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影を揺らす Ⅰ

「"王"そして"傲慢ヘレル"か。――ふ、」


 私は顔を上げた。その零れた息は、スワードと目が合って溢れ出したみたいに――、


「ふふふふふあはははははははッ!やった!やり遂げたぞ!俺は……!」


 歓喜の色を橙の瞳に灯して、彼はその瞳を隠し笑っていた。


愚者ナールよ、いや――あんたに新しい名をやろう。ははは、――不毛バレンは、どうだろうか」


「……バレン……ですって」


 身の毛がよだつ、とはこのことか。或いは、総毛立つというべきか。

 私は砕けたグラスに反射した自分を見た。その姿は、あの日の少女と瓜二つ。違う所は――あの少女の方がまだ人間に近かったということだけ。球体人形だと言われた後もにわかには信じられなかった。あまりにも人だった、あの少女。


 私は顔をあげた。震える口で、半ば衝動で、


「……あなたが、」


 バレンを作ったの?


 ――――いや、軽率だ。あまりにも軽率な発言だ。私はごくりと唾を飲み込み、その思いを腹の下へとおいやる。


「幸か不幸か、あんたは――いいや、幸運だろう。主たる一人の器となるのだからな……はは」


 この身体はリベカが造ったものだ。まだ試験段階だと――……。

 試験、段階……。


「誕生日おめでとう、バレン。新しき器の誕生に、大いなる祝福を」


 近づいたスワードが、片膝を付いた。私の左手を柔らかく持ち上げ、そこに口を付ける。私はそれを金縛りにあったように見ていた。

 ぞわり、と私の中の危険信号が鐘を一斉に鳴らした。


「い、いやだ!――嫌!私は、私は帰る!この世界に、こんな過去せかいで名前何て付けないで!」


 手を振り払った。一歩後ずさった。

 癇癪のままに言葉を吐いた。


 そんな私の手を誰かが引く。――私は、引かれる儘に駆け出した。部屋を出る直前、私は振り返る。

 月光を拒絶した部屋に佇む男は、その橙色の瞳で私を見ていた。私が扉に手を掛けると、微笑んで


「……愚かな」

 

 と呟いた声は、はっきりと私の鼓膜を揺らした。


**



 ――――私は何処に駆けて行く。

 小さな灯が照らす誰もいない廊下を何を求めて駆けて行く。足を動かしているのは確かに私なのに、私ではない何かに行先を決められて私は走る。

 今までも……これからも?


 ――――私は何処に、何時まで駆けて行けばいい?


「愚か……」


 確かに私は愚か者だ。愚者というに、相応しい女だろう。

 スワード。あなたに言われたことが何よりも悲しいなんて……本当に馬鹿ね。ね、アンス……。


 瞳を僅かに胸を差す痛みに細めた刹那、月の煌きに何かが反射した。本当の一瞬。ただそれだけの瞬きに、その影ははっきりと映り込んだ。

 私の手を引く一人の影を、月光は一瞬だけ映し出した。


 その姿を目にするのはもう三度目だ。一度目は、こんな廊下の向こう側。二度目は、さっきの幻覚の中。そして三度目。


「……ヘレル?」


 あたりだ……!声に出して、わかる。今目の前に居るのはヘレルだと……!

 僅かに反応したと感じた。しかし、それでも私を引っ張ることはやめない。


「ヘレルなんでしょ?何処に行こうとしてるの?ねえ――……っ?」


 そして徐々に引っ張る力は弱められてある部屋の前で私は手を離された。いや……突き放されたと言ってもいいかもしれない。明らかに力のある何かからこの手を離されたのだ。


「何なの……!」


 私は掴まれただろう位置を片方の手でさすりながら見えない廊下を睨みつけた。そして少しの心細さも相まって、手をお腹の位置で抱くようにして辺りを見渡した。

 ――――……知らない廊下だ。


 って当たり前じゃん!


 と本当に泣きたい。ヘレルというよくわからない……多分女の人だったと思うんだけど……者にこんな所まで連れ出されて私に何を求めているというのか。ただでさえ心の整理で忙しいのにこれ以上私を迷惑ごとに巻き込まないでほしい。


 切実な願いである。少しでも冷静に成ってしまうと、一気に心を急かされるのもあるのだ。


「……何、この部屋」


 きょろきょろと周りを見渡していると、いっそう豪華な装いのドアを見つけた。ゆらゆらとしか廊下を照らさない灯に反射した装飾があまりにも豪勢で、私は一歩退いてしまう。


「いかにも高貴な人の部屋です……って感じですね……」


 きゃっ、装飾に触っちゃった!


 なんて馬鹿なことをしてみたが、我に返り溜息を吐く。馬鹿な事をしていないでさっさと宛がわれた部屋に戻ろう。そしてこの夜を明かさなければ。

 

 ――長い夜だ。眠ることなど許されない身体だ。それなのにお前は、檻の中で大人しくしているのか。


 そんな声が頭に響くけど、私はそれに耳を塞ぐ。余計な詮索などしてはならない。私は……、過去に閉じ込められて、はいおしまいです、は絶対に避けなければならないのだ。


 リベカがまた怒っちゃうな。うん……きっと、怒る。


 けれど、今の私にはリベカの怒りよりもその他の怒りの方が何倍にも恐ろしいのだ。


「――え?」


 固い音。それが、急に奥から響いてまた奥に擦りぬけた。

 私の髪を緩やかに揺らしてその音はまた一つ、一つ、規則正しい風に乗せ通り過ぎていく。


「やばい……っ、誰か来る!」


 私はわたわたと扉の前を右往左往する。隠れられる場所、私が身を隠せそうな場所!うっそでしょお!無いの!?違う部屋は!?無い!


「嘘でしょ何でここ以外に部屋がないの――!?」


 小声の叫びは相手に聞こえていないことを願うばかりです!


 ――嗚呼、ついに長すぎる人影が視界の端をちらつき始めた。どうしようどうしよう!見つかるか?いや、何て職質されるかわかんないし、――あ!この姿はあんまり他人に見せるなって言われてるし!でもこんな遅い時間にフード被って「やあ」とか言えないよーっ!あああああああ、どどどどど――――、


「失礼しますっ」


 小声で失礼しますっ。


 ぐるぐるに頭が描き混ざった私は、あろうことか、扉に手を掛けていた。そして更にあろうことか、その扉は易々と開いて――。


 するりと中に入ることに成功した私は、一度大きく息を吐いた。部屋の主からの驚きの声は無い。きっと寝ているのだろう。心臓のバクバクとした音が物理的に聞こえない私だが、緊張した思考回路のせいで廊下の音しか耳には入ってきていない。


 コンコン。


「―――ひっ」


 此処に来ちゃうの―!? 半ば涙目だ。涙何か出ないけど!

 焦りに焦った私は、とりあえず血眼で暗い部屋を見渡した。ほぼ光何てない部屋だ。でも、一つだけはっきりとした光が私の目に入り込む。

 私は其処に一目散に足を動かした。手を伸ばすと其処に空洞を発見する。考えてる暇なんてない!いつ扉が開かれるかわかったもんじゃないもん!

 どうやら伸ばした手を横にすると扉らしきものに手が触れたみたいだ。小さな体の利点を生かしてその空洞に入り込み、私は内側から閉めれるだけ扉を閉めた。

 屈折するタイプの――観音開きのような締まり方をしたので、そういうタイプの空間だと推測する。仏壇……こんな大きい仏壇なんてありえないし、恐らくクローゼットか何かだと思うけど完全に締め切る前にこの部屋の扉は開け放たれた。


 私は反射で閉める手を離さざるを得なかった。口を両手で塞いで、私は気配を殺した。ほんの少しだけ、縦に開いた隙間から光が私の顔を照らす。


 どうかばれないで……!


 目を瞑ることさえ恐怖故に許されず、私はその締めきれなかった隙間からその人物を見た。


 その人物は部屋に入ると、扉を閉めた。そして奥で何かを動かす。

 仄かに灯された灯の中で――その人物は膝を付いた。


 そう、それは――シリウスだった。


 奥のベッドに向けて膝を付いて頭を垂れるシリウス。その奥に誰が居ると言うの?


「本日も業務、お疲れさまでした。……おやすみなさい」


 返事は返ってこない。この部屋の主は寝ている……?


「――また、来ます。朝に、夜明けと共にお傍に参りますね……エリーシア様」


エリーシア!?

 

 ――危ない。驚きと共に息が漏れ出る寸前だ。

 私は口全体を手で押さえつけながら、勝手に感じる鼓動の音に緊張を走らせていた。


 エリーシア。エリーシアと今言った?それならば、――そうならば。

 此処は、エリーシアの私室。つまりは――王室。入ってはいけない――さすがのユースティティアさんだって、王室に忍び込んだネズミをかばうことなんてできないだろう。

 まして、シリウスに見つかりなどすれば――。


 どうなるかなんて、あの目を思い出すだけではっきりとわかる。

 私がいま最も恐れている事とは、理解するに及ばない怪奇と対面することでもなく、……よく似たあの人に睨まれることでもない。

 一つだけだ。それは――私があの世界へ帰れなくなること。


 死、なんて一番避けないといけない。ましてこの身体なんだから、どこからが死なのかすらわからないけれど。

 首が落ちれば、とか。魂が離れたら、とか。――わからない。それでも、今ここで見つかって何らかのお咎めを受けることは避けないと。

 

 ……当たり前だよね。私は何の肩書もないただの愚者ナール。もしかしたらエリスという精神を匿っただけの入れ物かもしれないのに。それだけの存在が、まさか王室に忍び込んだ罰で五体満足なんていうわけにはいかないだろう。


 それにしても静か……。

 扉を出た音はしなかったよね?どうだろう。考え事に没頭してて音を聞き逃したかもしれない……。


「エリーシア様……」


 あっ――ぶない!

 覗き込もうとした体制で私はかちりと固まることに成功。音は立ててない……よね!?冷や汗流れないけど、背中がぐっしょりな気がする……。うー。


「こんなの……絶対に、間違っている……ッ!」


 びくっと指先が震えた。誰に向けた怒りなのか全くわからなかったけど、この扉越しに佇むシリウスのその言葉は確かに怒りを含んでいるように聞こえた。


 靴の音と、扉が開いて締まる音が聞こえる。僅かに開いた隙間からも光が一瞬入り出て行ったので、多分……シリウスは出て行った、よね……?隙間に顔を出来る限りひっつけて、暗い部屋に目を凝らす。――変な物、見えるかも。ななななんていった事を考えるから駄目なんだよね!私!


 そーっと扉を開けた。音を立てず開かれる扉とは何とも高性能。ま、まあ、ここが本当に女王エリーシアの私室ならば、最高級品が使われているのは当たり前か……。


「失礼……しまぁーす……」


 もう失礼はしてるんだけど、一応?敬意を払っておこう。

 膝を付いてそろそろと出る。如何せん暗い。完全に真っ暗というわけではないこの暗さが、逆に見えにくい。私は立ちあがって、扉の方へ一度向いた。しかし――、何故だろう。後ろにあるはずの天蓋ベットに、確実にエリーシアが眠っているはずなのに。何故だろう――、この部屋は人の気配がまるでしない。 扉へと手を掛ける前に私はじっと息を潜めて見た。ああ、やっぱり寝息が聞こえない。本当にこの部屋はエリーシアの、あの、部屋……?


「……――――ひいっ!!」


 疑問に思った振り返りざま、私が閉め忘れていた扉の向こう側。開かれて、私を隠す必要のないその空間の奥に設置されている鏡に、私は私以外を見た。

 私以外を、見た!


 先程似たようなものを見たからと言って耐性がつくとでも思っていたか思ってないし!膝があっけなく抜けて喉が閉められたような絶対的恐怖に一瞬にして足元を掬われた。――どしん、とまでは行かなくても人一人が盛大に尻餅をついてしまった。


 一に、私の隣に映った私以外に驚いた。

 二に、音を立てない様気を使っていた部屋で、音を立ててしまったことに泣きそう。


「やばい!」


 いやその咄嗟に出た言葉もやばい!

 二項があまりにも私の中で大きすぎて、私は一の存在を瞬時に頭の隅に追いやってしまい首だけをベッドの方へ向けた。……気配を消す真似をしても何も相手様からアクションがない。エリーシアは今ノンレム睡眠……!?


「ノンレムほんと感謝……――ひいっ!」


 ああ!横の存在忘れてた!一瞬鏡見ちゃったけど、まだいる!いたわ!むり、無理!嘘でしょ!どうしよう、貞子だ。絶対貞子。だってなんか黒いし長いし絶対貞子!

 あぁああ死にたくない死にたくないっていうか怖すぎる!



 ――でも、そちらを向かなければ部屋を出ることは出来ない。落ち着け、落ち着け私。深呼吸深呼吸……よし、よし。一、二、三、で振り向いて一瞬だけ目を開いて一気に扉に駆け寄って出る。其れしかな、――近くに兵士が居たらどうしよう!一気に部屋を出るのはあまりにも危険すぎる!ハイリスクハイリターン!駄目だ、ご利用は計画的になのに!



 よし、よし。なら、こう。一、二、三で振り向いて一瞬だけ目を開いて一気に扉に駆け寄って、ちょっと扉を開く。そして左右を確認してさっと、さっとでる。いける、――これはいける!


 よ、よし。いく、……いくぞ!


「……――――ひいいい!!!!」


 立ち上がった私は再び腰を砕かれた。


 それはね、流石の私だって卑怯だって思うんです。


 振り向いて目を開いたら、目の前に顔を寄せてるとか――怖すぎ。


 私は再び、……いや、理性が若干働いて抑えられた悲鳴と尻餅をついた。

あああああぶなぁあ!あと少しで前回更新から一か月たつところでした大変申し訳ないです……;;

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