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王様に会いに行こう

 それから夜が明けて、私の部屋にユースティティアさんが来た。数回のノックの後に私は「はい」と応える。数秒間があって、ユースティティアさんは扉を開けた。


「もう起きていたか。流石にまだ寝ているのかと思っていた」


「……流石にちょっと緊張しちゃってよく寝れなかったんです」


「そうか。人の子だものな、仕方がない。今日は城へと発つが無理はしなくていい。食べたいと思ったものを食べ、飲みたいと思ったものを飲むことが大事――……嗚呼、そこの所はリベカに詳しく聞いておこう」


「有難う御座います」


 よく眠れなかったというのは、まあ嘘だ。一睡もしていない。あれから記憶の回想が終わっても私の意識は落ちることなかった。目を瞑り続けても一向にその気がない。


 今日は眠れるといいんだけど……。



**





「ね、ねぇ……リベカ」


 外出するために全員が外に出ている太陽がまぶしいこの頃。私はひっそりとリベカに話しかけた。もうすんなり解けた敬語は逆に使えない。


「んー?」


「あの……スワードって人……」


「あー、えーと。エリーシアの側近みたいなやつ。いけすかないんだよねー」


「へ、へえ。そう」


 いけすかない……スワード。この世界に来てから、普通の私だったらまっさきにスワード達に会いに行くはずだったのに、その選択肢が頭から零れ落ちていた。今更思っても、もう行けない。そもそも、この世界の時間はいつだ?置かれた状況をもうちょっと大きく見ておくんだった。うう、反省。

 もしここが、私が居た時の世界なら湊と合流しなくては。でも……リアラさんの反応からして、違和感が……。


「それでは、城につき次第まずは陛下に拝謁となります。私が先を行きますので、お三方は後ろに続いてください」


「王様に会うんですか!?」


「勿論よ。ユースティティアがいるからね。まー、ユースティティアちゃんはね悲しい事情があるわけなんですよ」


 よよよ、とリベカが涙を拭う真似をしながらユースティティアさんに寄りかかる。ユースティティアさんは、どこか諦めた顔をして遠くを見ていた。


「三柱と同等の権力と!地位を!持ちながら!嗚呼!悲しいかな!神は残酷である!ユースちゃんも神なのに!なんだってユースちゃんは!」


「ユースちゃんは止めなさい」


「ユースちゃんは!三柱にもカウントされず!なんかある変な人(笑)みたいなくくりのように!――まあはぐれ者なんですわ。勢力は持てないからこんな僻地に家があるわけなんだけど、この人も立派な三柱のレアキャラなんですよ」


「……は?」


 内容が全く入ってこなくて私は素で聞き返した。


「神の国にはね、王の都を除いて三つの勢力があんの。一つが、王の竜であるサルース。二つ目が、王の剣であるシャンカラ。三つめが、王の盾であるグリームニルね。これらを収める領主を三柱って呼ぶの。で、本当はここにもう一人いるんだけど……」


「それが……ユースティティアさん?」


「そう!ね!仲間外れにされてんの!面白すぎでしょ!」


「やめてくれ。……ちょっと気にしてるんだから……」


「――その辺でよろしいですか?」


 ぎぐり、と私を含めた三人は動作を停止した。リベカが固い動きで振り返ると、そこには笑顔を凍らせたリアラさんがまるで後ろに吹雪を携えてる様に見える恐ろしさで立っていた。ちらりとユースティティアさんを見ると、彼女も私を見て一度首を振った。


 視線を感じたので私はリベカの方を見ると、リベカも此方を見ていた。こくり、と頷かれたので私もこくりと頷いた。こういう場合に言う言葉は大抵――、


「はい!喜んで!」


 決まっているのだ。






「さ、城に移動する前に……リベカ」


「はーい。ほら泉。これ被ってて」


「ぶっ。な、なにこれ」


 急に真っ黒い布を顔に掛けられた。呆然としている間にそれはすっぽり私の身を包み、視界を覆ってしまう。


「落ち着け落ち着け!はーい、ちゃんと前見てごらんー、……どう?」


「……み、見えます……。凄い!はっきり見える!」


 所々触ってみると、これは黒いローブだった。目を完全に覆っている薄くない布なのに、私の視界は至ってクリアだった。多少黒いけれど、何の不都合もない。ぐるりと回ってみても全てが見えた。


「申し訳ありません。愚者ナールの姿だったのなら何の問題もなかったのですが、流石にその姿は城の者に多くの動揺を与えてしまいます。時期が時期なのです、お察しください」


「は、はあ。わかりました。何不便もないですから――うわっ!」


「さぁさぁ楽しい城見学だ!れっつーーごーーー!」



 ここここれって瞬間移動―――――――!?










「――今ここに問おう。汝ら、此処が如何様な場所か理解しておいでか」


「――今ここに問おう。三柱以外の者がこの場所に足を踏み入れたのなら、今此処で我等が――」


「汝らに審判を下す」


 赤い光に包まれて刹那、男と女それぞれの声が響いた。まだ周りは淡くて赤い光が壁の様になっていて、周りがあまり伺いしれない。というか、一番驚いたのは私自身のことについてだ。――酔ってない!私!酔ってない!

 小さくガッツポーズを決めた傍ら、鋭いその声に肩を竦めた。最後の言葉の後、重い金属を思い切り床に叩きつけた音がする。不意に掴んだ服の袖はユースティティアさんで、半ばの振り返りその瞳は私を安心させるために穏やかに丸みを帯びていた。


「――応えよう。我が名はリアラ=サルース」


「リアラ殿ぉ!?!?ごごごごごごめんなさいっ!」


「わわわわわわおおお俺達調子に乗りましたかごめんなさいっ!」


「……ん?」


 光の壁が弾けて消えた。そして現れた目の前の風景に私は自分の視界を二回くらいこすった。そこには、二人の男女が見事な土下座を決め込んでいる……。


「土下座……」


 き、綺麗だなあ……。


「すみませーん!本当にすみませーん!反応が複数あったので、悪質な侵入かと思ってました!」


「ほんっとうに申し訳ありません!恐れ多くも三柱の一柱に威嚇みたいなことして……俺、牢獄ゲヘナ行きですかぁ!?牢獄ゲヘナへはコイツだけにしてくださいよぉ!」


「――こほん。よく周りを見渡してください。大審判者テミスがいらっしゃいます」


大審判者テミス様ぁ!?」


 その声は見事に裏返っていた。二人同時に顔を上げ、灰色の髪を靡かせ目を伏せるユースティティアさんを確認した。


「ああ。如何にも。早速陛下に拝謁したいのだが、良いだろうか?」


「――勿論でございます!」

「――陛下もお喜びになられるでしょう!」


 超速度で頷いていた。その後二人はまたしても超速度で立ち上がると、衣服の乱れを直し地上へ続く階段への扉を開け、道を開けた。先を行くリアラさんの後についていった私が二人の間を通る時、フードの視界から二人が私へ視線をなげる様が感じ取れる。――何も悪い事はしていない!が、何とも嫌な気分だ。目にかかるフードの端を深く下ろし、速足で駆けぬけた。


「うわあ……!綺麗……!」


 薄暗い階段を昇り、再び閉ざされていた扉を開くと――絢爛豪華な壁模様や、床、天井、すべての細工が自然光を取り込んで、きらきらと放ち輝いていた。

 城の外観や、規模、そして内装は――時の王の権力の大きさに比例する。凄い……と改めて感嘆の息を吐く。訪れるのは何度目かになるが、こうやって鮮やかな色を見るのは初めてだった。


「ふふ、私達にとっては既に見慣れているものだが……こうして新鮮な反応を見るだけで、王城はやはり素晴らしいものだと再確認できるな」


「そりゃそーでしょ!東西南北全ての文化の結晶なんだから!」


「拝謁が終わり、グリームニル卿との面会が終了しましたら少し城を案内致しましょうか?」


 意外な提案だった。思わず一歩遅れた私は急いでその案に首を縦に振る。


「は、はい!是非!」


 だから、今そんなにきょろきょろしないでいいよ、とリベカが笑って茶化す……のだった……。



「お待ちしておりました」


 一層豪華な扉の前に、一人の兵士が居た。


「ミコトか」


「そうですとも。陛下も直ぐに参られます。さあ、どうぞ」


 その兵士の服装は、さっきみた人達やここに来る道すがらすれ違った騎士達とは一目見ただけでわかるほど違っていた。何だろう……見覚えがある。んー……?


「失礼、そこの方」


 この兵士は、私の前に手を出して私を止めた。どきり、と意味も無く胸が詰まったがあくまで平然を装い私は兵士を見上げる。


「な、何か……?」


「謁見の間では、どうぞフードはお脱ぎくださるようお願い申し上げます。失礼に当たりますので」


「わかってるわかってるよ円卓!はい!じゃあ泉は返してもらうからね!」


 ぱっと兵士は身を引いた。そしてそのままリベカに手を引かれ私はその部屋に足を踏み入れる。円卓――、という言葉を振り返ることさえ忘れるほど私はその部屋に飲み込まれた。


 引かれた腕の強さを止めてしまう程、私はあまりの衝撃で立ち止まらざるを得なかった。視界に遠慮なく潜りこんでくるそれは、私の裏側の視界を覆い尽くす。


 玉座へ至る階段。王を隠すための薄い御簾。そして――、耳の奥で響くあの人達の怒鳴り声。


「――っ、ここは」


「お久しぶりで御座います、エリーシア皇帝陛下。ユースティティア、只今参上致しました」


「……ほら、泉も跪いてっ!」


 惚けていたらいつのまにか中央に居た。ユースティティアさんが膝を付いたのに続いて私は強制的に跪く。下げた頭の下で、私は腕を振るわせていた。謁見する王、をユースティティアさんはエリーシアと言った。あの場に座って居る人間は、エリーシアならば、


「――顔をあげてください」

「―――シリウス……!」


 心臓が止まるかと、思った。上から降り注いだ声に、喉を閉められたかと思った。咄嗟に突いた言葉は、小さな風の様に周囲に届く前に溶けた。上に居るのはエリーシアではない?ユースティティアさんが間違えた?


「どうぞ体制を楽にしてください。皇帝陛下はそう、仰られています」


「では、お言葉に甘えさせて頂きましょう。さあ、みんな」


 立ち上がろうと合図される。それに頷いて立ち上がった。見上げた御簾の中を伺いしれないが、確かにあの中に二人いるのか。シリウスにしては随分丁寧な口調、そして少し高い声色――バレンが見せたあの光景が私に笑い掛ける。


「お久しぶりですね、大審判者テミス


「こちらこそ久しいですね、騎士団長殿。陛下はお変わりありませんか?最近は私の所まで仕事が来ませんから、暇で暇で眠ってしまいそうです」


 そんなに大きな声で話さずとも、この空間にはとてもよく響く様で小さな談笑でさえもくっきりと聞き取れた。その中で私はリベカに近づいて極力小さな声で話しかけた。


「ねえ。騎士団長って……今喋ってる男の人だよね?」


「そう。シャンカラ卿よ」


「……下の名前は?」


「下の名前?――ああ、そういうこと?……シリウス様。泉、あんたはこの名前で呼んじゃ駄目だからね!」


「はぁーい……」


 苦笑いを装いつつ、元の場所に戻った。続く談笑の中、私は息を一人、大きく吸って吐いた。敬語のシリウス。まるで、スワードの様な喋り方で語るシリウス。


「――ここは、現在いまじゃない……」


 死んだ彼女が君臨していて、君臨していたはずの男が騎士団長を名乗る時代。自分の足で歩いたことのある時代だ、間違えはないだろう。


「泉。陛下にご挨拶を」


「ふぇっ!?」


 急に肩に手を置かれて、肩が跳ね上がってしまった。ユースティティアさんが、耳元に唇を近づけて「名前と、挨拶をするんだ。フードは脱がなくていいよ」と囁いた。急な注文でバクバクする心臓を押さえつけて、何度も頷いた。



 皆が立つ境界線より向う側に立たされる、恐怖感……というか、緊張感……というか、胃がスース―する感じ……というか。出来るなら逃げ出したい!とまで思えるこの重圧差に引けを感じながらも私は顔を上げた。


「お……」


 ひいいいい、やっぱり声が十分に響く。始めの自分の一声の広がりに驚きながら、何とか言葉を出そうとした。


「お初にお目に……かかります、……へい、か。私、……ええと、私……泉と申します」


 我慢できずに背後を振り返った。二人がまだだよ、と首を振る。もうやだ!と訴えてもだ!め!という言葉と共に前を向けというジェスチャーを送られた。


「せ、精一杯がんばりますのでよ、よろしくお願いしますっ!」


 一気に最高礼の構えを取った。頭を躊躇なく下げる!90度こそ日本人の至高の角度!どうだ!どうだ!――あれ、返事が返ってこない。私、何か不味いこと言った!?どうしよう、どうしよう!

 一気に混乱する頭の中で、早く何か言ってよ!と声が御簾の中を責める。しかし、その返答は長い時間と思える体感時間の尺度でさえ、時間がかかった。


「――はい。確かに承りました。陛下も……お喜びになっております」


 ん?と返答の内容に眉間に皺が寄る。その横で緑の衣服が視界を掠めた。


「エリーシア皇帝陛下。リアラです」


 一際力強く、はっきりとした声だ。その切り替わりの明白さに若干のつっかえを感じながら私はおずおずと後ろに下がる。そうしたらぽんぽん、と肩をリベカに叩かれ、ドンマイと言った風な顔をされた。うるさい。


「職務にお忙しい中、貴重なお時間を裂いて頂いた事、大審判者テミスを含め皆陛下の大いなるお心に感嘆をつく程でございます。しかしながらこれ以上陛下の御時間を頂くのは罪に値致しましょう。本日はここで下がらせようとこのリアラ、考えております。――如何でしょうか?シリウス」


「……異存はありません。そうしてください」


「承知しました。……ユースティティア」


「は。エリーシア皇帝陛下、本日はお目に掛れて光栄にございます。――どうぞ健やかに過ごされます事を身命を賭してお祈り申し上げましょう。失礼致します」


「失礼致します」


 肘を突かれて言わされた。そうして頭を下げ、皆謁見の間を後にする。出る前にちらりと御簾を顧みた――そこに居るはずのエリーシアと、シリウスを。

 


「――はぁー!息詰まるわー……」


「大丈夫か?泉。緊張していたようだが……」


「あはははは!いやぁ、まぁ、突然ふられればそりゃ誰でも緊張しますってほんと」


 と、外に出た瞬間溶けた雰囲気に笑ってはいるが、まだ膝が笑っているような気がする。本当に緊張した。王様に謁見するのやばすぎ。


「リベカ」


「ん?」


 メイドの一人と話していたリアラさんがリベカの名前を呼んだ。リベカは肩を回しながらリアラさんの方へ歩み寄る。私は心配してくれるユースティティアさんに頭を掻きながら先程の感想を述べていた。


「泉ー。スワードが準備出来てるって。休憩してないけど大丈夫そ?」


「……う、うん。行こう」


 一気に違う意味で背筋が伸びる。歩き出した皆の後ろで少し長い袖を力強く握った。


遠足回。次回はスワード先生。

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