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黄昏の

「なっ、何事……!?」


 盛大に湖へダイブした私は、とっさに距離を取った。幸い水底も深くなく、かつ滑りやすくもない。まあ、腰が抜けて尻餅をつくようにしか移動できない私はさぞ滑稽だろう。


「エリーシア様、エリーシア様!」


「うぶぉ」


 一気に視界が緑の布面積で覆われたような感じがする!いや本当何事ですかお願いです説明を要求しま――、


「――――あなたは」


 赤の様な髪に、


「いつ御目覚めになられましたかっ、わたし……私、リアラは――エリーシア様……っ」


 深い、緑の瞳を持つ――あの時のメイド?


 覚えている。ああ、覚えている!急に脳が冴えわたるのを感じた。あの時の情景が待っていた様に再生される。私の瞳の裏は、まったく違うものを私に見せていた。


 シリウスと対峙した、あの城の一室。バレンのような子が殺されたのを見て、私は恐ろしくて逃げ出した。メイドさんに追われ、捕まって、連れて行かれた先に居たアスティンさん。


 覚えている。あの時に、――あの時に私は……アンスを、失いかけたのだ。


 くらりとしたが冷静を保てている。大丈夫、と自分を落ち着かせた。この不信感を相手に知られるのは美味しいとは言い難いので、私はやんわりとその人の腕を振り払う。


「あのう……すみません。何か勘違いをなされている様で……私、エリーシア……様とかいう人じゃ、な……」


 あまりの表情に私は言葉を忘れた。


 やんわり腕を振り払った事になのか、それとも今の言葉になのか、それは定かじゃないんだけど、明らかにリアラという人の顔が青ざめていく。え、え……?と戸惑う私から目を逸らしたかと思うと凄まじい勢いで私の腕を一本掴んだ。


「え……」


「エリーシア様!」


「はいっ」


 あっ!?何を返事してるんだ私ぃー!勢いで!勢いに押されて返事をしてしまった!馬鹿ぁああああ!


「大丈夫です。このリアラが……私が、ずっとお傍におります!」


「へ、へ、へ!?」


 何かを決意したかのような凛々しい瞳が向けられた。どこかの誰かを思い出しかけたその時、一気に重力に引きづられたかのような引力を感じる。う"っ、と息を吐き出すと、私はこの女性に腰を抱かれて――、はは、リベカ達の家の前に……いるんだけど……。


 何が起こったんだよ……今の間に……?


「ユースティ!ユースティティア!」


 疲れた。もう何なんだ。


 この女性は右手でドアを蹴破った様な強さで押し開いた。木造の家が悲鳴をあげている。突然の来客にユースティティアさんは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたけれど、それが誰かわかると一気に目の正気を失わせていた。……というか、私を見て察したような力のない頷きを見せていた。


 とほほ……。


「ああ、そうかそうか。リアラ、君の言いたいことはわかっている。わかっているがな、少し落ち着こう」


 あまりの状態にユースティティアさんも苦笑を禁じえなかったみたい。私にバスタオルをかけてくれて、引き離してくれた。


「すまない泉。リベカを呼んできて」


「あ、はい……わかりました」


 ちらりとリアラ……さんを見る。心配そうに私を見つめる目が、微かに湊と重なった。歪な痛みだ――思い出したくないと思った。


 嗚呼、でも思い出さなくちゃ。


 少し脳を掠めた疲労感を今は逃がす様に背を向けた。それと同時にユースティティアさんがリアラさんに声をかける。はあ、疲れるな。すぐに勘違いって気づくだろうな、あの人は。それにしても……、エリーシアって、随分大事にされてるんだね。


 うーん……その割にはあんまり名前聞いた覚え……ないんだけどなあ……。


「あ、リベカ」


「ん?おかえり泉。随分早いね」


 ラッキー。廊下ですれ違うことに成功。

 リベカは私が塗れていることをからかって笑っていたが、私が事の顛末を伝えると「あー」と頭を抱えた。


「三柱にはまだ見せなくなかったんだけど……しゃーないか。オッケー、大体わかったわ。行くかー……」


 はぁ、と重い溜息を吐く背を見ていると、その声に呼ばれた。ハッと我に返り、私もその後に続いていく。


「私……要りますか?」


 苦笑いを含んで聞いてみた。出来ればその場に立ち会いたくない気分だ。そんな私の思いなど余所にして、リベカはふん、と髪を靡かせた。


「当たり前でしょ。本人が居なきゃ、アイツは納得しないでしょーが」


 そしてがっくりと肩を落とした。


**



「……人形ドール……?」


「そ。これが証拠、これが大成!どーよリアラ!まだデータの採取が必要だけど、あたしちゃんとやったからね!」


「では……エリーシア様では、ありませんでしたか……」


 そしてがっくりと肩を下したメイド服の女性は、私を見るなりばつの悪そうな顔で頭を下げた。


「先程は失礼を致しました、申し訳ありません……」


「い、いえ!多分、こんな紛らわしい格好をしている私も悪かったと思います!」


 あはは、とその場を取り繕うようにして笑うしかない。そうだとも、私には頭を下げられる筋合いはないし、彼女に至っても下げる必要はないのだ。


 それでもまだ眉を下げていた女性に私が困惑していると、見かねたユースティティアさんが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、そこまでにしておこう。ね?リアラ。ほら、泉は愚者ナールなんだから君の事を知らない。自己紹介でもしてあげるといい」


「えー!?その前にほらほら!触ってみない!?まだ試験段階なんだけど、肌触りとかも人肌に近づけてんのよ!球体関節だってもう少しで無くなるし、外見だけなら本当に何も変わらな――」


「ままま待ってリベカ!!見えちゃう、見えちゃうから!!」


 ぐいっとリベカに腕を引かれ、顎を右左、腕を捲られ、スカートを持ち上げられ――、


「エリーシア様の外見ではしたない真似はやめなさいッ!!」


「ひっ」


 ぱさりと、スカートは元の位置に落ちた。そして、リベカの悲鳴も、ぽとりと落ちた。

ちらりとリベカを見ると、リベカは私から手をぱっと離し、そそくさユースティティアさんの所まで逃げ隠れてしまった。...うん、彼女の前に居るのは私だけという最高に気不味い状況だが、取り敢えず笑っておこう..。


「……」

「……」


しばし見つめられること幾千年の気分。冷や汗が垂れてそうな感じの私の機能はおそらく作動していない。そりゃそうだ!この身体の中身はからっぽらしいし!――逆にそれに救われてる気がする!


「……先程は申し訳ありませんでした。我が主、エリーシア陛下と見間違えたこと、それは私の恥でありますが――泉さん、ですか?貴女にとっても快いものではなかったはずですね……」


 おおっと話の転換を提案されている。有難いので乗っからせてもらおう。


「大丈夫です。ちょこっと慣れて――います。それに、この外見ってそのエリーシア様……にそっくりなんですよね?だったら間違えるのも仕方がないんじゃないですか?」


 だから、気にしなくてもいいのになあ。


 あはは、と笑いながら頭を掻くと、目の前の女の人は綺麗な緑の目を陰らせながら軽く頭を振った。否定の意だった、何をそこまで頑なに拘っているのだろう?ただの見間違いなんて、誰にでも起こり得ることなのに、何をそこまで恥じているのだろう?


 わからないことだらけ、――今に始まったことではない。


 心は疑問に目を瞑った。一度首を傾げただけで、それで良しと私は納得する。答え何ぞ、求めていない。


「私が……エリーシア様を見間違えるはずなんて……」


「――リアラ」


 ユースティティアさんの声に、リアラさんが弾かれたように顔をあげた。その後私を見た震える目は、再び下に降ろされて、また、持ち上げられる。


「申し遅れまして、失礼致します。私は、リアラ=サルース。王宮にて、陛下付の侍女をしております。此度は大変なご苦労をなされたようで」


「リアラ……サルース……?」


 何かがひっかかる。どこかで聞いた覚えのある音だ。


「そ。折角だから教えてあげましょうね、このリベカさんが!この人はね、メイドはメイドでもただのメイドじゃないんだよ。実はね――ドラゴン、なんだ!」


「ドラゴン……竜、竜?」


「ビンゴ!この世に一対しかいない、王の竜!」


「王の……竜……――もしかして」


 鮮やかに蘇るあの一幕。瞼の裏に再び映し出される過去の景色。目の前に座る彼が言う、困った様に頬をあげて。橙の瞳が笑う。


「竜は、もう一人……いますよね……?」


 私の問いにリベカが笑う。リアラさんとユースティティアさんは、目を見開いた。


「勿論だとも。竜は、二人で一人だ」


 ピースが合った、これ以上ない位に。軽い身震いもする。私は咄嗟に目を背けた。心に反応して震えそうな手が震える前に、もう一つの手で抑え込む。


 ああ、ああ、ああ!リアラ=サルース、アルピリ=サルース。……あの人が、いいや、この人が――アルピリさんの、片割れ?

 確かに注意深く容姿を観察したらそれもそうかもしれないと頷くことが出来た。リアラさんは、外見こそ20代には見えるけれど、髪の色、目の色と共にアルピリさんと全く一緒に色合いを持っている。


 警戒すべきか?――警戒すべきだ、誰一人信じるに値していない。


「……ふーん、ねえ、泉。あんた、今――あたしの言葉に反応したんでしょ?」


 にまりとリベカが笑って、私の肩に手を置いた。それに、私は快く頷かせてもらおう。


「だってリベカ、わざと、ですよね?」


「――どうだろう、リアラ」


 私の言葉にリベカが笑みを深めた刹那、ユースティティアさんが声を張った。向かう先の本人であるリアラさんは、思わし気に目を細めた後ゆっくりと頷いた。


「思考も問題ない。ともすれば……早い、賢い、とも取れるだろうな。リアラはわかっているだろうが、先程のはリベカがわざと仕掛けた。それを見落とさず、正確に拾い上げる思考能力……この秘術、グリームニルに提出するに値するか?」


「本当にその身体には、魂を定着させる術以外使われてはないのですね?」


「確認してみる?触ってもいいわよー、別に」


 私の了承はいらないんかい。そんな心の叫びも空しく、前へ突き出された私の胸にリアラさんは手を置いた。


「――確認しました」


「どーよ?」


「……問題はありません。ありま、せん。嘘……本当に……信じられない……」


 う、と息が詰まった。リアラさんの目が、あからさまに光を反射する様に潤んだからだ。唇を噛んで俯いた顔からは、その表情を見ることは叶わなくなってしまったけれど、それでも私は狼狽えた。


「エリーシア様を……御救いできる……!」


 そう確かに聞こえた。その一言で、場の空気が変わる。


「スワードに報告します」


「待って待って!早いわ、行動が早い!急ぎたい気持ちはわかるんだけど、今行くのは無しでしょ!」


 私を連れて飛び出しかかったリアラさんをリベカが反対の私の手を掴んで静止する。もどかしい、そう顔に出したリアラさんをリベカは精一杯の力で止めていた。


「一日も早くスワードに繋げた方が効率が良いのです!」


「わかるわかるけどさぁ!!この子まだ目覚めたばかりなんだって!定着させてから行かないと何かと不安なんだって!!」


「城の中でもそれは可能です!」


「――だから待てって言ってんだろーが!」


「リアラ!――すまない。急ぎたい気持ちはわかるが、ここはリベカに譲ってはくれないか?」


 ユースティティアさんがリアラさんと私の繋がりを一瞬で外した。反動で跳ね返る私の身体が予想さえしていなかったリベカに返り二人とも「ふぎゃっ」と声を出して沈黙する。


「ユースティ……!」


「今日だけで良い。今日が泉にとって重要なんだ。……わかるだろう?この子は、愚者ナールだ」


 私は咄嗟に目線を逸らした。向けられる目が、とても悲しさを湛えていたから。


「ですが……ですがその一日で、エリーシア様の安寧を近づけさせることが出来るかもしれないのに!それを私達が怠慢に先延ばしにしてはいけないでしょう……!」


「そうだね。竜は、辛いな……」


 ユースティティアさんの手がリアラさんの頭を撫でた。そして外へ二人は出る。半ばリアラさんが連れ出されるような形だった。

 私はどうしていいか見当もつかず、リベカを見上げた。リベカもユースティティアさんと同じような顔で、消えた二人の空を見ていたけれど、すぐに私に気付いて笑ってくれた。気にするな、そう目が語っていた。


「だいじょうぶ。ユースティが説得するからさ。ささ、あたし達は奥で検査でもしよか。――泉の話も、聞きたいしね」


 歯を見せてリベカが笑う。気を使わなくてもいいのになあ。

 私は手を引かれて奥へと消えた。その際に映る姿見は、本当に私の姿を映してはいない。





**


「さっきはごめんね。驚いたでしょ」


「うーん……まあ、驚いたって聞かれれば驚いたけど……」


 小さな個室に二人向かい合って座って居る。この場所はあれだ。私が筒に入ってた場所。綺麗に片づけられていて、一瞬見ただけではわからなかった。けど、奥に見える器具を見る限りその場所で間違いはないだろう。


 ここで私は簡単な質問を受けていた。問診……みたいな。動かしにくい所はあるか、とか意識は保てていられるか――とか。少し異色の質問だけれど、理解できない質問じゃない。


 だから正直に答える。おかげでスムーズに事が進んでいる。


「あんたも急にこんな所に来て混乱……してるよね?」


「……うん、まあ、してます」


 取り敢えずそう答えておく。実はあんまりしてないんだけど、それはおかしいだろうから。


「これ、読める?」


 また出されたあの紙束だ。ううん、……読めない。


「無理っぽい?」


「ごめんなさい……さっぱり」


「そっかぁ……。ここに全部書き込んでるんだけど、惜しいわぁ」


 お互いに溜息を吐いた。リベカは紙束を別に机の上において、再び問診の紙を胸に抱く。


「魂の定着に問題はないよ。至って良好じゃん、良いね」


「歩くのにもそんなに違和感はなかったんですけど、ちょっと山道とか、険しい道は歩き難いんですよね」


「ふーん……? OK、ちょっと歩いて見せてよ」


 私は頷いて立ち上がった。そこで数歩歩いて見せる。「いや、結構歩いて」と言われたので、壁から壁へ一直線に歩いてみた。


「あー、わかったわかった。大丈夫、それあれだわ。あれ、泉の元の年齢と、その身体の年齢が違うからそれの誤差かな」


「はあ……?」


 んーとね、とリベカは続けた。


「泉、今何歳?」


「17です」


「だよね。泉はさ17歳の歩き方してるわけじゃん。でもさ、その身体ってまあ、精々9~とかなわけよね。可動域とか大きさとか違うから恐らく違和感があると思う。そこは慣れて」


「ういー……」


「あ、」


 リベカが顔を上げた。座った私はきょとん、とリベカを見る。


 リベカは実にいやらしい……下品な笑顔を浮かべた。


「やっと、あんたの本当……見えた気がする」


 前言撤回。とても良い笑顔だった。


「なあに、それ」


 あはは、と私も笑った。


 良い時間が流れたように思えた。二人して笑い合う時に、穏やかさも感じて。でも……、その度にチラつく不穏な影が、泣いている。そして、私の心がざわつく。


 もうすぐ夜だ。この夜が明ければ、城に行くのだろう。その前に私は――、全てを、思い出さなくてはいけないね。



来週は更新できないと思うので、長めでupします><

ごめんなさい><

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