あたたかいもの
「お帰りなさいませ、スワード様」
拝啓、母上様。
私は今、The 豪邸に来ております。
「ただいま。……彼女に着替えを。あ、部屋もお願いします。着替えが済んだら応接間へ」
「畏まりました」
「は、はあー……」
ここ、玄関じゃね……?俄には信じがたいけれど、ここ玄関じゃね……?目を擦っても現実(夢だが)は変わりはしない。
あのまま数分森を歩けば急に無駄に整えられた庭に出た。赤い薔薇だけが咲き誇る其処は、何処ぞの赤好きの女王が出てくる童話を思い出したが、彼は呑気に「夜の薔薇もまた一興ですねー」と言っていた。試しに、「時間に煩いウサギっていますか?」と聞いてみたら「それってどんなウサギですか」と訝しげに見られた。聞いた此方が恥ずかしかった。
そしてなんやかんやで玄関に招き入れられた。この、白亜の城に。
玄関ホール……とでも言うのだろうか。圧倒された、嫌だ帰りたい。此処は私が居るべき場所じゃないと思う…!
「あの、えと、私、かえりま」
何処へ帰ると言うのだろうか。
私は言葉を飲み込んだ。彼は私を一瞥すると、僕も着替えてから参りますとその場を後にした。
「お嬢様、此方へ」
「は、はいっ」
声を上ずらせながら私は仕事の顔MAXなメイドさんの後ろをテクテクついていった。
……其れを着ろって言うんですか、メイドさん。
「お着替えは此方に置いております。……済みましたら、其処のドアより外へ。私は外で控えております」
一礼、退場。……かっこいい……。
何て思ってる暇じゃなあいっ!バシンッと私は自分の頬を一喝した。痛いけど。 頬を摩りながら私は無駄に高そうな小さな机に置かれている洋服をベッドの上に広げて悶々としていた。それは薄いピンクの……ロングドレス……?だった。如何せん現代日本万歳の私はドレス何てものはあのもっさりどっさりしかイメージ出来ないので此れをどういう風に説明すればいいのかわからない。唯すらっとしている。もっさりではない。
――――無理だ、着れない。
私は目を見開いた。私の服装はそりゃあ少し汚れてはいるけれどきちんとした御洒落着だ。この服でも十分良いだろう、少し汚れているけれど。よし、この旨を話そう。そうと決まれば行動だ。
あ”そうだ、忘れてた……!私の服は生乾きで、もしかして臭いのかも……。
頭を抱えて悶えた後、私はすくっと立ち上がりドレスに手を伸ばした。
――――無理じゃない着れない!
そうだよ当たり前じゃないか!私は至って普通の女子高校生で、日本人。こんなドレス着たのは七五三以来かもしれない。っていうか、今まで読んできた物語の中で貴族の御姫様はメイドに着替えを手伝ってもらっていたような……?あ、そういうことか。
ずん、と胸に黒いものが落ちてきた。
これは……いじめってやつ……。そ、そりゃそうだよね。急にどこの馬の骨とも知れない小娘がひょこひょこやってきて客人扱いやらこんな豪勢な部屋まで与えられてしまってはメイドさんもムカつくよね。
「辛……」
夢で、こんな思いするなんて。――それにしても、どうしようか。
頭の思考を切り替える。仕方ない、一つ溜息をつくと私はドレスをベットに置いてドアを近寄った。
「あの、……すみません」
「失礼します」
「え、あの、まだ」
静かにドアが開かれ、私を見たメイドさんは小さく目を見開いた。その動作を目の前で見ていた私は、咄嗟に口を出していた。
「ご、ごめんなさい!一人で着られないんですっ!」
何故かその言葉を言うのが恥ずかしくて顔を俯かせながら相手の反応を待つ。相手は何も言わなかった。それが少し恐ろしくて、そっと私は顔を上げた。
メイドさんは、解せぬ、というような表情をしていた。え?と声が出そうになるのを抑えて私も何も言えずにいた。先に口を開いたのはメイドさんだった。
「もしや、お前はナ――――」
「あれ、言ってませんでしたか?フライア」
私とメイドさんは弾かれた様に声の方向を見た。先程、着替えてくると言った彼が私に宛がわれた部屋――部屋の中にベッドルームがある形なので、私感覚で言うと一室目にあたる――の一室目にあるソファで足を組みながら紅茶を飲んでいた。
あ、着替えてる。ということはもう着替えは終わったんだな……って私それほど悩んでたの?立たせっきりだったとしたら申し訳ない……。
と思いながら前方のメイドさんを盗み見した。その瞬間メイドさんは「申し訳ありません、此方の連絡ミスで御座いましょう」と彼に頭を下げていた。彼は別段怒った様子はなく、唯笑い「構いませんよ。さ、彼女の手伝いを」と促した。その促しに乗った私はくるりと踵を返し二室目の奥へ消えようと足を動かそうとした――時、
「ですがスワード様。愚者は発見次第、陛下の元に送るのが規則で御座います。何故、態々」
「ですが、彼女は僕の娘です」
「……え」
このやりとり、つい最近聞いたような。
「何故、この家の女中である貴女が僕の娘を愚者など呼ぶのでしょうか?……不思議ですね」
紅茶を一口。
彼の言葉は、穏やかさを含むのに何処か恐怖を孕ませる。この人が教師だったら、うちの湊も少しは真面目になるだろうか?御気の毒に、正に彼の圧力下に晒されたメイドさんを見ると私がきょとんとしてしまった。メイドさんは、「そうでございました、失礼を」と言って頭を下げたのだ。その顔には、不快感も、疑念も、有りはしない。そして私を見て、メイドさんは初めて微笑んだ。
「さあ、お着替えを。――お嬢様」
着替えはほんの数分で終わりました。…と客観的に言ってみたものの、私自身それが飲み込めない。姿鏡の前に立つ私を見つめながら私は首をひねってしまう。用意されたドレス(というがこれは普段着のワンピースだろうか)はきちんと私に着せられている。……私が腑に落ちないのはドレスのことではない。着せ方、なのだ。
普通、ドレスというもの…いや、服というものは足とか手とかを通して着るものだよね?でも、メイドさんは、
「失礼します」
と言って私の肩に手を乗せた。その時、ぱっとぱっ!!と服装がチェンジした。 表現が下手で申し訳ないが、どうにもこうにも本当にぱっと変わるんだからこれ以上の表現が見つからない。
「は!?」
「他所で驚いてはなりませんよ、お嬢様。此れが普通なのですから」
メイドさんは私の周りをくるくる回って些細な所を修正する。メイドさんの態度は最初とは打って変わって実に柔和なものへと変わっていた。
「あ、あのメイドさん」
「フライアとお呼びください」
「えっ、いいんですか!?」
「勿論で御座います、私はお嬢様の専属女中なのですから。其れに、メイドさん、というのはその……」
にこり。本当に態度が違う。そのことが私には純粋に嬉しかった。受け入れて貰えた、唯そのことが。
「これでご確認下さい。私は外に出ていますので」
「はい。ありがとう御座います」
では、失礼しますと頭を下げ、フライアさんは部屋を後にした。
--そして此処に至る。
……駄目だ、考えないことにしよう。きっとこれは私の脳では処理出来ないことなんだ。
綺麗な、ドレス。
鏡にそっと触れる。髪の毛は綺麗に梳かされて、洋服も綺麗に着せてもらって。まるで本当にお嬢様……――というか、お姫様になった気分だ。某有名所も、夢の国だ何て上手いことを言ったもの。
私は一人でくすくすと笑って、部屋のドアを開けた。
当方がテスト期間に入るのでもしかしたら更新が滞るかもしれません…




