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日の巫女/巫 Ⅰ

 外に出てみると、何やら城中が騒がしい。メイドさんや騎士がいったりきたりを繰り返す。ちらりと私を見たメイドの表情を見て、私は慌ててフードを被った。……視界良好、真っ暗だけど。


「何だろう。リベカは……いないか」


 騒がしさに隠れて私はリベカを探した。そんなに間をあけて出てないはず……なのに既にリベカは雲隠れ。探すのも――いいか。常に傍にいなければ落ち着かない、そんなことは別にないのだし。


 そういえば今日は一度もユースティティアさんとスワードに会っていない。どこにいるのだろう。いつも朝に彼女は私の顔を見に来るはずなのに……忙しいのかな?今日何かあったっけ……?うーん、聞いてないよ?


「御機嫌よう、新しき人。――朝食はおすみに成られましたか?」


「はっ!?はい!すみません!」


 急に声を掛けられて吃驚してしまった。

 リアラとは違うメイド服を身に纏った彼女は、私の反応に眉一つ動かさず頭を少し下げた。す、すみません……!と急いで扉の前から退散する私に、再び一礼する。このメイドさんが手に持つお盆から、朝食のお皿を下げに来たのだと推測。良いタイミング、彼女は有能だ!


 そしてメイドさんは部屋の中に消えた。ううん、部屋の前で佇むのも可笑しな感じだし少し……この騒ぎの調査でもしてみようかな。

 明るいし、人いっぱい居るし――エリーシアの部屋の付近にさえ近寄らなければきっと大丈夫だ。



「巫女様とかんなぎ様がいらっいゃるのよね?――嗚呼、楽しみだわ!まさか起きている間にお顔を拝めるだなんて!」


「こんなに幸運な事ってある?無いわよ無いわよ!私なんて、つい最近目覚めたばかりなのに!幸先良いわ!」


 巫女様と巫様……?――それって、あの人たちのことだよね。


「はぁー、私ね、巫様の舞が大好きなの。あれって東の果ての小さな島国に伝わる私達への捧げ物なんですって!知っていて?」


「――ええ!?そうなの!?ということは、巫様は私達の為に踊って下さるの?」


「違うわよ。舞って、くださるのよ!」


 な、何だかアイドルをおっかける少女の様な会話しかしないな……この人達。お陰で情報がふわふわしすぎている。

 別に人の所に行こうかな……。


「――だるいなぁ。騎士だから力仕事って、愚直じゃないか」


「文句を言いながらでも腕は動かしてくれ。宴は今晩なんだ」


 随分とラフな格好の騎士様を発見。ふふふ、等身が低すぎる私は探偵に向いている。


「お前は真面目すぎるんだよなー、もっとさぁ、折角の宮廷騎士なんだからさぁ、こう……スマートにいこうぜ?」


「お前は馬鹿か!陛下の御前なんだから、きりっとしてる方がかっこいいだろ?」


 う、うーん……こちらも、なんだかなぁ……。


「ははは!言えるな!……にしてもこの荷物、一体全体何だ?」


 快活に笑う騎士は腕を伸ばしながら、傍に置いた荷物を覗き見ていた。私も気になるけれど、むむむ、無理。見えない。


「ああ、これは巫女様と巫様が儀式を行われる際にお使いになられるもの……らしいぞ」


「へー。……あー、なんか覚えているような覚えていないような。前見たの何時だったっけなぁ」


「全く持って同じく。目覚めの時期が重要だよな、こういうお祭りごとは」


「あ~……でも幸せだなぁ。巫女様の舞が拝見できるとは!くぅ、生きててよかったぁ!」


「お前みたいに馬鹿に生きられるそれ、羨ましいよ……」


 私もそう思うよ……。

ふむふむ、けれど大体わかったよ。とりあえずは巫女さんと巫くんが今日城に来るらしい。それのおもてなしとかでみんなばたばたしているのか。――昨日までそんな気配全くなかったんだけど……もしかして、お城のスケジュール管理って、


「結構ルーズ……?」


「ははは。案外当たっているな、それ」


「ひぃいいい!?ユースティティアさん!?……と、リアラ、さん?」


 後ろから乾いた笑い声が聞こえたと思って振り返れば、ユースティティアさんとリアラさんが立っていた。ユースティティアさんは「良い朝だね」と言って片手をあげた。リアラさんは眉間に皺をよせ、ぎろりと視線を私の上方奥へ向けた。


「――申し訳ございません!直ちに準備に戻ります!」


「――すみませんでしたっ!おい、いくぞ!」


 リアラさんの睨み付けるは効いたようだ!

 実際、リアラさんは声を発していないにも関わらず一休憩決めていた騎士たちはとっとこーと捌けてしまった。素晴らしきかな、尚且つ恐ろしきかな、リアラさん……。


「……本来はここまで弛んでなどいないのです。――便利になるのも考え物だわ」


「半日とちょっとあれば間に合うから――とか言ってるのが、指揮者ってのも一因だろうな……。せめて彼が眠らなければリアラの眉間の皺も少しはマシだったのかもしれないのに」


「眠ってしまった者を叩き起こす趣味は無い」


 ふい、とリアラさんが顔を背け、その姿をユースティティアさんが少し困った様に笑った。こんな顔もするのか……と私は少し呆気に取られる。その様を隠されたローブの内側で私は見ていた。


「……あ、あの。今日って何かあるんですか?」


「ああ、そうだよ。リベカから何か聞いてはいない?」


「いいえ?……全く」


「ううん……」


 二人は顔を見合わせて目尻を下げた。やれやれ、と言ったように眉間に指を当てたユースティティアさんは、リアラさんと共に頷いた。

 私はそれに首を傾げて、差し出された手を掴んだ。





「今日はね、月蝕の日なんだ」


「月蝕?……月が黒くなるという、あれですか?」


「ああ、そうだね。だから、月を元通りにするために巫女と巫が来てくれる。――まあ、一種のお祭りというべきだろうか?」


「ええ、そうね。陛下へと奉納する舞をお見せいただけます。……貴女も、是非楽しんでください。東の果ての舞は陛下の御気に入りですもの、きっと気に入りますよ」


 手を引かれ、私は小走りのメイドさんや騎士と逆方向に進んでいる。私の手を握るユースティティアさんとリアラさんはお互い談笑しながら三人一列に並んでいた。迷惑になってない?大丈夫?


「陛下もいらっしゃいますか?」


 何気なくを装って尋ねたはずなのに、リアラさんは焦った様に私を振り返った。私はフードの中で、その様子を観察している。


「……――ええ。いらっしゃいますが、どうされたのですか」


「アレウスさんに……言われたんです。私みたいな生まれたばかりのヒトは、必ず陛下に会えるって。それを言われると不安に……なるといいますか、」


 ごめんなさいアレウスさん!


「わ、私って陛下に歓迎されてないんじゃないかなー……って。それなら、このお城にいちゃ迷惑だし」


 握られている方の手を小さく握りしめた。ぬかりないはずだ。ユースティティアさんに私が装った不安を感じてもらえれば万々歳だ。少し俯き具合に話せばそのような体裁を取れるはずだ。


「アレウス――……」


 ごめんなさいアレウスさん!今度紅茶でも淹れてあげるね……勿論ここの貴方に。

 あちらの貴方は、嫌いだ。


「大丈夫だ、泉」


 静かに聞いていたユースティティアさんがついに膝を付いた。それでもまだ背が高い彼女が私を見下ろす。紫色の瞳。その瞳に、沢山の星を散りばめて、慈雨の様にそれらは降り注ぐ。


「君は歓迎されている。聞こえないか?地は君の来訪を喜んでいる。空は君の来訪に雨を降らすことを忘れた。風は――……少し、心配をしているようだけれど」


 ユースティティアさんがリアラさんを仰ぎ見た。それに顔を逸らすリアラさん。何のことだ……?今二人の間に何のメッセージが流れたと言うのだ……!?


「だからそんなに杞憂に苛まれることはない。……ね?」


「でも、陛下は……」


「すまない。陛下は諸事情で表に出られないのだ。これは君の所為ではないから、気に病まないで欲しい。いつか、その時が来たら――」


 そこで、声は止まった。私は髪を揺らす。

 不吉な音の止まり方。私は言葉の続きを静かに待つことを選択した。


 別に私が欲しい言葉は、そういう類じゃないのだけれど。


「……陛下の御前に、君をつれていくと約束しよう」


「――――はい」


 にこりと私が笑った口元に、安堵したユースティティアさん。そして、目的地についたようだ。


「大分出来上がっていますね、神楽の舞台が……」


「赤い……」


 お城でぐるりと取り囲まれた中庭の様な場所。この城にはいくつ中庭があるのか……その中でもより大きい庭のように思える場所に舞殿は造られていた。一朝一夕で造られている舞殿にしては、完成度が桁違いのように思えた。

 日本の大社によく似ている。よく私に馴染む風景だ。――ふと、


 そう、なんのおとずれもなく、その赤とその建物の佇まいに心が揺れた。


 静かに口元に片手を当てた。――ああ、泣けなくてよかった。


「嗚呼、ほら……見えますか?あそこに――巫女と巫がおります」


 リアラさんが指し示した指の向こう――私にはよく見えなくて――に誰かがいる。二人は少し囁きあった後、私の手を引いた。

 邪魔をしてはいけないからと。今の時間、二人はすごく集中しているからと、挨拶は控えるよう言われた傍らに私の瞳は彼らの姿を捉えた。


 舞殿を見据える二人の瞳――その色は、黒。

 赤と白に包まれた身に、濡れる艶髪――その色は、黒。


 そして、巫女と巫。その姿は――、一つも変わることなくそこにあった。


 太陽の輝きを身に纏う彼らは正に、陽の巫女。そう、それは、その名は――、


「ひみこ……」


「――――……」


 ばちりと火花が散った様に。ばちりと電流を感じた様に。

 この瞳と、その瞳が合わさった。


 息を呑んだ。そして、微かに震えた。それはきっと、ええ、きっと――この場の三人、全てだ。





  " 終われない。終わることが出来ない。まだ、終われないのに!わたしは、わたしは―――! "

" 痛みをお鎮め致しましょうぞ。眠りを用いて、舞いを用いて、祈りを用いて、唄を用いて…… "

" 何で!?どうして!?殺してしまえばいい――――そんな奴ら、一切合切消しちゃえよッ!! "


" 御意に。……謹んで、お受け致します。どうぞ、世を御救い下さい――我が、主よ "



「――泉?」


「っあ、はい!泉です!」


 引きずられてた。危ない、何が、私……!


「巫女殿にご挨拶を」


「――え?あ、はい……」


 吃驚した。我に返ると状況が一気に進んでて、少し驚いてしまった。巫女さんと巫くんが何時の間にか目の前に来ていて、巫女さんは……わ、私をじ、と見つめている。巫くんは珍しい神妙な面持ちで巫女さんの後ろに控えていた。

 ユースティティアさんは私の背を押して前に出した。まだ先程の残像に引きずられている私は、少しくらりと足元がふらついてしまう。


「お喜び申し上げる、新しき人よ」


 厳しい声だと感じた。背筋が不思議と伸びていく、そんな声。

 巫女さんはそういうと、浅く膝を付いた。


「あ、ありがとうございます……」


「私のことは巫女、とお呼びに成られたら良い。後ろに居るは我が愚弟――巫とお呼びになられよ。本日は月蝕の儀。僅かな間ではあるが、ごゆるりとお楽しみ頂ければ幸というもの」


「は、はい。あの、私はい――――」


「舞台の様子は如何ですか。城の者は機敏に動けているでしょうか」


 あれ、リアラさんに名乗りを阻まれた。それとちょいちょういと後ろへ引きずられている……!もう終わりと言うように、あれよあれよの間に私は再び二人の後ろへ戻された。


「問題はさほどありはせん。……始りの刻までに全てが整うのなら、我らが口を出す子は何も」


「お気遣い感謝します。それで、奉納の後に―――――」


 リアラさんと巫女さんは二人で話しながら私達の傍を離れていく。……何の話をしているのかは少し気になるけれど、私の興味はすぐに此処に残されたもう一人へと向かざるを得なかった。


 その少年は、幼さをまだ残した顔立ちを傾いていく太陽へ向けていた。その目が切なすぎる色を滲ませていたから、私はその少年の視線を追っていく。――私は、その目を知っている。私は、その目を向けられたことがあるような……気がした。


 

「……下はまた、太陽を喰われる」


「――へ」


 巫は、顔を動かさないまま、私を見た。


「……すぐに退けるよ」


 そしてそのまま、巫は舞殿へ戻っていく。私は戸惑い、ついとユースティティアさんを見上げた。彼女は哀しそうに目を細めながら、私の視線に気づき笑った。そしてまた彼の背を見ると、ぽつりと呟いた。


「罪は罪。だが――巫殿は既に、償われたんだが……」


「罪?」


 ユースティティアさんは、私を見て笑う。私の頭を撫でて、その瞳に彼を見ていた。


「ヒトは皆、原罪を抱えて生まれるとヒトは言う。――それは、間違いだ。人は皆、祝福と共に生まれる。純粋に人として生まれる者、そして、罪を洗い人と成る者――。……綺麗なんだ、人は。私達よりも本当に綺麗に生まれる」


 ユースティティアは、その紫の瞳に誰を映しているかわかった気がした。そして、彼女が感じているものも、わかった気がした。


「……泉。君は、裁かれた罪はどこへ行くと思う?」


 ああ、やっと私がその目に映る。私は少し悩んで、口を開く。


「罪は……裁かれたら――、」


 救われるんだと、思います。

 ――――――何故、救われるんだ?

 心に落ちて来た声に、私は固まった。あ、れ……私、なんで、そんなこと言おうとしているの。裁判何て傍聴したことのない私が、何、知った様な口をきいているんだろう。けれど、けれど、頭に文字が浮かぶ。頭に、解答が浮かんでくる。


【 嗚呼、哀れなユースティティア。お前は、裁く思いと裁かれる思いの狭間で揺れているのね。未だ、未だ――。いいえ、もしかして、その狭間にその足で入ってしまったのかしら?嗚呼、哀れなユースティティア。"罪は、裁かれたら救われる。裁きとは、救い。罪は許される為にあるの"。まだそれが―― 】


「分からないの……」


「――そう、だろうな」


「―――――あっ、え、っと」


 ぽん、と頭を軽く撫でるように叩くその手が離れて、笑顔に射光が差した。軽い笑いを含ませた声でそう言った彼女は、腕を回しながら「よーし、少し手伝ってこようか!君は声が掛るまで自由にしていいからね」と言って私から離れていく。それを止める術を持たず、私は伸ばした手を降ろした。そして、自らの足元に伸びる影を見下ろした。


「お前は……誰?」


 私の脳内へ、絶えることなく思考を流す者。私の肉体へ、飽きることなく手を伸ばす者。


 スワードに盛られた時、私の中にエリーシアの魔力が混ざったという。そのせい、そのせい……?

 ふいに、鏡子ちゃんのとある言葉がフラッシュバックした。くらりと世界が揺れたような気がして、気づけば私の足はこの場を遠ざかっていく。


「神様にでもなったつもり?泉……」


 ふふふ。

 罪なんて、罰なんて、償いなんて。そんなの考えて生きなくたって私達は幸せなのに……。





「何処に行こうとしていらっしゃるの?」


 吹き抜けの廊下の影に、その女は居た。黒いフードを深く被って、赤い唇を三日月のように歪ませている。


「何か言いたげな御顔」


 唇を強く噛み締めた。それと同時に、掌にも力が入る。


「声が――聞こえるの。何度も、何度も聞いてきた声が……聞こえる。聞こえるだけじゃない……見える……私は……――何も知らないのに」


「……」


「でも、もう……こんな身体になった時点で、いや、あの日の時点で、私は、……知らないから見逃される特権を失ったんだと思うの。否が応でも、この世界は、――お前たちは私に何かしたいんでしょ?」


 お腹の中が煮えたぎる。喉の奥から、黒い感情が顔を出す。

 不思議と笑みが零れた。瞳の奥からはこんなにも熱い熱が湧き上がっているというのに。


「ふふ、そんなに扉を叩かないでくださいな。泉?泉は、全員を起こしたいの?」


「言っている意味がわからないよ!……お前たちは、私にわからないことを提示して、私に其れを飲み込ませようとしてる。わからないって言ってるのに、怖いって言ってるのに……!」


 あまりの寒気に私は自分の身を抱いた。そして落とした影が――広がっていることに気付いた。

 え?暗い……。太陽を見上げると、そこには――。


 ぽっかりと空いた黒い穴が、城に影を落としていた。


「え?何?こ、これって」


「月触――でも、舞台はまだ先ね」


 これが……月蝕?おかしい、月蝕というのはそもそも月に影が落ちることだ。これは、これはどう見ても太陽に影が落ちている。いや、太陽はそこにあるのだろうか?


「邪馬台国の女王は何故、死んだと思いますか?」


 唐突な問いだった。私はその問いに眉を顰めて、訝し気に聞き返す。


「何故って……、そんなの所説ありで知ってるわけ――――、え?」


 私の戸惑いに、ヘレルはくすくすと笑う。その声は、その指は私の身体を頬を撫でて、あやしていく。

 私は、太陽を見上げた。私は、舞台を振り返った――私は、


「ひ、卑弥呼は……卑弥呼の死因は――、日食の日に、弟から……殺されたこと……」


 ああ、いつの夢だったか。

 ああ、いつの記憶だったか。


 わたしは、嬉しかったのだ。ただひたすらに、相応しく、そして素晴らしい巫女を見繕えて嬉しかったのだ。


 繰り返す身体を守り続ける巫女を、やっと手に入れた。


 ああ、いつの日だったか。

 ああ、そう、あの日の事だった――――。


「そう。卑弥呼は、陛下から見放された罪で、弟より罰を受けたのです――――」

あ、あうとーーーー!(前回投稿日を見ながら)

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