其は大罪が一つ、嫉妬 ※挿絵
挿絵を追加しておりますよ!!!!エイプリルを避けた甲斐があったぜ……4/2
駆け出した私は、一目散に地下を目指した。何度もすれ違うメイドさんや騎士さんは、不思議そうな顔をすれど私に声はかけない。――それは、今にしてはあまりにも好都合すぎた。
「どっちだろう……」
そんな場面なんて、この広い城の中いくらでもある。しかし、そうやって頭の中で問いかければ自然と足は正解を導き出した。だって、この階段こそが地下へとつながる扉だ。
「……風。間違いないよね、ここだ」
身に纏うローブを揺らすのは風だろう。感じないけれど、見えればそれは感じたも同じ。
一度息を吸う真似事したから、吐く真似事もした。心臓を失ったけれど、心はどきどきしている。目を閉じた闇の中に、足音が聞こえた。その音が私の背中を押す様に私は地下へと吸い込まれていった。
暗い空間だ。心細い灯りだ。それは微かに赤い光で私の足元を照らしている。奥へと続く灯りは見えるけれど、奥にあるものは見えない。まるで終わりのない螺旋階段を降りているかのように闇が私の感覚を麻痺させていった。
いつまで降り続ければいいの?――そもそも、こんなに長く階段を昇った記憶はない!
ぎゅ、と手を握り締めた。同じように目を凝らして先を見た。降りても降りても先は変わらない。そして上を顧みれば――そこに、入り口は無かった。
背筋に冷たい汗が流れたような悪寒がした。いや、それは気の所為なのだとわかっているのに私という人間の感覚を忘れられない異物は、それを思い出させるのだろう。気づいた瞬間に、馬鹿みたいに身を襲う恐怖は、私の顔に笑みを引き起こす。
「……今更、なにを……。恐怖なんて、忘れたかと、思ってた」
馬鹿だなあ、と私を嗤った。そして、私の頬を叩いた――私だ。
私は、紅影殿に行くんだ。私は、あの世界に戻るんだ。私は、実花を助けるんだ。私は――
「湊と実花と一緒に、地球に戻るんだ!こんなのッ、この程度で私を止められると思わないでよ!私はね、私はね――」
諦めることを知っている。その心地よさを知っている。だからこそ、この心だけは何としても守り通したかった。ただそれだけを叶える為に他の全てを諦めようとしていた。
駆けた。階段を駆け下りていく。ただ先を目指して。ただ、終を目指して。
「エリーシアの器なんだから!ただの人間じゃないんだから――悪魔にだって、魂くらい売ってやってもお釣りがくるくらいなんだから!さあ、私に先を示してみてよ――レヴィ!」
――――――視界が、霞んだ。
私の視界は平行を失った。罠か、あるいは騙された?つんのめる前に体勢を立て直せば、あげた顔のその視界に階段は失われた。代わりに目の前に現れたのは、
「……剣」
と、それを挟む様に置かれた椅子の上に意識なく座らされている男女が居た。
生唾を呑んだ。まるで死体のように生気を感じない男と女。うなだれた顔と脱力した四肢はまるで人形の様に椅子に預けられている。
「"――王よ、闇の淵にお出でかしら"」
声がした。反響して、残響した。
私は、目を閉じた。
「"孕み堕とすは――嫉妬の情。一つ、炎が灯れば全てを焼き尽くすまで其れは止まらない。――選択を、なさいませ。左に座るは嫉妬の権化、右に座るは忍耐の権化。嫉妬を心で殺しますか?心を嫉妬で覆い尽くしますか?――さあ、選択をなさいませ"」
目を開けた。剣が、何にも染まっていない白い剣が目の前で自己を主張するように光っている。選択をしろ、とヘレルの声がしている。おそらく、この剣を使う。これをどう使えと――。
「……まさか、どちらかを」
殺すの?
――――これは、悪魔との契約だ。私は頭に響く自制の鐘に苦痛をもたらされていた。駄目だ、駄目だ、と鐘がなる。けれどこの鐘の音は、私が人である故に持つもので、人の世界で清く生きていくための機能で、つまりは――今の私には、その音を鳴らす資格さえ、ないもので。なら、そう、この痛みさえも私が再現させているもの。
「"――――さあ、選択を、なさいませ"」
剣を走り取った。刹那、剣は柄から黒い瘴気につつまれ、――白金が漆黒に染まる。ああ、嫌だ。心の奥で私がそう叫んでいる。ああ、仕方がない。――私は笑った。
腕を引いた。確実に仕留める。的は動かない。なら、絶対に外しはしない。
踏み込んだつま先と、狙いを定めた左手。力強く引いた右腕が、その剣を喉元を突き刺すその一瞬前。右に座る男が、ぴくりと動いて、顔を持ち上げた。
「―――――っ!」
私は、怯んだ。けれど、突き出した腕を引き戻すことはもう出来ない。
「――母たる主よ」
「……あら、今日は随分と畏まるのね?ウリア」
常に憂いを帯びた顔、些細なことですぐに震える指先。けれど、その男の泣き顔を見たことは無い。なのに、今日はいつもと違うみたい。今日は、なんだか――もう泣いてしまう、そんな顔をしている。
「どうしたの……?」
「花を、差し上げたくって……母によく似合う、赤い花を……」
「ああ、ああ……っ!」
持ち上げた首筋は、とても見えやすくて。喉元まで、剣は迷いに引きずられず貫いた。私を一瞬だけ映した瞳に、光はすでに無く、その身体はすでに力ない。
私は始めて刺し殺した人の感覚に、怖気ついていた。
鐘が鳴る。お前は超えてはいけない線を越えたのだと。
声が笑う。お前は、悪魔との契約書にサインをしたのだと。
崩れるだろう。何が崩れるの。像だ。――像?そう、像が崩れる。七つの美徳が失われる。お前のせいだ。また世界を保つ杭が抜かれた。お前のせいだ。お前の、お前の、私の、私の所為だ。
右の像が一つ崩れたら、対の像の瞳に光が灯る。なんだ、その像は何だ。――大罪だ。お前が生み堕とした、この世界の大罪だ。一対の竜は、片割れが死ねば狂うだろう。秤に乗ったその二人は、片割れの眠りで目覚める。
「"おはよう――――嫉妬。王が貴女を呼んでいるわ"」
声を抑えて叫んだ。叫ばないと、気が狂う。けれど私の口を押える手で、私は、この人を――殺したの!誰だかわからない、誰だか知らない!それなのに、それなのに!!何故こんなに苦しいの!なぜこんなに胸が痛いの!――痛みなど、この身体には無いはずなのに!
黒い剣が赤い血を滴らせて、男の白い服を染めていく。この男は、――ウリアは、優しく笑って、私に赤い花を差し出した。私によく似合う花だと、よく似合う色だと。彼の手に抱かれた花束は、一つの色の時もあれば、さまざな色の時もある。どんな季節、どんな色取りであろうとその白に抱かれた色合いはどれも美しかった。
美しかった――――…………。
「アァ、可哀想。可哀想、わたくしのあなた。あなたのわたくし、ねぇ、お久しゅうございます――――」
冷たい手が、私の視界を塞いでいく。冷たい風に掬われた声帯が、一度息を吸った。
ぐじゅり、と肉を抉る音がする。「ああああ、」嫌だ。やめて、それ以上、もう、その子を痛めつけないで!
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、」
手元に液状の何かが広がってきている。床に滑らせて持ち上げるとそれは、糸を引いた。――指と、指の隙間から見えた光景に、腰が抜けた。そして、口から、乾いた声が出た。
「あ、ははは」
ずるりと抜かれた、半身を赤く染めた黒い剣。太刀にも似た刀身が、妖しく光っている。黒い服に、黒い剣を手にした女が、剣を高く掲げた。そして――勢いよく振りかぶった時、吐き気を通り越す程の瘴気の渦が打つかって――消えた。
「はは、――――ははは」
私が崩れ落ちていたのは階段の終。目の前には、薄紅に光る魔法陣と――壁を背を預けて動こうとしないあの兵士二人。
「――――陛下」
いつのまにか目の前に血染めの剣を持った黒い女が立っていた。フードを深く被っていても、吊り上った口角が見えている。
「嫉妬の――レヴィ、確かに呼びかけにお応えいたしました」
軽やかに語尾があがる。彼女は――喜んでいた。
「あれ、行かないんですかぁ?」
きょとん、と首を傾げる。私は陛下、と呼びかけられ顔を下げていたけれど、再び顔をあげた。――何度も何度も覚悟を決めたはずだ。器なら、器らしく振る舞うとしよう。
濡れた手を無意識に拭って、薄い灯りの中掌を顧みた。血は見えなかった。
「レヴィ」
「はい!」
震える足で立ち上がった。よろけながら前に進んだ。
「私に――わたしの前に立ち塞がるモノ全て、切り伏せれるね」
「……はぁい!他の姉弟達に変わられるのはとっても嫌ぁなので――――そういたします」
私は――初めて、人を斬った。斬った?いいえ、殺した。その事実に……――。
「……初めて……?」
地に胸ぐらを掴まれている気分だ。そんな私の手を軽快に取って、一気に魔法陣に引き連れる彼女の手が見える。そのまま、彼女の手に倒れ込んだ。酷く、胸が痛かった。酷く、頭が痛かった。酷く、呼吸がしずらかった。
その全てを必要としないはずの私は、無様にもその中で苦痛に身を捩っていた。手に残る数多の感覚を握り締めて。
わあ、サブタイトルかっけー!春休みに入って筆が久々にのりました!嬉しい!この章も終わりに近づいております、どんどん場面回していくぞ~!(希望観測)




