れになったんです。ここ数百年、彼女の権能が振るわれた形跡がありません」


 そう、首を振りながら巫くんは答えた。

 私は額を抑えて、記憶を呼び起こす。何を……何を――。ああ、そうだった。私が居た城には、まだ……エリーシアが君臨していたんだった……。


「私――エリーシアと直接は会えませんでしたけど……新しいヒトとして、挨拶を、したんです。傍に今とは全く違うシリウスがいました。私、……私は……――」


 息を大きく吐いた。首を振って、そして勢いよく息を吸った。


「どうして、過去から来た私達は過去の紅影殿に来ていないかわかりますか」


 二人は頷いた。


「お応え致します。紅影殿は、天界にこそ接続しておりますが天界に存在しているわけではありませぬ。此処は、紅影殿とエリーシア様の聖堂だけの空間故に、それだけで保たれている別の世界。現在、過去、未来、全ての時間軸に於いて紅影殿は一つしか存在致しませぬ。此の流れは不変の流れ。既に通った軌跡に接続することは叶いませぬ。此処に在る時間は今だけで、過去も未来も、存在しませぬ」


 眉を顰めて言葉を転がした。……過去が、未来が、存在しない別の世界?

 息を呑んで、頷いた。そういうこととして飲み込んだ。過去も未来も、この空間に存在しないなら、私はすべきことをするとしよう。過去に戻る必要は、ない。……お世話になった人たちには悪いが、私は元々恩返しをするために生きているわけではないのだ。

 前に進ませてもらおう。招かれざる客は、少しの土産をくすねて出て行くわ。


「今の天界の様子を、教えてください」


「――畏まりまして」


 二人は声をそろえ、手をそろえ、頭を下げてそう言った。私は震えながら深く息を吸いこんだことを悟られない様、表情を硬くして見据えた。

 巫くんが衣を一瞬の圧で正し、厳しい表情で目を閉じた。反対に巫女さんは開いた目を僅かに伏せ、表情を消した。


「……数刻前、突然道が繋がりました。強引に開かれた道は、二人の愚者と一人を天界に招き入れ、その三人は王都へ落ちて行きました。只今王都は戦火に包まれております。風の民が現王旗をくべて、前王旗を掲げ攻め入ったのです。その軍勢を率いているのが、愚者である佐倉湊でございます」


「……湊……?」

 

 王都に落ちたのは、恐らくエリスと鏡子ちゃんとアスティンさんだ。しかし――、わからない。トルーカの民が反旗を翻し、王都に攻め入っている?それをどうして、湊が先導しているの……?


「王城は今や戦場と化しております。殺し、殺され――」


「実花は……実花はどうなっていますか」


 ゆるやかに巫女さんは首を振った。


「安否は未だ不明。されど、王都は死を招く」


 私は立ちあがった。その音に巫女と巫も反応し、半立ちになる。


「お待ちください!その穢れで、あの中に入るのは危険ですよ!それに王都は騎士の支配下だ!あいつらに――あいつらにまた!」


「いいえ行きます。私は実花を助け、湊と共に地球へ還るために帰って来たんです。教えてくれてありがとうございました。巫くんも――心配してくれて、ありがとうね」


「ぐ――姉さん!」


 巫くんは助けを乞うように巫女さんを見上げた。巫女さんは静かな動作で立ち上がり、幼い私を見降ろさないよう、再び膝を付く。


「お行きになられるか」


「はい――巫女さん、いいえ卑弥呼さん?」


「……なんなりと」


 私は少し息を吸って、吐いた。巫女さんの顔を少しの間じぃ、と見て、


「……少し前に、あなたと、巫くん……彼と話をしました。巫くん――いや、難升米なしめくん」


「泉様……もしかして、記憶が――」


 精一杯笑ってみせた。


「罪は、裁かれたから救われます。あなたの罪はもう、無いよ。だから――そうやって、笑ってくれてありがとう。もう、あんな風に自分を責めないでね」


 巫くんは一瞬きょとんとして、その後目を開いて顔をくしゃって歪めた。自分よりも大きな背を丸めて。


「……――王都への、道を作ります!」


 そして彼は顔を上げた。頷いた巫女さんは私の手を一度強く握り、巫くんへと手渡した。


「道を作るのはいいんですけれどぉ、んー?んんー……?グリームニルの、拒絶を感じますねぇ……。腹が立つ……」


「レヴィ――?」


「僕が巫ということを忘れたな大罪!いいや、僕たちが日の巫女であることを忘れたな!グリームニルの魔術がどうした――そこに陽の御座があるのなら、道はぼくが開く!」


 取られた手を視線上にあげられ、私達は走り出した!

 広く、そして薄暗い屋敷の道に次々と灯りがついていく。こっちだよ、こっちだよ……と進むべき方向に火は灯る。懐かしい風景を――記録を、眺めているようだった。手を引かれながら見る屋敷の風景はやはり、……知っている。


 平安京にある貴族の屋敷のように広大で、神社の様な荘厳さを持つ紅影殿に火が灯っていく。星が流れたあとのように、ただただ私達の軌跡を残していく。


「門を出ると見える道は無くなります。僕は門から外に出られない――ですが、玉座は泉様を呼んでいる!あの空にある、光が、見えますか!あれを――あれに向かって走り続けてください!あれが、印――大罪!必ず、必ずお連れしろ――――」


 走っていた大きな橋の輪郭が崩れていく。手を握り締めていた温度が崩れていく。前に見えていた揺れる髪がぼやけていく――薄暗い朝から、夜に傾く夕へ、景色は移り変わる。その中にも失われず光るモノをひたすらに追いかけた。


「……必ず、お連れしますとも。わたくしが、わたくしがね」


「レヴィ!レヴィ!――いる!?」


「ええ、――ええ、ここに!お傍にいるのはこのわたくしです!」

 

 ――――白い様で赤く、赤い様で黒い霧が立ち込める。ただそこに互いの存在だけを感じ、前に進む。一筋の光。それだけが道標。息切れを忘れたこの身体は、終わりなく地を蹴り続けられる。


 進め。

 その光が手招くところへ。


 進め。

 友のいるところへ。


 進め。

 私の――真実へと。


 辿るべき道を照らされて、敢えて暗闇へ行く事も考えた。たとえそれが許されていたとしても、この髪を引く手の暖かさを私は突き放せなかった。

 彼女たちと引き換えてまで得られる日常などない。私にとって、彼女たちこそが――実花と湊と共に居る今日が、明日が、昨日が、平穏であるのだ。奮い立て、私の身体。痛みなど思い出すな、苦しみなど思い出すな。その全ては、今の私には不要だ。その全ては、この身体から排斥されたものだ。


「うふ、つきましたねぇ――あら、あらあら、何て酷い有様」


「――ここが、王城……!?」



 私は諦めを知っている。しかし、それに隷属した覚えはない。


ついに泉も王城へ辿りつきました。やっとそろうわ……。

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