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犠牲、その対価

 リベカはぐるりと温室を見渡すと、すとん、と呼吸を整え、両腕を頭の後ろに回してリアラさんに尋ねた。


「んで、ここ、入れてよかったわけ?」


 私はつい首を傾げる動作をしてしまったけれど、この質問は私を温室に入れてよかったのか、と聞いていることはすぐにわかった。

 入っちゃ駄目だったのか。だからシリウスは、あからさまに嫌そうな顔を浮かべたのかもしれない。


 ……ほんと、やな奴。


「ええ、勿論。むしろ、見せて起きたかったのです……改めて、一人の愚者である貴女に、心からのお礼を」


 リアラさんが急に私に綺麗に頭を下げた。ぎょ、として、私はあわあわと手を振りながらそんなことしなくていい、と口走る。そんな私の努力は空しく、リアラさんは頭をあげようとしない。ど、どうしよう!とリベカを見ても、リベカは肩を竦めるだけだった。


「あ、あの……!本当、頭下げるとか、そういうのは大丈夫ですから!元はと言えば、私、この身体に入れてもらわなくちゃ死んじゃう――所、だったんだよね?」


「ま――そーなんだけどねぇ」


 リベカはそう笑いながら言うと、身体を放り出して椅子に座る。転ぶかと思ってしまった私の身体は僅かに動いたけれど、何も出来ずに元の位置に戻った。


「泉はさ――気にならないの?」


「リベカ!」


 その言葉にリアラさんが応える様に反応した。そして、それをまあまあ、と抑え込む。


「まあまあ、リアラ。――で、どーなん泉。あんたはさ、あたし達が言ってること、気になんない?」


「え……と」


 唐突な、そしてリアラさんの表情に迫られて私は答えを探して宙を目が泳いでいく。――聞いて、いいんだろうか。


「気になんないなら別にいいんだよ。そっちの方がこちらとしては助かるんだしさ。けど――……それで泉は納得いくのかなって思ってさー」


「納得……?」


「リベカ、やめなさい!」


 リアラさんの鋭い声が飛ぶ。その声に何も反応しないリベカ。


「……はぁー、リアラこっわい。別にそう易々と教えたりしないって。……ただ、同胞だから心配しただけだっつーの。――隣人を愛せ、でしょ?」


 私ははらはらしながら二人の問答を見守る。


「その事を安易に漏らさせるために、リベカを魔女として確立させているわけではないのですよ」


「――知ってるよ、そんくらい。ねえ、泉。あたしはね、あんたをその身体に入れた事後悔してないんだ。寧ろ成功して本当に喜んでるくらいだよ。でも、あんたは……あんたは、どうなの?」


 私の答えをリベカは――リアラさんも待っている。なんて答えよう。なんて答えれば、正解なんだ。


 私にはわからなかった。真実を告げるのは正解ではない、ということだけはわかったのに。

 ――何を、告げれば……?


「リアラ様」


「何用です」


 花の影から一人の侍女が顔を出した。ここの雰囲気を察して、おずおずといったふうに声をかける。私はその助け舟の様な存在にほ、と息を吐き出した。


「陛下が……お呼びでいらっしゃる、とシリウス様が」


「……わかりました。すぐに行く」


 じ、とリアラさんはリベカを見つめている。リベカはそれに、肩を竦めてみせた。足音を響かせながら私から離れていく途中に、リアラさんは私を見て一度頭を下げるとそのまま奥へと――出口へと――消えて行った。


「へーかが御呼び、ねぇ」


 私とリベカだけになった温室で、リベカはわざと大きな言葉を放つ。ぼわんぼわんと反響して、水音に消えた。


「ねえ、泉。泉は、良い子だね」


「えっ?」


 思いもよらない言葉に私はリベカを凝視した。持ち上がった目が、私のと合う。


「わからないことがあれば何でも聞けって言ったのに、泉ぜーんぜん聞いてくれないんだもん。興味がないのかな?それとも――、何か、企んでんの?」


 身体の何処かが反応した気がした。その証拠に、目の前のリベカが笑みを深くする。


「泉!大丈夫だよ、そんなに警戒すんな。あたしは愚者ナールだよ?愚者ナールであるあんたを、無下にはしないって。それに泉には凄い感謝もしてるんだー……本当にありがとうね。……だからさ、あたし……泉に求めて欲しいの」


「……何を?」


「――対価だよ、対価。ねえ、泉。今まで聞かれなかったから答えなかったんだけど――その身体、永くはもたないから。それに泉の魂ね、その身体に定着しちゃってる。……ごめんね?もう、元の身体には戻れないよ」


「――え?」


 突然の事実を、リベカは穏やかな笑顔を浮かべながら私に手渡した。手渡されたそれを、私は受け取ることしか出来ない。「何、言ってるの?」と浮かべた声が、頬が、震えた。まるで冷水を被ったかのように、足元が冷えていく。


「と、突然、何?」


 落としそうになった真実を、両手に辛うじて抱えた。抱えているけれど、見下ろせない。真上に掲げて、転がす様に見ることが出来ない。――落として壊してもいい?なんて聞いても、その笑顔はきっと"いいよ"と答えそうで――、目の前が、一瞬まっくらに、


「だから――ごめんね?エリーシア様の為の、尊い犠牲になってね」


 両手をリベカは合わせて上目遣いに私に懇願する、という形を取った。その態度の軽さは、友人にちょっとお使い言ってきて、と頼むようなものだ。


 うそでしょ、と目で行っても、その目はただ笑っていた。


 ごめんね、そう告げた笑顔に、どこにも、その感情を見いだせない。


「それは」


 私は、咄嗟にリベカの手首を掴み取った。身長差があるから、背伸びをして、掴み取った。


「それは、出来ない」


 ――意図してない。何も頭に浮かばずに出た言葉。きっと、私の心からの言葉。


「助けてくれたことには感謝してる。右も左もわからない私を、今も傍に置いてくれてることも。……それでも、それでも、死ぬことだけは、協力出来ない」


 ぐるぐると思考にもならない黒いものが駆け巡る。ぎりぎりと段々手に力が入っていく。そんな私を、そんな私の言葉を待つようにリベカは言葉を発しない。


 返す。そう、言わないと。

 そんな事実、いらない。そう、付き返さないと。


「リベカ、私……ここで、こんな所で一人で死ぬわけにはいかないんだよ。やだ……やだよ、私、まだ……死ねない……」


 こほん、とリベカが空咳をした。そのせいで下がりかけてた視線が再びリベカの視線と交じり合う。

 その笑顔が、語り掛ける。馬鹿だなあ、という少しも小ばかにしていない笑みは、私に先程の問い掛けを思い出せた。


「リベカ……」


「――ね、黙ってやり過ごそうとか、そういうことは考えるだけで良い事なんて一つもないのさ」


 穏やかな声が、その唇から発せられた。緩めることが出来ない手の中に、リベカの確かな体温が伝わってくる。


「此処まで黙って着いてきて、本当に良かったんだろうか?ここまで何も情報を引き出さずにいて、自分は安全なんだろうか?――泉、そういうこと、考えた?」


「……」


「"そもそも、エリーシア様を救いできるって、どういうこと?"」


 ――私は、瞳を伏せた。先程までのリベカとリアラさんの雰囲気を思い出して、つい目を伏せてしまった。その様子にリベカは笑い声をあげた。


「駄目だよ泉。考えることは、人間が人間であるための一因なのにさあ、放棄するとかまじでないよ。てか、その考えは本当に自分を殺しちゃうよ?――経験者が語るんだから、ちゃんと学んどけ!」


「答えの無い問いをする必要はないでしょ……」


「答えはあるよ」


「答える気は無い癖に?」


 ほーう、リベカはそう口にする。細めた目で、好奇な色を浮かべながら。


「余計なことは聞かない。でも、出来る限り協力はする。エリーシアを救うから……私も、救って」


 ぐ、と手を握り締めてリベカを見た。震えそうな唇を、歯を噛み締めて引き締める。


「あたしがさっき言ってたこと、聞いてたかな?」


「それが出来ないなら!」


 場が静まり返る。水の音さえも、驚いてしまっただろうか。


「――今後協力は、一切しない。私は覚悟を持ってここにいるの。……エリーシアを救ってはい終わりっていうね、わけにはいかないんだよ。……リベカ」


「……」


「リベカ」


 私は手を差しだして、歩み寄る。リベカはそれを見つめていた。


「うん?」


「……今のが、対価。私が、あなた達に求める対価だよ」


「――ほーう、いいね。そうそう、その目があたしは好き」


 攫う様に救われた手に力が込められる。お互いに、お互いを強く握りしめた。同じ愚者なのだ。その響きは、私の心を厳しく、そして優しく叩いてくれた。


「ま、さっき死ぬって言ったのは嘘だから気にすんな!」


「――は、はぁ!?」


 リベカはアハハ!と軽快に笑うとくるりと背を向け、じゃあね、とジェスチャーする様に片手をあげると駆け出した。呆気に取られた私は此処に取り残されるわけにもいかず、「ま、まってよぉ!どういうこと!?ねえ、ねえ、リベカ―――ッ!」と後を追った。





**



「……ふむ、仲良く追いかけっこ……は、良いのだがな。――城の中であるということが大変痛いが。リベカ、お前は……何故勝てると思った?」


「ひぃ……きつ……しぬわ……はぁ、はぁ……っ、……ウッ」


「……はあ。泉、君はどこか悪い所はあるかい」


「いえー……全然」


 戻ってきた部屋に、既にスワードの姿はなかった。居たのはユースティティアさんだけ。走ってきた私達を見て、咎めるよりも先に呆れた目をした。

 まあ、雪崩込む様に入り込んだ私達を見て、そんな目をするのは仕方ない……のかも。


 人の身体を持たない私は勿論息切れなんぞすることはなく、快適ともいえる感じに走れたが、如何せん身体は少女だ。少女の足では速く走るといっても限度があるし、感覚の違いに何度転びそうになったことか。

 リベカは……勿論人形の身体じゃないから、中盤で息切れを起こし始めた。全速力の疾走だったので、身体の悲鳴も早かったみたい。けれど意地が止まることを許さずに、そのまま部屋に倒れ込んで――、


「もう絶対走らない……」


 と、ぜえぜえ肩で息をしながら床に伸びていた。ユースティティアさんは、そんなリアラを見下ろすと、眉間に皺を寄せながら溜息を吐いた。私はそれに苦笑する。


「リアラからの案内はもう済んだのだろうか?」


「ああ、はい。まだ騎士団の所と、魔導士団の所は行ってないんですけど」


「……そうか。あれら二つも見物なのだが、リアラは案内しなかったのか」


「温室を鑑賞している時にリアラさんが陛下に呼び出されちゃったみたいなんです。だから、まだ」


 ユースティティアさんにそう告げると、彼女は少し困った様に頬を掻いた。まだ息が整わないリベカに視線を降ろして「……成程」と小さく返すと机の上に置いてある小さなベルを持ち上げて、左右に振った。


 その瞬間に、開け放たれたドアをノックする音がした。私は小さく肩を揺らして振り返ると、頭を小さく下げたメイドが居た。メイドは静かな動作で頭を上げると部屋に一歩入り込み、口角を小さくあげる。


「お呼びで御座いますか?」


「紅茶を三つ、と……そうだな、菓子も何か見繕ってきてほしいのだが、構わないな?」


「かしこまりまして。少々、お待ちを」


 既に冷え切った茶器を両手に抱えて、メイドは部屋を後にする。ご丁寧に扉を閉めてくれて、メイドの足音は遠ざかって行った。


「ユースティティアさんも紅茶が好きなんですか?」


 私の脳裏に紅茶をひたすら飲んでいたスワードが蘇る。彼は私がご飯を食べるとき、いつもそばで紅茶を注文していた。


「紅茶が特に好き……」


「――そいつに特定の好物はないぞー!」


 リベカだ。腕の力で床を押し身体を持ち上げたリベカは勢いよくユースティティアさんを指さした。


「あ、リベカ。もう平気?」


「うん。あー、しんどかったわー」


 顔を手で仰ぎながらリベカは椅子に腰をかける。発言を遮られたユースティティアさんはリベカは座るのを見ると、特に何も言わずに再び口を開いた。


「その通りで、特に紅茶が好き……というのではないな。緑茶も好きだよ、勿論他のも。食べる、飲むというのは娯楽だから、その時に自分が楽しめるものを嗜めばいいんだ」


「確かに食事は娯楽ですけど……あ、リベカ。私って、食事は摂れるの?」


「必要ないよー」


「じゃなくって。この身体に紅茶を流し込んでいいのか……」


「あれー……前言わなかったっけな。……ごめん。その身体ってまだ試作段階でさぁ、娯楽の機能、そんなに充実してないんだよね」


 再び扉がノックされる。答えて開かれた扉から、お菓子の甘い香りが漂った。


「飲み食いはごめん。想定してないんだよね……味覚は多少はわかるだろうけど……微妙な所」


 微妙な所?


 声を出して聞き返した私に、リベカはうん、と頷いた。


「味覚は――……そんなに作り込んでないんだよね。後々やろうと思ってて杜撰なまま放置してた。まー、一度や二度ならいいかな?飲んでみる?」


 ううん……。

 目の前に置かれている紅茶を見下ろした。薄く赤くなっている水面は、私を映して小さく揺れている。……ただ紅茶を飲むだけなのに、何をこんなに緊張しているのだろう。ちょっと笑えた。


「じゃあ……いただきます……――……そういう、こと?」

 

「そういうこと」


「水、……水というか、液体、味が、無い――?」


 カップを机の上において、私は舌の上に乗せた紅茶を転がした。感覚はあるのだ。紅茶を――というか、飲料を口に含んだ感覚。でも、これが温かいのか、冷たいのかはわからない。そして、味がまったく感じられなかった。

 試しに傍にあった角砂糖を三個入れて、ミルクを入れて見た。うげえ、と声が聞こえたがこの際だ。感じられるところまで入れてみよう。


「……感じない」


 5個。


「……ん?」


 6個と、ミルク。


「……あ、甘いような……?」


 7個――入れようとした所で、ユースティティアさんに手を取られた。掴んだ角砂糖が床に落ちてしまった。拾おうとしたけれど、それさえも制される。


「どうしたんですか?」


「砂糖をそんなに入れるものじゃない。身体に悪い」


「いやでも、この身体は私の身体じゃないですから別に――」


 違うんだ。


「……元の身体に戻った際に、その個数に慣れてしまうと、違和感に苦しむことになるぞ」


 私は咄嗟に目を逸らした。ユースティティアさんの表情のない声が、その言葉に伴ってないような気がしてしまった。

 しかしユースティティアさんはそのまま私の髪を撫でると、指を通すまま膝を付き、私へ視線を合わせて来た。前も言ったけれど、ユースティティアさんの顔は整いすぎているのだ。美しい、という言葉さえ霞みそうで、しかしその美貌はどこか痛い。

 触れば火傷する――、氷の華は、触れた者の身を残らず凍らせる、そんな想像さえも安易にしてしまうほどの美しさを彼女は持っている。

 だから私は普通でさえもユースティティアさんを見るのが辛い。き、綺麗すぎる……!


「ところで、ローブはどうしたのか?」


「……ローブ?」


 声色が幼子をあやすそれだ。


「陛下の御部屋に近い所ならまだ良いんだが――、あまりローブ無しで城を歩いてはいけない。君の身は、尊い人を模倣しているのだから。ローブは今どこに?」


「……ローブは確か……」


 記憶を巡る為に上を向いてみた。……ローブってどこまで着てたっけ?ん?そもそものそも、着て来たっけ?

 記憶を近い順に掘り起こすために眉間に皺を寄せた。――寄ってるのか?これ?……今は、着てないし。走ってるときは……着てなかった……気がする。温室ではぁ……着てなかったなぁ……?

 脳が入ってるかわからない頭を両手で抱えて悶絶してみる。……あー……?謁見の間では着てたよなぁ……門番的な兄ちゃんに睨まれたし。そこで脱いだっけ?脱いでないよ、脱いでない。えっ、私いつのまにローブ脱いだんだっけ――、


「……あ――――――――ッ!!」


 ガチャン。


「思い出した思い出した思い出しましたッ!リアラさんと話した、なんか、中庭みたいな、あそこだ!あそこ!脱いで椅子に掛けた気がします!」


「中庭……か。沢山候補があるな……場所は覚えているか?覚えているのなら、私が――」


「いーえいえ!そんな!私が忘れたので私が取ってきますともー!すみませーん!」


 おうのーーーう!何をしてるんだ私は!あんな、出発前に神妙な顔で話されてたんじゃーん!んもーう馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿うましか女――ッ!!


「うひゃあああ!実花のこと馬鹿に出来なくなっちゃうーっ!」




"あっ!"


"……ん?どしたの実花?"


"えへへ。かばん、さっきのカフェに置いてきちゃったぁ……"


"バックを忘れるなぁああ!"



 何て言って焦って取りに行ってた日々は、実花を小ばかにすることが楽しかったのに。まさか、まさか!この、この私が!人からお借りしたものを忘れるなんてぇ……。


「急げ急げ!」


 誰かに回収される前に、取りに行かなくちゃ!


皆さんお盆ですね!如何お過ごしですか?お盆中の水場は大変危険なので避ける様にしましょう……っていうのは幾万回聞いてる気がします。

さてさて次回は恒例の 異 の回となっております。本編は一時休止。本編でお城の中を行ったり来たりさせられてる泉ちゃんは一回休みですおめでとう!

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