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焦がす

 確かここ、だったはず……。


 廊下を駆け抜けて、さっき私達が居たと思われる箱庭に出た。陽が大分傾いたように思う。そろそろ夜が来る。


「確か……ここらへんに……置いたはずなんだけどなぁ……」


 う、ううむ。やばい。誰かもってちゃったのかな?困るなぁ、どうしよう、どうしよう。


 私が座って居た椅子に黒いローブは掛っていない。もう誰かが回収しちゃった?それとも、場所を間違えてしまった?――どうしよう、リベカにまじで怒られそう。


「あああああ、あああ、どうしよううう……」


「――失礼、これをお探しですか?」


「うひゃああああああ!」


 突然肩に置かれた手に過剰に驚いてしまった!吃驚した。確かに人の足音何て聞こえな――、


「うひゃああああああ!シリウス!?」


 振り返った先の顔に必要以上にびびってしまった。膝から崩れ落ちる私を慌てて支える……シリウスは、私の目を見た瞬間にその手を見事に離した。


 まじかよ。


「ああああすみませんっ!!」


「いててて……だい、じょうぶです。痛く、ないし」


 本当に痛くなかった。想像の痛みで頭を撫でるけれど、本当に痛くなかった――それよりも。

 私の足が、この場から即座に離れたがっている。その眼に見られ続けるのは、あまり得意ではない。耳の奥で鳴るいつの日かの絶叫は、確かにこびりついている。


「本当に……すみません。後、温室でも……僕、失礼な事を……言ってしまいました。態度も……悪かったと思います。すみません、君を怖がらせて……いますね」


 眉を下げて力なく笑う表情に、咄嗟に否定の言葉が出そうになった。……その事に、私自身、驚いた。伸ばされた手に触れながら、私はこの男にスワードを見たことが悔しくて。唇を噛んででも私が言おうとした否定の言葉を急き止めた。


 何も言わない私にシリウスは苦笑を漏らす。少し言葉が詰まって、私は眉間に皺を寄せた。

 シリウスは私の着ている服を叩くと、その膝をついて私と視線を合わせた。


「……これを、お探しですか?」


「……!」


 ローブだ。シリウスの手には私が探しているローブが握られていた!


 嬉しくなって、頷いた。どうぞ、と差し出されたローブを受け取って、見つかった喜びと怒られることがなくなった安堵でそのローブを頬に付けた。その時に、仄かに香る……匂いが、どこかで、嗅いだ、ことの、ある、匂いで。

 つい見上げたその顔に濃く出来た隈が、その笑みの虚弱性を強調している。


「……あの、お疲れ……ですか?」


「そう……見えてしまいますか」


 日本人特有の場を持たせる言葉を適当に紡いでしまった。しかし、真実にシリウスの顔は酷く疲れている。さっき温室であった時は雰囲気から察せなかったが、このように柔和になると此処まで疲労が滲み出るのだ。


「何と――いうのでしょうか。剣を振ってる間は考えずにいられることが、こうやって……静かに時を過ごしていると途端に頭を駆け巡ってしまうんです。僕は武人ですから、あまり考え事が得意ではなくて」


 シリウスは夕日に目を背けながら頬を掻く。私はそれを下から覗き込んでいた。結った長く、青い髪。金色の宝石をはめ込んだような瞳……。二人並んで空を見る。その間に流れる雰囲気は、実花に似ている。


「……シリウス」


 瞳が私を映す。


「シリウスは、何でさっき私に帰れと言ったんですか?」


 笑みが消えた。……いや、元々笑顔なんてなかった。ただ、人の良さそうな"誰とでもある程度まで親和性を持って話し合えそうな"表情が完全に死んだのだ。


「……シリウス?」


「――君に、罪は、ないんです。君に……この感情を当てるべきではないのは……わか、わかってるんですが……」


 ん?何だ?……明らかにシリウスの様子がおかしい。


「君の……その姿は、エリーシア様への最大の侮辱だからです」


「私の……姿が?」


 シリウスは目を細めながら頷く。私は不思議と、シリウスの腰の剣に目が行った。


「しかし、君という一個人は何の関係もない。君はエリーシア様ではないんですから、その姿をする必要も義務も権利もない。だから君は」


 ずどん、と肩に手が置かれた。その手は私に触れると一瞬離れようとしたけれど、再び強く握り締め、感情の赴くまま、力を入れる。

 痛くて、重くて、私は顔をしかめた。


「君は、帰るべきだ。いいや!帰らなければならない!これ以上、陛下を貶める前に、陛下が目覚める前に愚者ナールは今すぐにでもここから出て行かなければならない!……そもそも君は、君の身体は何処にあるんですか?魂というのはね、一つの身体に一つなんです。それを違えることは出来ない、それが出来てしまったら、それこそがまたエリーシア様の苦痛になる……っ!」


「シリウス……っ、痛い……!」


 痛覚なんてないはずなのに、痛すぎる。


「いいや痛みなんて無いはずだ!そのための体躯からだなんですから!……あぁ、そういうことですか……?ならば、君は不完全ですね。君は不良品だ。それならば――破棄、しなければ」


 悪寒が身体を走り抜けた。見上げたその目に、正気が薄れていくのがわかる。代わりに満ちるのは、瘴気だ。

 離された身体。手が掛けた剣。聞こえもしないはずの脈拍の鼓動。早い、早い、これは!

 こいつ、私を斬るつもりだ――!



「――シーリーウースーさーまーっ!あっ、団長!だんちょ――!!こんな所で何してるんですーっ!?稽古、俺に稽古付けてくれるって言ったじゃないですかーッ!」


 お互いが視線を逸らした。箱庭へ接続する廊下の暗がりから人が一人、駆けてくる。


「ぶわっ!?」


 急に視界が暗転――してない!ローブ、ローブをシリウスに掛けられた!ローブ越しに見えた駆けてくる男に、私もシリウスの意図を理解してローブを出来る限り高速で着る。やっべ、腕ひっかかった。ちょちょ見るな見るな見ないでくださいアレウスさんんん……!?


「ほら、落ち着いて着ないと引っかかりますよ」


 するすると、……シリウス……だよね?いや、どうみてもシリウスだ。シリウスがしゃがみこんで、私にローブを綺麗に着せた。ぽかーんと見上げる私を余所にシリウスは立ち上がるとくるりとアレウスを振り返る。


「……団長、その子、何です?ハッ、もしかして団長、陛下ともうやることやっづううう!」


「……うわあ、痛そう……」


 笑顔で振り降ろされた鉄拳をまともに食らったアレウスさんの頭は派手に傾いた。これがアニメとか漫画なら湯気出てるんだろうなぁ……と、突然の来訪者に気持ちが軽く救われる。


「馬鹿を言うくらいなら早く僕に追いついてください!ったく……この子は――」


「だって団長最近ずっと陛下の御部屋に入り浸ってるじゃないですか。城のモンは全員言ってますよーう?あっ!また蜜月だ!今度こそ姫様か王子様がお生まれになるのかしらー!ってぼおおお!」


 次は腹に打ち込まれている。アレウスさんって、随分陽気な人だったんだなぁ……。


「さ、最近僕が陛下の私室にお邪魔しているのは、べ、別にそんな邪な気持ちが発生してるわけとかじゃなく」


「あ、邪ってことはわかってるんですね。団長ぉぉおおっ」


 ついにアレウスさんは地面と熱烈なキッスを交わした。

 ちらりとシリウスを見上げると…………あらあらあらあら。お顔が真っ赤ですわよこの糞野郎。


「陛下は今お忙しい時期なんです!それを、それをあろうことか!失礼だ!陛下に失礼だ!も、もう知りませんっ!」


 そしてシリウスは疾風の如く駆けて行った。注意した方がいいのだろうか?


「廊下、走るべからず……」


 ふはは、こんな小娘に注意されるなんてざまぁみろシリウス。

廊下を走っては行けないなんて、小学生でも知っていることよ!あっはっはっ!


「やあ、お嬢―さん」


「わっ、あ、こ、こんばんは」


「ああ、こんばんは」


 にこりとひょっこりとアレウスさんに顔を覗き込まれた私は見事に素っ頓狂な声をあげた。無意識に伸びた指がフードを深く下げる。

 記憶の中のアレウスさんより優しく笑う目の前の彼に、私は戸惑っていた。


「お嬢さんは――生まれたばかり、かな」


「生まれた――ばかり?あっ」


 やば、声出しちゃった。

 アレウスはざっくりことこと、私の敵だ。敵だろう、敵でなければあの日の説明がつかない。それにアレウスさんは確か……私がシリウスになってた時、シリウスに近い所にいた。それなら、安易に私の姿を見せるべきではないし、察せらるわけにはいかない……と思う。

 ただでさえ、私の外見はエリーシアそのものなんだから注意しないと。


「ふふ――やっぱり、俺の思ったとおりだ。初めまして、新しきひと。おあなたさんの誕生を心より歓ぶ者として、自己紹介を。俺の名前はアレウス。誇り高き円卓の騎士シリウス様が率いられる騎士団の副長を務めている騎士だ!」


 正直――面くらった。

 誰――……だろうとも、思った。目の前で瞳を輝かせ、朗々と謳う男性はむしろ少年に見える。その眼前に見据えるのは輝かしい未来しかない、といいたげな好青年は……本当にアレウスさん……?


「俺は主に城中の警備を任せれているから、此処で困ったことがあれば遠慮なく声をかけてくれ。どうせしばらくは城に滞在するのだろう?」


「そうだと……思います」


 な、なんだこいつ凄くグイグイ来る。


「そうだろうとも、それが普通なんだからな。……にしても――今が丁度蜜月だから……そうか、まだ陛下に直接お会いにしたことは無いな?」


 素直に頷いた。謁見の間に行った時も結局顔どころか、声さえも聴いていない。


「すまないな、蜜月の時は陛下は三柱以外に顔を見せないんだ。運が悪かったな、お嬢さん」


 別にそんなに悲しいことではない……はずなのだが、目の前のこのアレウスという男は如何にも悲しそうに眉を下げる、下げる。こんな男だったけ――……私の中で、アレウスという人物が二人出来上がってきた。


「いつもなら――あまり長くは籠られないんだが……どうも最近は長くなっていてな……お嬢さんが成熟するまでには必ずお会いできる……と言いたいんだがな……」


 私は首を傾げた。何ともキレの言葉だ。

 アレウスさんは苦笑と共に――先程までとは打って変わった声色で、聞き間違えかと思うような言葉を放った。


「あまり団長を独り占めされるのは気分が良いモノではない」


「――へ」


 しかし、次の瞬間には澄ました笑顔で私を斜陽から遮っている。あまりにもな変わりように頬が痙攣しそうだ。シリウスも、こいつも、おっかない……!


「さて、今はそういうことで陛下の御部屋周辺には近寄ってはいけないから、十分に注意すること。それと――……嗚呼、そうだな……お嬢さんついておいで」


 アレウスさんは、数歩先を行って振り返り私の手を招いた。私は戸惑いながらもそれに着いていく形になっている。もう陽が完全に落ちる寸前だ。そろそろ戻らなければ――……、


「なに、すぐに終わる。お嬢さんにとっても良いモノだ」


 恭しい動作で進む様に促されてしまう。う、うう……仕方ない。こういう行為に弱い自分も如何かと思うが、致し方ない!そこまでするのなら、行ってやろう!で、でもやっぱり――


 シリウス関連の人達とは関わりたくないよーう!か、帰りたい……。


 私はこの時、自分の身体に涙が備わっていないことを神様にとても感謝した。









「おやおや、疲れてしまったかな。さあ、ほら、着いたよ。この方が――、全世界の主であり、俺達の主である――エリーシア皇帝陛下であらせられる」


「……これは、あの時の……!」



 着いたよ、と言われぶつかった固いお尻。すまんすまん、と心の中で形だけの陳謝を差し上げ、ローブの中から見上げた。かなり大きな額縁だと思った。それに、この身体は子供のものだから、かなり上を見上げなければ全体像がわからない。だから、無理なく見上げれるように数歩下がった。段々と見えてきて、その全てに――私は、


「アレウス。何をしているんですか」


 ――恐怖のフラッシュバックは、予期せぬことで。


「団長。何方に行かれていたんです?」


「アレウス……僕が先に質問しているんですよ」


 同じ場所、同じ位置、同じ――人。あ、あれ、おかしいな。さっきまで、平気だったのに。どうして、こんない、怖いの。


「はは。この子――、この時期なので陛下にお会い出来ないでしょう。ですから、お顔だけでもと此方に連れてきました」


 見上げた先に微笑んでいる金髪の女性は、あの時と変わらない笑顔で私を見ていた。その紅い目は――今私が持っているもので、何れ……この男が――シリウスが――持つものだ。

 脳裏に響く彼女の声は、怨嗟を、恨みを、私に訴えかけている。忘れるな、忘れるな、そう繰り返し叫んで、私の身体を浸食していく。足元から這いあがる彼女の呪いの言葉は、確実に――私へ約束の成立を懇願している。


『泉』


「……!?」


 額縁の中の、肖像画であるはずの――エリーシアが、私を見た。その紅い目が、ぐるりと私の方へ下がる。

 唾を呑んだ。その場を動けなかった。ただただ本能的に理解する恐怖が私の足を拘束している。


『このままで……みな…………――』


 なんて聞き取りにくい言葉だ。――違う、私が聞きたくないのか?


『――死ぬわ』


「……へ?」


 このままでは、皆、死ぬわ?


 死ぬ――……。

季節の変わり目は風邪を引きやすいので皆さん気を付けて下さい。私は引きました……。

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