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森の中

「そこらを散歩してろ、って言われてもなあ...」


風が木々の隙間を潜り抜け、穏やかに天上へと吹き抜けている。新緑の木々は朝露に葉を濡らしたように艶々としていて、雨上がりの蒼天の様な心地よさすらある。


見上げた空は晴天そのもので、日差しはほれほど痛くはない。


むしろ、この陶器の様な肌は痛覚があるのか...それすら不安だ。




 数時間前、部屋を変え説明をしてあげると言われた私はちょこんと椅子に座って居た。


 目の前で足を組みながら座った私と瓜二つの人は、ユースティティアさんが注いでくれたカップに口を付けた。


「挨拶がまだだったね。――初めまして、あたしの名前はリベカ・レンプ。あんたと同じ、愚者ナールだよ」


 にこやかに微笑まれた。その眼差しには、同族への情を感じる。


「……リベカさん?」


「リベカでいーよ」


 こくりと私は頷いた。


「初め……まして。私は上山泉っていいます。あの、日本……人、です」


「日本人!?へー、極東の島国かぁ!ふふ、ユースティ、あそこはぽろぽろ落ちてくるねぇ?」


「――全くだ。だが、陛下が介入する訳がわかるよ。泉、君がその人形に定着できたのも元の魔力が良かったからだろう」


「あの、この身体って一体どんな……」


 言葉を濁す事しか出来なかった。見覚えがある、そして、湊が殺した身体バレンのせいだ。


「その身体はね、言った通り人形なの。中身はごめんね?空洞よ、だからご飯は取らなくていいし、ていうーか取れない。その代わり生理現象も感じないから苦痛ではないと思うけどね。案外過ごしやすいんじゃないかなー」


 机に数枚の紙……にしては妙に分厚いものを出された。そこに恐らくこの身体のことが書かれているとは思うんだけど、文字が日本語じゃないからどうしても読み取れない。


「リベカ」


「うん?……あー、はいはい。……泉、何で姿が変わっちゃったのか、それが今の所一番の不安じゃないの?」


 くすんだ黄色の瞳は、陰れば黒にも見えた。


「……はい」


「あたし達があんたを見つけたのは四日前。ここへ帰ってる途中で、あんたを見つけたんだ。凄く弱ってたんだよあんた。魂の残り火が微かに揺らめいてて、もしかしたら見逃してたかも……幸運だよ、ホント。その時のあんたには既に姿形が無かった。あったのは――、」


「その魂、それだけだ」


 ――――魂?


「あっ!ちょっとユースティ!なんであたしの台詞取るの!?」


「え?あ、ああ……すまない。リベカが言うのが襲いから、言いにくいのかと思って」


「違うっつーの!」


「魂って、見えたんですね」


 当たり前、という様にリベカが鼻をさする。


「見えるよ。神の国では瞳と同様にその色をして見える。あんたは愚者ナールだから、その魂の色はそれぞれの地域の色のはずなんだけど……あー、だからあたしあんたを西洋人かと思ったのか」


 腑に落ちたようにリベカが拳を掌に落とした。


「あんたの魂の色、微かだけど……赤かったんだよね」


「赤……ですか」


「そうだ。赤は陛下――エリーシア様の守護する国の色、ローマだ。それならば幸運だと思った」


「エリーシアの直轄地の人間なら、定着すると確信してたからね。どうせそのまま放って置いたらあんたは死ぬんだからさ、それならカミサマの為に実験台になってもらおうと思ったわけ。違う魂を、違う器に移すっていう……秘術」


 成程、不幸中の幸い、そうして私は救われたんだ。


 それならそれでよかった。必要以上に嘆くことはない。生きている、生きてさえいれば必ず道は拓ける。更なる幸いに、記憶は脳に依存してるわけじゃないことが段々とわかってきた。夜に成って落ち着けば、この乱れている記憶を正確に廻ることが出来そうだ。でも、今はその時じゃない。動悸がするけれど、今は落ち着こう。


「……成功してよかったです。ちなみに……この容姿はリベカがデザインしたんですか?」


「ううん。違う違う。ユースティに教えて貰ったんだ……それね、エリーシアの幼少期そっくりにしてるんだ。ま、あんたにはわかんないだろうから、気にすんな」


「へえ……」


 あの額縁の女の人の、幼少期。――ん?バレンもこの顔だった。ということはこの姿をスワードは何の為に傍に置いていたんだろう……?


「泉、君には申し訳ないのだが少しその身体のデータを取らせてもらう。その為にも早くその身体に慣れて欲しい」


「そうそう。また疑問があれば答えるからさ、ちょっと散歩でもしてきたら?」







 ――ということで、今に至ったりするわけなのです。


 回想の間に森の中をザクザク進んでみている。結構進んだ後に帰り道わかんなくなったらどうしよう、と思ったけれどあの人達ならなんとかしてくれるかな……っていう楽観的思想に落ち着いた。


 本当になんとかしてくれそうだ。多少怒られるだろうけど。


 振り返ってみると、自分がどういう風に来たのかなんとなくわかる。森自体も難しい造りだとは思えない。どちらかというと、直感でどこになにがある、というのが図れる位には安易な森なのだろう。


 さわさわと風が吹いている。その流れに便乗して、さらさらと水の音が聞こえる。


「こっちに恐らく……湖でも、ありそうなんだけどな……」


 小さな身体は案外動きづらい。慣れてないせいだ、とか、定着してないから、とか色々言われたけれど……それだけじゃない気がするなあ……。


「――ビンゴ!わあ……綺麗な湖!」


 緑と青のコントラストが見事な湖が視界を覆い尽くした。穢れ一つない澄んだ水色が、空を覆うように茂る木々を反射している。まるで妖精が遊んでいそうな雰囲気に、つい私も感嘆の声を押さえられなかった。


 つい湖を覗き込む。魚は……いない。水底の石がゆらゆらと揺らめていた。そんなに深く無さそう……?


 そうっと手を伸ばしてみる。私でない私の顔が映ってしまうのに苦笑しながら、私が湖に触れた時に――、


「エリーシア様!‼!」


「ひいっ、う、わ、あ!」


 唐突な叫び声が背中を思い切り圧した。余りの不意打ちだ、あんまりだ!


 軽い私の身体は、その声と共に――、湖へ投げ出される。


 あ、また、落ちる。とほほ……、拝啓、妹よ。お姉ちゃんは、水難の相でも出ているのでしょうか……。

唐突に更新して当然のように去るッ!

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